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六 魔法行使、未決

 


 仲月見(なかつきみ)イスカは迷っている。


 間近で見ている金邑(かなむら)眞夏(まなつ)は気づいていた。


 崇零山脈(すうれいさんみゃく)で起きた異変について、イスカは引佐(いなさ)荒海(あらかい)大佐から連絡を受けていた。


 ほどなくして二人は目的の山脈上空に到着したが、そこで山中に入った部隊と通信が途絶していることを知る。


 佐治鹿嶋(かしま)中尉をはじめとした龍の観測班と、その撤退支援のために待機していると思われる古瀬(こせ)中隊である。古瀬中隊は、待機場所を皇都へ連絡する前に、通信を断っている。


 龍が崇零山脈を通過して、日高見国の内地へ侵入するようなら、ここで仕留める必要がある。


 しかし大型の龍を火砲の支援なしの詠唱魔法のみで討伐すると、その魔法はかなり広範囲に影響を及ぼす。正確な位置がつかめない部隊が、詠唱魔法に巻き込まれる恐れは(ふっ)しょくできない。


 イスカは空に掲げた刀の切っ先に、雲を集めている。この様子を見て、詠唱魔法使用の兆候に気づいた鹿嶋や古瀬中尉が、星弾を上げてくれる可能性がある。


 星弾とは、近衛第二連隊鷲獅子騎兵大隊将校のみの特別装備で、イスカが詠唱魔法使用時に、その威力応じて周囲への影響を考慮して打ち上げる信号弾の一種である。


 あつまった雲は、広大な崇零山脈の裾野からも、見えているだろうか。


 眞夏は集めた雲の圧力に耐えながら、刀を掲げるイスカを見守る。


 すでに古瀬隊からの青の星弾は上がっており、居場所は把握できている。古瀬によると、鹿嶋班以外の観測班は帰還が確認できた。しかし鹿嶋がどこにいるのか、居場所も安否もわからない。


 イスカは鹿嶋の星弾を待っている。少佐が魔法を使用する兆候を示しても、佐治鹿嶋の星弾があがらない。鹿嶋はいま、なんらかの理由でそれができない。ケガをして動けないか、最悪の場合死んでいる。


 イスカはその状態で、魔法を放てるのか。


「イスカさん!」


 眞夏は思わずイスカに呼びかける。


「鹿嶋さんの鷲獅子が、崇零山脈についてすぐいなくなったでしょう。鹿嶋さんのところに行ったんですよ! きっと」


 イスカはうなずいたが、また険しい顔で広大に広がる山脈の裾野をにらむように見つめ続けた。





「まいったなあ。これ、俺が責任を取らないといけない流れ?」


 第一宿営地の大天幕の下で、近衛第二連隊鷲獅子(しゅうしし)騎兵大隊第二中隊長古瀬悠大(こせゆうだい)は、憂鬱そうにぼやいた。


「通信機は何台壊されたっけ?」


「第二中隊だけで三機消失。全体で言えば、まだ掌握しきれていません」


 古瀬中尉の従兵、播磨(はりま)宗介(そうすけ)が答える。


「何枚書かなきゃいけないの始末書。黄鉄鉱(おうてっこう)の旦那も俺のことならさぞ責めやすいだろうよ。ほら、俺はあの人たちほど人望がないから」


「それは……はい。まあ……そのとおりで」


 古瀬の言う"あの人たち"とは、仲月見少佐と佐治中尉のことだ。


「そこは嘘でもそんなことはありませんと言うところだよ。播磨くん」


「私だって好きであなたの従兵になったのではありません」


「それ口に出していい文言? 心の中で言うつもりではなかった?」


「もはや少しの間違いで死にかねない状況ですので、この際言っておきます」


「正直を美徳とする教育を子どもに施すのはやめるべきだよ、まったく」


 軍の将校には三種類ある。国軍大学校を卒業して任官する者、兵卒から下士官を経て、選抜を受け将校となる者、そして国軍大学校以外の大学を卒業後、幹部養成学校に入校して任官する者たちだ。


 古瀬は、幹部養成学校経由の将校である。仕事に必要十分以上の成果を求めずに、むしろ私生活の充実に力を注ぐ人間であるが、その働きが"必要"を下回ることがほとんどない。そこそこ優秀なのに結果を追求しきらない古瀬の姿勢に、播磨は前から賛同していない。


 播磨は佐治鹿嶋中尉のような勤勉な人のもとに付きたいと思っていた。それなのに、大学校を卒業後に近衛で隊付任務をしている播磨を見かけた古瀬が、「彼まじめそうでいいから、正式配属になったら俺の隊にください」と、仲月見少佐に直接談判して、いまこういう状況になっている。


