天才シェフの秘密
ここダジュール国では王から乞食に至るまで快楽が愛されている。
その中でも全国民が夢中なのは美味であり、おいしい料理を食べることは人生のすべてとまで言われている。
その国民の欲望を満たす為、国により有名料理店は格付けされ、ランキングがつけられている。
その料理店のランキングでもう十年以上も不動の首位を占めているのが、天才シェフと名高いメイユールが経営する料理店である。
メイユールが国一番のシェフとされているのは、その料理の見事さもさることながら、次々と斬新な新しい料理を創作することであろう。
連日、要人や美食家のために腕を振るいながら、更に新たな境地を切り拓いていく貪慾さは他のシェフを唸らせる。
「どこにそんな時間があるのか?」
「どうやって次々と新たな発想を得るのか?」
メイユールは彼の素晴らしい料理を味わう顧客以上に、他のシェフから尊敬される存在であった。
そして天才シェフにありがちな傲慢さかもしれないが、彼は店でなければ料理をしなかった。
何度も国王や外国の国賓のために宮廷で作るように、また大貴族や大富豪が大金を積んで自宅での宴会のために来訪して調理するよう求めたが、誰がどれほどの金を積んでもすべてを拒絶している。
彼曰く
「私の料理が食べたければ、どなたでも我が店においでいただきたい。
そうすれば私の最高の料理を供しよう。
さもなければどれほど脅されようとも私は何も作らない」
そう語る姿は堂々たるものであり、まさに料理界の帝王に相応しいものであった。
政府の要請を拒否する傲慢な態度に、当初不敬罪での逮捕の声もあった。
しかし、メイユールの巧みな宣伝と社交術、そして彼の機嫌を損ねれば外国に移住するかもしれないという恐れにより政府も黙らざるをえなかった。
同時に国王ですら恐れないメイユールのその態度は、料理人など下僕同様の扱いとされていたこれまでの風潮を変えた。
一流シェフは料理道の追求者、芸術者として尊重すべき者であるとして社会の見る目を改めさせ、シェフ達はメイユールへの尊敬を一層に増していた。
『メイユール料理店』
大きく掲げられた看板を見て深く息を吸うと、ルグレはそのドアを開けて中に入った。
今日は定休日で客の姿は見えない。
「こんにちわ」
と声を掛けると奥の方から「はーい」と答える声がする。
小柄で冴えない男が出てきて、用件を問う。
「えー、知人に聞いたのですが、お願いすればメイユールさんに料理を教えていただけるとか」
おずおずと問うルグレの脳裏には、メイユールのところで教えてもらった経験のある友人の言葉があった。
「お前ならば試験はパスするだろう。
一つ忠告しよう。
何があっても怒るな。
必ず得るところがたくさんある」
どこかで苦笑いを押し殺しながら、今やランキングに載るほどの店を経営する友人はそう言って、躊躇するルグレの背中を押した。
ルグレの言葉に、小男は満面の笑顔で答える。
「あー、はいはい、あなたは料理研修の希望者ですか。
ご存知かもしれませんが、このためには一定の条件があります。
あなたの最善の料理を作って、メイユールがそれを食べて合格した方だけしか認められません。
それでよろしいですか?」
「はい、それで結構です」
「では、ここの厨房を使って自慢の逸品を作ってください。
一言アドバイスしますと、メイユールはこれまでに味わったことのないような料理を喜びます。
ありきたりのそこそこ上手な料理よりも、荒削りでも新しいアイデアをお勧めします。
では、でき上がれば声をかけてください」
小男はそう言うと奥に引き上げていった。
彼はメイユールの秘書か助手かだろう。随分と手慣れた感じだ。
しかし、内容は聞いていたとおり。
ここで大半が振り落とされると聞いている。
でもオレは違うぞ!
