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2 試行と錯誤 二周目~

「ゲイル様、ゲイル様。起きてくださいませ。朝でございます」

 俺を呼ぶ声に目を開け、身を起こして周囲を見回すと、そこは代官屋敷の自室であり、馬車に乗って街を去ったはずのフローラが目の前にいた。

「フローラ!戻ってきたのか!一体、あれからどうなった?誰が俺を治療してくれたんだ?それに自警団の連中はどうした?」

「えっ?」

 驚きと喜びのあまり勢いよく質問を連ねる俺に対してフローラが浮かべたのは困惑の表情だった。

「あの、ゲイル様。わたしたちは昨日この街に着いたばかりでございますが……。治療ということは、どこかお体の具合が悪いのでしょうか?」

 まるで噛み合わない反応を返され、今度はこちらが困惑してしまった。……いや、しかし、まさか、これはひょっとして……ラノベやアニメでしか見たことがないが、そもそも俺の存在(転生)自体が非現実的な話か。

「なあ、今日は何月何日だ?」

「今日は三ノ月八ノ日でございます。それで、あの、お医者様をお呼びいたしましょうか?」

 その日付は俺がゲイルとしてはじめて目覚めた日付だった。つまり、やはり時間が巻き戻っているのか!?

「いや、いい。どうやら慣れない寝床で夢を見て寝ぼけていたらしい。少し考えたいこともあるから朝食は部屋に運ぶように伝えてくれ」

「……かしこまりました」

 フローラは俺の体調をなお案じていたが、命じられた仕事を果たすべく部屋を出て行った。一人になったところで、改めて体を確認してみたがどこにも傷はなく、レイモンドの剣に突き抜かれた胸部にも何の痕跡も残っていなかった。むしろ、転生してから半年間ずっと机に向かっていた分、今の身体の方が引き締まっているようにすら思えてしまう。

 体が勝手に動きゲームの再現をさせられる感覚というのは非常に不快なものだったが、こうして過去に戻ったということは、俺に課せられた使命はゲイルの破滅を回避することなのか?何の説明もなく転生し、そして死に戻った以上は状況から推測していくしかないな。とりあえず、ゲーム開始のタイミングというか、ゲイルにとっての運命の日が半年後の九ノ月だとわかっただけでも収穫だったと思おう。その上で、どうすれば良いか考えてみるか。

 まず最期の一日に起こった現象についてだが、「ゲーム」ということに注目して考えると、ゲームジャンル違いだがADV(アドベンチャーゲーム)みたいに生存ルートに辿り着くためのフラグを立てられなかったために原作再現ルートに強制的に突入したっていう説はどうだろうか。この仮説に沿って考えると、前回は増税とフローラへの対応に絞って行動していたが、もっと屋敷や街を見回ってイベントを探すべきか?それに、主人公と戦うことになる日付がわかったのだから事前に街から出ておくという手もあるな。あとはまたやり直しできるかどうかだが……これはやり直せなかった時が悲惨だからアテにするべきではないだろう。

 とりあえずまずはゲームの行動を中途半端になぞらないように増税については反対を貫こうか。そして屋敷や街でイベントを探してみよう。朝食を摂りながら考えをまとめた俺はさっそくその方針で動くべく執務室に向かうことにした。


 そして三か月後、まったく方針を達成できなかった俺は執務室で一人頭を抱えていた。

 まず増税についてだが、最初の二か月は前回と同様に増税せずに済ませられた。しかしそこから、断り切れなかったお目付け役が到着するとあっという間にその口車に乗せられてしまったのだ。より正確に言えば、「増税すれば御父君の役に立てますよ」という囁きに俺の中のゲイルが抗いきれなかったのだ。どうやら俺の中にはゲイルの意志が眠っていて、そのゲイルが本当に望むこと、今回の場合であれは父親の役に立ちたいということを拒否することはできないらしい。それに俺も父親の役に立ちたいという気持ちはわかるしな……。

 もう一つの生存ルートのためのイベント探しについても完全に行き詰っていた。屋敷や街のあちこちを歩き回ったり、屋敷に立派な礼拝室があったので神に祈ったりしてみたが、特にこれといったイベントと巡り合うことはなかった。ヒントの無い自由探索ADVって無理ゲーすぎるぞ。唯一の成果と言えるのは使用人たちの会話からゲイルの立ち位置に対する理解を深めることができたくらいか。伯爵家の三男というスペアのスペア扱いの立場はかなり微妙で、本来は貴族であれば身の回りの世話をするのは同性の従者であるはずが、メイドをつけてそれで良しとされているあたりもそのせいらしい。この扱いの悪さが父親の役に立って一人前の貴族として認めてもらいたいというゲイルの望みへと繋がっているのだろう。

