２．再開
アマンダは胸の内で小さなときめきを感じながら、
宮殿の庭に広がる舞台セットを眺めた。色とりどりの花々が咲き誇る庭園は、まるで絵画のような美しさだった。
演劇のスタッフたちは忙しなく動き回り、照明や小道具の配置を調整している。
彼女の心は、相手役の男性への好奇心でいっぱいだった。
「どんな人だったかしら…」
アマンダは過去の記憶をたどろうとしたが、はっきりと思い出せない。
スター候補生として面倒を見ていた頃のことは、
まるで霧の中のようにぼんやりとしている。
あの頃の彼女は、忙しくて次から次へと新しい才能と会っていたのだ。
だが、スタッフの言う「再会」という言葉が、彼女の心に不思議な期待を植え付けていた。
「アマンダさん、こちらへどうぞ！ 衣装合わせの時間です！」
スタッフの一人が彼女を呼び、仮設の楽屋へと案内した。
そこには、今回の役柄に合わせた衣装が用意されていた。
シンプルだがどこか愛らしい、モテない女性を象徴するようなドレス。
ふんわりとしたベージュのスカートに、控えめな花柄のブラウス。
アマンダは少し眉をひそめた。
「これ、ちょっと地味すぎないかしら？」
彼女は普段、華やかなドレスに身を包むことが多かった。
貴族のお嬢様としての生活では、きらびやかな装いが彼女のトレードマークだったのだ。
「いえいえ、アマンダさん。この役は、見た目よりも内面の輝きで観客を魅了するんです。物語が進むにつれて、どんどん魅力的になっていくんですよ！」
衣装担当の女性が笑顔で説明した。
アマンダは少し納得したような、しないような気持ちで、渋々ドレスに袖を通した。鏡に映る自分を見ながら、彼女は少し不安になった。
「本当にこれで主役を張れるのかしら…。モテない女性だなんて、私には似合わない気がするわ。」
それでも、彼女は自分に言い聞かせた。
演劇は新しい自分を発見するチャンスだ。いつもと同じような役ではつまらない。
今回は、いつもと違う自分を演じてみよう。
衣装合わせを終え、舞台の中央でリハーサルの準備が始まった。
スタッフがアマンダに台本を手渡し、最初のシーンの説明を始めた。
「このシーンでは、アマンダさん演じるヒロインが、偶然、相手役の男性と出会うところから始まります。
彼はちょっと軽薄だけど、実は心に深い傷を抱えた男性なんです。
そこから二人の関係が少しずつ変わっていくんですよ。」
「ふーん、面白そうね。」
アマンダは台本をパラパラとめくりながら、どんな展開になるのか想像を膨らませた。
すると、遠くから足音が聞こえてきた。
スタッフたちがざわつき始め、誰かが「来た！」と小さな声を上げた。
アマンダが振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
背が高く、すらりとした体型。
ダークブラウンの髪が風に揺れ、鋭い目元が印象的な男性だった。
彼はシンプルな白いシャツと黒のパンツというラフな装いだったが、
どこか品のある雰囲気を漂わせていた。
「アマンダさん、こちらが相手役のエリオットさんです。」
スタッフが紹介すると、エリオットと呼ばれた男性が軽く微笑み、彼女に向かって一礼した。
「初めまして…と言いたいところだけど、実はそうじゃないみたいだね。」
彼の声は低く、落ち着いた響きを持っていた。
どこか懐かしさを感じさせる声だった。
「え…あなた…」
彼女の心臓がドキリと高鳴った。
確かに、どこかで会ったことがあるような気がする。
だが、思い出せない。
エリオットの視線は、まるで彼女の心を見透かすように穏やかで、
しかしどこか謎めいていた。
「昔、候補生の頃に少しだけお世話になったことがあるよ。
覚えててくれると嬉しいけど、無理もないかな。
僕、あの頃は本当に目立たない存在だったから。」
エリオットは軽く笑いながらそう言ったが、その笑顔にはどこか寂しげな影がちらついた。
アマンダはますます混乱した。
「そう…だったかしら？ ごめんなさい、ちょっと記憶が…。」
彼女は気まずそうに笑ったが、内心では彼のことが気になって仕方なかった。
この再会が、ただの偶然なのか、それとも何か大きな運命の始まりなのか。
リハーサルが始まる中、アマンダはエリオットとのシーンに臨むことになった。
台詞を交わすたびに、彼女は彼の演技に引き込まれていく。
エリオットの演じるキャラクターは、確かに軽薄でひどい男だったが、
その奥に隠された優しさや脆さが、アマンダの心を揺さぶった。
「カット！ 素晴らしいです、二人とも！」
監督の声でリハーサルが一時中断されると、アマンダはハッと我に返った。
エリオットが彼女に近づき、さりげなく水のボトルを手渡した。
「緊張してる？ 大丈夫、君ならこの役、完璧に演じられるよ。」
彼の言葉に、アマンダは少し頬を赤らめた。
「ありがとう…でも、なんでそんなに自信満々に言うの？」
彼女が軽く冗談めかして聞くと、エリオットは一瞬、目を細めて彼女を見つめた。
「だって、昔から君は特別だったから。気づいてなかったかもしれないけど、
僕にはちゃんと見えてたよ。」
その言葉に、アマンダの心は大きく揺れた。
「特別…？」
彼女は思わずつぶやき、彼の顔をまじまじと見つめた。
エリオットの瞳には、過去の記憶と、未来への期待が交錯しているように見えた。
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