7.突然の暴挙
翌日から通常授業が始まり、アンジェリカも他の生徒と同様学生らしい生活を送っていた。
クラス内では日に日に仲良しグループや派閥が出来上がっていくが、アンジェリカは誰からも話しかけられることなく常に孤立していた。
初日の担任の余計な一言と彼女の高貴な身分が原因だ。皆腫れ物扱いをしており、アンジェリカと距離を置いているのた。
そんな中、アンジェリカは学ぶことに対して単純に面白さを感じていた。
(勉強って面白いな。さすがは公爵家の血筋、学んだら学んだ分だけ頭に入ってくる。前世の自分とは大違い。この分なら、語学や薬学を極めて隣国で専門職に就くのも夢じゃないかも。せっかくの異世界なんだから、やりたいことをやりたいよね。)
教師の説明を聞きながら、自分の未来に思いを馳せる。楽しくて妄想が止まらない。そんなことを考えていると、この学園という狭い世界で孤立していることなど些末なことに思えるのだ。
「アンジェ、お昼食べに行こう。」
そんなことを考えていると、レイが声をかけて来た。
(もうそんな時間か。)
いつの間にか午前中の授業は終わり、昼休みになっていたらしい。気がつくと教室が閑散としていた。
「今日はちょっと用事があるの。」
視線も上げないまま教科書と筆記用具をしまい、さっさと席を立つ。毎日のようにランチに誘うレイのことを、アンジェリカは毎日のように容赦なく断るのだ。
だが、この日は少し違った。
(……ん?)
なぜか机の上に影が出来ている。不思議に思って見上げると、笑顔で威圧的に見下ろしてくるレイと目が合った。
(……え゛)
ちょっとしたホラー体験だ。
「僕たち、友達でしょう?アンジェのことをもっとよく知りたいんだ。」
金髪の前髪の間から覗く青の瞳には、隠しきれない熱がこもっていた。その声はどこか必死で、懇願しているように聞こえる。
「あちらのお嬢さん達も貴方のことを知りたいと思っているんじゃないかしら?きっと親密なお友達になれるわよ。」
そんな彼の熱を真に受けることなく、アンジェリカはそっぽを向いて嫌味で返した。
(貴方のスペックなら、男女問わずいくらでもすり寄ってくるでしょうに。なんでわざわざ私に絡むかな。)
彼女が向けた視線の先には、教室の隅からレイに秋波を送っている女子生徒の群れがいた。
身分が高く見目麗しい彼とお近づきになりたいのか、瞳をキラキラと輝かせながらじっとこちらの様子を窺っている。
「ふぅん」
彼女の言葉に、レイがあからさまにムッとした表情を見せた。普段ほとんど表情を崩さない彼にとって珍しい反応だ。
(え、怒った…?)
意外な反応に驚くアンジェリカを置き去りにして、彼はチラチラとこちらを見ていた女子生徒達に近づいていく。
「「「「きゃああああああっ」」」」
貴公子然たるレイが颯爽と自分たちの元へやってくる事態に、彼女達から黄色い悲鳴が上がる。
熱心に彼を見つめる彼女達の潤んだ瞳には、強烈な歓喜と期待の色が映し出されていた。
(ほら、やっぱ大人気じゃん。)
自分でけしかけたというのに、なんとなく面白くないと感じてしまったアンジェリカ。
無視して後ろのドアから教室を出ようとしたが、次の瞬間レイが発した耳を疑う言葉に足が固まった。
「僕の好きな人はアンジェだけだから。」
表情一つ変えずに彼女達へ言い放つと、くるりと振り返って、今度は蕩けるような甘さを帯びた微笑みをアンジェリカだけに向ける。そして、「ね?」と言わんばかりに首を傾けて見せた。
「「「「きゃああああああああっ!!」」」」
普段冷静な顔をしている彼の秘めたる熱を見せつけられ、一際大きな黄色い悲鳴が教室内に響く。
突然のイケメンの公開告白に、皆顔を赤くしてはくはくしている。完全に恋に恋する乙女たちへの見せ物となっていた。
一方、突然の暴挙ともとれる愛の告白に被弾したアンジェリカは絶句し、すぐに言葉が出なかった。数秒後、周囲の目を気にして控えめに声を荒げる。
「ちょっ…いきなり何を言って…!」
「アンジェ、すまない。」
すぐさま謝罪の言葉を口にしたレイ。
彼は申し訳なさそうに眉を下げ、普段よりキラキラ感を半減させてアンジェリカに近づいてきた。
「君への告白は、後日改めて正式な場を設けさせて欲しい。」
美しい青の双眸で真っ直ぐに見つめてくるレイ。
彼の声音には並々ならぬ決意が感じられ、どこまでも真剣だった。
「は」
対するアンジェリカの返事は、非常に端的であった。頬を染めることなく、猜疑心に塗れた視線を向ける。
(いきなり何言っちゃてんの…私に執着する理由って何?…裏がありそうで怖いんだけど。)
愛おしそうに微笑みかけてくる男に対し、一周回って恐怖心が芽生え始めた。意識して半歩後退するが、レイはお構いなしに一歩半距離を詰めてくる。
「ほら、早く教室を出ないと質問責めにあってしまうよ?」
レイは笑顔でアンジェリカの手を掴み、半ば強引に教室の外へと引っ張っていく。
(このっ…お前のせいでしょうが〜〜!!)
アンジェリカの心の叫びも虚しく、ご機嫌なレイに連れ出されてしまった。
その後、残された女子生徒達の間で、レイとアンジェリカを対象とした過激な妄想トークが繰り広げられたことは言うまでもない。