 残りの期間で何かイベントを見つけられる保証もなく、あとはもう三か月後に街にいないようにすることくらいしか思いつかなかった。しかし、執務や行事への出席といった身分に伴う責務が長期間街から離れる妨げとなり、レイモンドたちがやってくる三日前から近隣の街々に数日かけて視察に出かける日程を組むのがやっとだった。

 ところが、その希望も打ち砕かれてしまう。九ノ月に入り、もう少しで視察に出かけられると思ったところで、突然の嵐が王国東部を襲い、視察予定の街々が被災したことで視察が延期となってしまったのだ。迫る死期に怯え、俺は恥も外聞も投げ捨てて街から逃げ出そうとしたが、何故だか足が一歩も動いてくれなかった。どうやら運命は俺を見逃す気はないらしい。

 迫りくる破滅を前に執務室で項垂れることしかできない俺をよそに時は進み、俺は晩餐でフローラを殴り、翌日に街の視察に出かけてフローラを嬲るのをレイモンドに止められ、逆恨みからロゼ自警団一行を襲うよう命令を下し、再び必殺の刺突で胸を貫かれて死んだ。



「ゲイル様、ゲイル様。起きてくださいませ。朝でございます」

 そうやって俺は三度目の目覚めを迎えた。どうやら九ノ月十六ノ日に死ぬとここに戻ってくるらしい。死に戻りってやつだな。どうにかしてこのループを抜け出す方法を探し出さないと、ずっと同じ半年間を繰り返すことになってしまうのだろう。そんなの、冗談じゃない!

 こうして、俺の生存ルートを探す繰り返しの日々がはじまった。


 幾度も九ノ月十六ノ日の死を繰り返すうちにいくつかの法則、というか制約が見えてきた。

 一つ、ゲームのストーリーを壊すようなことはできない。代官職をやめるとか、フローラを解雇しておくとか、あるいは事前に主人公たちに暗殺者を送るだとか、そういったストーリーをぶち壊すような行動を取ろうと思っても口や体が動かず、実行することができなかった。二周目の最後に街から逃げ出そうとしても足が動かなかったのもこの制約のためだろう。

 二つ、ゲイルの意志に背くようなことはできない。父親から派遣されたお目付け役の言葉に抗えなかったように、俺の中には確かにゲイルの意志があり、父親のことを持ち出されての説得に逆らうことや、フローラを口説くといった行動を取ろうとすると、ものすごい反抗心が沸き上がってとてもじゃないけど実行に移せなかった。特に後者の時は「あんな地味な平民を愛するなどありえん!」と大暴れして大変だった。ただまあ、正直フローラの地味顔は俺も好みではなかったので口説かずに済んでホッとした気持ちがないでもなかった。

 こうした発見の一方で、ループを抜ける手がかりはさっぱり見つからなかった。街の商家や工房、孤児院といったほとんどの街の主要施設を訪問し、屋敷の中をうろついて使用人たちとも交流を重ねたものの、何もそれらしいイベントが起きることはなかった。何の進展もないままに半年後に勝手に体を動かされては殺される、という繰り返しは確実に俺の心を摩耗させていた。

 そして、この時も俺は何の進展もないままレイモンドとの対戦の時を迎えていた。相変わらず体は自由に動かず、いつもの流れを繰り返しており、ゲイルがレイモンドの剣を弾いたつもりになったところで、ふと、ここで一度後ろに下がって距離を取って、突きを避けて反撃すれば良いのに、と思った。すると、それまで体を動かせなかったことが嘘のように、思った通りに足が動いて、バックステップで後ろに下がることができた。

「なっ!?」

 突然のことに、思わず声がでた。そしてその動揺はそのまま俺の命取りになった。必殺の突きを外したレイモンドをフォローすべく放たれた矢が、後ろに下がったところで立ち止まっていた俺の眉間を貫いたのだ。

