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ある魔法使いの副官―運命に選ばれなかったものたち―  作者: はやぶさ8823
第3章 ある魔法使いの副官 鹿嶋躍動 2820年
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十九 秘密と約束

「もう国に着く」


 皇都へ着く日の朝、甲板でイスカと最後に話した。


「稲積から私の生まれのことは聞いたか」


「生まれ?」


 単純に、仲月見公爵家の子息ではないのか。仲月見家は、歴代に何人も皇后となる人物を輩出している名門である。


「私はね……今上(きんじょう)の帝の庶子だ」


 身震いをしそうになる自分自身を、鹿嶋は拳を強く握って制御した。甲板に吹き付ける風が、イスカの髪をなびかせて、横顔の翠のひとみが海を見つめている。


 おかしいとは思っていた。紗蓉子(さよこ)は間違いなく皇女であったが、記録に残る彼女の正統な兄弟は、皇太子殿下ただおひとりであるはずだ。


 だが彼女は自分には姉がいる、と確かに言った。それこそが、鹿嶋が紗蓉子が()であるのかを、さいごまで迷い、別れる直前まで確信が持てなかった理由だった。


 紗蓉子が言う姉。強くて、格好よくて大人と言っていた姉上とは、目の前にいるイスカのことだったのだ。ひとみの色が似ていたのも納得の理由だ。


「けれど、母は先代の仲月見(なかつきみ)公爵の娘である。そして彼女は、現仲月見家当主の妻だ。だから私が仲月見の人間であることも間違いない」


 その生まれがおぞましい。イスカ自身がそう言っていたと稲積は言った。彼は詳しくは知らないと言ったが、本当はすべて承知していた。なにを鹿嶋に伝え、なにを隠すか、追いつめられても稲積はイスカのことを考えていたに違いない。


「あんまり驚かないな」


「いえ……びっくりしすぎて声が出なくて……」


 驚きとともに、鹿嶋はたくさんのことを頭に巡らしていたが、そのすべてをイスカには明かせない。特に紗蓉子のことは話してよいのか迷う。自分が彼女にしたことは、彼女を大切に思う人間から見れば、許されることなのか。


「私はこの後、軍に戻る。とりあえず近衛を目指し、連隊長くらいにはなろうと思う」


「俺も行きます。国軍大学校に入って、少し時間はかかると思うけど、おそばに参ります」


 イスカは、まったく意外だという顔をしている。


「俺はイスカさんの従兵だから」


「あれは、鹿嶋を船に乗せるために言った方便で……」


「でも、ちゃんとそうなるように、これからします」


 もともとそうすると決まっている道だった。鹿嶋にとっては、目的が一つから二つに増えて、走り続ける理由が増えただけだ。


「だから少しだけ、待っていてください」


 差し出された手を、イスカは確かに握りかえし、戦友が戻ってくるのを待つと誓う。


 下船直前、鹿嶋(かしま)はまだ持っていたキャラメルの箱を振ってみる。音がして開けてみると、最後二個だけ残っていた。その片割れをイスカに渡し、二人は別れた。十二個入りのキャラメルが空になるまでの間に、鹿嶋の初めての戦争は終わった。



 大公紀歴二千八百二十年十二月。扶桑国における移民独立紛争について、講和が締結される。

 扶桑国(ふそうこく)明洗(めいせん)港以北一部地域で、移民の独立を認め、自治政府を置き管理することが承認された。


 しかし一方で、日高見国(ひたかみのくに)は割譲された地域を国家としては承認せず、独立国として扱うことを表明する。


 イスカは自分が失敗した、と断言する。明洗の港は戻らなかった。扶桑国(ふそうこく)は国土の三分の一近くをアルモリカに奪われ、もはや故郷に帰れない国民が大量に発生した。


 移民の自治により統治すると宣言された地域は、実質アルモリカの支配圏となる。


 アルモリカのネールの港から、兵士たちは東の大陸の戦争のために旅立った。のちにネールランドと名付けられる東方諸国のこの地域で起きた紛争は、ネールランド紛争と呼ばれることになる。


 ネールランド紛争が起こるまで、日高見国(ひたかみのくに)(しん)西方主義に進むか、やはり東方諸国の最大国として東の国々に寄り添うべきなのか。その選択で、政治も、そして国民も揺れ動いて来た。


 しかしやはり我々は東方諸国として結託して外敵の侵攻に当たるべきだという気運が、日高見国国内だけでなく、東方諸国全体で高まるきっかけとなった紛争だった。


 その後、佐治鹿嶋は、わずか数カ月の準備期間で国軍大学校の試験を突破。数年を経て、再びイスカのそばにあがることになる。





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