そう思いながらルグレは厨房に入り、回りを見渡した。
流石に国内一の料理店、道具も材料もどれもピカ一だ。
ルグレはこの時のためにと、遠い外国にまで行ってその地の料理を必死で学び、更に帰国後にそれを基に自分で工夫した料理を研究してきたのだ。
今こそそれを発揮する時だ。
「できた!」
二時間ほどかけてルグレは料理を仕上げた。
遠方の国の独自の料理から発想を得て、ルグレがこの国に合うように工夫したものだ。
この国でルグレ以外に誰もこの料理を味わった者はいない。
少し味見をして、ルグレは満足の声を上げる。
「できました!」
奥の方に声を掛けると、小男がひょこひょことやってきた。
彼は出来上がった料理を見て、匂いを嗅ぐと満足そうに頷いた。
「これならメイユールを満足させられるかもしれませんね。
彼を呼んできます」
ほどなくメイユールがやってきた。
その堂々たる体格、威厳ある顔つき、まさに国一番のシェフを体現している彼を、ルグレは惚れ惚れと見つめる。
「君が研修希望者か。
いや、ともに料理の極みを目指す共闘者というべきか」
メイユールの声は深く響き、ルグレは彼に共闘者と言われて舞い上がる。
「はい、よろしくお願いします!」
「よろしい、早速試食させていただくよ。
ついては助手のヴォルールも一緒に味わわせてもらう」
ヴォルールと呼ばれた小男はすでにルグレの料理を半分にして、別の皿に盛り付けていた。
(僕はメイユールさんのために作ったんだけどな)
しかし、そう言われては断る訳にもいかない。
息を詰めて見守るルグレの前で、メイユールはゆっくりと美しい所作で味わいながら食べ始める。
そのさまは一口ずつ、別れを惜しむかのように、口の中で深く味を確認しながら食べている。
一方、ヴォルールはルグレの料理を食べる前にナイフとフォークで切り分け、突き刺し、機械を分解するかのようにバラバラにして、それを一つ一つを目で、鼻で、指で確かめて、その上で口に持っていく。
ぐちゃぐちゃにされた料理を見て、ルグレは嫌な気持ちになる。
ようやく二人がすべてを食べ終えた後、緊張で震えるルグレを前にして、メイユールはヴォルールと少し言葉を交わしてからにこやかに告げる。
「合格だ。
君の料理は私の舌をとても満足させた。
もとがどこの料理かわからないが、久々に新たな味を教えてくれたよ」
「では、僕はあなたの料理を教えてもらえるのですね!」
「勿論だ。
しかし、共闘者と言ったように、我々の関係は対等、すなわちギブアンドテイクだ。
私の料理を教える代わりに君の料理を教えてくれ」
「あなたの料理に比べたら僕の料理などお恥ずかしい限りです。
それでは到底対等ではないと思いますが、僕の知る限りの料理をお教えします」
「良かろう。
それでは魔術宣誓書にサインをしよう」
ルグレは渡された書類に目を通す。
そこには、
①メイユールとルグレがお互いに知る限りの料理を教え合うこと、
②その相手は当人及び当人が認めた者であること、
③お互いの料理のレシピとこの場のことを他言しないこと
そしてこの誓約を破れば命を失くすこと
が書かれていた。
「この当人以外に認めた者とは?」
ルグレの問いにメイユールは答える。
「ヴォルールだ。
彼とは店の創業以来の仲で、私の半身だ。
彼を入れないのであればこの話は無かったことにする」
「いや、結構です。
この誓約書にサインします」
お互いに指を切って血でサインをし、この誓約は有効となった。
「それでは早速教えてもらおうか」
ヴォルールが厨房に向かい、待ち切れないという表情で声を掛ける。
あれ、メイユールさんは?