 最期の一日に自分の意志で体を動かす道がある、それに気づいたことで、俺の長い迷走……いや、過ちがはじまった。


 いつものようにフローラの声で目覚めると、さっそく直前に起きたことを振り返ってみる。原因はわからないが、死ぬ直前に自分の思った通りに体が動いたのは確かだ。もっとも、それに驚いてそのまま死んでしまったわけだが……。突然体を動かすことができた、ということはそれまでの行動は無関係なのか?とりあえず体が動かせた時に身を守れるように、もうちょっと剣の鍛錬はするべきだろうか。ゲイルの意志もあって素振りなどの最低限の鍛錬はやってきたが、誰かに師事して俺自身が多少なりとも剣を使えるようになっておこう。

 そう決断すると、俺はイベントを探す頻度を減らして街の師範から剣を習うことにした。この師範には街の衛兵も世話になっており、話を通しやすかった。俺の剣の腕前を見た師範からの評価は、「代官様の剣の素質はなかなかのもの。ただ身体の力を使いこなせていませんな」とのことで、つまりは俺がこの身体を使いこなせていない、ということなのだろう。転生前に剣を持った覚えなんてないから、素人が他人の記憶を頼りに剣を振るう様というのは傍から見ればひどく歪なものに見えたかもしれない。


 そうやって半年間ぼちぼちと剣の腕を磨いて迎えた九ノ月十六ノ日もこれまで通り自由に体を動かすことはできず、ゲーム通り進展していくのを眺める事しかできなかった。けれどもレイモンドとの戦いの中で後ろに下がって体を自由に動かせるようになった時にどうすれば事態を収められるか、その手法を考える時間ができたと思えば悪くなかった。

 そうしてレイモンドとの戦いがはじまる頃には相手の腕を褒め称えて何とか剣を収めさせるという方向で決心がついていた。いつもの攻防を繰り返し、いよいよレイモンドの中途半端な攻撃に対してゲイルがその剣を跳ね上げたところで後ろに下が……れない!そのまま、いつも通りに踏み込んで上段から剣を振り下ろそうとしたところを、レイモンドの剣先がゲイルの胸を貫いた。

 どうして体が動かないんだ!前回は確かに動いたんだぞ!

 怒りと疑問を抱えたまま、俺の意識はまた暗闇の中に沈んでいった。そして、同じようなことを何度か繰り返した。


「何故だ!」

 何度目かの死を繰り返したあと、目覚めて即座にそう叫ぶと、俺は自分の指を動かし、手を動かし、腕を動かした。今はこんなにも思い通りに動くのに、どうして肝心な時に体が動かないんだ!起きて早々に叫んで体を動かす俺をフローラが怯えた表情で見ていたが、しばらくそれに気づきもしないほど俺はままならない現実に憤りを覚えていた。

 そして、この周回では目覚めた時の怒りのままにひたすら剣術の鍛錬に打ち込み、半年後にレイモンドと相対した時にはどうやってその場を乗り切るのかなど考えもせず、ただ目の前の敵(主人公)を打ち倒すことのみを考えた。

 ゲイルの意志に身を任せつつ、淡々と機会を待つ。やがて、以前と同じようにレイモンドの剣を弾いたところで一旦後ろに……下がれた!ただ、思ったより距離を取ってしまって、頭の中に思い描いていたような、突きをギリギリのところで避けて反撃を入れるということはできなかった。一旦仕切り直しという形になり、自分自身の動きでレイモンドと剣を交えて気付かされたのは、レイモンドとゲイルの剣の腕の良さだった。二人の戦いはゲイルの方が優勢だったが、同じ体を使っているというのに俺はゲイルの体を使いこなせずに終始レイモンドに押されっぱなしだった。ついには今度はこちらが上段から振り下ろした剣を弾かれてしまい、胴に大きな隙を作ってしまう。

「しまった!?」

 そう思った時には既に遅く、レイモンドの必殺の突きが俺の体を貫いていた。しかし、薄れゆく意識の中で、後から振り返れば間違っていたとしか言いようのない確信を抱いて笑いながら俺は死んだ。


 とうに両手では数えきれなくなったはじまりの朝、俺は笑いながら目を覚ました。部屋に差し込む朝の光も、小鳥の鳴き声も、全てが俺を祝福しているかのように感じられた。

「はははは、そうか、そういうことだったのか」

 以前に体が動いた時も、今回も、どちらにも共通しているのはレイモンドへの攻撃意志だった。なぜ攻撃意志を伴った行動が許されるのか?それは、その行動が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!原作のストーリーをなぞるだけなら俺の転生も、やり直しも必要ない。であるならば、この転生とループで求められているのはゲイルによるレイモンドの打倒であり、俺の生存ルートはここにあるに違いない!

