2-2 現地調達をしよう
「俺が知らない間にまた離婚したんだって?」
そもそもまた結婚してたことすら知らなかったがな!住所が変わっててビックリしたぞ。これで5回目だったか。
「うるさいわねー。相変わらずデリカシーがないんだから。モテないでしょ」
「……」
モテないのはその通りなので何も言えなかった。いや、遠巻きならあの人怖そうだけどかっこいいくらいは言われてるんだぞ?
「アンヘルムさんはどうしてここにお店を開いたんだ?」
「名前で呼ぶのやめろって言ってるでしょ!?」
「ははっ」
まあアンばあちゃんに会った時のお決まりのような会話だ。名前にコンプレックスを持っているらしいので。本気で動揺しているアンばあちゃんを見るのは楽しい。本人の意志を尊重してばあちゃん呼びしてあげているのだからちょっとからかうくらいは許してほしい。
「それはさておき、だ。この手袋にいらん仕掛けを組み込んだってジルちゃんから聞いたんだが……」
「いらなくはないわよ」
どうやらジルちゃんの言ったことは本当らしい。ムッとした顔で答えられた。
「理由は?」
「この世界に存在するものには全て終わりがあるの。つまり異世界から来たこの素材も、この世界に来た以上は終わりあるものにならなきゃいけないのよ。せっかく終わりをこっちで設定できるんだから派手にしないと、ね?」
「ね?じゃねえ」
何言ってるか全然分からなかったぞ。
オカルト的な話か?
「ラウルなら耐えれる程度の爆発だから大丈夫!」
「俺が耐えられないほどってそれ何らかの法にひっかかる兵器だろ」
「……相変わらず可愛くないわね」
「俺が可愛い方が問題だろ……。とにかく、爆発機能はいらないからさっさと外してくれないか?」
アンばあちゃんは嫌いではないが気が合わないのであんまり会話が続かないのだった。基本俺には構って来ないので、会ったところで何も思わない枠だ、俺的には。
「仕方ないわね。っと」
「その手は?」
「手袋を渡しなさい」
「ああ、はい」
「我ながらよくできてるわね」
「それは本当にもう」
「良くできすぎてて弄れないわね……」
「ええ……」
そう単純にはいかないようだ。俺は魔道具のことには詳しくないから、そう言われればそうなのかなという気持ちだ。
「解体して作り直すってのは?」
「それは最終手段よ。素材を足せばどうにかなる、か?」
「うーん不安だ」
「時間経過で薬剤AとBが接触したら爆発する仕組みだから反応しないような素材を入れ込めば理論上は止まるのよ」
「なんでそんな手の込んだことを……てかそれで異次元世界由来の金属が破損するのか?」
「するといいなぁって」
頑丈だからって俺で遊ぶのやめてくれない?
まあアルマがどういう契約で取引したのか分からないから俺が言えることはあまりないけど。
何か言いたげなデヴィンを撫でる。今は話さないようにと俺は伝えている。デヴィンは魔道具の類ではないが、面倒事になるのは嫌なので一応。
「まあいいや。そんでその素材はあるのか?」
「んー。この店にはないわね。まだ開店したばかりで仕入先も本決まりしてないのよ」
いたずら好きで依頼品に自分のオリジナリティをねじ込んでくるのは当たり前、自由奔放で男に言われて仕事を辞めたと思えばまた始めたり、スケジュールの管理ができていないせいで期限内に物が完成しないこともしばしば。それでも仕事が尽きないのは彼女が優れた魔道具技師だからだ。作成中の魔道具がいくつか見える。
「グリフォンの羽根が欲しいわね」
「ふーん。金はこの前乱獲したワイバーンでどうにかなるか。いつ頃届きそう?」
「今からだと……いや、自分達で取りに行こう!その方が速いわ!」
「えっ」
「行くわよ!」
「俺も……?」
「当たり前じゃない。戦闘力のない魔道具技師1人で行かせるつもりかしら」
「……」
戦闘力がない……?