とルグレが彼の方を見ると、メイユールは奥に引っ込むところであった。
「メイユールさんはよろしいのですか?」
ルグレの問いにメイユールは満足げに答える。
「ヴォルールに任せているので、彼に教えてくれ。
勿論、それが終われば好きなだけ君に教えるよ」
そう言ってメイユールは去っていった。
(まだ僕の料理はメイユールさんの時間を割かせるほどの魅力がないのか)
ルグレは憧れの人と触れ合う時間が減って少しがっかりしながら、ヴォルールの待つ厨房へ向かった。
ヴォルールは執拗にルグレの料理のやり方を見て、尋ね、味わい、更に一工夫してみて深みを加えようとする。
その料理に向かう姿勢は真摯そのものであり、ルグレは感嘆した。
(助手ですらこれほど深い知識と探究心を持っているとは、メイユールさんならどれほど凄いのか)
ヴォルールは店の合間を縫って、一週間、早朝から深夜までルグレを追求した。
ルグレは自分の持っている知識をすべて探り出されたような気がする。
それもようやく終わった。
「ルグレ君、ありがとう。
君の料理は大変為になったよ。
では、次はメイユールの番だな。
彼を呼んでくる」
ワクワクしながら待つルグレの前に堂々たる押し出しのメイユールがやってきた。
「私の料理だが、これを渡したほうが早いかな」
渡されたのはその者の知識をすべて伝達できる魔術薬。
普通は師匠が自分のすべてを弟子に伝えたい時に使うという高級魔術品だ。
魔術協会の名前でメイユールの料理の知識だと銘打ってあり、疑う余地はない。
「えっ、こんなものを頂いてよいのですか?
メイユールさんの秘伝をすべて僕が得ることになってしまいますが」
驚愕するルグレにメイユールは落ち着いて答える。
「お互いのすべての料理を教え合うと約束したじゃないか。
何も遠慮することはない」
「ありがとうございます!
この恩義は一生忘れません!」
ルグレは感涙しながら、その薬を飲む。
しばらくして、知識が入り、頭が落ち着いた時にルグレは叫んだ。
「何だこれは!
騙したな!」
そこで知ったメイユールの料理は並の料理店レベル。
あの豪華絢爛なメイユール料理店での料理とは似ても似つかない。
「アハハハ、悪かったね。
しかし嘘は言っていない。
私の料理のレベルはこれくらいだ」
「では、あの店の料理は?」
「推察通りヴォルールがすべてを作っている。
私はさも自分が作ったかのようにして表に出るだけだ。
だからこの店以外では料理はできないのさ」
「ではあの次々と出てくる新作の創作料理は?」
「君たちのような優秀なシェフが一心不乱に考えてくれたものを頂いているよ。
名声が高まれば高まるほど有能な若者が来てくれてありがたい限りだ」
メイユールの言葉にルグレは激怒する。
「すべてバラしてやる!」
顔を真っ赤にして怒鳴るルグレを気の毒そうに見たメイユールは、宥めるように言う。
「そう怒りなさんな。
誓約書を思い出してご覧。
ここでのことを話せば命を失うぞ」
そして一息入れて、睨みつけるルグレに優しく語りかける。
「私にも教えられることがある。
それは名シェフらしく振る舞うコツだ。
君はそんなものと思うかもしれないが、世の中の大半は見た目で判断する。
ここで修行してきたと言って、君の料理で名シェフらしく振る舞えば繁盛間違いなしだ。
もし営業する資金がなければ出資しよう。
メイユール料理店がバックに居るとなれば評判を呼ぶぞ」
メイユールの言葉を聞いて、ルグレは少し落ち着いた。
確かにここに行く時に相談した友人は、怒るな、得るものがあると言っていた。
しかし、あの苦笑の意味はそういうことか。
あの野郎、自分が騙されたからと友人を陥れるか!
僕なら絶対にこんなところに行くなと止めるぞ!
