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ある魔法使いの副官―運命に選ばれなかったものたち―  作者: はやぶさ8823
第二章 ある魔法使いの副官 鹿嶋追憶 2820年
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二十二 赦された罪、つぐなえぬ恋

 うす暗い小さな部屋で、何時間も待たされている。


 紗蓉子(さよこ)と別れてすぐに、鹿嶋(かしま)は斉京の街の警察署をたずね、自分がしたことをすべて話した。


 鹿嶋の話のとおりに、五人の重症の学生が見つかり、全員が病院に搬送された。


 全員生きていたと聞いて、内心ほっとしていた。それは自分がだれかの命を奪わなかった安堵というより、無駄な重荷を紗蓉子に背負わせなかったことの安心だった。


 その心の動きが、他人には理解されがたいこともわかっていた。


——ほんとうに俺は、鬼になってしまったのかな。


 このあと、どのような扱いをされるのか。それが決まるのを鹿嶋はずっと待っている。


 学校はまちがいなく放校となるだろう。佐治の家は勘当となるかもしれない。あたらしい苗字を考えておくべきか? 

 

 思ったより現実的なことを考えている。きっともう、紗蓉子には会えない。その事実が重すぎて、そのほかのことは何もかもどうでもよかった。


 ドアノブがゆっくりとまわって、扉が開いた。顔をあげた鹿嶋の目にうつったのは、平時と変わらぬ硬い顔をした、尚隆(なおたか)の姿だった。


「兄上」


「鹿嶋、帰るぞ」




 佐治の屋敷には、どんな小さな別邸にも必ず鍛錬場が備えられている。鹿嶋はその冷たい床に背中を付けていた。目を閉じているが、暗闇が外をおおっているのはわかっている。夜になった。


 自分はなぜ帰された? 許されたわけではないはずだ。


 鍛錬場に、だれか入ってきた。人の気配がするが、目は開けない。



 兄上。

 兄上、そこにいるのでしょう。


 今回のこと、本当に申し訳ありませんでした。

 俺は怒りで我を忘れたのです。我を忘れるなど、言葉としては知っていても、自分の身に起こるとは思いませんでした。


 目の前が真っ赤になり、何も考えられなくなった。とても体が熱かった。


 俺は紗蓉子を傷つけられて怒ったが、それだけなら紗蓉子を慰めて、そばにいられた。それをあの子も望んだと思う。ただあの場所から二人で逃げるだけなら、あそこまでする必要はなかった。


 でも、あの子の腕の中で、ふたりで面倒を見ていた猫が死んでいるのを見たとき、だめになりました。紗蓉子が自分の体より、猫を優先して泣いているのを見たとき、だめになりました。


 そのことに、なぜ自分がこれほど怒りを抱いたのかわかりません。


 兄上、あの子と出会って、いったい自分のなかの何が変わったと言うのでしょう。


 兄上、あの猫。母親だったのです。



「刀を取れ。佐治鹿嶋」


 鍛錬場に兄・尚隆の(はげ)しい声が響き渡る。鹿嶋は急いで立ち上がる。


「鹿嶋。あの娘のことはあきらめろ。求めてもお前の手の中に転がり込んでくるような存在ではない」

 

 鹿嶋はずっとくすぶっていた自分の心の中の疑問を吐き出す。


 猫を知らず、街を知らず、外を知らず。しかし加療術を使い、そのうえ六条(ろくじょう)紅玉(こうぎょく)を持つ——

 

「……兄上。教えてください。日野(ひの)紗蓉子(さよこ)とは、()なのですか」


「俺に勝って聞き出すがよい。弟よ」


 鹿嶋はカッと体があつくなるのを感じた。

 

 少なくとも、あなたは今回おれが起こした騒動で、紗蓉子が何者であるのか知ったはずだ。ここまで来て、なぜ隠そうとする。


 紗蓉子は生家にいるあいだ中、なにも自由にはならなかったと言っていた。そうまでして縛り付け、隠し続け、まるでいないもののように扱わねばならないのはなぜなのか。


 かくしても俺はすべて知っていると、大声で叫びたい。彼女のことを知っているものが、ここにいると叫びたい。


 鹿嶋は壁にかかった木刀を取った。迷いなく自分に向かってくるその姿を見て、佐治尚隆(なおたか)は一瞬、目を細め、ゆっくりと口を開いた——


「若い奴は他人の期待を裏切ることに葛藤がないから、好きになれない」


 その日鹿嶋は、それまで兄が自分に見せていた姿が、自分に対し大幅に手加減したものであることを知る。


 早々に床の上にしずめられ、立ち上がることもできなくなった鹿嶋の額に、大きな手の平が乗る。尚隆の手であるはずがないと、朦朧とした意識の中で思うが、問わず語りの声まで聞こえてくる。


――俺たちのやっていることはおかしいんだとよ。普通の人間は、防具もつけない相手に木刀で本気で打ち込むことはできないのだそうだ。俺も軍に入って初めて知った。


――ずいぶん気味悪がられた。でも、実践で戦場に出るときは役に立ったよ。躊躇(ちゅうちょ)なく相手を殺して心に悶着(もんちゃく)が生じないのは便利だ。佐治の男は軍人になるしかない。お前も早いほうがいい。


——暴力についてのお前の罪は一部ゆるされたが、また別の罪が生じたのだ。そちらのほうがよほどゆるされない。もはやお前は、勝手にどこかで死ぬことを期待されている。


――鹿嶋、あんな清いものを手折ってそばに置いて、どうするつもりだ。


 傷つけることにしかならないぞ。そう言って、尚隆の声は遠ざかっていく。



 その夜、鹿嶋の父である佐治侯爵は、鹿嶋を軍役につかせ、扶桑国(ふそうこく)の戦乱に送ることを決めた。今回の事件を起こした罰と、佐治家の誠意を見せるために。


 紗蓉子(さよこ)は鹿嶋を助けるために自分の身分を(おおやけ)にし、佐治鹿嶋が一体()を助けるために戦ったのか、すべての大人につぶさに伝えた。


 彼は暴力事件についての罪は許されたが、身分をかくしていた皇女と親密な関係になったというあらたな罪を作り出される。


 佐治侯爵が、鹿嶋の軍役の決定を覆すことはなく、紗蓉子もまた皇修館を去る運命を負う。



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