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月狂いの魔女

 空にはいつもは眩しく輝いている月はなく、いつもは月に隠れている星々は新月ということもあり、今は自分が主人公なんだと言わんばかりにキラキラと輝いていた。

 頬についた血を夜の優しい風が撫でていく、とても優しい夜だった。

 崖の上にポツンと生えている木の枝にゆっくりと着地したスピカは、空を見上げた。


 「今日は月が出てなくて綺麗な星空ね」


 右腕からはとめどなく血が流れ、骨は折れてしまっているのかぶらりとしている。誰がどう見ても治療しないと死んでしまうほどに血が流れていたが少しするとバキバキと嫌な音を立てながらスピカの右腕は何もなかったかのように再生していた。

 残っている聖女の力を使い切ってしまい、正気を保つための力がもう残っていないのを本能でわかってしまう。いっそ崖の上から飛び降りてしまおうかという考えが脳裏に浮かぶがそれでは本末転倒というのが今までの経験から分かってしまう。


 「もう魔力不足は大丈夫?」


 声がした方を向くと淡く光る小さな光の玉が私の周りをぽわぽわと飛び回っていた。


 「ええ、もう大丈夫みたい」

 「うーん。今日も派手にやったね。この国の復興はどれくらいかかるのかな?」

 「さぁ?それじゃあ行きましょうか」

 

 木の上からそのまま崖の下に飛び降りる。光の玉ことフィンが風の魔法を使ってスピカの足元から小さな風のクッションを作るとその上に着地し、ゆっくりと地面に足をつけた。

 精霊とは神の代理人、神の卵と呼ばれる存在だ。

 フィンはその中でも強い力を持っているらしく時期神様に選ばれるほど優秀な精霊らしい。

 少し歩くと破壊の限りが尽くされた王国の首都があった。建物は崩れ、この王国で一番美しいとされている王城は半壊し、美しいと呼ばれていた面影は完全に無くなってしまっていた。至る所に火の手が回っており煙を吸って息絶えた者や四肢がなくなっている者、胴体が分かれてしまった者などで溢れていてまさに死屍累々という言葉どうりの現状だった。王都の近くに流れている川には水を求めたのか死体がたくさん積み重なっており、死体の一部が川に流れ、透明だった川は赤く染まっていた。

 フィンはこの光景を見ても何も思わないのか興味深そうに瓦礫の中に入り込み何か宝物を探すかのように物色を始めた。

 

 (瓦礫を漁っているのが時期神様と言われてもピンとこないかなぁ)


 フィンの他にもスピカの周りを色とりどりの精霊たちがふわふわと飛んでいた。

 あれ?いつもより数が少ないような・・・


 「フィン。アルはどうしたの?」


 スピカがフィンに尋ねると瓦礫の中から見つけてきたのか高そうな宝石やネックレスを身につけながらこちらに飛んできた。

 本当にこいつが神様になっても大丈夫なのかな?


 「アルはね・・・」


 フィンは珍しく顔を俯かせて言いづらそうにしていた。

 そこで察してしまった。どうやら私が・・・

 

 「私が・・・殺しちゃったんだね」


 自分で言っておきながら頬が引き攣っているのわかる。

 改めて見ないようにしていた光景を見ると吐き気を覚えて俯いてしまう。

 そう、これは”私”がやったのだ。私がやってしまったのだ。

 頬から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

 「アルのことはスピカのせいじゃないよ!あるを止めきれなかった僕にも責任があるんだから」


 もしかして・・・疑問だったことが段々と頭の中で繋がっていく。不思議だったのだ。今回はなぜか私の目覚めがいつもよりも早かった。つまり・・・

 ゆっくりと胸に手を当てるとかつてアルから感じたとても暖かい魔力が私の中を駆け巡っていた。

 アルはこんなどうしようもない私を助けるために・・・

 

 「こんなところでくよくよしてても仕方がないよね。アルにも怒られちゃう」


 ゆっくりと瓦礫の間を気をつけて歩いていると後ろから石が飛んできて頭に衝撃が響いた。


 「いッ」


 ズキンと頭に痛みが走った。頭からは血が流れて頬を伝って地面にぽたぽたとこぼれ落ちていった。けれど石に当たってできた傷はみるみるうちに塞がり、血もすぐに止まった。

 「う・・・うぁ、あああ・・・」

 頭の中が思いっきり何かで殴られたかのような痛みが襲った。痛みに耐えきれずに地面に蹲ってしまう。

 

 「お前!スピカに石を・・・」

 「フィン!私は大丈夫だから———」


 今にも意識が飛びそうになりながらも必死にフィンを見つめるとフィンは折れてくれたのかはぁ、とため息を吐くと心配そうにスピカの周りを飛び回っていた。

 小さな精霊たちも心配なのかずっと心配をしてくれていた


 「大丈夫?」

 「僕たちがスピカを守るよ!」

 「なんなら皆殺しにしちゃおっか。スピカをいじめる奴らなんてさ」


 (心配をしてくれる子もいるけどどうして物騒な子たちが一定数いるんだろう)


 石が飛んできた方を見るとそこには一週間私たちを止めてくれた宿の若女将の姿があった。泊めてくれていた時はとても優しい顔を向けてくれていたけれど今は憎しみに満ちた顔で私を睨むように佇んでいた。


 「チッ、あいつアルの頑張りを無駄にしようとして・・・!」


 怒りを抑えきれにのかフィンを中心に風が渦巻き始めた。

 このままじゃ・・・だめ。

 

 「わた・・・しは大丈夫だからね?」


 今できる限りで笑みを浮かべるとフィンはとても悲しそうな顔で私を見つめると「フン」と言ってどこかに飛んでいってしまった。

 このままじゃまた・・・早く彼の元に。

 薄れていく意識の中で彼のことを思い浮かべてどうにか意識を保つとできるだけ早く彼の元に行くために足を早く動かそうとするけれど子供だからか歩幅が小さく移動ペースが思ったよりも遅い。

 このままじゃ間に合わないかも・・・

 ふらふらとした足取りだったため気を抜いた瞬間、足が絡まってゆっくりと地面に向かって倒れていく。

 

 「あっ」

 

 今度こそ怪我をしたらまずい。次こそはこの国に生きている人を全員殺してしまうかもしれない。


 (ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。)


 きっと痛みを感じる頃には意識を失っているだろうけど反射的に痛みの恐怖から強く目を閉じた。

 

 (もう・・・ダメかも)


 ————???

