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ある魔法使いの副官―運命に選ばれなかったものたち―  作者: はやぶさ8823
第2章 ある魔法使いの副官 鹿嶋追憶 2820年
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十 今日までの砂漠

 近ごろ、中等部生徒の話題の中心は、卒業記念舞踏会一色であった。


 高等部進学後は、迎賓館も兼ねる東宮御所の夜会で社交界デビューを果たす子女も出てくる。その一歩手前の中等部卒業の年に、数回にわたって開かれるのが、中等部卒業記念舞踏会である。


 その第一回目が、二週間後の七月の第五夜に迫っていた。


 舞踏会に参加するには、男子、女子ともに、必ず相手役が必要となる。


 多くは同学年の都合の合うもの同士で参加するが、他学年の生徒や卒業生、もしくは兄弟姉妹等、親族であっても構わない。


 どうしても相手役が見つからないものは、欠席も許されている。このように相手を自ら見つけてくることも、社交の練習の一環とされている。


「わたしは欠席することになると思います」


 舞踏会の衣装について鏡子(きょうこ)に尋ねられた紗蓉子(さよこ)は、なんのわだかまりもなくこのように答えた。が、鏡子は思った以上に狼狽する。


「な、なんとかなりません? 今からでも都合のつくかたや、まだお相手をお探しの方もおりますよ?」


「でも、まったく知らない方と参加しても、お互い気をつかいますし……」


 入学当初から、この行事に参加することはあきらめていた。万が一自分と少しでも関りがあったことを(おおやけ)の記録に残されて、成人の儀の通過後に、ありがたくもない皇女の降嫁(こうか)先に選定されては相手の令息も迷惑だろう。


「佐治さまは!?」


 思い浮かべたことのある人物の名前を出されて、今度は紗蓉子(さよこ)が激しくうろたえる番だった。


「か、鹿嶋(かしま)さまは……」


 実はお願いしようと思ったこともあった。これまでの鹿嶋の行動や、残した言葉をよくよく思い返してみると。


「たぶん、行くとはおっしゃると思います」


「それでは……!?」


 鏡子は身を乗り出して食いついてきた。しかし、


「でも結局、当日になったらいらっしゃらない気がして……」


「ああぁ……」


 想像できると言わんばかりの鏡子の反応に、やはりそうだろうなと紗蓉子は実感するのだ。




「それでも、お声だけはかけてみたら? それで、お誘いしてから毎日、舞踏会のお話をするの。そうすればさすがの佐治さまも、お忘れになることはないのでは?」


 鏡子に提案され、紗蓉子は舞踏会の招待状を持って高等部の学舎へやってきた。


 鏡子が言う、鹿嶋を舞踏会へ連れ出す方法は、うまくいくかわからない。どちらかというと鹿嶋は、覚えているけれど、結局当日に面倒くさくなって来ないということをしそうである。


