13.充実した日々の中で
アンジェリカの学園生活にミルフェルという友人が加わり、彼女の過ごす時間は一層有意義なものとなっていた。
週に1度の朝はレイと鍛錬に励み、自習時間には図書館で勉強、放課後はミルフェルをお茶や買い物をして過ごし、夜はレイからの課題を行う。
そんな充実した日々が続いてあっという間に季節が冬へと変わり、1学年最後となる3学期を迎えていた。
「じゃあまた明日ね、レイ。」
放課後、急いだ様子で帰り支度をしていたレイに挨拶をするアンジェリカ。彼女の隣には当たり前のようにミルフェルの姿があった。
二人はすっかり仲良くなり、授業の後は一緒に過ごすことが日課となっていたのだ。
「また僕は仲間はずれか。」
鞄を手にしたレイが彼らしくなく拗ねた声で言うが、アンジェリカはそれを豪快に笑い飛ばす。
「だって貴方、最近ずっと忙しそうにしてるじゃない。休む日だって多いし。」
「それはそうだけど…」
図星だったレイが言い淀んだ。
事実、夏を過ぎてから彼は急激に忙しくなり、学園に来る日自体少なくなっていたのだ。たまに来れたとしても、中抜けしたり早退したりすることが日常茶飯事であった。
それでも、空いた時間を全てアンジェリカに費やしていたと自負する彼にとって、彼女から多忙を理由に言われることはひどく寂しかったのだ。
「家の都合でしょう?大事な公爵家の跡取りなんだから、仕方ないわよ。また時間が出来たら一緒にお茶でもしましょう。」
暗く沈んだ表情で目を伏せた彼に気付き、アンジェリカが優しく声を掛ける。途端にレイが息を吹き返して分かりやすいほどに表情を明るくした。
「じゃあさ、学年最後にある謝恩会に僕のパートナーとして一緒に参加して欲しい。」
「え゛」
レイの突然のお誘いに、驚いたアンジェリカが変な声を出した。
謝恩会とは、卒業生以外が参加する学園行事のことだ。皆盛装姿で参加し、飲食やダンスを楽しみながら夜会での振る舞いを学ぶのである。
婚約者のいる者は、パートナーとして相手と共に出るのが慣わしだ。
「いやだって、私…ほら、病弱だし?ダンスなんて出来ないわよ。それに私が貴方の隣にいて、勘違いさせたら大変だわ。」
目を逸らしながら必死に思い付いた言い訳を並べるが、気がつくとレイが立ち上がって彼女の顔を覗きこんでいた。
「勘違いじゃなくて、本気ならいい?」
「……っ!!」
いきなり色香を漂わせながら低音ボイスで囁かれ、アンジェリカの心臓が爆散しそうになる。勝手に速くなる呼吸を整えたくて、無意識に胸元のリボンを握りしめた。
「そ、そそ、そういう問題じゃなくって!」
「ドレスは僕の想いが詰まったとっておきの一着を贈らせてもらうから、是非それを着て欲しい。」
「なに勝手に話進めてるのよ!!」
焦ったアンジェリカの声が裏返る。
レイの声音は穏やかで落ち着くのに、彼の言葉はいつだって彼女の心を掻き乱すのだ。
「その時に僕の気持ちも伝えさせてもらうから、覚悟しておいて。」
アンジェリカの目線の高さに合わせ、青の瞳を細めて不適な笑みを向けてくるレイ。その瞳の奥には隠しきれない熱がこもっていた。
「じゃあまた明日。」
「………っ!!?」
アンジェリカの頬にふにっと柔らかな感触を落とすと、レイは甘さたっぷりに微笑んでその場から去って行った。
「さすがはカーライル様!本日もアンジェリカ様にゾッコンですのねっ。なんて尊いお二人なのでしょうっ…!」
頬に手を当てたまま固まるアンジェリカに代わり、ミルフェルが感激を言葉にしている。まるで歌劇でも見ているかのような口振りだ。
「あの学園人気No. 1の貴公子にプロポーズの予約をされるアンジェリカ様…本当に素敵ですわ。」
透明感のある瞳を潤ませ、ほぅ…と儚げなため息を吐く美少女ミルフェル。
その姿は堂に入っているが、アンジェリカはそれどころではなかった。
(本気って何、本気って…だって、そもそも友達になろうって向こうが…あれでも前に告白まがいなことを言われた気が…でも結局その後何も言われてないし、だからアレはただの気の迷いってことで…え、その話をパーティーでするってこと??……は?)
頭の中で大混乱を起こすアンジェリカ。もうワケが分からなかった。思考の垂れ流し状態で、まったく考えがまとまらない。
勉強となると無駄なく最短で解に辿り着ける彼女だが、自分のこととなると、途端に不器用を発揮してしまうのだ。
美しい顔を赤らめてひとりパニックに陥るアンジェリカを見つめ、うっとりとした顔をするミルフェル。だが、彼女の頭の中は意外にも冷静だった。
(カーライル公爵家なんかではなく、王家に輿入れしてくださったら、私も侍女として一生お仕え出来ますのに…なんて。あの方がそう簡単にアンジェリカ様のことを諦めるわけありませんわね。)
彼女の頭の中は可憐な姿とは裏腹に、私欲で満ちていた。
アンジェリカと過ごす時間が多くなり、心酔した彼女の執着は増幅していたのだった。




