1 目覚め 一周目
柔らかなベッドの上で窓から差し込む朝の光を浴び、小鳥のさえずりを聞きながらゆっくりとまどろみに浸っていると、声が聞こえてきた。
「ゲイル様、ゲイル様。起きてくださいませ。朝でございます」
その声を無視して眠り続けていると、声の主は今度は夜具の上から直接体を揺らしてきた。
「むにゃむにゃ、残業続きで疲れているんだ。もうちょっと休ませてくれ……」
「ざんぎょう?ええと、この街の代官の仕事を今日からおはじめになられるのでは?」
寝ぼけながら返事をすると、不審げな声が返ってきた。
「なにをバカな、俺は……」
その瞬間、それまで不明瞭だった意識が突然覚醒した。俺の名はゲイル・ガードン。帝国東部に領地を持つガードン伯爵家の三男で、領内にあるこのファトスの街の税収を増やすべく派遣された代官だ。ただ同時に、前世というのだろうか、別の世界の記憶もある。そこでは俺はサラリーマンをやっていて、平日は残業も厭わずひたすら働き、その反動で週末の休日はのんびり寝たり、家に籠ってゲームをやっていて……ダメだ、どうしてかぼんやりとしか思い出せない。
仕方がない、ゲイルの記憶の方を掘り起こそう。歳は十九歳、髪の色は暗めの金色。家族は両親と兄が二人、妹が一人。住んでいる国はハイロード帝国、使っている言葉は帝国共通語、貨幣は金銀銅の三種類の硬貨で、暦は西方歴……。
とにかく脈絡なく色々なことを思い出していると、ふと何かが引っ掛かった。これは……誰かに確かめるべきだ。そう判断して俺を起こした声の主を探すべく、体を起こしてベッドのまわりを見渡した。すると、目を開いたまま色々なことを呟く俺の様子が不気味だったのか、ベッドから少し離れたところでこちらの様子を窺うメイド服を着た栗色の髪の少女を見つけた。
「おい、そこのメイド。お前の名前は何だったか?それと、今は西方歴何年の何月だ?」
「は、はいっ。わたしの名前はフローラです。それと今は西方歴六八五年の三ノ月でございますが……」
どうして今更こんなことをお尋ねに?と言いたげなフローラの表情を無視して俺は思索に戻った。フローラ、フローラ……駄目だ、モブキャラの名前までは記憶に無いぞ。しかも六八五年ってつまりいつだよ。千とかみたいなキリの良い数字なら記憶に残るけど、そうじゃないゲーム中の独自年号とか覚えてないぞ。
「あの……ゲイル様。朝の支度なんですけれども……」
俺が必死に前世の記憶を思い出そうとしているとまだ部屋に残っていたメイドがおずおずと声をかけてきた。
「はぁ……おい、フローラと言ったか。俺は考えたいことがある。だからしばらく一人にしてくれ。朝食はこの部屋に運ばせろ。それと、考えがまとまったら執務をはじめると他の者には伝えておけ」
「は、はいっ。わかりました」
俺が睨みながらそう言うとフローラは慌てて部屋を出て行った。ふう、これで邪魔されずに考えられる。俺が今世の記憶を思い出す中で気付いたこと、それはハイロード帝国の国名やゲイルという名前を前世で遊んだゲームの中で見たことがあるってことだ。
ゲームの名前は『ハイロード戦記』。ジャンルとしてはよくあるターン制のシミュレーションRPGで、キャラクターの一人一人が一ユニットなタイプだった。同ジャンルのゲームだと炎の紋章なゲームが一番有名なゲームになるだろう。
『長きに渡って平和と繁栄を享受してきたハイロード帝国は突如として皇帝の号令の下、周辺地域への侵略を開始した。 戦費調達のための課税が繰り返され、戦争に反対する者は弾圧されたことで、大きく広がる版図とは裏腹に帝国内には不穏な空気が広がりつつあった。時は西方歴ナントカ年。辺境の街ロゼで自警団を率いる主人公は自身が大きな戦乱の渦に巻き込まれる運命にあることをまだ知らない』