まあでも俺の物だしな。仕方ないか。
デヴィンはどうしようか。できる限り使わないようにしとこうかな。
「なんか良さげな武器貸してくれ」
「杖を使えばいいじゃない」
「俺が魔法使うのどれだけ不得手か知って……知らないのか。武器あった方が便利だからくれ」
「なるほど?よく分かんないけどあなたも大変なのね。えーとこの辺に良いのがあったような。お、あったあった。籠手とかどう?」
手の装備は手袋で埋まってるんだが?なるほど、アルマがくれた杖が手袋型だったのは、どうやら彼女のセンスらしい。
「ラウルは手の装備が1番合ってると思うのよね。本体が下手な武器より頑丈だし」
渡された籠手を手袋の上から嵌めてみる。
「その手袋は外してね。あまりにも衝撃が強いと爆発するからね」
「……」
ダメじゃねえか。
俺は無言で外した籠手をアンばあちゃんに向けて投げた。
「いたい」
過剰に痛がる振りをしているが、全然元気そうだ。あててないんだから当たり前だけど。
「弓でもくれ」
「……ラウルはなんでもできるわね」
アンばあちゃんはそんなことを言うが、正直俺は不器用な部類だ。
見てすぐに真似をするなんて芸当は到底できないし、すぐ飽きるので極めることもできない。興味を持って、それをやろうと練習してブラッシュアップをする。これを繰り返していたらやれることが増えていただけだ。誰だってできるだろと思いつつも、やってるやつを見たことないのも事実なので、俺は少しだけ自分をすごいやつだと思っている。
「おーい、弓持ってきてー」
「はーい」
若い男の声が聞こえる。
「アンばあちゃん、まさか……」
「まさかって何!?」
「若いツバメ?」
「んなわけないでしょ!私をなんだと思ってるの?」
「んー、恋多き天才魔道具技師?」
「くっ、間違ってない……!」
あと初恋相手のじーちゃんに未だに未練があって、孫の俺に自分をばあちゃん呼びさせてる女。
「ヨナスはそんなんじゃないわ。そもそもあの子は……」
「取ってきましたよ!」
5本くらいの弓を持って現れたのは、筋力と体力のありそうな体格の良い青年だった。確かにこれはアンばあちゃんの好みじゃないな。良かった。俺と同い年くらいの青年が恋人ですとか言われたらさすがに引く。
「弟子かなんかか?大変っすね」
「そんなことないですよ」
そんなことを呟きつつ、弓を物色する。
鍛冶師のところに行って矢を買わなきゃな。弓はそういうところが面倒ではある。
「この弓はどんな効果が?」
「威力が上がります。あと1度にたくさんの矢が打てるので攻撃できる範囲が広がります」
「そりゃすごい。で、その矢はどうやって持っていくんだ?」
「……鋭いわね。気合いよ。ラウルなら持てるでしょ?」
「姉貴なら持てるかもな。こっちの弓は?」
持てなくはないかもしれないが、俺は割と機動力重視の戦い方だから持ちたくない。姉貴は弓使わねえだろってのは置いといて。
「それはね、矢を放っても一切音が出ないの!」
「それはすごい」
と思って持ち上げてみると、……なんかすぐ壊れそうじゃないか?消音のために部品を取り付けていて複雑な構造になっているようだ。
売り物じゃないから試作品なんだろうしまあこんなもんかもしれないが、使いにくそうだな全体的に。武器屋じゃないのだし需要には合っているのかもしれない。
「あ、でもこれはいいな」
持ちやすいし軽い。威力の程は微妙かもしれないが、今回はアンばあちゃんがいるから火力はいらない。この弓がちょうど良さそうだ。
「それはヨナスが作ったやつね」
「へー。センスいいじゃん」
「ありがとうございます」
真っ黒なデザインの弓で派手なアンばあちゃんらしくないと思ったがなるほどね。
「私の作ったやつの何が気に食わなかったの?いや、変な意味とかじゃなくてあとの参考にしたいから」
「俺が欲しかったのはこの弓だったってだけだから気にすんな」
量産品を作ってるわけでもあるまいに。アンばあちゃんに魔道具を作って欲しいと思う人間がたくさんいるのだから、変わる必要なんてないのではないだろうか。というのは俺個人の考えか。
「グリフォンってのはどこにいるんだ?」
「海を越えた隣国の山にいるって話ね」
「へえ。じゃあ船を使う感じか」
「それもいいんだけど、気球使ってみない?」
「気球?あああれか……」
空を飛べるらしい魔道具の一種だ。見たことはある。一応乗り物なんだっけ。
「ラウルがいるからいざという時も大丈夫ってことで!船より楽しいはずよ?」
「俺は空は飛べないぞ。でも確かにそうだな……新鮮な体験にはなるか」
「じゃあそれで決まり!待ってなさい今準備してくるから」
アンばあちゃんがそのまま走り去って行く。元気だなぁ。アルマは昔より若干動きが遅くなっている気がするし、ジルちゃんは昔より体力が無くなったとボヤいていた。アンばあちゃんはあんまり変わらないかも。男から生気を吸い取っているのかもしれない。
