2-3 カリスマ
「ただいまー」
店の前で待ってたヨナスさんを連れて俺はアンばあちゃんの店に帰ってきた。
「遅かったじゃない」
「それはそう」
「ヨナスもなんで黙って出て行くの?」
「すみません」
「……そう言えば武器屋に寄ったんだっけ。許す。よし、出ようか!冒険に出発よ!」
切り替え早。
「予約とかいらないのか?」
「さっき連絡したから多分大丈夫よ」
「大丈夫な要素ある?」
どうやらアンばあちゃんも支度ができたようなので、ヨナスさんに留守番として残ってもらい、2人で外に出た。
大量の荷物だが、俺が持つのも違う気がする。
そんなことを考えながら歩いているとアンばあちゃんが話しかけてきた。
「新しい仕事は見つかった?」
「アルマのコネでなんとかなるかもって感じかな」
「……あんまり上手く行ってなさそうね。大人しく傭兵やってた方がいいんじゃない?」
「すっげえアルマが言いそう」
「今のなしで」
アンばあちゃんが顔を片手で覆いながらもう片方の手を振った。そんなにアルマといっしょは嫌か。
「私にはラウルが才能を腐らせて現状に甘えてるようにしか見えないのよね」
眉を下げながら若干申し訳なさそうにそう言った。
「……アンばあちゃんに比べたらそりゃあな」
じーちゃんと同郷の幼なじみでしかなかった普通の田舎娘が初恋の相手を追ってパーティに入る一緒に戦い世界を救ったというシンデレラストーリー。それがアンばあちゃんの伝説で彼女が絶大な人気を誇る理由の一つだ。そこに至るまでには並々ならぬ努力があったことは想像にかたくない。
「アルマに認められるくらい頭が良くて、ジルケが感嘆するくらい奇跡が扱えて、イーディスが話し相手に選ぶくらい政治力があって、パウラが微笑むくらい剣が扱えて。この私が魔道具作成を手伝わせるくらい手も器用よね。逆に聞くけどこれ以上何を望むの?」
「……つってもな。俺は魔法を作る才能はあっても使う才能がないし、奇跡を扱えても教会には馴染めないし、政治力がある?としてそもそも俺の家じゃ大したことできねぇだろ」
剣と魔道具の件についてはアンばあちゃんも分かってると思うので省く。
俺は職を選ばなければ傭兵でやっていけるんだろう。英雄にだって手が届くのかもしれない。でもそれは、俺が俺でなくなってしまうから。
「それよりグリフォンの話しよーぜ」
「仕方ないわね。私たちが今から狩りにいくグリフォンは」
「グリフォンって殺しちゃダメだって聞いたことある気がするけど?」
「比喩よ比喩!」
「ああそう」
「グリフォンをつかまえて羽根を毟るわよ!」
「え?家畜化されたグリフォンから羽根をもらうんじゃねえの!?」
今流通してるグリフォンの羽根って多分だいたいそんな感じだろ!?
「言ったでしょう。まだ取引先も決まってないの。手っ取り早いのは自分で取りに行くことよ」
いやそんないい笑顔で言われてもはいそうですかとはならねえから。
「着いたわ!」
「近かったな」
「いつかこれに乗りたいと思って、あの家に住むことにしたのよ」
「さすが魔道具技師の鏡」
なるほど俺を連れて気球に乗れる良い機会だから押し切られたのか。グリフォンはついでだなこりゃ。
アンばあちゃんが受付に交渉しに行ったが、なんかペコペコされてるな……。どっちだ?
アンばあちゃんが腕をクロスにしようとして……そのまま丸を作った。行けるってことね。了解。
「どうやったんだ」
コソッとアンばあちゃんに聞く。
「偶然予約が空いたんですって!うふふ」
嬉しそうなのはいいけど本当かよそれ。
俺が疑わしそうに見ていたからか受付の人が小声で話しかけてくる。
「ええ。ハーバー様の言うことは概ね正しいです。この街の領主が貸し切っていたのですが、ハーバー様が乗るならぜひ同乗したいと」
「はーすっげえな」
アンばあちゃんの人気は健在だな。じーちゃんより人気あるんじゃないかという気すらする。
実際のところは少年相手ならじーちゃん、少女相手ならアンばあちゃんが人気って感じかな。
イーディスさんは良識があるから貴族受けが良いし、あと教養がある人間にも大人気だ。
アルマは……実績ならナンバー1だしいいんじゃねえかな、うん。俺は好きだぞ。
▫
気球で空を飛んでいる。確かにこれは新鮮な体験だ。ゆっくり空の旅を楽しめる。
下を見ると今通ってきた街並みが小さく見える。石で作られたどこか統一感のある家々が海風とよく合っていてなんだかノスタルジックな気分だ。
アンばあちゃんは空の景色を存分に楽しんではしゃいでいる。それを領主様が満足気に眺めている。どうやら熱烈なファンらしい。あとでサイン書いてあげるよう言っとくか。
あ、領主様のお嬢さんが耐えきれなかったのかアンばあちゃんのところに駆け寄った。アンばあちゃんもニコニコしながら応えている。
「この気球は10人乗りらしいですよ」
ん?ああ、俺が話しかけられてんのか。
声の方へ振り向くと金髪碧眼のイケメンが微笑んでいた。俺の表情プロファイリングによると99%の確率で作り笑いだな。ってのはさておき。誰だろう。領主様に着いてきてるくらいだから執事?いや食客か?まあどっちでも有り得るか。こんだけイケメンだしアンばあちゃんに話しかけているお嬢さんのお付きとかかね。
「客5人と操縦士1人だからあと4人乗れるな?」
ってことでいいのか?