ゲームの導入は大体こんな感じだったはずで、戦いの中で主人公は皇帝を操る存在がいることを知り、黒幕である悪魔を討って平和を取り戻すために戦乱を戦い抜く、という王道系のストーリーだった。
そんな作品の中でゲイル、つまり俺の立ち位置はというと、端的にいえば主人公が序盤に出会う敵の一人だった。ファトスの街で重税を課して好き放題やっている悪代官で、メイドを嬲っていたところをたまたま街に買い出しにやってきていた主人公に止められて、恥をかかされたと逆恨みして主人公たちを襲撃するも返り討ちにされてしまう。個人の強さとしてはちょっと強めの剣士ユニットとなっていて、チュートリアルが終わった後の最初のボスとして強敵を倒すための手順(遠距離攻撃でHPを削ってから近接攻撃で止めを刺す)を学ぶための存在と言えた。
そんな悪役キャラにどうやら転生してしまったようなのだが、最初の問題はこのゲームストーリーの開始タイミング、つまり導入のナントカ年がいつだったかさっぱり覚えていないってことだ。俺が代官としてファトスの街に赴任したばかりってことはさすがに今日明日の話じゃないとは思うんだが、税収を増やすように命令されて赴任したってことは帝国の異変はもう始まっているってことだよな……。
うーむ、とりあえず思い出せないものは仕方がないから、まずは当面の目的を考えよう。端的に言えばゲームと同じ人生を送りたいかどうか、だ。これはまあ、無いな。何が悲しくて早死にしなくちゃならんのだ。ということで、ゲームと同じ目に遭わないようにする、という目標を元にするべきことを考えてみよう。
ゲームでゲイルが死んだ原因は主人公たちを逆恨みして襲い掛かったことなんだから主人公たちを襲わないのは当然として、主人公たちが突っかかってこないようにその義侠心を刺激しない方が良いだろう。つまりメイドに手をあげたりせず、父親の命令には逆らうことになるが増税も行わずに済むならそれに越したことはないか。ストーリー的にはゲイルという貴族の息子を手にかけてしまったことで主人公たち自警団一行は街を飛び出さざるを得なくなってしまう、という流れなのだが、自警団メンバーには出生の秘密を抱えたやつとかいるから、俺が死ななくても遅かれ早かれ主人公たちは旅に出ることになる……はずだ。多分。
ちなみにゲイルが殴っていたメイドっていうのは恐らくさっきのフローラだな。端役の顔とか覚えてないけど、ゲイルの記憶を探っても他に該当しそうなやつがいないし。そういうことでフローラには優しくしておこう。
さて、それじゃあ情報を整理して簡単な方針も決められたし、とっとと朝食を済ませて代官としての仕事をはじめてみますか。……それにしてもゲームはちゃんとクリアしたし、ハイロード戦記は嫌いなゲームじゃなかったけど、なんで俺は転生したんだ?色々と思い出せないことも多いし、これを探るのも目的の一つになりそうだな。
代官の仕事をするべく執務室を訪れると手回しの良いことに税金関係の資料がすっかり準備されていた。さっそくその資料を読んでみると、毎月の各種税金の徴収額やそこから差し引かれる街の運営費などの各種支出、そして残額を上納金として領主である父の元に送っていたことがわかりやすくまとめられていた。この領主に納める上納金を増やすのが一応俺の役目ということになっている。ご丁寧なことに増税を行った場合の試算も書かれていたが、単純に現在の徴収額に増加割合を掛けただけのものであり、例えば通行料の増額がもたらす通行人数の減少などは一切考慮されていなかった。
「代官様、ご覧のようになっておりますが、どの税を増やしましょうか?」
資料に一通り目を通した俺に補佐役が声をかけてきた。上納金を増やすには街の運営費を減らす方法もあるように思うが、どうやら補佐役たちはその方法は考えていないようだ。ゲームだとこのファトスの街はゲイルの無理な増税によって衰えつつあるって話だったけど、さっきの増税案を見るにこれ補佐役たちが考え無しだったせいもあるんじゃないか?ゲームに出てこないモブに何ができるのか、って話かもしれないが。