「わかった。
どれほど役に立つのか疑問だが、あんたの教えられることを教えてくれ」
もはや尊敬の気持ちなど微塵もなく、殺さんばかりに睨みつけながらルグレは吐き捨てる。
「では、店が開いている間、私に付いてきて、見て、聞きたいことを質問してくれ」
そう言うとメイユールは去っていった。
ルグレは、自分の苦労の結晶であるレシピを盗まれたという悔しい思いで頭がいっぱいだった。
その晩、気が進まないながらもルグレは、客で一杯のメイユールの店に行き、厨房に入る。
ヴォルールが忙しく動き回り、大声でスタッフを怒鳴り上げる中、メイユールは悠然とスタッフの間を歩き、時々やり方を注意したり、ジョークを言う。
緊張感に満ちて殺伐とした雰囲気が、不思議とメイユールの言葉で緩和され、時には笑いも起こる。
「ヴォルールは完璧主義者でね。自分と同じレベルをスタッフに求める。
緊張感は必要だが、度が過ぎるとミスにつながる。
緩急が大事だ」
メイユールはルグレに小声で話す。
厨房を一通り回ると、メイユールは店のお客に挨拶をして回る。
にこやかにそれぞれのお客に適した話題を少し話し、そして客席を一望して、気づいたところをウェイターに直させる。
照明や音楽が微妙に静かなものとなり、花瓶の花もおとなしめのものに変えられ、落ち着ける雰囲気となったように思える。
「今日の客は商談客や夫婦連れが多い。
落ち着いて話ができるようにしたほうが良いと判断した」
また、メイユールが説明する。
そして総支配人の部屋に戻ると、時間を置かずにスタッフが飛び込んでくる。
「ヴォルール料理長が出入りの仕入れ業者と品質を巡って口論に…」
「すぐに行く」
勝手口での口論は、ヴォルールが求めた品質に満たないものを納めたことによるものであった。
メイユールがそれを引き取り、業者の社長と話して収める。
「総支配人、お客様同士で喧嘩が起こっています!」
「わかった」
ここは基本的に貴族や金持ちしか来ないところだが、利害対立が激しい者が同席すると喧嘩になることもある。
メイユールは客同士の人間関係も注意していたが、直近でトラブルがあったようだ。
ルグレが後ろについていくと、メイユールは毅然とした態度で貴族の間に入り、仲裁していた。
酔いが回ったのか、大声で怒鳴っていた貴族も、メイユールの、ここでは俺がルールだ、従えと言わんばかりの強い姿勢に恐れをなしたのか、静かになる。
「お騒がせしました。
お詫びにデザートかワインをサービスいたします。
引き続きお楽しみください」
どうなるかと鳴りを潜めていた客やスタッフもメイユールが現れると途端に安心したように普通の雰囲気となる。
部屋に戻ったメイユールをヴォルールが待っていた。
「できた。味見してくれ」
それはルグレが作った料理、いやそれを基に更に洗練させたもの。
「それは僕の…」
「うむ。いいだろう。
今日お越しのヴァントル大公に供してみよう。
あの方は目新しい料理に目がないからな」
その言葉を聞き、ヴォルールは弾むような足取りで戻っていく。
「あれは僕もまだ出したことのない料理だぞ!」
ルグレはメイユールの胸ぐらを掴もうとして、軽くいなされる。
「約束通り、お互いの料理の知識を交換した。
あと、それをどう使おうが自由ではないかね。
それより今日の仕事もだいたい片付いた。
席に着き、我が料理店の料理を味わってくれ給え」
部屋のテーブルには二人分のフルコースが用意されていた。
とてもルグレの持ち金では食べられない特級コースだ。
その中にはルグレの作った料理も含まれていた。
「くそっ」
悪罵を吐きながらもルグレはせっかくの料理を食べることにした。
(美味い!
僕の作った料理を基にしながらそれを遥かに洗練され、上品な味わいになっている)
衝撃を受けたルグレは、面前で優雅に食するメイユールに向かって噛みつくように尋ねる。
「おい、ヴォルールさんを騙して、天才シェフの名声を盗んでいることに良心の呵責はないのか?」
それを聞いたメイユールはおかしげにクックックと笑った。
「私がチームを組んだのはヴォルールが頼んできたからだ。
そして今も彼はこのチームにとても満足しているよ」
「嘘をつけ。
あの人に料理を作らせて、お前が作ったかのような顔をして!
