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戦略的な溺愛に戸惑っている悪役令嬢(自称)です  作者: いか人参


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14/27

14.文字が繋ぐ想い


アンジェリカとミルフェルの二人が学園で優雅にお茶をしていた頃、ひと足先に帰宅していたレイは着替える間も惜しんで、制服のまま執務机に向かっていた。



そこへ、入室の許可を得た従者のウィルヘルムが書類の束を手にしてやって来た。


レイより一つ年上の彼は黒髪に明るめの金眼をしている。スラリとした細身の体躯で顔が青白く、物静かな印象を持つ。

ウィルヘルムは真っ直ぐにレイの執務机の前まで進むと、静かに書類を置いた。



「レイアス様の制服姿も見納めかと思うと寂しいですね。」


ウィルヘルムが真顔で言うと、レイは走らせていたペンの動きを止めた。



「それは嫌味か?」


視線を上げ、露骨に嫌そうな顔をする。



「まさか。事実を申し上げただけですよ。」


今度は明らかに揶揄っている口振りだったが、1秒でも時間を無駄にしたくないレイは、ウィルヘルムの存在を無視して書類に視線を戻した。



「それと、こちらの書類は例の件です。」


「それを早く言え!」  


顔色を変えたレイが書きかけの書類を雑に傍に避け、ウィルヘルムの持って来た書類の束に手を伸ばした。

打って変わって慎重な手つきで一枚ずつ捲り上げ、1文字も見落とさないようゆっくりと眼球を動かしていく。視線が往復する度に瞳の輝きが増していく。



「あぁ彼女の文字を見ただけで癒される…彼女の優しさと強さが滲み出ている素晴らしい筆跡だ。そして今回も完璧という…こんなにも突出している彼女は、人の形をした女神なのかもしれない。それならば全てに納得がいく。」 


書類を抱きしめて瞑目したレイが驚嘆の声を漏らす。尋常じゃない反応だったが、見慣れているウィルヘルムにとってはいつものことだ。



「レイアス様がヘタレで、いつまでたっても想いを告げられないことに対しても納得ということですね。まぁ、確かに?」


「おい」


レイの顔から表情が消え、威圧感のある低い声が出た。だが、ウィルヘルムに怯む様子はない。



「御自覚があるなら、早く決着をつけてださい。貴方様が無駄に学園生活を満喫しているせいで、各所に弊害が発生しているのですよ。そろそろ抑えているこちらも限界です。」


「分かってる。そのための期限だろう?」


「それを一度破ったくせに、今更何を言いますか。」


「くっ。」


痛いところを突かれたレイが喉を鳴らす。自分に非があることは明白だったため、ぐうの音も出なかったらしい。



「リーランド公爵への根回しは完了しておりますから、ちゃちゃっとお願いしますよ。」


呆れたウィルヘルムが主人に発破をかけるため、わざと軽薄な物言いをした。

付き合いの長いレイは、彼の気遣いを理解した上で深く頷いた。その精悍な横顔は、決意に満ちていた。



***



ミルフェルとのお茶を終えて帰宅したアンジェリカ。

たくさん話して気分が明るくなったはずなのに、自室で一人になると胸がざわついて仕方なかった。


そのせいで勉強が手につかず、諦めて自分の中のモヤモヤと向き合うことにした。


(私は決められたシナオリに沿って強制退場させられる人生なんて嫌なんだって。だからそうなる前に公爵令嬢の人生から降りるって決めた。周囲から身勝手と思われたって、出来るだけ平穏に長生きしたいって思うのが人でしょ。そのための努力だってしてるんだから。)


心の中で言葉にして、自分の考えを整理する。


(自分でなんとかするって決めてここまで準備して来たんだ。今更誰かを頼ろうなんて、そんな気はない。アンジェリカとしての人生だって、自分で決めた道を生きたいってただそれだけ。だから私は…)


何度考えても行き着く先は変わらず、自分の人生を誰かに助けてもらおうとは思えなかった。例えそれが信頼できる居心地の良い相手だとしても。



少しばかり視界が開けたアンジェリカは、気持ちを切り替えてレイに与えられた課題に目を向ける。


学園に来る日が少なくなった今も、使用人を介して毎日欠かさず課題のやり取りをしてくれるレイ。


課題を出す時もアンジェリカが行った課題を返却する時も、必ずメッセージを添えてくれるのだ。それもレイらしい几帳面な文字で、毎回賞賛の言葉と共に容赦のない指摘が懇切丁寧にびっしりと書かれている。



「レイ…」


今回の課題にも添えられていたメッセージを指でなぞっていく。バラン良く等間隔に並んだ美しい文字達がレイの穏やかな声で脳内再生される。


(これも頑張ったら褒めてくれるかな。それとも、キツイ指摘が飛んできたりして。)


無自覚にアンジェリカの口角が上がる。


今はもう胸のざわつきはすっかり収まっていた。当の本人はその理由さえ分からずに、鼻歌まじりにページを捲り始めたのだった。




アンジェリカが集中して机に向かっていると、ミミがノックもせずに部屋の中に入って来た。どんな時も鷹揚に構えている彼女だが、今はらしくなく焦っているようであった。



「大変ですぅ〜!お嬢様の婚約者が決まったと旦那さまがぁ〜!」


「は…?」


全く予期していなかった報告に、アンジェリカが目を見開く。激しい動揺でペリドットの瞳が揺れる。


(嘘でしょ…なんで今なの…?)


唖然とする彼女の頭には、教室で自分と話すミルフェルとレイの姿が思い浮かんでいた。そして、その楽しげな光景は一瞬にして黒く塗りつぶされていったのだった。




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