裸の王様
むかしむかし、ある国に読書家の王様がいました。幼い頃から乳母にいろんなおとぎ語を聞かせてもらって育った王様は、即位しても童心を忘れず、ふつうの大人が見向きもしないような童話を好んで読み漁りました。本屋に出回っている作品を読み尽くすと、本の形にまとめられていない物語へと興味が移り、辺境の地に学者を派遣して伝説伝承を聞き取らせ、王様みずから民話集を編纂しました。
自分で見つけた物語のうちでも、特にお気に入りの一本が、こんな話でした。
“広大な砂漠で遭難しかけた旅人が、飢えと渇きに耐えかね幻覚を見る。幻覚は妖精の姿をしているが、その正体は子供の頃の旅人そのもので、虚飾に満ちた大人社会の理不尽さを旅人に向けて説く。本当に大切なものは目に見えないのだ”
子供向けの物語こそ大人が知るべき真実を突いている、というのが王様の持論でしたが、気に入った話にすぐ影響される王様の子供っぽさが廷臣にとっては迷惑で、庶民からの陳情を吟味する場につけ、政治経済を議論する場につけ、賓客の集まる晩餐会につけ、機会さえあれば「大切なものは目に見えない!」「大切なものは目に見えない!」と得意げになって、いちいち説教が長いのでした。王様は諸国の笑いぐさになりました。
そこで大臣は一計を案じ、王様が召し抱えている仕立職人を秘密の話し合いに呼びました。
「お誕生日のパレードで、国王陛下には“世界一美しい衣装”を着ていただく」
「“世界一美しい衣装”!!そのようなもの私めが作れますでしょうか」
「お前は何も仕立てなくてよい」
大臣は仕立職人に童話の本を見せました。
「……『裸の王様』ですな?」
「いかにも。どんなに崇高な志を持っていようと裸は裸。純真無垢も結構だが、子供じみた理想論なぞ世間には通用せぬということを、御身をもって思い知ってもらいたいのだ」
「畏れながら、虚飾を暴く物語を逆手に取り、裸身を衆目の晒しものにするなど、陛下のお怒りを買うのでは」
「あくまでも“現実を見てほしい”とお諫めするのが目的だ。もしもの時はわしが責任を取る」
大臣と仕立職人は、“本当に大切なものが目に見えないのなら服なんて虚飾ですよね?”と王様に言い聞かせたうえで素っ裸のままパレードへ送り出すための段取りを、仲間とともに念入りに計画しました。
ところが……!!
誕生日パレードにあらわれた王様の裸体を見た人々は皆、息を呑み、大臣や仕立職人や、陰謀に加わった者達は、服を着ているぶん恥ずかしさで居たたまれなくなりました。なぜなら王様は全身、筋肉隆々だったのです!!!!!!
今年の誕生日パレードのために“世界一美しい衣装”を用意する、という話を嘘とは知らず素直に受け取った王様は、そんなに美しいのなら中身が伴わなければ衣装に対して失礼だと考え、予告されてから実物の衣装が仕上がる日まで地道にトレーニングを重ね、脂肪を燃やし筋肉を鍛え抜いておいたのです。衣装の中に隠れるはずでしたから、これ見よがしに派手なばかりの筋肉ではありませんが、日焼けを防ぐ油によって起伏が際立ち、陽光に照らされて、騎士達の甲冑よりも燦然と輝いていました。今この場で王様と同じように服を脱げと命令されても、王様ほど見事な肉体美を披露できる者は臣下のうちほとんどいないでしょう。路肩に並ぶ観衆も、圧倒的マッスルボディの前にぐぅの音すら出ませんでした。王様がキレッキレのポージングをキメると御婦人方が続々失神しました。
パレードを目撃した人々の口から口へ噂が広まり、この日以来、もう諸国の誰も、子供っぽい王様を嘲わなくなりました。それからしばらく王国では童話と筋トレが流行りました。
Muscle is beautiful.
筋肉はすべてを解決する。