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ある魔法使いの副官―運命に選ばれなかったものたち―  作者: はやぶさ8823
第2章 ある魔法使いの副官 鹿嶋追憶 2820年
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四 猫とわらび餅、龍の社で

「皇修館の学生でも、護衛や迎え付きで通学する者がほとんどなのに、初日からお一人で登校するなど考えられません」


 初日の下校時、鏡子(きょうこ)にはそう言われるが、実際にひとりなのだから仕方がない。


 鏡子は、下校時の馬車に誘ってくれたが、それを固辞して紗蓉子はひとりで帰る。


 どうせ皇女の顔を知るものは、この街にはいない。なにも気にする必要はない。

 紗蓉子(さよこ)は初めての街歩きを楽しんだ。


 両側にいらかを連ねる大きな通りには、馬車が行き、人力車が行く。走りはじめてまだ数年という、乗り合いバスも通っている。あれには一度乗ってみたい。


 おこづかいも持ってこなかったから、どこの店も見るだけだ。けれど、ひとりで気の向くままに好きな場所へ行くのは、とても楽しい。


 大通りを一本入って、生活道も歩いてみる。もっと小さな商売をやっている店や、ただ人が住まうだけの家がある。人力車の車夫のたまり場があって、休憩なのか客付きが悪くて戻ってきたのか、数人の車夫が紙巻のたばこを吹かしていた。


 袋小路で遊ぶ子どもたちは、駆け回り、歓声をあげる。


 わらび餅売りと豆腐売りが、それぞれ鈴とラッパを鳴らしながら通り過ぎる。表通りにはちらほら見られた洋風の建築はほとんどなく、皇都とは(おもむき)の異なる街の様子だった。


 ここがわたしの国。生まれてはじめて紗蓉子は思う。


 すっと足元を通り過ぎていく、赤みの鈍い黄土色の生き物に、紗蓉子は一瞬目を奪われる。


「あ、猫」

 

 やわらかそうなふわふわの毛の、美人な猫が一匹、走り去る。


「待って、猫、猫」


 さわってみたいな、さわらせてくれるかな。


 皇女宮で動物を飼うことは許されなかった。姉のイスカが、皇后が身まかられたあとに、せめてものお慰みにと贈ることを提案してくれたが、許しは下りなかった。


 目の前の切妻屋根の家と家の隙間に、すっと猫は入ってしまう。


 そんなと思って駆け寄ると、猫が消えた先にはちゃんと道があった。石畳の小路だ。余計な雑草がはびこっていないところを見ると、手入れがされている。参道かもしれない。


 猫に会いたい一心で、薄暗い小路の先を目指す。少し先に切れ目が見えたが、明けた先は深い竹林だった。まだまだ(みち)は続いている。いつのまにか小走りになっていた。


 ふっと竹林が途切れた先に、古びた大きな(やしろ)があった。なんとなく、鹿嶋と会った場所に似ている。

 

 (やしろ)の裏側に回ろうとする、細い尻尾が見えた。それを追って、紗蓉子はそっと裏へ回る。

 すると社の裏の軒下(のきした)で、座り込み、さっきの猫の背をなでつけている人物がいた。


「あ」


佐治(さじ)……さま!?」


「またお前か」


 呆れたように鹿嶋(かしま)が天をあおぐ。


「す、すみません。あの、お邪魔をするつもりは……」


 明らかに顔が嫌そうだ。まだ登校初日だが、誰に聞いても鹿嶋のいい話がなかった。紗蓉子(さよこ)は必死で言葉を探す。


「猫に! 猫にさわりたくて!」


「ふーん……猫ね」


 紗蓉子のことを見るでもなく、鹿嶋は猫をなで続けている。もっと何か話した方がいいのか。紗蓉子がさらに言葉を探していると、


「猫、好きか?」


と聞かれる。先ほどよりいくらか表情は和らいでいる。


「好きだけど、さわったことがなくて……」


「手、見せて」


「手?」


 疑問に思ったが、紗蓉子はおとなしく鹿嶋の前に片手の平を出す。


「ちがう。両手。手の甲」


 短く鹿嶋は指示する。紗蓉子は言われた通りにした。どうやら鹿嶋は爪を見ているようだ。紗蓉子は爪も伸ばすことは許されず、形の良い指先には短く整えられた爪が並んでいる。


 少し間をおいてから、彼は今まさに自分がなでていた猫の横を紗蓉子にゆずる。許しが出た。


「こいつはおとなしいから、たぶんなでさせてくれる」


 紗蓉子はそっと猫に横並びで、地面に座ると、手を伸ばす。制服であることは、忘れている。


「後ろからな。頭の上とか、やると喜ぶ」


「はい」


 なめらかな毛並みにそって手を動かす。初めての猫の感触だった。手を通じても、細かい鼓動の余韻と、骨のあたるので、相手が生きているとわかる。

 感動で頬を高揚させる紗蓉子の頭上から、鹿嶋の声がする。


「……この場所は、俺のとっておきの場所だ」


 誰も来ないし、猫がいるのが心地よいのだろうか。


「秘密の場所だよ。この間の場所も好きだった。学校から近いし。でも、場所がバレたからもう行けない」


 確かにあの手の連中に場所が割れては、不安でもう行けないだろう。


「大丈夫です。私、ここにはもう来ません」


 紗蓉子は振り返る。


「……猫、さわれたので」


 親指で髭の生えている辺りをもんでやると、猫は目を細めた。かわいい。

 それからたっぷりの間があって、


「来てもいい。別に」


 あっさりと、鹿嶋は告げた。


「猫、たくさん来るんだよ。ここ」


「そうなんですか!」


「その代わり、誰にも言うな」


「言いません。絶対に」


 ひとしきり猫をなでた後、紗蓉子は(やしろ)を後にした。暗くなる前には帰らなくてはならない。


 (やしろ)を出る直前、古びた堂を振り返った紗蓉子は、虹梁(こうりょう)の上を縦横に駆け回るような、見事な龍の装飾を認める。色はあせ、年月のくすみの中に彩色は沈んでいたが、見開いた眼が立体にむき出してせまって来る、神を思わせるような荘厳さだった。