 序盤に出てくる悪役に転生して死亡を回避するために強くなっていったら主人公を倒してその役割を乗っ取ってしまう、そう考えれば悪役転生作品でよく見かけた話じゃないか。待てよ、主人公の役割を奪えるってことは、レイモンドを倒せば弓使いのシアや魔術師のネリーといった自警団メンバーからメインヒロインの皇女エーリカまで揃った原作ヒロインたちによるハーレムを作れるってことか!?死の痛み、苦しみがあるにしても、死んでもやり直せるんだ。ははははは、これはもう、やるしかないじゃないか!

 打倒レイモンドの決意を固めたところで、ゲイルを起こしに来たフローラがベッドの傍で怯えた顔をして立っていることに気付いた。

「おい、さっさと支度の手伝いをしろ!朝食は食堂に用意させろ」

「はっ、はい。かしこまりました」

 そう怒鳴りつけてやると、フローラは慌てて着替えを用意し、逃げるように部屋を出て行った。まったく、気の利かない奴だ。


 こうしてこれまで以上に剣の鍛錬に打ち込む日々がはじまった。もはやイベントを探すことなどはせず、執務以外の時間はすべて鍛錬にあてた。この身体の本来の持ち主であるゲイルはレイモンドに優勢に戦えていた。ならば、それ以上の力を発揮して見せればきっとレイモンドに勝てるはずだ。一周、二周と鍛錬を繰り返すうちに、着実に俺の剣の腕はゲイルに追いついていった。

 しかし、そんな中で一つの問題が起きる。街の師範が「もう教えられることはない」と言ってきたのだ。正確には現時点で並の兵以上の実力はあるので、現在の鍛錬を繰り返し、もっと体が出来上がってから次の段階に……という話だったが、半年後に強くなっていたい俺にとってはその方針は容認できないものだった。そこで俺は近隣から新たな師を招聘することにした。

 ところが、それが次の問題を引き起こすことになった。

「なに、金が足りない?」

 新たな師を招くための手紙を用意させようとしたところ、補佐役たちから告げられたのはそんな話だった。街の剣術師範に習う程度であれば謝礼も大した額ではなく経費もかからないが、他所から招くのであれば謝礼だけでなく滞在費も負担せねばならず、そんな余裕は今の街の財政にはない、というのが彼らの主張だった。そしてその主張は父への上納金を考えると間違った意見ではなかった。

「わかった。それなら税を増やそう」

 かつてはなんとか増税を回避しようとしていたのが嘘のように、俺は増税をあっさり認めた。どのみち増税をしなくてはいけないことはわかっているのだ。であれば、その額を多少増やしたところで問題あるまい。

 こうして予算問題を解決して新たな師を招いた俺はさらに剣術の腕を磨き続けた。その甲斐あって遂に俺自身の腕でレイモンドとまともに打ち合えるようになり、その過程で十分な殺意と腕前があればレイモンドとの戦いの最初から俺自身の意志で体を動かせることを知った。


 ただ、そこまでは辿り着けたものの、それ以上の剣の腕を磨くには少し時間がかかった。僅か半年間のこととはいえ、鍛錬を続ければ体も成長する。ところが死ぬと体が半年前の状態に戻ってしまうため、俺の感覚と肉体の間にズレが生まれてしまうのだ。それでも、斬り、斬られ、弓に射られ、魔法に撃ち抜かれ、何度も何度も死を繰り返しながら、俺は少しずつレイモンドの腕前に追いつき、追い越していった。

 剣と剣の鍔迫り合いを力で押し切り、レイモンドが下がったところを追撃する、と見せかけて一歩目で踏み止まることで矢を回避。仕切り直しで斬りかかってくる……が本命はその背に隠れた魔法。だから剣は軽く受け流して飛んできた氷の礫を切り払う。動揺する間すら与えずに今度はこちらから斬りかかって追い詰めていく。慌てて援護のために飛んでくる矢と魔法を躱し、斬りかかると見せかけて足蹴を叩きこんで体勢を崩す。