「そうです。人は富を1点に集中させ、富を得た欲深い者は贅沢三昧をおくる。無駄なことだと思いませんか?その富を全ての人で分ければもっと幸せになれるでしょうに」
……なんか怪しい感じだな。危険思想?
あまりそこには触れずに会話するか。
「人。まるでお前は人じゃないみたいな言い方だな」
「そうですよ。私は人ではありません」
「……エルフか」
青年は頷く。
初めて見た。精霊の末裔で見目麗しく、肉体も知能も人より優れている……だったか。人が入れぬような深い森に集落を作っていると言う伝説があるが実際のところは分からない。街に出てくるようなエルフは総じて口が堅い。
「人でないのはあなたもそうでしょう?初めて見ましたよ、人型を取っているのなんて」
……。…………ん?
俺は初めて自分の感情が表情に出にくいことを感謝した。
俺が人間じゃないってどういうことだ?本当に人間か疑わしい姉がいるとはいえ、一応人間の母親と父親から生まれたはずだが。
動揺を誤魔化すように口角を上げる。
「よく分かったな?」
戦いになるなら即刻この気球から叩き落とすが……。
「いえ、争う気はありません。……やめてください本当に。エルフはあんまり戦闘力が得手ではないんですよ」
「ふーん。まあいいか」
エルフにも興味があるしな。物語でしか名前を聞いたことがない稀有な種族だ。集落とやらも行けることならぜひ行きたい。
「なんで人間の真似を?」
「ん?んー。例えばこの手袋、そこの女に作ってもらったもんなんだが、見てろ」
ポケットから銅貨を取りだし、握った右手の側面に載せる。魔法で回転をかけることを意識しながら銅貨を跳ねさせていく。よし充分に回転がかかったな。俺は銅貨を弾き飛ばし、気球の進行方向にいた鳥を撃ち落とした。
「な?すごいだろ」
せっかくなので、どうやら人間を見下していそうなエルフに人間の良いところをプレゼンしておこう。
ってことで実践してみたのだがいかがだろうか。
「……小動物を無闇に殺すのは感心しませんよ」
「それはそうだな。悪い」
そういえばこの男はそんな感じの思想を言っていたんだった。ちょっとまずいことをしたな。争うつもりはなさそうだしセーフか?
「人間は退屈しなくていいぞ?」
エルフはそう言えば長命なんだったっけ。どういう経緯でここにいるかは知らないが、元の集落に気に入らないことでもあったから外に出たのではないのか。そう思って聞いてみる。
「……。私は運が良かったので、こうして食客として招かれていますがね。エルフっていうのは……いえなんでもありません」
青年は続けて何かを言おうとしたがそのまま首を横に振った。
俺は首を傾げながらまた外の風景を眺めることにした。ちょっと飽きてきたな……。
アンばあちゃんに充分構って貰えて満足したのかお嬢さんがエルフの青年のところに駆け寄って来る。懐かれているようだ。俺は怖がらせるかもしれないから距離を取っておくか。
「エルフなんて久しぶりに見た!」
近づいて来た俺にアンばあちゃんがそうやって言った。
「やっぱり美しいわねー。絵本に出てくる王子様みたい!物憂げな顔も絵になるなんて、ああ、エルフの中でも特に整ってるんじゃないかしら」
「ああうん……」
アンばあちゃんがまるで恋する乙女のように光悦と話す。気球にはしゃいでいて気づいていなかったらしいが、目に入ればこうなるわな。知ってた。放置されている領主様に悲しい現在。見た目は普通のおっさんだけどさ。
「領主様にあとでサインを渡しておきなよ」
「なんで?」
本気で気づいてなさそうな顔で聞いてくる。こういう人だよアンばあちゃんは。知ってた。
「進行方向にハーピィの群れがあるようなので少々遠回りをします」
どうやら気球の操縦士は有能なようで、面白そうなアクシデントも事前に察知して避けるようだ。もちろんその方がいいに決まってる。
「……なあアンばあちゃん。遠くから射殺できないか?」
とはいえ、方向転換する前なら何してもいいだろってことで。
「できるわよ。えーと」
アンばあちゃんが持ってきたデカイ鞄をごそごそと探る。
「あったわ。でも生態系に問題とかあったりしない?」
「グリフォン狩ろうつってるやつが言うことじゃねえだろ。それ何?」
「矢よ。刺さったら爆発するの」
ふむ。今は海の上だから撃ち漏らしても大丈夫か。
「ほらアンばあちゃん。弓だよ」
「……あのねぇ。はあ、だから弓にしたのね」
アンばあちゃんが鞄の中から筋力補助の魔道具を装備する。そして耐久力増大のネックレスをかける。元々装備している指輪やイヤリングなどは全て身体能力を底上げするためのものだ。
おそらく双眼鏡の代わりになるんだろうメガネをいつも通りかける。
俺が渡した弓に何か細工をした後矢をつがえた。弓からシュゥゥゥーという大きな聞こえる。そしてそのまま矢を放した。
見えないくらい矢が遠くに飛んで行って、そこで爆音が聞こえた。
「ハーピィの群れはどうなりました?」
「全滅しています……!」
操縦士の人が驚いたように言う。その言葉を聞いて領主様が目を輝かせて手を叩いた。
「さすがですハーバー先生!」
「先生だなんてそんな」
「いえいえ……」
よし話すキッカケになったらしいな。俺は謎の達成感を覚えた。