「佐治中尉が死んだかもしれないらしいね」


 古瀬はなんの遠慮もなくそう言う。


 古瀬がイスカの魔法発動の兆候を見て青の星弾をあげてすぐに、少佐のそばにいる金邑上等兵が合流。鹿嶋班以外の観測班の帰還と、鹿嶋の行方が分からないことを伝達。


 ここまでの情報は金邑上等兵経由で少佐に伝わっている。その直後に、鹿嶋以外の人員が戻り、佐治中尉が負傷し動けなくなっていることが判明した。


 鹿嶋班は搬送準備を整えて、すぐにもどることを希望したが、イスカの魔法の発動が近い以上、これ以上動向のつかめない人員を増やすことはできない。


「少佐にはお伝えしなくてよろしいのですか」


 あわてて帰還した鹿嶋班の面々は、鹿嶋のケガの状況を詳細に把握していなかった。彼が今どういう状況にあるのか、正しく認識できていない。


「伝える方法がないよね。鷲獅子置いて来たのは本当に痛いよ」


 イスカは現在、はるか上空で魔法発動の準備をしている。


「それに、それを聞いたらイスカさんはどうなると思う? 俺にもよくわからないよ。顔色ひとつ変えずに軍務を遂行できるのかもしれないし、それとも」


 佐治鹿嶋は、もう死んでいるかもしれないという報に、仲月見イスカが触れたら。少佐のことを、古瀬はときどき、階級ではなく名前で呼ぶ。そういうとき、この男は仲月見イスカを上官ではなく、私的な個人として認識しているのだと播磨は気づいた。


 古瀬は煙缶の横でこすってマッチに火を点けると、それをあたらしい煙草の先に移す。


「少佐はブレないし、安定している人だよ。女なのに」


 古瀬は一時期黄鉄鉱の旦那もあきれるほど遊びに熱心だったので、女の情緒の定まらないところが苦手だと公言している。だいたい、こいつが身近な女性の情緒を乱すことをするし、言うから悪いのだと播磨は思っていたが。


「でも、こと佐治殿に関することじゃ、何が出てくるかわからないびっくり箱みたいなものだと思っている。俺、実はネールランド紛争のとき、佐治殿とイスカさんを見ているんだよね」


 知らなかっただろ、と言って古瀬は笑っている。


「佐治殿は、なんだか他人のためにいつも走り回っていたよ」


 なんだそれはと思ったが、逆算すると鹿嶋は当時十七歳である。そういうこともあるのかと、播磨は黙って聞いた。


「それがいいなと思ったんだよ。俺は他人のために必死になにかしてやりたいと、それまで思ったことはなかったから」


 それはそれで問題ではないか。


「だから軍人になった。でもやっぱり命なんてそうそうかけるものではないね。死んだら煙草も吞めなくなっちまう」


 播磨はまだなにも言えなかった。これは古瀬なりの、鹿嶋に対する追悼なのだろうか。



 そのとき、龍の動向と鹿嶋の星弾の打ち上げを監視していた人員から声があがった。


「星弾です。星弾を確認!」


 星弾は、あげる者によってその色が定められている。


「色は……赤! 佐治鹿嶋中尉の、赤です!」


 佐治鹿嶋は赤。彼は生きている。


「佐治殿、やはり生きていたね……星弾は何発あがった!」


「三発、三発です」


「なるほど。星弾が三発ね」


 星弾は、あげる数によってイスカが放つつもりの魔法の威力を示している。星弾三発は、かつてイスカがネールランド紛争で戦場を焼き払った魔法の一段下であるが、じゅうぶん広範囲に影響を及ぼす。佐治鹿嶋の魔法の見立ては、いつも正しい。


「大事をとって後退する」


 古瀬はすばやく立ち上がる。歩き出す古瀬を播磨は追った。


「仲月見少佐のことですから、我が隊のいる場所へは影響がないよう配慮してくださるのでは」


「播磨くん、他者への信頼は美徳だが、他人に信頼を置きすぎて自分がやるべきことを放棄するのはただの怠惰だよ。天幕は放棄。装備品も即時持ち出せるもの以外は捨てていい。仲月見少佐の邪魔になるな」


 動き出すとなると、古瀬ははやい。


「怒られたらあとで俺がいくらでも始末書書いてやるさあ。一日黄鉄鉱(おうてっこう)の旦那と飲みに行ったらチャラになるかもしれないよ」


 播磨は損害が軽微で、修理したら使えるかもしれない通信機の残骸を運ぶ準備をはじめた。


「何してるんだい播磨くん」


「これはまだ整備後使用可能かもしれません」


 始末書書きたくないと言ったのはあんただろう。と播磨はのぞき込む古瀬を見返す。


「やめなよ。生きて帰ったら少佐があたらしいのを用意する予算を回してくださるさ。死んだら終いだよ。煙草も吞めなくなる」


 古瀬は煙缶のなかをのぞき、小さく「あ」と声をあげた。そして西方諸国製の紙巻の煙草を一本、播磨の前にぶら下げる。


「あげるよ播磨くん。最後の一本だ。特別だよ」




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