「税は増やさない」
「は……?」
俺は資料の束から顔をあげると短くそう答えた。返事を聞いた補佐役はその答えを予想していなかったのか、ポカンとした表情を見せていた。
「もう一度言うぞ、税は増やさない。俺は昨日この街に赴任したばかりで街の実情を知らん。税を増やすにしてもまずは視察などでこの街の実情を把握してからどうするか決めたい」
「な、なるほど。しかしそれでは伯爵様になんと申し開きいたしましょうか?」
「案ずるな。父上には俺が直々に手紙を書こう。貴様たちが咎められることのないようにするから安心しろ」
俺がそう答えると補佐役たちはあからさまにホッとした表情を見せた。それからすぐに俺は約束通り父に弁明の手紙を送り、増税への猶予を求めた。ゲイルとしての記憶を辿ると出発時に大口を叩いていたので猶予を受け入れてもらえるか不安だったが、幸いなことに父であるガードン伯爵は上納金の増額について猶予を認めてくれた。
俺の運命に関わりそうな増税についてはそういう次第になったわけだが、もう一つのメイドのフローラとの関係についても俺の方が地位が上である以上はこちらから何もしなければ何も起きなかった。ただ、フローラの仕事ぶりを見ていて感じたのは、どこか不器用というか、鈍臭いという印象を受ける部分があり、見ていてイライラさせられるところがあった。俺がゲイルだからそう感じるのか、それとも一般的に見てもそう感じるのかはわからないが、ゲームのゲイルはこのイライラが我慢できなかったのだと思う。
ついでに主人公たちの出身地であるロゼの街はそう遠くないため人をやって確かめたところ、確かに自警団の団長として主人公であるレイモンドが在籍しており、この世界は主人公不在の世界などではなく、かつゲーム開始前の時期であるのは間違いなさそうだった。ロゼの街は辺境開拓の最前線にあり、そのため定期的に物資の買い付けに誰かがファトスの街にやって来るようだが、その頻度は一か月か二か月に一回程度とばらつきがあり、やってくるメンバーもまちまちとのことで、買い付けのタイミングからゲームストーリーの開始時期を予測するのは不可能だった。
しかし、順調に過ごせたのも転生してから三か月が過ぎるまでだった。毎月、上納金とともに増税について父に対して猶予を願い出る手紙を送っていたのだが、三度目の返信には増税が難しければ税務に詳しい指導役を送る用意がある旨が書かれていた。これはつまり、何としても上納金を増やさなければお目付け役を送るぞ、ということだ。
お目付け役がやってきても増税をのらりくらりと先延ばしすることはできるだろうか?手紙を受け取ってから数日間必死に対策を考えたが、自分の手で増税を行って規模をコントロールできるようにするのが一番マシ、という結論を出さざるを得なかった。街の運営費を削ることも考えたが、いよいよ隣国への侵攻がはじまり、戦乱の嵐が吹き荒れる予兆を感じられる状況であることを踏まえると、万が一に備えて運営費を削るような余裕はなかった。
そんなわけで増税を行うことを決断すると、執務室に補佐役を呼びつけ、さっそく案の作成にとりかかるよう命じた。ただし、以前の資料に提示されていたような粗雑な案ではなく、財産のある商人を中心に税を課し、それ以外の町民にはなるべく負担がかかさないように注文をつけた。原作のように大幅な増税によって街の活気が失われるというというところまでいかなければ主人公たちが義憤に駆られることはない……と思いたいところだ。ただ、上納金の増加額次第では再度の介入があるやもしれず、その辺も見越した増税の計画立案にしばらく忙しい日々が続いた。
