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ある魔法使いの副官―運命に選ばれなかったものたち―  作者: はやぶさ8823
第3章 ある魔法使いの副官 鹿嶋躍動 2820年
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四 キャラメルと銃剣

 この戦場では、日高見国(ひたかみのくに)側と、独立蜂起軍という名のアルモリカ軍、どちらも縦に数キロメートルに渡る、何重にも連なる塹壕陣地を構築し相対している。


 それに対し、日高見国側は、陣地を制圧し、徐々に明洗港側に敵前線を押し込んでいくという地道な戦術を取っている。


 まず、敵陣に向けて猛烈な砲撃を加え、守備隊を混乱させる。その間に、煙幕で視界を遮って、少人数の部隊が陣地の奥深くへと忍び込む。指揮系統が寸断された敵を、後続の味方が囲い込み、まとめて制圧する——そんな戦術だ。


 イスカは曹長の階級を持って、この浸透部隊の一小隊長を任されていた。


「本当は、幹部候補生学校を出ていないから、まだ曹長ではないんだが。少尉でもないのに小隊をまかされるのも破格だ」


 イスカはそう言って少々バツの悪そうな顔をする。


 本来であれば、国軍大学校を卒業したのち、半年間の幹部候補生学校を経て、曹長としてさらに半年間の隊付任務につく。その後、少尉任官というのが、大学校出の軍人の正規のルートである。


 階級にも実情にも見合わないとイスカは言う。


 けれど彼は勇敢だった。敵守備隊との戦闘を極力避けるというのが前提であっても、煙幕弾で視界が不良で、どこで敵兵と行きあうかわからない戦場を、先頭に立って駆けようとする人だった。


 戦闘が一区切りつき、幾条かの塹壕陣地の奪取に成功し、戦線がまた移動するたび、イスカは鹿嶋(かしま)に何かと甘い菓子をくれた。日持ちのする飴やらキャラメルやらが多かった。


 一体どこに隠し持っているのかと思ったが、ある時稲積(いなつみ)が背のうの小さな隙間にたくさん入れて戦場に来ていると教えてくれた。


「毎回だよ。詰め込んでくる」


「好きなんでしょうか」


「たぶんね。昔はそんなに食べなかった。俺が餌付けした」


「餌付け……」


「そうさぁ。イスカはもとから食が細い。菓子でも食ってたほうがまだマシだよ。でも、人にやるのは鹿嶋だけじゃないか」


「……子どもだと思われてる……?」


 複雑な気分だった。


「いいじゃねえか。特別だぞ」


 そう言って、稲積は鹿嶋の鉄帽をはぎ取って頭をがしがしとかき回す。これだってきっとガキ扱いなのだろうが、稲積は終始この調子だった。


 彼はイスカとはまた違う方向で、鹿嶋をかまう。

 

 あるとき、鹿嶋は着剣用の銃剣をまじまじと観察していた。刃渡りは四十センチほど。刃の有無を確認したが、切っ先から二十センチほどしか刃はなく、根本はさらのままだった。


 刀であれば自分の領分かとも思ったが、斬ることを想定した剣ではない。反りがなく、切りつけることに向かない。


 せいぜい二週間ほどの集合訓練を経て戦場へきた鹿嶋は、銃火器の扱いについてはまだ慣れない。


 その鹿嶋(かしま)に、稲積は声をかける。


「銃剣ってのは、刺す時にはまっすぐに迷いなくやらないと抜けなくなる。次の敵が後ろに迫ってるのに、差し込まれた剣が抜けなくて銃も使えんって状況は、こたえるぞ」


 重大で重苦しい事実を告げるというよりは、近所の子どもに木登りのコツを教えるようなさりげなさで、稲積は鹿嶋に助言を残していく。




 敵陣地を奪取しても、そこはもともと相手の持ち物だった場所だから、位置は正確に割れている。火砲で狙われれば必中の的になりかねない。


 すぐに移動するか、新たな壕を掘り、その壕と後方の壕をつなげるための交通壕をまた掘らねばならない。結局何日も穴掘りしかしていないこともある。


 鹿嶋たちの分隊は、大きくはある中隊に属しており、その中隊の歩哨(ほしょう)に、各小隊から三交代制で二人ずつ出すことになっている。鹿嶋は、たいてい稲積(いなつみ)と二人でついていた。