俺も矢を買い揃えに行くか。
「じゃあ俺も出るからアンばあちゃんに言っておいてくれ。すぐ帰ってくる」
「俺もついて行っていいですか」
「ん、うん?まあいっか」
なんでついてくるのかよく分からないが、アンばあちゃんには書き置きで伝えればいいか。
「ルドルフさんって呼んでも?」
「いいぞ」
アンばあちゃんの弟子だから他のヘイマーと関わる機会も多そうだしな。その時呼び名を区別できないのは困るだろう。
「ルドルフさんのことは師匠からよく聞いています」
「そうか?」
アンばあちゃんと俺はそんなに関わりないと思うがな。どちらかと言うとテオに対しベタベタしているイメージだ。若い頃のじーちゃんに1番似てるからだろうなぁ……。
「見た目は怖いけど、頭が良く思いやりのある子だと言っていました」
「ふーん」
褒めてくれているのは嬉しいな。
「それだけじゃないだろ?」
「……見た目通り恐ろしいところもある、とも言ってましたね」
「だろうな」
まあ姉貴ほどヤバいやつじゃないと自分では思っているが、俺も学生時代そこそこ怖がられてたからな。売られた喧嘩は基本買うし、暇つぶしがてらいろんな戦い方を試したっけ。狭い場所に閉じ込めた後一方的に相手をタコ殴りにした時はすげぇ批難されたなぁ、あの時はさすがに反省した。
「まあ俺は良いヤツではねえよ」
どうしようもないくらい粗野で野蛮で、救いようのないクズしかいない人殺しの家の末裔だしなという言葉は飲み込んだ。
両親の葬式の時、俺はそれを否応なく実感させられた。一族の連中は仇を取りに行くんだのなんだのと葬式に出ようとしないし、俺がそれをなだめても何故か喧嘩が始まるし。俺は疲れて寝た。姉貴はそういうのも騒がしくて好きだとか言うがその時いなかった人間が言うことでもねえよなと俺は思った。
「ヨナスさん……だったよな?どうしてアンばあちゃんの弟子になろうと思ったんだ?」
「お恥ずかしい話なのですが、僕がもともと経営していた魔道具店が経営難で潰れまして。途方に暮れていたところを師匠が拾ってくれたんです」
「へーいい話じゃん」
俺の中でアンばあちゃんの株が上がっていく。
おっと武器屋だ。さっき見かけたから来た道を戻ってみたのだ。
扉を開けて店内に入る。矢はどこにあるかな。
振り向くとヨナスさんがいない。店の前で待つ感じだろうか。
「兄ちゃんいい体してんね。傭兵さんかい?」
おばちゃんがいる系の武器屋かー。見たところ細いからこのおばちゃんが鍛冶師ってわけじゃなさそうだな。うむ。普段傭兵に接しているからか俺が目を細めても動揺しないな。矢だけ買うの申し訳なくなるから他の客のところに行って欲しい……昼だから誰もいないな。
「そんなところだ。今日は矢を買いにきただけだから俺に構わなくていい」
ということで渋い傭兵っぽさ出してみたんだけどどう?
『ヒューかっこいいー』
今回は腰元にしまってあるデヴィンからの評判も上々だ。
「弓使いか。良い弓あるんだけど見てかないかい」
「いらないです……」
カッコつけも通じなかったので俺は早々に諦めることにした。
「俺はそもそも武器にこだわりとかないんで」
少々嫌な言い方をしてしまった。おばちゃんの方を恐る恐る見る。
「武器はいい物を使った方がいいよ。生存率が上がる」
……思ったより怒っていない?と言うより呆れている?
「見てると息子を思い出してね」
怪訝そうにでも見ていたのか、理由を言ってくる。
「……」
「別に死んじゃいないよ。元気にやってるはずさ」
俺そんな顔に出てる?
それはさておき。
「デヴィン、剣になってくれ」
今はナイフのデヴィンを取り出す。
俺の言葉を聞いてそのまま長剣になった。……流れを察したのかすげえ装飾。貴族の剣みたいだな。生存率となんの関係もない気もするがいいか。
「これが俺がよく使っている武器だ」
「これは……ダンジョンからしか手に入らないと言われる収納武器かい!?」
「え、あ、はい」
収納武器?なんだそれ。デヴィンみたいな武器が他にもあるのだろうか?
「この装飾……売れば一体いくらになるか……!これは兄ちゃんが見つけたのかい?」
「い、いや、じーちゃんのやつだ。使い勝手がいいからもらったんだが」
「刀身も綺麗だ。確かにこれなら他の武器なんていらないかもしれないね」
「はあ」
なんか思ったのと違うけど、考えてた通りの結果になったからいいか。
「矢は何に使うんだい?」
「この剣はあまり表に出したくなくてな。今回は基本弓で戦うことにしたから矢を買いに来たんだ」
「なるほどねぇ」
それで何とか矢を買うことに成功したのだった。今度から矢は自作しようかな……。




