5.入学初日
レイに言われるまま友達として学園に通うこととなったあの夏の夜から、怖いくらいトントン拍子に物事が進んだ。
父親の執事経由で入学の許可を言い渡され、医師からも通学に問題はないと診断が下りたのだ。それから敷地内なら自由に出歩けるようになった。
レイが裏で手を引いていることは間違いなかったが、何をどうやっているのかは全くの不明だ。
「ああもう!ムカつくムカつくムカつくムカつくっ!ムカつくわ!」
入学を間近に控えた冬の終わり、15歳になったアンジェリカが自室で喚き散らかしていた。
彼女の怒りの矛先は、クローゼットの中に吊るされているカバーを外されたばかりの真新しい制服だ。
丈の長いオフホワイトのワンピースの上に同色のブレザーを重ね、胸元にある光沢のあるワインレッドのリボンがアクセントとなっている。貴族令嬢が好みそうな品のあるデザインだ。
「何よ、この白々しいメッセージは!それに何で私のサイズを知っているのよ!気持ち悪くて仕方ないわ。」
彼女は制服に添えられていたメッセージカードを握りつぶしていた。
『親愛なるアンジェへ。
まさか君と学園に通える日が来るなんて、夢みたいだ。記念に僕から制服を贈らせてほしい。制服姿の君に会えることを心から楽しみにしている。早く会いたい。
愛を込めて
レイより 』
「お嬢様、あまり怒るとお肌が荒れますよぉ。美肌効果のあるハーブティー置いときますね。」
そう言ってミミが持ってきたのは医者が使う鎮静作用のある薬茶だ。匂いで気づいたアンジェリカが一体どこで手に入れたのかとため息を吐いた。
すると、ふとあることが思い浮かぶ。
「まさかミミが私の情報を売ったの?」
「ひどいですぅ。私は大切なご主人様を売るような真似なんてしませんっ。たかが服のサイズに、金貨を積まれるなんて逆に怖くて断りますよぉ。」
ミミが大袈裟に泣き真似をしながら傷付いたアピールをしてくる。
(……聞かれてたんかい。断ったのは偉いけど、なんかちょっと腹立つな。)
アンジェリカは、情報漏洩防止策を徹底しようと心に誓った。
迎えた学園生活初日、シワひとつない制服に身を包んだアンジェリカは憂鬱そうな顔でひとり馬車に揺られていた。
(やっぱりめんどくさいな…)
学園に近づけば近づくほど暗然たる気持ちが募っていくが、今更後戻りすることは出来ない。気持ちの切り替えが出来ないまま、馬車は学園に到着してしまった。
門の横には詰め所があり、守衛が配置されている。列を成した馬車が検閲を受けながら順に中に入っていく。さすがは貴族子女が通う学園だ。
アンジェリカの馬車は、リーランド公爵家の紋章のおかげで優先的に中に入ることが出来た。
馬車から降りたアンジェリカは、案内に従って入学式の行われるホールへと向かう。教室のある校舎とは別で、独立した建物らしい。
正門から少し距離があったが、人の波に流されていくと簡単に目的地に到着することが出来た。
(ええと、新入生は舞台手前の席で…席次は自由。なるべく目立たない端っこの席にしよう。)
案内表示を確認したアンジェリカが会場の中に入ると、すでに結構な数の人で溢れていた。
前方に座る生徒たちは初々しく、その後ろは慣れた雰囲気で隣同士会話をしている者が多い。上の学年の生徒達だろう。さらに後方には、新入生の保護者と見られる世代が静かに見守っていた。
舞台袖にはグランドピアノとピアニストが配置されており、会場内に静かな曲調の音楽が絶え間なく流れ続けている。
「アンジェ」
音楽のせいでアンジェリカが船を漕ぎそうになっていると、親しげに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の主は、同じ制服に身を包んだレイだった。
気安い態度で手を振りながら近づいてくる。彼の存在に気付いた女子生徒達が色めき立つが、レイの視線はアンジェリカに固定されたままだ。
(レイ…?なんかちょっと…)
制服姿の彼を見たアンジェリカが、その違和感に首を傾げる。
「ねぇ、レイっていくつなの?」
「……ちょっと待ってもらえるかな。」
これで会うのが2回目となるアンジェリカの一言目に、レイの柔和な笑顔が崩れた。口元が引き攣っている。額に手を当てながら、ふらふらとした動作で彼女の隣の空席に腰掛けた。
「絶対私より年上よね?ここは新入生のための席よ。先輩方は後方の席だわ。」
「僕に興味を持ってくれることは大変嬉しいんだけど、それを最初に聞くのか…」
「それで一体いくつなのよ?」
きっちり問い詰めてくるアンジェリカ。
レイは片目をつむって、優雅な仕草で自身の唇にそっと人差し指を立てた。ほのかに色香が漂う。
「内緒」
「友達なのに?」
カッコつけるレイを無視してアンジェリカが恨めしい声で言うが、彼の完璧な表情は変わらない。
「ほらもう式が始まるよ。」
いつの間にか演奏は終わっており、司会者の声掛けで学園長が登壇していた。盛大な拍手と共に式が始まり、アンジェリカははぐらかされてしまったのだった。