将来に向けての暗雲が少しずつ積み重なる中、更に一つの事件が起きる。俺が前世の記憶を思い出してから半年くらい経ったある日、夕食の給仕をしていたフローラが取り下げた皿を落としてしまった。
「も、申し訳ございません」
「何をやっている!」
謝りながら皿を拾うフローラを前に、いつもなら次は気を付けるようにと注意するだけで済ますところなのだが、その時はよくわからない衝動に駆られて気付けば手をあげてしまっていた。若い男に思い切り殴られたフローラの体は床に叩きつけられ、頬が真っ赤に腫れあがっている。
その哀れな姿を見た途端、俺は正気を取り戻した。
「す、すまん!おい、誰か!冷やすものを持ってこい!」
俺は慌ててフローラに駆け寄ると、他の使用人に声をかけて手当てを受けさせた。少し痣になってしまいそうではあったが、幸いなことに骨が折れたりはしていなかった。手をあげられたことでまだ怯えの残るフローラを早々に休ませると、俺も独りで自室に戻ることにした。
さっきの衝動は一体何だったのだろうか?まるで、俺が俺ではなくなったような……。何かとてつもなく悪いことが起きる予感に背筋が震え、その予感を追い払おうと、慌ててベッドに入って眠ることにした。しかし、残念ながら俺はその予感の正体と翌日には対面することになる。
明くる日の西方歴六八五年九ノ月十六ノ日、まだ夏の暑さが残る中で俺は午後から徒歩で街の視察に出かける予定になっていた。午前中はゆっくりと執務をこなし、視察の準備を終えていよいよ出発というその間際になって突然、俺の体が俺の意志を無視して勝手に動き出した。
「フローラ、お前もついてくるんだ」
ゲイルは見送りに来ていたフローラにいきなりそう告げると、普段は持たない乗馬鞭を取り出し屋敷の外に出た。
(どういうことなんだ!?)
俺は何とかして体を動かそうとしたが、体は一向に言うことを聞かず、ただただ、体の中から本来の持ち主が本人らしく振る舞う様子を見ていることしかできなかった。
昨日の今日ということもあり、フローラは怯えながらおずおずと視察の一向に加わり、最初は最後尾にひっそりと付こうとしていたが、ゲイルに一喝されてその傍を歩くことになった。
出発してしばらくは何事もなく進んだが、とある街角でフローラが足をもつれさせてしまい、よろけてゲイルの体にぶつかってしまった。
「も、もうしわけ……」
「こんのっ、無礼者め!何をするか!せっかく供として連れてきてやったのに、お前はこんな振る舞いしかできんのか!」
フローラが謝罪の言葉を発し終えるより先にゲイルはフローラの体を払いのけると、地面に倒れたフローラを容赦なく乗馬鞭で打ち据えた。
「ひぃぃぃぃ……ご、ご主人様、もうしわけ、もうしわけありません!どうかお許しくださいっ」
「申し訳ないと思うなら、その哀れな声を出すのを止めろ!家畜は家畜らしく黙って折檻を受けろ!」
歪んだ笑みを浮かべながら地に伏したメイドを鞭で叩く様はまさしくゲームのゲイルと同じ姿だった。
(ん?……ゲームと同じ?ということは……)
俺がそう思った直後、打擲が止まった。いや、止められた。誰かが割り込み、ゲイルの腕を掴んだのだ。
「なあ、あんた、そのくらいにしておいたらどうだい」
ゆっくりとゲイルが声の主の方を向くのに合わせて、俺の視界も声の主の姿を映す。そこには、予想通り燃えるような赤い髪をした男が、ゲームの主人公であるレイモンドがいた。
「その手を……放せ!」
ゲイルはレイモンドの手を振り払おうとするものの、がっちりと腕を抑えられており、振り払えない。
「可哀そうにこの娘すっかり傷だらけじゃないか。ちょっとぶつかっただけだろう?何もここまですることはないじゃないか」
「なんだとぉ!?主が自分のモノの躾をして何が悪い!」
「はぁ……やれやれ、一体何様のつもりなんだ。人をモノ扱いするとか、まるでお貴族様の物言いじゃないか」
「オレはこの街の代官だぞ。その邪魔をするとは、貴様、一体どこのどいつだ!?」
