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戦略的な溺愛に戸惑っている悪役令嬢(自称)です  作者: いか人参


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8.思わぬ提案



レイに手を引かれて連れられて来たのは、食堂の中二階にある個室の席だった。


外が見えるようガラス張りになっているが、外側から見ると光の関係で室内が見えにくくなっている。

誰でも使えるが、事前予約制で別途個室料金が掛かるため利用者の大半は高位貴族の学生達だ。


白い壁に風景画の飾られた解放感のある室内に、テーブルを挟んで3人掛けのソファーが向かい合う。そこに対面で座るアンジェリカとレイの二人。



「これで機嫌直してもらえないかな?」


レイがテーブルの上に並んだコース料理の品々に掌を向け、にっこりと上品に微笑む。


(くっ…なんて卑怯な真似を………)


室内に漂う食欲そそる肉の芳醇な香りに、焼き立てパンの甘い香り。どの皿も見栄え良く盛り付けられており、目が釘付けになる。魅力的な光景にアンジェリカは思わず生唾を飲み込んだ。



「普段は胃に優しい食事が多いのだろう?ここには人目がないから、気にせず好きなだけ食べたらいいよ。すべて僕が食したことにするから。」


「………………いただきます。」


最後の一押しにアンジェリカが陥落した。



「ふふっ。どうぞ召し上がれ。」


開き直ったアンジェリカが瞳を輝かせてカトラリーを手にすると、レイは心底嬉しそうに微笑んだ。



「お い し い っ !!」


一口味合う度にアンジェリカが大袈裟なほどに歓喜の声を上げる。大きな口で美味しそうにパクパクと食べる姿に、レイの顔も自然と綻ぶ。



「アンジェに喜んでもらえて、僕も嬉しいよ。」


レイは食事をすることなく、アンジェリカの様子を楽しそうに見ている。


彼女が食事をしやすいよう、お代わりの紅茶を注いだり、空いた皿を自分の方に避けたり、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。



「ねぇ、アンジェ。聞いてもいいかな?」


「ん?なひ?」


食事が終盤に差し掛かった頃、アンジェリカを眺めながら紅茶を飲んでいたレイがカップをソーサーに戻して口を開いた。


大きめに切った肉を口に放り込んだばかりのアンジェリカが、一生懸命に咀嚼しながら応答する。



「君はどうして病弱なふりをしているんだい?」


「え」


記憶が戻ってから初となる豪勢な食事に気が緩んでいたアンジェリカだったが、レイの言葉で現実に引き戻された。避けたかった話題に、顔から血の気が引いていく。



「何か事情があるのだろう?僕は君の助けになりたい。だから話してはくれないだろうか…」


だがレイは、咎めることも無理に聞き出そうとすることもしない。彼はあくまでも、アンジェリカが自分の意思で話してくれることを望んでいた。そして彼女の助けになりたいのだと。



「ええと、それは…」


動揺したアンジェリカの視線が泳ぐ。


(言えない…死ぬかもしれないから家を出たいなんて、絶対に言えない。妄言だと思われるだけならまだしも、父親に相談でもされたら終わる。レイは責任感強そうだしな…上手く躱さないと、余計に心配されて付き纏われそう…)


目が回りそうな勢いで思考を巡らせるが、いい案が全く浮かんでこない。気を抜くとつい、今さっき食べた美味しいもののことを考えて現実逃避をしてしまう。



「剣術や体術を君に指南しようか?」


返事に困っているアンジェリカに、レイが思いがけない提案をして来た。



「え?」


(なんでそのことを…?でも教えてもらえるならそれはすごくいい話。残された時間は少ないから、使えるものはなんでも使いたい…)


アンジェリカがペリドットの瞳に期待を滲ませる。



「初めて会ったあの日、君は身体を鍛えていたのだろう?それだったら僕にも腕に覚えがあるから助けになれるかなって。」


組んだ手の上に顎を乗せたレイが優しく微笑む。



「いいの…?」


「ああ。僕も少しでも長く、アンジェと一緒に過ごしたいからね。」


「レイ、ありがとう。」


アンジェリカがレイに向け、ふんわりと優しく微笑んだ。

喜びで頬の血色が良くなり、ペリドットの瞳が嬉しさいっぱいに煌めく。それはまるで、大輪が咲いたかのような華やかで美しい笑顔だった。



「あ…うん。」


珍しく言葉に詰まるレイ。

初めて自分に向けられたアンジェリカの笑顔に見惚れて、彼の呼吸が一瞬止まりかけた。僅かに頬を赤くして、今も尚彼女に目を奪われ続けている。



「……っ」

(イケメンの照れ顔は反則だってのっ…!)


整った顔にぽうっとした表情で見つめられ、アンジェリカの方がひと足先に正気を取り戻した。つられて赤くなりそうになるのを堪えて、無理やり話題を変える。



「デ、デザートを食べてもいいかしら?」


平常心を意識したものの、実際は声が上擦ってしまった。アンジェリカは不自然に横を向いたまま尋ねた。



「あ、うん。もちろんだよ。今お茶を入れよう。」


対するレイの返事もぎこちなく、たどたどしく会話を再開させた二人。


焦ってティーポットを手にしたせいでレイの手元が狂い、いつもスマートな彼にしては珍しく音を立ててお茶を淹れていた。



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