 紗蓉子は実は、誘いそのものを断られるのも怖かった。


 鹿嶋自身が中等部二年生のころから、ぽつぽつと舞踏会への誘いは増えて、毎年何人か招待状を握りしめて彼のもとへ行くらしい。


 しかし、そのすべてが断られているという。中には逃げられて、そもそも会うことすらできなかった女生徒すらいると聞く。


 鹿嶋の教室にたどり着いたが、彼の姿は見えない。どこにいるのか確かめようにも、まわりはみんな高等部の学生だから、非常に聞きにくい。


「ねえ君」


 背後から男子生徒に声をかけられて、紗蓉子は高い声で、はいと返事をする。


「それ、中等部の卒業記念舞踏会の招待状?」


 手のなかの白い封筒を指さされ、そうですと紗蓉子はか弱い声で答える。


 高等部と中等部では、夏服のリボンの色が違う。見た目で彼は、紗蓉子がどこから来たのかわかったのだろう。


「だれ宛?」


「佐治、鹿嶋さまに」


 あーやっぱり鹿嶋かぁと、男子生徒はうなだれる。それから教室の中に向かって叫んだ。


一陽(いちよう)! 鹿嶋どこいったか知ってるー?」


「知ってるけど」


 教えたら怒られそうだと言いながら、その人物、葛城(かつらぎ)一陽(いちよう)は教室の入り口まで来てくれた。


「鹿嶋さまは今日も遅刻ですか」


「鹿嶋さま? ああ、君、もしかして猫の子?」


 猫の子に想い至らなくて紗蓉子は黙っていたが、そのあとに「紗蓉子さん」と言われすかさず、


「そうです。日野紗蓉子です」


 と名乗った。一陽は振り返ると、教室に残る級友たちに、「大丈夫な子だから、案内してくる」と告げて、紗蓉子の前に立って歩き出す。


「この時期、招待状持ってくる子、結構いるんだけど」


 一陽は歩きながら、時々振り返って紗蓉子に話しかける。


「数が増えてくると、面倒くさくなって雑な断り方するんだよね。あいつ」


 あいつとは、鹿嶋のことだろう。


「雑」


「そうそう。どっちも得しないでしょう。女の子は嫌な思いするし、鹿嶋は悪いこと言われるし。だからそもそも会わせないようにしてるんだけど」


 男子連中で結託してね、と一陽は言う。


「あの、ではやっぱり止めます。ご迷惑みたいなので」


「紗蓉子さんは大丈夫でしょ」


 むしろ帰したら鹿嶋に怒られそうと言いながら、一陽は歩き続ける。


 一方、紗蓉子は雑な断り方という文言が引っかかって、それどころではない。


 雑。雑とはどんな断り方。もしそうなったら、なるべく平気な顔をして、中等部へ戻らなければいけない。


 学舎と学舎の間にある渡り廊下の手前で、一陽は立ち止まった。あそこにいるんだけど、と中庭の一角を示している。


「なんか……からまれてんな」


 面倒くせーと言いながら、一陽はもう少し待った方がいいかも、と紗蓉子に告げる。


 中庭で、鹿嶋は数人に囲まれていたが、中でも一人だけ鹿嶋より背の高い生徒がいて、なにか怒鳴りつけている。声に聞き覚えがある。鹿嶋と初めて会った日に、彼と喧嘩をしていた生徒ではないか?


 鹿嶋は黙っている。紗蓉子は知らないが、親を通じて佐治家に直接文句を言ってくるような連中である。なにを言っても、もちろん手を出しても、またよくない結果になるのは見えていた。


 何を話しているかまではよく聞こえない。そのうちその大きな生徒が、鹿嶋の胸ぐらをつかんで、首にかけられていた御守石(まもりいし)の革紐を引きちぎり、紗蓉子たちがいるほうへ投げ捨ててしまった。


 なんてひどいことをするの。


 紗蓉子は絶句する。鹿嶋に見せてもらったあの龍骨は、嫌な感じがまったくなかった。


 鹿嶋が口に出す言葉とは裏腹に、母の形見として複雑な気持ちを抱えながらも、肌身離さず持っていたとわかるものなのに。


 紗蓉子は一陽が止めるのを振り切って飛び出すと、御守石(まもりいし)が投げられたあたりの草むらに手を突っ込んで、汚れるのもいとわず膝をついて探し出す。


 突然やってきた乱入者に、その場の全員が紗蓉子を見ているが、彼女はかまわない。


「あ! あった。ありましたよ! 鹿嶋さま!」


 草の中に座り込んだまま、紗蓉子は見つけた龍骨を鹿嶋に向けて掲げた。みなが唖然とする中、最初に声を発したのは、鹿嶋だった。


「紗蓉子」


 地獄の底で、鬼がものすごく清らかなものを見つけたかのような、毒気を抜かれた顔だった。


 はじかれたようにそれから全員が表情を取り戻して、鹿嶋の胸倉をつかんでいる生徒が吐き捨てる。


「あんなもの、打ち捨てておけばいい」


 あんなものとは鹿嶋の龍骨のことか。


「佐治の立派なお兄さまは、御守石(まもりいし)も見事な橄欖石(ペリドット)をいただいてるのに、出来損ないの次男は骨だもんな。どうせどこぞの道端から、のたれ死んだ動物の骨でも拾ってきたのだろう」


