七 戦果、奇跡をもって成る
「星弾! 星弾があがりました!」
もはや眞夏は声を抑えきれなかった。
「赤の星弾! イスカさん、鹿嶋さん生きてますよ」
イスカは安堵してうなずいている。鹿嶋は鷲獅子に乗ってくるだろう。魔法はいつでも放てるだけの魔力をため込んでいる。後はイスカによる詠唱を付与するだけとなった。
その時、山脈に広がる森林の遥か彼方から、総身をさらして羽ばたく翼の圧力も高く、矢のように飛んでくる異形の生き物を見る。
龍だ。農暗色の緑の龍が、まっすぐにイスカを狙って飛んでくる。
ぎらつく緑のうろこの波が、うねりながら距離を一気に縮めてくる。
眞夏の鷲獅子はそれにひるんで、騎乗する者の意に反して高度を下げようとする。
「眞夏! 私の後ろに!」
イスカの叫びに従って、眞夏はすばやく手綱を操りイスカの背後に回る。イスカの騎乗獣はさすがの貫禄で、迫る龍にひるみもせずに却って滾って咆哮する。
距離は十分だ。上空に集めた雲の中で、水の粒がぶつかり合って雷を生んでいる。もはや雲のなかに止め置けなくなった破壊の光は、器から解き放たれるのを待っている。その力に、向かう先を示すのはイスカの祈り。詠唱呪文である。イスカの望む奇跡は、その祈りの言葉に託された。
『雷鳴がつぶさに語り海の夜明けを知る
美しき器ゆえ誰も爪をたてるな
浅き眠りは死へ脚を伸ばさず
歌などもはやうたわず
私は忘却の方法を知っている
凱歌を奏する朝には あなただけを呼ぼう』
空をはしる光は幾筋も降り、龍の体を地面まで一直線に貫く。遅れて轟音が光の道を追っていく。空を折ったような破壊的な音の中を、翼にまで穴を作った龍が落下していく。落雷を受けて木をなぎ払われて焦げた地面に、どうっと地響きと共に倒れた。
一頭の龍を落として安堵したのもつかの間、空を二つに割る滅びの炎、炎息がイスカたちを襲う。
ついに最後の一頭が姿を現す。
赤だ。うろこから、翼の裏まで赤い龍。破滅の黒に目を血走らせた龍が、自らの炎息で切り開いた空を駆け上ってくる。先ほど落とした龍より、さらにひと際大きい。
龍はイスカしか見ていない。彼女は眞夏から龍を引き離すように鷲獅子を走らせる。すぐにつぎの魔法を詠唱する必要があるが、他の者の一切の支援なしで、その余剰の時間を作らなければならない。
眞夏が無茶をしかねない。もっと離れなければとイスカが逸ったその時、突如龍が追うのをやめて定常飛翔に移った。じっと眼下の森を見つめている。
詠唱魔法の準備に入りながら、イスカは龍の目の先を追った。龍とイスカの周りを遠巻きにし、らせんの階段をかけるような軌道で昇ってくる、一頭の鷲獅子。
「……鹿嶋!?」
イスカが騎乗する者の姿を認めるのとほぼ同時に、龍が咆哮し一直線に佐治鹿嶋に向かっていく。
なぜ鹿嶋に、とイスカが疑問をはさむ猶予もない。次の魔法を放たなければ、魔法使いの副官が死ぬ。
しかし狙われた鹿嶋は、怯みもしない。彼を信じて、龍に向かって真っすぐに飛び続ける鷲獅子の背の上で、紗蓉子から賜った刀を抜いた。
山中で、鹿嶋から退避するよう告げられた紗蓉子にも、彼を襲う龍は見えていた。赤い、巨大な龍。
——赤か。
紗蓉子はその場でそっと、両掌を合わせる。
——赤は私の運命の色だ。
紗蓉子は再び自分の中の魔力の高まりを感じている。望む奇跡をもう一度顕現させる。今度もまた、佐治鹿嶋のために。
『なりやまぬ鐘声
忘れたいほど強く鳴き
放たれし熱の形で雲をうつ
もの言わぬ樹を真似て朽ちおりるとき私を見て
あなたの言葉も 病に似ている』
——その色で、私の鹿嶋を奪えると思うな!
開かれた手の中から放たれた光は、一直線に迷わず飛び、赤龍の翼の根元を貫く。二つの翼が一瞬遅れて裂け、空に大穴が開いたように崩れ落ちる。もはや羽ばたくことも叶わない龍は空中でもがいた。
落ちていく龍の頭上で、鹿嶋はここまで飛んでくれた鷲獅子の背をけって高く飛ぶ。
——きっと龍が怖かっただろうに、ここまでありがとう。
もの言わぬ獅子の勇気に心を寄せて、鹿嶋は大きく刀を振りかぶった。地に足はつかない状態で、全身のばねだけを頼りに渾身の一撃を狙う。
顔も知らない母上様。あなたが何を思ってこの石を俺に託したのかはわからない。だが龍骨よ。お前にならわかるだろう。俺が欲する力を。もしもお前が本物ならば、今の俺に力をくれよ。
龍の、骨をも断つ力を!
龍も凌駕する哮りとともに、鹿嶋はその一刀を振り下ろす。いま我こそは、一本の剣と思い定めた一撃は、龍のうろこを破り、骨を切断した。首と体が泣き別れた龍は、二つに分かれて土を目指して落ちていく。
鹿嶋も支えを失って自由落下に身を任すが、彼のことを好いている鷲獅子が、焦るようにそれを追っていく。
柔らかい背に抱き留められて、放心して鹿嶋は身を預けた。どこかに目的をもって飛んでいるらしいが、わからない。
ふと目を開けて、ああと思った鹿嶋は、優しい獅子の首を撫でる。
「お前、俺の行きたいところまでわかるのか」
降り立った場所には、心配そうな顔をした紗蓉子が立っていた。すぐに駆け寄ろうと思ったが、地面に足をついた途端、よろけてうまく歩けなくなった。身を伏せた鷲獅子の背中が、倒れる鹿嶋を受け止める。
「か、鹿嶋さま!? もしかしてどこかお怪我を」
心配する紗蓉子をよそに、鹿嶋は空を見上げてさもおかしそうに笑う。
「いや、ケガはしていない。でも、もう立てないや」
空はいつの間にか雲が消えて晴れていた。イスカが魔法を使う必要がなくなった。
「いい日だ」
思わず出た言葉に、紗蓉子が困惑しているのがわかる。
「紗蓉子」
ずっと焦がれて、呼びたかった名を呼ぶ。
「無事でよかった」
はい、と答えた切り、紗蓉子は涙でしゃべれなくなった。
「紗蓉子、いつも泣いてるね」
笑ってよ、と笑顔の鹿嶋の言葉に、彼女は余計に泣いてしまう。




