6.精一杯の愛想笑い
貴族の子女達が通うこの王立学園は、15歳で入学して3年間在籍する。
基本的に入学は義務だが、健康上の理由や成人してすぐ爵位を継ぐ者など、特別な事情のある者は国王の承認を待って免除されることが認められている。
1学年3クラスあり、貴族に必要な教養やマナー、ダンスレッスン、この王国の歴史など授業の内容は多岐に渡る。
貴族として必要なことを身に付けながら、人脈作りや婚約者探しを行うというのがこの学園が存在する目的だ。
無事に入学式を終えたアンジェリカは、人の流れに沿って校舎までやって来た。この後は自分のクラスでオリエンテーションを受けて昼前には解散となるようだ。
1学年の教室が並ぶ廊下の掲示板に、クラス名簿が貼られている。皆それを順番に確認して自分の教室へと入っていく。
(ええと、アンジェリカ・リーランドは…)
1クラスあたり15名ほどだ。
アンジェリカが1組の名簿から順に名前を確認していく。
「僕らは2組だね。」
頭上から答えが降って来た。アンジェリカが自分の名前を見つけるより早く、後ろから眺めていたレイが見つけたらしい。
(うわ。この男と一緒は面倒そうだな…)
思わずしかめ面をするアンジェリカ。
「友達と同じクラスだなんて嬉しいよ。ねぇアンジェ?」
「ソウデスネ」
自分がこの男に脅されて友達役をやらされていることを思い出し、アンジェリカは棒読みで返事をした。
目的地が同じため、自然と連れ立って歩くアンジェリカとレイ。
見目麗しく高貴なオーラがダダ漏れなレイと、その隣を歩く顔の知られていない派手な色彩のアンジェリカ。女子生徒達からの嫉妬の視線がグサグサと突き刺さる。
「いて」
つい口から漏れ出た小さな声に、隣を歩くレイがすぐに反応した。
「アンジェ?大丈夫かい?人混みで疲れたのなら、今日はもう帰ろうか?」
足を止め、目線の高さを合わせた青の瞳が心配そうに覗き込んでくる。彼の声は普段よりも僅かに強張っていた。
「貴方の隣にいるのが嫌なだけよ。私は目立ちたくないの。」
アンジェリカが隠すことなく不快感を露わにする。それなのに、心配していたレイは安堵の表情を浮かべた。
「僕は目立つけどアンジェの盾にもなれるよ。君が一人になった途端、あの子達から質問責めに合うんじゃないかな?中々大変そうだよね。」
口元に手を当てたレイがくすくすとお上品に笑い出す。
(お前のせいでしょうが…!!)
笑顔のアンジェリカがこめかみに青スジを立てる。
「では、どんな厄災からも私のことを守ってくださいませ。私の盾に期待してるわよ。」
「この上ない栄誉だね。アンジェは片時も僕の側から離れちゃ駄目だよ?」
(このヤロウ…!)
ああ言えばこう言うで、一向に口の減らないレイにアンジェリカが内心悪態をついた。何を言ってもにこにこと笑顔で言い返してくるため、彼女は口を閉ざすやり方に方針転換したのだった。
二人が教室に入ると、もうほとんどの生徒が席についていた。
黒板に席順が記載してあり、それを見たアンジェリカがほっと胸を撫で下ろす。レイと席が離れていたからだ。
「またね」と手を振って来たレイを無視して、自席につく。アンジェリカの隣は静かそうな見た目をした女子生徒だった。
自分の方を見たので挨拶をしようと思ったその時、このクラスの担任が現れてしまった。仕方なく口をつぐんで前を向く。
「みなさん、初めまして。このクラスの担任となったカーミラ・フェルナンドよ。気軽にカーミラ先生とお呼びになってね。」
深緑のシンプルなワンピースを着た恰幅の良い中年の女性が、全員に視線を配りながらゆったりとした口調で挨拶をする。新入生の扱いに慣れているようだ。
そんなカーミラの視線がぴたりとアンジェリカに止まる。
(え?わたし…?)
いきなり視線を向けられて戸惑うアンジェリカに、カーミラは慈愛のこもった温かい笑顔を向けて来た。
「まず初めに、皆さんにお願いがあるの。アンジェリカ・リーランドさんはお身体が弱くて、激しい運動は出来ないそうなのよ。だから皆さん、彼女のことを気にかけてあげましょう。特に男子生徒諸君、アンジェリカさんに力仕事が回らないよう助けて差し上げてね。」
カーミラの温かい声かけとは裏腹に、教室内に冷え冷えとした空気が漂う。女子生徒達からの嫉妬の視線は鋭利な刃物と化していた。廊下でレイと仲良く歩く姿を見られていたせいだろう。
「・・・・・ハハハ」
(教師がいじめ煽ってどうすんの………)
死んだ魚の目をしたアンジェリカが精一杯の愛想笑いを返した。
こうしてアンジェリカの学園生活は、担任の余計な心遣いのおかげで悪目立ちからのスタートとなってしまったのだった。




