十六 成れの果て
鹿嶋の所属する第一歩兵師団とともに、協同して南海戦線をささえている第十八歩兵師団が、手持ちの車輛部隊をかきあつめて快速自動車部隊を編成した。
その部隊は明洗港へ退却するアルモリカの敗残兵が、要塞化した港に逃げ込むことを防ぎ、港内で兵を休養させ再び戦線に投入しようというアルモリカの策をくじくものだった。
さらにそれにより、大量のアルモリカ兵の俘虜が発生した。その事実は、アルモリカ側の士気をさげることになり、継戦能力に大きな影響をあたえると思われた。
戦局はこちらに有利にかたむいている。日高見国の兵の多くがそう考えていた。
稲積がもどった翌日、イスカはひとりで後方の司令本部に呼ばれ、夕方になってから静かに宿営地にかえり、無言で稲積のそばにすわった。
もともと薄い頬が、さらにおちくぼんだ不健康そうな顔で、イスカはもどってきた。
「数日のうちに、もういちど陸上戦艦部隊が上陸することが確実となった」
鹿嶋はかれらの斜め正面になるような位置に、そっと移動する。とがめられなければ、その話を一緒に聞くつもりでいる。
「哨戒にあたっていた飛行船からの情報だ。護衛のための船団の規模が大きい。ただの物資輸送ではなさそうだ。船団には戦艦が随伴している。まずは艦砲射撃でこちらの陣地をたたくつもりだ」
「公海から来るつもりですか? 群島諸国は、扶桑国の戦乱に参加するアルモリカの戦艦の航行を、領海内で許していないはずです」
鹿嶋は声をひそめながらも、疑問をなげかける。
「船団は南海洋上を進行中だそうだ」
公海を通らず、ま反対の南海から、ぐるっと一周海をまわるようにして、東方諸国までやってくるつもりだ。
「航行距離が相当長いが、そのぶん我が国も早期に船団を発見し、こうして策を練れている」
「南海なら、海上決戦に持ち込んでも文句はでません。日高見国の海上軍はどうするつもりなのですか」
「迎撃はするが、あくまで艦砲射撃の威力をそぐのが目的の攻撃となる予定だ」
陸上戦艦部隊を載せていると思われる輸送艦は、だまって通すつもりなのか。
「南海洋上で輸送船をすべて撃沈できればいいが、むこうも巡洋艦や駆逐艦で編成した機動部隊を連れている。守りは堅い。殲滅させるのは厳しい」
イスカは自軍のやりかたに納得しているのか? 陸上戦艦が一度は上陸することが、既定の路線と定まっているような言い方だった。
ずっとだまって聞いていた稲積が、うんざりしたように口をひらく。
「それもあるだろうが……洋上でカタを付けないのは、輸送艦を半端に攻撃して、陸上戦艦部隊が無傷の状態でアルモリカ本国に逃げ帰られると困るからだな?」
稲積の問いに、諦めたようにイスカは吐き出す。
「たぶんね」
「一度上陸させたあと、イスカに魔法でぶっこわしてもらったほうが早いと思っている」
稲積の目は怒りがにじんでいたが、その怒りを、目のまえのイスカにぶつけるべきではないのがよくわかっていて、言い知れない歪みをもって彼女を見つめていた。
司令本部で、彼女にこの命令を下した人間たちは、どんなふうだっただろう。数人で取り囲んで、彼女を威圧しただろうか。そんなことはされなくても、イスカはきっと、やると言わざる得なかったはずだ。
「……とにかく、明洗港が生きている限り、アルモリカからは無限に人と物が運び込まれるし、敗残兵を収容して回復させ、ふたたび戦線に投入することも可能だ。多少戦局がこちらに有利にかたむいているとはいえ、この程度でアルモリカ側が停戦講和に応じるとは思えない。なにか相当の衝撃が、戦場には必要なんだ」