「俺は……もごもご」
ゲイルの身分を聞いてしまった、という表情をしつつも馬鹿正直に名を名乗りそうになったレイモンドの口を後ろから走ってきた無精ひげを生やした男が慌てて塞ぐ。この男の名はジョセフ。所属していた盗賊団が壊滅して一人で飢えて彷徨っていたところを村に拾われて、それをきっかけに改心して自警団に所属しているシーフだ。ゲームでは序盤の鍵開け要員という印象が強い。後半は同じシーフクラスのより戦闘向けの暗殺者キャラとか、色っぽい女キャラとかが加入するのでそちらに乗り換えるプレイヤーが多かった。
「こらっ、貴族様相手に何やってるんだ!へへへ、失礼しました。どうかあっしらのことはお気になさらず(おい、団長。メイドの姉ちゃんは助けたからとっととずらかるぞ)」
「ええっ、まさか本当にお貴族様だったとは!こいつはすみません!どうかお慈悲をー」
ジョセフに何か囁かれたレイモンドはゲイルの腕を放すと、棒読みで謝罪の言葉を告げると脱兎のごとくその場から逃げて行った。あまりの逃げ足の早さにゲイルが呆気に取られていると、おずおずと供の一人が声をかけた。
「あのぅ、ゲイル様。女がフローラを連れて行ってしまったのですが……」
「なにぃ!貴様ら一体何をしていた!」
「い、いや、ええと、それはその……ゲイル様が見知らぬ男に絡まれておりましたので」
「それならとっととオレを助けるべきだろうが!」
「申し訳ございません!(とはいえ今日のフローラちゃんの扱いはあまりにも可哀そうだしな……)」
「いいからさっさと探しに行ってこい!」
「はっ、わかりました!」
威勢よく返事をして供回りのうちから数人が駆け出して行った……と思ったらすぐ戻ってきた。
「あのぅ……男たちじゃなくてフローラを追いかけるということでよろしいでしょうか?」
「……当たり前だろうが!愚図愚図するな!」
わなわなと怒りに震えながらゲイルが怒鳴り散らすと、今度こそ勢いよく駆け出して行った。
(まるで出来の悪いコメディみたいだな。ゲームだと当然ながら主人公視点だからこっち側がこんな様子だったなんてはじめて知ったぞ。ちなみにフローラは主人公たちの仲間が手当てをした上で馬車で南部の都市に逃がしているはずだ。仲間の一人の実家があって、後々その都市を訪れた時にお礼を言ってくるNPCがいた記憶があるから、あれがフローラだったのだろう)
「視察は中止だ。屋敷に戻るぞ」
残った一行はゲイルの一声で屋敷に戻って報告を待つことになったが、屋敷に届いた報告はやはり馬車に乗って街を出て行ったフローラに追いつけなかった、というものだった。
「おのれおのれおのれおのれっ……これもすべて邪魔をしてきた奴のせいだ!誰か、あの連中のことを知っている者はいないのか!?」
そういってゲイルが部屋にいた付き人たちの顔を見回すと、同行していた一人がおずおずと手を挙げた。
「たしか、あの赤い髪の男は東にあるロゼって開拓村の自警団の人間だったかと。たまにこの街に買い出しにきていたはずです」
この会話の流れもゲームで見た記憶があるぞと思っていると、その一言をきっかけに同行していなかった人間からも情報が出てきた。
「そいつなら確かレイモンドとかいう名前じゃなかったか?」
「ロゼの自警団の連中ならいつも決まった宿に泊まっていたはずだ」
ある程度情報が出たところで、部屋の誰もがゲイルに顔を向けた。
「レイモンドとその一味を代官に対する反逆罪で捕らえるように……いや、首だ!首を持ってこいと衛兵に連絡しろ!生かしてこの街から出すな!レイモンドの首を持ってきた班には褒美をやるぞ!」
皆から判断を求められたゲイルはゲームと同様に机を叩きながらそう叫んだ。代官とトラブルを起こしてしまったレイモンドたちは街を出るために急いで宿を出る準備をしているはずだが、結局間に合わずに衛兵隊に襲われて戦闘開始、という流れだったと思う。