 彼は鹿嶋を地面に投げ捨てるように放ると、追い打ちで唾まで吐きかけた。それでもなお、鹿嶋は抵抗しない。


 充分に羞恥を与えたと思った連中は、期待しながら紗蓉子の方を見返ったが、そこで見た光景は予想外のものだった。


 てっきり鹿嶋の醜態に嫌悪感でも示しているかと思ったかわいらしいご令嬢は、道端で突然背負い投げでもくらったような、何が起きたのかさっぱりわからないという顔で、口を開けて立っていたからだ。


 はっと我に返った紗蓉子は、混乱が最高潮に達して、一気にまくし立ててしまう。


「いえ、あのあのあの……申し訳ありません。鹿嶋さまから輝石について嫌なことを言われたことがある旨お聞きしていたのですが……まさか目の前で本当に人さまの御守石についてそのような暴言……いえ私としたことが失礼を……も、妄言? をおっしゃるような方が本当にに存在するとはにわかには信じられないくて……!」


 怒るでも、あきれるでも、軽蔑するでもない。ただ同じ人間として存在することが信じられないという反応をされ、鹿嶋を馬鹿にして悦に入っていた彼らはよほど恥ずかしい。


 くそが! と言い残すと、鹿嶋を取り囲んでいた連中は行ってしまった。ひとりできょろききょろしている紗蓉子を見て、鹿嶋がふっと息を吐いて笑い出す。


「暴言を言い直しても、妄言にしかなっていない。どっちにしても失礼だぞ紗蓉子」


「も、申し訳ありません」


「いいよ。どうせその程度のやつらだ」


 すっきりしたと言って、鹿嶋は満面の笑みで思いっきり伸びをする。


「何か用?」


 鹿嶋は尋ねたが、騒動を聞きつけた野次馬が集まってきていた。だれが呼んだのか教師も幾人か来そうな気配だ。


「人が多い」


 鹿嶋は紗蓉子に駆けよると、その手を取った。


「来て」


 渡り廊下を通り抜けるとき、見覚えのある人物を見つけて鹿嶋は立ち止まる。


「一陽」


「俺が連れて来たんだぞ。礼くらい言えよ」


「うん」


 それだけ言って、鹿嶋は走り出す。


「鹿嶋さま……! 手は」


 つなぐ必要はないのでは、と言おうとした紗蓉子の声は、「だめ」と短い鹿嶋の返事にかき消されてしまった。


 ようやく人気(ひとけ)の少ない学舎の片隅まで来て、鹿嶋は止まった。紗蓉子は待ちかねたかのように、拾いあげた龍骨を鹿嶋の手に返す。


「革紐、切れてしまいましたね」


「いいよ、すぐ直る」


 鹿嶋は紗蓉子の手の中にあったそれを見つめた後、制服のポケットにねじ込む。


「それで、俺に用?」


「あの、これをお渡ししたくて」


 ずっと握りしめていて、少々くたびれてしまった招待状を差し出す。鹿嶋はすぐに封をあけて、中身を(あらた)める。


「中等部の、舞踏会?」


「はい」


 雑な断り方、雑な断り方。心の準備ができるように、紗蓉子は心の中で唱えていた。


「いいよ、行くよ」


「え?」


 準備ができていないほうの答えが返ってきて、紗蓉子は何度か瞬きを繰りかえした。夢ではないらしい。


「紗蓉子と一緒に、行くよ」






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