それは自己にかける暗示である。自分の放つ破壊的な魔法こそが、この戦場に落ちる衝撃であると、それこそが、平和に続く道であると、信じて進もうとする、ある魔法使いの決意だった。
「戦争は、はじめるのは簡単だが、いつも畳み方がわからなくなるな」
さみしい、魔法使いの隻影を、鹿嶋はその肩に見ていた。
いよいよ陸上戦艦の上陸が近づいてきて、鹿嶋たちの部隊に下った命令は、現時点の明洗にもっとも近い最前線の地下壕に、イスカひとりを残して後退せよというものだった。ほかは後方陣地まで下がり、地下壕で艦砲射撃をやり過ごすのだ。
イスカが、上陸した陸上戦艦部隊に魔法である程度損害を与えた段階で、後方から砲兵と歩兵で追求し、援護を開始する手はずとなっている。
友軍がすぐ近くにいることで、それらが詠唱魔法の巻き添えになることは大問題だが、イスカをただひとり残してさがることに、鹿嶋は納得したくなかった。
稲積も当然そうであると期待したが、彼はイスカを置いておとなしく命令に従った。
くすぶった気持ちをかかえたまま、地下壕のなかで夜をむかえようとするとき、ねむる準備をする鹿嶋の横をすりぬけざまに、「ちょっと行ってくる」と、用足しにでも行くかのような気軽さで、稲積が走っていく。
その彼は、いますぐにでも戦闘に参加できる装備でいる。
「い、|稲積! どこに行くんだ」
「決まってんだろ。イスカのところだよ」
稲積は、納得したわけではなかった。ただあそこで正面から抗議しても、聞き入れられないと知っていたから、勝手にイスカのもとへ行くことにしたのだ。
「……それって命令違反にならないのか?」
「だからなんだよ。あいつら、一回目でけっこうイスカがうまくやったから、今回はひとりで行けると思ったんだろう」
稲積は鹿嶋を見下ろしている。黙っていけばよかったものを、哀れな話を語って聞かせる口調で、少年に声をかける。
「鹿嶋、イスカが語った、詠唱魔法のなんたるかを覚えているか」
——詠唱魔法は、魔法を望むかたちで引き出すための、祈りの言葉だ。
「のぞむ……かたち」
戦場を焼き払えと言われたときの、彼女のなかの望む形とは、どんな姿をしているものか。イスカにそれを、描くことはできるのか。
「そうだよ鹿嶋。イスカには、人をすり潰すような魔法を自分から望んで形にすることはできない。陸上戦艦は鉄のカタマリと思い込むことで何とかなるかもしれないが、その中に人がいると思うともうだめだ。イスカにとって、銃や銃剣で敵兵をたおすことと、魔法で人間を壊すことは一緒じゃない。魔法は、イスカ自身のなかから生まれるものだから」
「じゃあ、春に……春に一度ここにきたときは?」
「だから、俺が行くんだよ」
稲積の目は、確信の悪を宿している。
「あのときイスカは、俺を守るために魔法を使ったんだ」
俺を守るために、殺した。稲積はそう言った。
「今回もそうする。俺の命を盾にして、イスカに魔法を使わせる」
「でも、それじゃ……イスカさんは……!」
殺すのだ。望まないのに、たくさん殺すのだ。自分が生み出した魔法で。
「そうしないと、イスカが死ぬだろ! 正論と理想が! クソみたいな生き方が! あいつを縛っている。逃げられない。俺が行くしかない。俺はあいつの手をつないでやって、たくさん殺して、ふたりして一緒に地獄に堕ちるんだ」
燃え尽きるようにその身をけずることでしか、愛した人の支えになれない、あわれな男の姿を鹿嶋は見ていた。
炎に顔をうずめるように、みずからその身をあぶりに行くのだ。
金邑稲積は、成れの果てである。
仲月見イスカへの、憧憬と慕情と憐憫と、恋と劣情の、成れの果てである。