 遂に、遂にレイモンドを追い詰めた。あと一息、あと少しで……そう思ったところで、ふいに背後に気配を感じた。そして次の瞬間、俺の背中にナイフが突き立てられていた。

「なん、だと……」

 振り返ると、地に伏せ倒れた護衛たちと、俺から離れるシーフのジョセフの姿が見えた。足を止めた俺の体を剣と矢と魔法が貫き、そこでまた俺の意識は途切れた。


「くそっ、あと少しで勝てたものを!」

 せっかくレイモンドを追い詰めていたのに横槍を入れられた腹立たしさを紛らわすために、呑気に俺を起こしに来たフローラを殴りつけた。フローラの困惑と脅えの入り混じった表情が俺の中にあるゲイルの嗜虐心を刺激して、それが俺の心に満足感を与えてくれる。

 繰り返しの日々の中で判明したこととして、フローラの俺への好感度はマイナスであることを世界はお望みらしく、普段から当たり散らして好感度を下げていると、半年後の九ノ月十五ノ日に晩餐の席で殴るイベントは起きなかった。あの身体を自由に動かせない感覚を嫌って、俺は好感度調整と心の安寧のために何かにつけてフローラに当たり散らすのが当たり前になっていた。

 フローラに八つ当たりして少し冷静になった俺は、繰り返しの中で一度だけ偶然師事することができた剣豪ラセツの教えを思い出した。ラセツはその穏やかな好々爺といった外見とは裏腹に帝国随一の剣豪と言われる人物で、ゲームではストーリー終盤に入ってからソードマスターといういわゆる上級職で仲間になるキャラだ。その名声に恥じない即戦力となるステータスをもっていて、成長の余地はほぼないものの加入してからそのままラスボス戦までスタメンとして使える強さを持っていた。

 ラセツに目の前で剣を振るってもらうと、老齢にも関わらずその振りの鋭さ、力強さはゲイルやレイモンドの比ではなく、何よりもその身のこなしの素早さは目を見張るものがあった。試しに剣を交えれば力量の差は圧倒的で、これがゲームでいうところのレベルとクラス差によるステータスの違いというものなのかとしみじみ感じさせられた。二回行動って本当にあるんだな。

「どうすればラセツ殿のように動けるようになる?」

「ほっほっほ。代官殿はお若いのぅ。何やら焦りを感じますな。まずは体を作り、その上で経験を積むことしかありませんぞ。どれ、代官殿はこんな動きができますかな?」

 そう言うとラセツは曲芸じみた動きをする剣舞を少し舞ってみせた。それは飛んだり跳ねたりしながら両手に構えた剣で優雅に蝶の羽ばたきを表現する演目の一部だった。

「ほれ、今の代官殿にはこのような動きはできるかの?」

「……できません」

「では、今後ともずっとできないと思うかな?」

「いえ、いつかは出来るようになってみせます」

「そうそう、そういうことじゃよ。生まれたばかりの赤子は二本の足で立てずとも、一年もすれば自分の足で歩けるようになる。お主が求める強さを得るためにはよく食べ、地道に鍛錬を続けるほかない」

(いくさ)の中で爆発的に成長する者がいると聞いたことがありますが」

 街の師範と同じことを言われても納得がいかず、つい食い下がってしまった。

「今の世にそんな戦場(いくさば)がどこにある?実戦での経験というものは、お互いが命を懸けて死力の限りを尽くして戦うから糧になるのであって、この平時にごろつきを幾ら斬ったところで得られるものなどたかが知れておるわ。山に籠ったり、開拓の最前線で魔獣共と戦うことで得られる強さもあるが、お主の求めるのは特定の誰か一人を斬るためのものじゃろう?」

「わかりますか」

「わかるとも。ああ、詳しい話はせんでええぞ。面倒な話には関わりたくないからの。ただ、どうしても勝ちたいのであればわかりやすいのは他人を頼ってみるのも手じゃろうな。それでも勝てんのであれば、そもそもその道が間違っていたと認めることもまた一つの勇気であろうよ」

 そんな助言を残し、ラセツは去っていった。その後、もう一度教えを乞おうとしてもゲーム開始前のこの時期は自由に国内各地を放浪しているらしく、繰り返しの度に滞在地が変わって出会えていない。


「他人を頼る、か……。そうか、何も強化できるのは俺の腕だけではないか」

 レイモンドとの決着がつく前に全滅してしまっていた護衛達の姿を思い出し、戦力を増やす方法を考えてみた。護衛達も鍛錬させるか?いや、それでどこまで強くなれるか未知数だし、他の業務に支障がでるかもしれない。それよりは単純に兵の数を増やすか。とはいえ半年では兵を育てるのは間に合わないな。そうすると傭兵を雇うのが一番早いな。費用は例によって税を増やせば良いだろう。俺はもはや税を増やすことに抵抗を感じることすらなくなっていた。