これは大スキャンダル、いや犯罪だ!」
ルグレは大きな声で怒鳴る。
あんな天才シェフがその名声を奪われて満足しているはずがない、この男が弱みを握って脅しているのだろうと思ったのだ。
「まあ、話を聞きなさい。
私と彼はここから遠い、同じ町でお互いにレストランを経営していた。
私の料理の味は御承知のとおりだ。
しかし、私の店は連日客が列を作り、彼の店は閑古鳥が鳴いていた。
そんなある日、彼が訪ねてきた。
そして、自分の料理の方が格段に美味しいのに、何故客が来ないのかと聞くのだ」
そこでメイユールは料理を口にする。
「うむ、やはりヴォルールは君の料理を基にしながらも別物と言えるほど進化させているな。
さて、話を続けよう。
普通の客として彼の店に行ってみた。
確かに出された料理は絶品だ。
しかし、客席は掃除も不十分で小汚く、厨房からは怒鳴り声が聞こえ、更に窓の外からは少し離れた豚小屋が見えて、その匂いがしてくるような気がしたよ。
おまけにウエイトレスは無愛想にガチャと音をさせて食器を置き、スープをこぼしていく。
おまけに呼んでもやって来ない。
これじゃあいくら料理がうまくとも人はやってこない」
「いや、それでもこのレベルの料理を味わえるのであれば…」
ルグレが言いかけるのを、メイユールは遮った。
「君たちのような料理バカは料理しか関心がなく、金を払ってやってくる客の気持ちがわからない。
彼らは食事だけでなく、雰囲気を楽しみに来ているのだ。
例えばいくら美味しい食事でも、息の詰まる上司に大きな仕事の失敗を弁解しながら食べれば味など感じられまい。
そして意中の人とのデートならどうだ?
それは美味しい方がいいだらうが、そこまで味にこだわるかね。
それよりも周囲が静かで落ち着いた雰囲気なのか、酔っ払いがうるさく、厨房が大騒ぎなどの方が気になるのではないか。
気のおけない友人との久しぶりの会合ならどうだ。
懐かしい昔の思い出や次の休暇の予定などを気兼ねなく話しながら、飲む酒や食べる料理は特別に美味しく感じないか」
そう言ってメイユールは笑った。
「私は舌は肥えている。
味がわかるということにかけては相当なものだと自負している。
しかし、作るのは駄目だ。凡庸そのものだ。
だから、私はなるべく上手い料理人を使い、そして客が最高に楽しめる環境を整えることに全力を上げてきた。
そしてたまたま会ったのが最高の料理人がヴォルールだよ。
彼は彼で料理を極めることしか関心がなく、人を使うことや店を経営することに向いていない。名声を得ることや人前に出ることなど興味のかけらもない。
我々はお互いに補っているのさ」
そこに食後のコーヒーがやってきた。
「私が教られることはこれでおしまいだ。
何か質問があるかい」
「何故若手の料理人を騙すような、こんな詐欺まがいのことまでやるんだ。
すでに最高峰にいるじゃないか」
「ヴォルールは貪欲でね。
新たな味の発掘がないとそれを求めて出奔するかもしれない。
彼を引き留めるために考えたのだが、彼は自分の知識は提供したくないという。
それとともに、君たち料理バカが料理さえ美味しければ良いと思い込んで失敗することが多すぎる。
せめて私の経験を話してあげようと思った次第さ」
メイユールの話を最後まで聞き、ルグレは何かをかんがえながら、ご馳走様とだけ言って、席を立ち、ドアから出ていこうとした。
その後ろから声がする。
「君も店を出すんだろう。
あの味ならば大丈夫だが、接客サービスには気をつけなさい。
困ったことがあれば相談に来ると良い」
ルグレは少し足を止めてから、メイユールの方を見て頭を下げて、部屋を出た。
それから3年、相変わらずメイユール料理店は新作料理を出し、ランキングの首位を占めている。
ルグレは店をオープンし、ようやくランキングの下位に載るところまでなったが、何度も経営上の問題に直面し、メイユールに相談に乗ってもらっていた。
ある日、ルグレの後輩が訪ねてきた。
「僕はあちこちで研鑽を積み、料理の腕は一流になったと自信があります。
メイユールさんに教えてもらおうと思うのですが、先輩は行かれたことがありますね。有用でしょうか?」
自信満々で、料理の腕さえ良ければすべては解決できると言わんばかりの後輩の顔を見て、ルグレは苦笑いしながら言った。
「是非行くといい。一つ忠告しよう。
何が起こっても怒らずに、よく話を聞くんだ。
お前には得るところが多いと思うぞ」