「もともと、龍をまつっている祠だ」


 鹿嶋が同じく堂を見上げてつぶやいた。日高見国(ひたかみのくに)では、龍は一番に多くまつられる祭神である。建国神話に出てくるもっとも権威ある神が、龍の化身であるためだ。 


 紗蓉子は龍に見送られながら、その場所をあとにした。鹿嶋は細い参道の入り口までついてきて、道に出ると、紗蓉子に「ちょっと待ってろ」と言って走っていく。その先には、音色のいい鈴を鳴らすわらび餅売りがいた。


「はい」


 戻ってきた鹿嶋は紗蓉子の目の前に、包みを差し出す。三角に丸めて円錐状になった紙の中に、わらび餅が盛られている。


「誰にも言うなの、賄賂(わいろ)


「なくても誰にも言いません」


「いいから食いなよ。うまいよ」


 鹿嶋は先に歩き出して、もう自分の分のわらび餅を食べている。歩きながらものを食べるのは、紗蓉子の中では悪いことに入るかもしれない。


 どうやって食べるんだろうと横目で鹿嶋を見ていると、付いている小さな木の(さじ)で、すくい取って口に運んでいる。真似をして、口に入れる。冷たくてひやっとして、蜜もかかっていないのに甘い。適当にかけた黄な粉が散っている。


「おいしい……おいしいです。初めていただきました」


「本当かよ? 崩すなよ。これ、紙を丸めて器にしてるだけだから。まだ量があるうちに崩すと、こぼれる」


 言われた通りしっかりと持ち直し、紗蓉子は続きを口に運ぶ。


「夏は人気で、放課の時間にはもう売り切れているから、食うなら今くらいが一番いい」


 それから鹿嶋はずっと、あの社にやってくる猫たちの話をしていた。


——みんなももっと佐治さまとお話すればいいのに。悪いというより、ただ猫が好きな人。


 紗蓉子は冷たいわらび餅を喉の奥に滑り込ませる。



 鹿嶋が帰る屋敷は、佐治家が皇修館に子女を通わせるために持っている、通学専用のものだった。父である佐治侯爵は、皇都の中心に近い本邸におり、こちらにはめったに来ない。


 それで皇修館に通いだしてからは、わりと好きにしていた。しかしさすがに自由が過ぎたのか、最近は多少締めつけがきつくなっている。


 正直、受けた覚えもない(しつけ)(のっと)ったふるまいを強要されるのは苦痛だ。


 平屋の広い和屋敷で、裏から入ればわからない。もっとも、確かに外は暗いが、十七歳の男子が出歩いて、目くじらを立てられる時間ではない。なのになぜ、鹿嶋がこのようにこそこそと帰宅しなければいけないのか。


 裏木戸を開けて、中庭を走り抜ける。靴を脱いで、屋敷の奥につながる縁側に足をかけた時だ。


「鹿嶋」


 凍るように鋭い声が、呼び止める。


「遅かったな」


「ええ……はい」


 下を向いたまま振り返って顔をあげると、兄である佐治尚隆(なおたか)が立っている。


「なぜ表から戻らない。私に見つかってはやましいことでもあるのか」


「いいえ。正面から戻ると、いろいろと家のものを煩わせることになるので、こちらから」


 取りつくろって笑顔を作って見せたが、不自然だったはずだ。あなたと会いたくありませんでしたと、本人を前にして言えるはずもない。


「学校は……」


「通っております。その……きちんと」


 先回りして問題がないことをしめす。


「……本日、複数の子爵家並びに伯爵家から抗議を受けた」


「何についてです」


「ご令息がそろってお前に殴られ怪我をなさったそうだ。……謝罪はもう済んでいる」


 鹿嶋は拳を握りしめた。親を巻き込んで抗議など、恥ずかしくないのか。だがそれよりも許せないことがある。


「なぜ俺がそんなことをしたのか、理由を聞かないのですか」


 兄は答えなかった。


「向こうが先に殴ってきた。なぜ俺の言い分を聞かないで、すぐに謝るのです」


 兄は、言葉を探している風でもない。なにも言う気がない。


「信用してないからだろ」


 自分の日ごろの行いを棚にあげた発言だとわかっているが、散々放置してきて、数年ぶりに会ったと思ったらこの扱い。せめて一度くらい、何があったか聞いてほしかった。


「あなたは俺が生まれてよかったと思ったことなんて、一度もないのでしょうね」


 鹿嶋はその場から走り去る。


 兄・尚隆とは、十歳の年が開いている。


 二人の母は、鹿嶋を産んだ後にすぐ亡くなったので、疎遠と言えば生まれた時からそうだった。鹿嶋が物心つく頃には、尚隆は立派な軍人であり、侯爵家の跡取りご令息だった。母の命と引き換えに生まれたことは、鹿嶋の(きず)である。


——俺ではなく、父と兄と、母で佐治家であるべきだった。


 なぜこんな、父と兄の名誉を(けが)すことばかりなさるのかと、家付きの使用人に聞かれたことがある。


——俺だって知るか。


 彼はただ、彼がこの世に在ることを喜んでくれる人にいてほしいだけだ。

 俺を見て。鹿嶋の行動の原理がそこにあることを、みんなが気が付かないふりをする。





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