 本隊から歩いて離れた場所の窪地(くぼち)などに入り、窪地がなければ掩体(えんたい)を構築し、入っている。


 また穴掘りである。


 その時に稲積は一言も話さず警戒に注力するが、それが終わって宿営地に戻るときや、すでに眠っている戦友たちから離れて二人で眠るときに、いろいろな話をしてくれる。


 ある時は、あのパラっと豆をまいたような銃声が、遠くに聞こえる夜だった。


 夜の砲撃銃声は、たいていは威嚇やこちらの睡眠妨害が目的だったが、時々奇襲もありうる。油断してはいけないが、そのうちみんな慣れてしまう。


「俺とイスカは、国軍大学校で同部屋だったんだが……なかなかおもしろい人でね」


 稲積の話すもので、特に多いのはイスカに関わることだった。


「俺たちの学校は、とにかく規律に厳しいのよ」


 稲積は思い出したのか、深いため息とともに吐き出す。将来、軍の将校となる人間を育てる場所であるから、それは当然だろう。


「わかって入ってきた奴でも嫌になる程度なんだが、イスカはなんか楽しそうだったよ」


「楽しそう……」


 それをどうとらえるべきか、鹿嶋にはわからない。


「何か、規律を守る意味とか意義とか、軍人として生まれ変わろうとする一歩だとか、いろいろ理屈をつけていた」


 規律とは軍の生命であるから、その通りではある。


「あの人は自分なりに、何か理想とする姿があるんだろうな。それが叶わなかったり難しかったりすると、たまに追いつめられていた」


 イスカや稲積の姿は、いまの鹿嶋からするとずいぶん大人に見えたので、それが追いつめられるという姿をまだ想像し得なかった。


「イスカは軍人になったのは正解だった。軍の指揮官というのは、いかに情報が不足していても、目の前の状況を見て、決心を強いられる宿命を背負っている。無理を承知の上で、環境や条件を超えたところでの決心を要求される。突き詰めた理想というのは現実的じゃない。イスカは、正しく軍人であり指揮官であろうしている。そのために、クソみたいな現実と自分の理想をすり合わせて、実現可能な段階を探り、必要な行動を重ねていくことを覚えてきた」


 そこで稲積は、ひときわ大きなため息をつく。


「でもなあ、いまだに言うんだよ、あの人。そりゃあどう考えてもきれい事だろっていう、正論とか理想をさあ。まあ、イスカのいいところは、自分のことを鼻持ちならない理想と正論を垂れ流す、いけ好かないクソ野郎だと、誰よりもよく理解しているところだ。わかっていて、死ぬまでそれを全うしようとしている」


 正しいことが、なぜ良くないのだろう。正しいことと理想を追求するイスカの生き方が、いけ好かないと言われる理由が鹿嶋にはよくわからない。


 稲積は鹿嶋とふたりの時だけ、紙巻の煙草を吸う。薄っぺらい煙缶(えんかん)に、くしゃくしゃになった箱とマッチが入っていて、一本ずつ大事そうに出してはうまそうに吸う。


「なんとなく稲積は吸う気はしてたよ。俺の兄貴が吸うから」


「におうか?」


「それ気にする? ここで」


「それもそうだ」


 風呂なんて、何日も何週間も入らないのが普通だ。半長靴と靴下を脱いで、足裏を乾燥させるだけで精いっぱいだ。


「見ているところで吸うとイスカが怒るのよ。早死にするって」


 彼は、なぜか嬉しそうだった。


稲積(いなつみ)はどうしてイスカさんについて来たの」


 鹿嶋は思わずたずねていた。イスカと大学校時代の学友ということは、稲積もまた、幹部候補生学校を休学してこの戦争に参加しているということだ。


「友達だから」


 稲積の返答は早く、悩む時間もそぶりもない。


「幹部候補生学校でもよろしくと言いに行ったら、すまないが私は戦場に行くことになったと言い残して消えちまうんだから。追っかけて来たのよ」


 呼ばれたわけでもなく、来る必要もなかった戦争に駆け付けられるほどの関係ということか。


「ま、俺は神の子を堕とす様な気持ちでイスカに接しているがね」


「神の子って」


 突然の不穏当な物言いに、鹿嶋は戸惑う。


「早く俺のところまで堕ちて来いってね……時々、そう思うだけだよ。イスカは鹿嶋に甘いよ。それが人間らしく堕ちるきっかけになればいいなと、俺は思っている」




 ある時、明け方の薄く明るくなり始めた東の空を向いて、イスカが立っていた。鹿嶋はそれを見て、なんとなしに寝床に戻り、(はい)のうから、初めてここに来た日に買ったきり開けてもいなかった一箱のキャラメルを取り出す。


 鹿嶋はゆっくり歩いて行って、イスカの後ろに立った。遠く輝き始める東の空は、祖国日高見国(ひたかみのくに)を下に含む。こんなふうに感傷を持って自分の国を見ることは、今までなかった。


「イスカさん」


「おはよう鹿嶋」


 振り返ったイスカは疲れも眠気もない。薄い(はしばみ)色と(みどり)が重なる虹彩は、やはり鹿嶋に、置いてきた紗蓉子(さよこ)を思いおこさせた。


「これ、あげます」


 差し出された箱を見て、イスカはつぶやく。


「キャラメルだ」


「最初の宿営地の売店で買いました」


「そうか、もう売り切れたと思っていた」


「最後の、一箱だったから」


 キャラメルの甘いのが紗蓉子を思い出すような気がして買っただけのものだった。彼女とそんなものを食べた思い出はないのに。


「わたしはまだ自分で持ってきたのがあるから」


 イスカはそっと差し出された手を包むように、キャラメルを鹿嶋の手のなかに返す。


「全部なくなったら、もらおうかな」


「じゃあ、なくなったら言ってください」


 戻った鹿嶋は、荷物の一番奥にキャラメルの箱を押し込む。そうしながら、イスカにこれをあげようと思った理由を考えていた。


——神の子……神の子か。


 鹿嶋には、黎明に照らされるイスカの姿が、自分の立つ戦場の平穏を司る、守り人のように見えたのだ。



 



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