やがて、吉報を待つゲイルのもとに届けられたのはレイモンドの首ではなく、衛兵隊が返り討ちにあい、逆にロゼ自警団が代官屋敷へと進軍しているという報告だった。
「ええい、情けない奴らめ。もういい、この屋敷にやってくるというなら俺自身の手で成敗してやる!」
衛兵隊の敗北にゲイルは怒り狂っているが、平時の衛兵隊というものは班毎に街の各所に駐屯しており、それらを集合させようとせず、あまつさえ班毎の競争を煽るような命令を出せば各個撃破されてしまうのは当然の結果としか思えなかった。まあゲーム的にいえば最序盤のMAPだからね、という話になってしまうかもしれないが。
そうやってゲームと同じ流れの展開が続く中、相変わらず俺は指一本たりとも自由に動かすことができず、ただただ先の展開を思い出しながら傍観していることしかできなかった。
ゲイルは宣言通りに屋敷を出ると、自警団を迎撃すべく護衛達に陣形を整えさせた。そして、そこに襲い掛かる弓と魔法の先制射撃が自警団の到着を告げた。
「ゆけっ、迎え撃て!」
ゲイルの号令一下、護衛たちが自警団に突撃し、たちまち乱戦状態が出来上がる。ゲームだと拠点に陣取って動かないボスを横目に取り巻きを排除して、間接攻撃でボスのHPを削ってから近接ユニットで攻撃、というのが定石だったが、リアルにやるとこういう乱戦になるのは当然か。やがて乱戦状態の中から一人の男が抜けだしてきて、ゲイルと一対一で向かい合う形になった。
「開拓村自警団団長、レイモンド・ヒースローいざ参る!」
「ガードン伯爵家三男、ゲイル・ガードン。下郎の分際で俺の剣にかかって死ねることを幸運に思うが良い!」
ゲームでもいかにもありそうな戦闘前会話から大将同士の戦いがはじまった。剣を得物とする両者の斬り合いは、ゲームでのステータスと同様に身体能力的にはゲイルの方が少し上のようで、一撃の重さも剣を振るう早さも相手を上回っており、何度か鍔競り合う内にレイモンドを防戦一方へと追い込んでいた。しかし、時折飛んでくる矢や魔法の援護攻撃がレイモンドに決定打を与えることを阻む。
「ええい、鬱陶しい!護衛は何をやっている!」
何度目かの好機を潰されたゲイルがそう叫ぶも、見たところ護衛は他の自警団員たちによって完全に抑え込まれていた。それに苛立ったゲイルの剣筋は段々と力任せの荒々しいものになっていく。それを好機とみたのか、守りが主体だったレイモンドの動きに少しずつ攻めの動きが混じり始めた。
「小癪なことを。そこだっ!」
そんな中途半端な攻めの姿勢はゲイルの苛立ちを強めるよりもその闘争心を掻き立てる結果となり、戦いへの集中を昂らせたゲイルは甘い攻撃を見抜くとレイモンドの剣を跳ね上げ、そのまま上段からの一撃で仕留めるべく必殺の剣を振り下ろそうとした。
(この展開は……まさかのゲイルの勝利か!?)
そう思った瞬間、突然凄まじい痛みを覚えた。ゆっくりと視線を下に向けると、レイモンドの剣が胸に突き刺さっていた。
「ばか、な……」
口から血を吐き、倒れながら思い出したのはゲームにおけるレイモンドのクリティカル攻撃時のモーションのことだ。確かあれは踊るような動きをして溜めを作ってからの素早い突きの一撃だった。そうか、つまりあの中途半端な攻撃はゲイルの大振りの一撃を誘うための罠であり、剣を跳ね上げられたのも計算の内で、そこから突き技の動きに繋げていたのか!
そんなことを考えるうちに、全身から何かがこぼれ落ちて、どんどん感覚が消えていく。くそっ、俺は、ここで、死ぬのか。まだ、この世界で目覚めて、半年しか、生きて、いないんだぞ……。意識が途切れ落ちてゆく中で、一体どうすれば良かったのか、ただただそれを考えながら、俺は死んだ。
「ゲイル様、ゲイル様。起きてくださいませ。朝でございます」
そして、いつか聞いたことのある声で目が覚めた。