 いつまで経っても痛みを感じることはなかった。

 ゆっくりとスピカは目を開けるとそこには黒い衣装を纏った騎士が私を抱き抱えていた。


 「大丈夫か。姫?」

 「ふぅ、はぁはぁ。うん、大丈・・・夫だよ」


 スピカは力無く微笑むと騎士は優しく頬についている乾いた血を拭った。


 「これはどうした?」

 「・・・なんでもないよ」


 騎士———ヒナタは吸い込まれそうなくらい黒い瞳はなんでも見透かされたかのような気持ちになってしまう不思議な目をしている。

 そんな瞳で見つめられるとスピカは思わず目を逸らしてしまった。

 

 「隠さないくていい。見当はついている。石を投げられたんだろう?」


 ヒナタは安心させるように優しく微笑むとスピカを抱きかかえたまま街を進んでいく。

 しばらく歩いていくと広場には死にかけの魔物がたくさん並んでいた。どの魔物も的確に致命傷を避けられていて手練れの冒険者でも出来ないような芸当で倒されていた。

 優しくスピカを魔物の前で下ろすと少し後ろで待機していた。

 魔物とは通常の動物たちが魔力を過剰に摂取したり、魔力を暴走させるとどうしてか異形の姿に変わってしまった動物の総称とされている。

 こんなにたくさんの魔物、ヒナタにはたくさん迷惑かけちゃってる。

 ゆっくりと魔物に近づいていくと魔物の魔力を欲しているのか私の背中から漆黒の翼が生えてきた。

 

 (本当に私・・・悪魔みたい)


 自分の醜さに嫌気がさしていると意思とは関係なく翼から羽が次々と離れていき魔物たちに突き刺さっていく。魔力を限界まで吸収した羽根は黒から白色に変わってキラキラと輝き始め、また再び私の翼に戻っていく。魔力に満ちた羽根は先ほどとは違い神々しさすらも感じるほど美しくスピカの髪と同じ白銀色に変わってキラキラと輝いていた。翼は自然とスピカの中に収まった。

 これでもう当分は大丈夫。あとは私の役割を果たさないと。

 先ほどより顔色が良くなったスピカはヒナタを見上げた。

 ヒナタはとても悲しい目で見つめると剣を突き立てた。

 ありがとう、悲しそうな顔をしないでほしい。そう思うとこんな状況になるといつもヒナタは悲しそうな顔をする。その度に胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

 今にも倒れてしまいそうなくらいふらふらとしながらも必死にたってヒナタを見つめた。

 どれくらい続いただろうか?やがて広場には今回生き残った住人たちが続々と集まってくる。

 集まった住人たちは憎悪と嫌悪の視線を向けると、石を投げてくる人もいるけれど先ほどとは違い精霊たちが石を弾いていた。

 

 「死ね。魔女め!」

 「そうだ。俺の子供もこいつに・・・」

 「街だって———返せよ!」

 「死んで詫びろ!」

 「勇者様やっちまえ!こんなやつに慈悲はいらねえ」


 広場は一瞬で罵詈雑言が渦巻く地獄とかした。

 こんなにもたくさんの憎悪・・・その声に耐えきれなくなりそうになり目が滲んでくる。

 スピカのその様子に耐えきれなくなったヒナタはスピカにアイコンタクトするとそれに応じるようにスピカは小さく頷いた。

 勇者・・・そして私の大切な護衛騎士。そんな悲しい顔をしないでほしい。これは私のせいなんだから。あなたがそんな悲しい顔をしていると余計に泣きそうになってしまう。

 だからこそ・・・私は最後まで悪い魔女にならないといけない。今できる限りの悪い笑みを浮かべてヒナタに右腕を向けた。すると地面に落ちていたスピカの羽根はゆっくりと浮かび上がりヒナタに向かって飛んでいく。そのスピードは凄まじく手練れの冒険者でも避けるのかは怪しいほどである。

 でも・・・ヒナタなら大丈夫。不思議な信頼を胸にヒナタを攻撃をする。

 

 「ハッ」

 

 ヒナタは案の定、いつも通りに軽々と羽を叩き切ると地面を踏み込んで一瞬でスピカの至近距離まで積めるとそのまま銀色の剣を輝かせて私に振りかぶった。


 「毎回・・・つらい役目を、負わせてごめん」

 「それはあなたもですよ」


 彼はそういうととても優しく、痛みを感じる隙がないくらい力強くスピカを切り伏せた。

 切られた部位からは血がどくどくと流れ出てそこからスピカの中で浄化された魔力が溢れ出た。魔力の影響か小さい花や草が瓦礫に埋もれていた街に生い茂った。

 住人たちは憎悪を忘れたかのように「神の祝福だ」だと皆は口を揃えて勇者様とかみを称え出した。

 花園の真ん中で消えゆく意識の中スピカは痛みに耐えながら手を合わせて神に祈った。

 どうか、どうか。せめて今回生き残ったみなさんが幸せになりますように・・・

 そのまま眠るようにスピカは意識を手放したのであった。

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