 いざ傭兵を雇おうとしたところ、一つ計算外だったのは国内情勢が不穏になりつつあるこの時期、ゲームにも登場したような名高い傭兵や傭兵団はどこかに囲い込まれており、雇うことができたのは無名の傭兵たちしかいないということだった。それでも数は力だと考えた俺はそういった傭兵を何人も雇い入れることにした。

 傭兵を雇って迎えた自警団との戦いでは、傭兵たちと護衛を組ませることには双方から反対意見が出たため、傭兵たちには遊撃役になってもらった。その布陣を図にしてみるとどこかで見覚えがあり、戦いがはじまってから思い出したのはゲームのハードモードのステージ布陣のことだった。ゲームにはイージー/ノーマル/ハードの難易度選択があり、ハードだと敵の強さの強化だけでなくステージ毎に敵の数も追加され、その追加された敵の配置が雇った傭兵たちの配置場所にそっくりだったのだ。ということは……と思ったところで案の定、傭兵隊がゲームと同様に撃破されたという報告が俺のもとにもたらされた。

 結局はほぼいつもと同じ面々で自警団を迎え撃つことになってしまったが、傭兵たちの分だけ自警団も消耗しており、前回より護衛達も長く戦ってくれた。しかし、それでも俺の刃がレイモンドに届くことはなく、護衛と共に地に倒れたのは俺の方だった。


「もっとだ、もっと兵を集めろ!」

 そう吠える俺に補佐官たちが告げたのは、再びの予算不足の報告だった。

「それなら商人連中の取引にもっと税を課せ!通行料を上げろ!農民たちから食料を買い叩け!」

 俺は補佐官たちが当初に描いていた案以上の増税を指示した。布告した当初は商人などの代表が抗議にやってきたが、反逆罪でそいつらを縛り首にして家財を没収し、妻子を奴隷商に叩き売ってやったところ、すっかり残りの連中は大人しくなった。その上、嬉しい誤算としては、父に傭兵を雇う報告をしたところ、もともと上納金の増額が望まれたのは不穏な情勢に備えて兵を集めるためだったということで、有事の際には父の元に兵を送ることを条件に上納金の増額分も傭兵の雇用に回すことが認められた。これには俺の中のゲイルも父の役に立つことができたと大喜びだった。こうして俺はハードモード以上の戦力を用意することに成功した。その代わり、街からはすっかり活気が消えうせ、気付くと俺はゲイル以上の圧政を敷いていたが、全てはレイモンドに勝って俺が生き延びるためだと思えば割り切ることができた。

 しかし、同時に一抹の不安を感じる出来事も発生していた。反抗勢力(レジスタンス)の誕生である。最初は落書きやビラをばらまく程度だったが、やがて衛兵隊や傭兵に対して嫌がらせからが行われるようになった。ただ、それ以上の大きな行動を起こすことはなかったため、嫌な予感はしつつも調査を命じるだけで当面は静観する他なかった。

 そして残念ながらその懸念は現実のものとなってしまう。九ノ月十六ノ日にゲイルが自警団の逮捕を命じて衛兵隊や傭兵たちが動き出すと、警備が手薄になった隙を狙って反抗勢力の一斉蜂起が発生し、街では衛兵隊&傭兵団VSロゼ自警団&反抗勢力の戦いが繰り広げられることになってしまったのだ。この結果、せっかく雇った傭兵隊による数の優位を活かすことができず、またしても俺は死ぬことになってしまった。

 その反省から次のやり直しからは反抗勢力を徹底的に弾圧するようにしたが、抵抗勢力の首謀者が「S」と呼ばれていることが判明しただけで、繰り返す度に構成員もアジトの場所も何もかもが変わり、潜在的な俺に対する恨みの大きさを思い知らされただけに終わった。

 それからも俺は相変わらず剣に貫かれ、矢に射抜かれ、ナイフを刺され、死を繰り返した。傭兵を雇うだけでなく、罠を仕掛けたり策を練ったり、あれこれと手を打ってみたが、いつも最期の結果は変わらなかった。ある時には何もないところで足を滑らせ、またある時には手を滑らせて剣を落とし、そのまたある時には自分で仕掛けた火に自身が呑み込まれるなど、世界に望まれた役割を果たしているはずなのに、まるで運命が敵に回っているかのような日々を繰り返すことになった。

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