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ある魔法使いの副官―運命に選ばれなかったものたち―  作者: はやぶさ8823
第1章 ある魔法使いの副官 龍を追う人 2827年
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ある魔法使いの副官

 人の気配の消えた石段をかけあがる。とちゅう横道にそれて、山道をななめに登っていくと、稜線上のひらけた場所に展開する部隊がみえる。


 鹿嶋(かしま)の所属する連隊本部の指揮所となっている宿営地には、騎兵とその相棒である鷲獅子が、いつでも飛び立てるように待機している。


「佐治中尉」

 

 宿営地にすがたを現した鹿嶋のもとに、下士官がひとり駆けよってくる。


仲月見(なかつきみ)少佐は」


「まだ見つからない」

 

 下士官が絶望的な顔をするのを見て、鹿嶋はあえて余裕そうな表情で付け加える。


「まだ、な」


 肩をたたいて下士官をねぎらうと、自分と同じく仲月見イスカ少佐の世話係となっている男を呼ぶ。


「金邑上等兵!」


 第二連隊鷲獅子騎兵大隊大隊長、仲月見イスカの従兵をつとめる金邑眞夏は、へこへこ頭をさげながら人の波をかき分けて近づいてきた。


「まずいっすよ、鹿嶋さん。ほんとにイスカさんどっか行っちゃったんですか」


「口のききかたに気をつけろ。俺たちが動揺していると大隊そのものが不安定になる」


 鹿嶋は眞夏の戦闘服の襟を引き寄せて、小声でその態度をたしなめた。声が大きすぎる。


「少佐はどこかそのあたりに散歩に行ったみたいな顔をしていろ」


 大隊長仲月見イスカの副官と従兵が、両方その居所を把握していないとなれば、兵たちの不安は大きくなる。そもそも大隊長であるイスカが移動するなら、かならずふたりのどちらかは彼女についていなければいけなかった。

 これはある意味、鹿嶋の失態である。


「していろったてねえ。無理がありますよ」


 頭をかきむしる眞夏の手を無理やりおろして、鹿嶋は何度目かの質問をする。

 

「もう一度きくが、ほんとうに少佐はおまえにも行き先を告げなかったんだな」

「はい、なんにも聞いていません」

「なら、どこか俺たちにもわかりやすい場所にいるはずだ。あの人にかぎって職務放棄はありえない」

「じゃあなんで今回にかぎって消えちゃったんです」

「やりたくないからだろ」


 自分で考えているより、投げやりな言い方になった。しかし事実、イスカは心から今日の仕事をやりたくなかっただろう。


「こんな場所で龍の討伐を受けるのがいやだったんだよ、少佐は」


 稜線からは、国の東にひろがる山脈が広く見渡せる。逆側のふもとには山野にかこまれた盆地のようなくりぬかれた土地に、けっこうな規模の街が築かれている。この街の背後にそびえる山に、龍が一頭ひそんでいる。


「街をひとつ、潰すことになる」


 山も街も消し飛ばしていい。とにかく龍を殺してこい。

 それが、本日仲月見イスカ少佐が率いる鷲獅子騎兵大隊にくだされた命令だった。



 



 鹿嶋が軍人として奉仕する日高見国(ひたかみのくに)にとって、龍は長く空から飛来する脅威だった。好んで積極的に人を襲うことはしないが、その強靭な肉体と飛翔能力のために、ただの通りすがりで人里や都市に甚大な被害をもたらすことも少なくない。


 龍は体を覆ううろこの一枚ずつが、それぞれ野戦用防盾をしのぐ硬さを誇っており、骨も肉も、ほかの地上の生物とはくらべものにならないほど頑強である。何千何百年ものあいだ、人の刃が龍に届くことはあり得なかった。

 人間が武力をもって龍と対等に戦えるようになったのは、近代的火砲が普及したここ数十年のことである。


 そしてその火砲をもってしても、一頭の龍を完全に沈黙させるには、途方もない時間と犠牲を払う必要がある。

 仲月見イスカ少佐なしで龍の討伐にのぞむなら、鷲獅子騎兵大隊は多大な損害をこうむり、そのうえでなお、龍を取り逃がすかもしれなかった。


「ひとつだけ、こころあたりがある」

「あるんですか!?」


 龍討伐のカギとなる仲月見イスカの居所について鹿嶋(かしま)が発言すると、眞夏は裏返った声を出す。鹿嶋はまたそれをなだめなければならなかった。

 眞夏はわざとらしく周囲を見まわしたあと、ひときわおさえた声でつづけた。


「じゃあ、なんですぐイスカさん迎えに行かないんですか」

「ちょっと、時間が必要だと思ったんだ」


 そう言うと、鹿嶋は鷲獅子に騎乗するさい身に着ける、専用の装帯(ハーネス)に体を通す。


「俺の鷲獅子を連れてきてくれ」


 鹿嶋はひとり獅子にまたがると、稜線から街に向かって山の斜面を滑空する。眼下には、ひとけのなくなった不気味に静まりかえった街が見えてきた。すでに住民の避難は完了している。

 龍の獣としての隠しきれない絶大な気配は、ここまで届いている。

 

 鹿嶋の騎乗獣はこわがりだ。鷲獅子は体は大きいが、生まれて一年半ほどで成獣になる。この子は騎兵大隊の厩舎で生まれ、生まれたときから鹿嶋が世話をしてきた。少々あまやかしすぎたようで、龍のちかくを飛ぶのも、嵐のなかを飛ぶのもいやがる。

 その獅子が、いま怖気(おぞけ)をさそうような龍の気配に当てられて、街におりるのを拒んでいる。


「頼む。これ以上そばには行かないから。飛んでくれよ」


 首を撫でてなだめると、しぶしぶながら鷲獅子は指示どうりに針路をとる。

 やがて街のはずれの、緑のふかい区画に長い階段が見えてきた。神聖地につづくそのきざはしを、獅子のつばさのはばたきで飛び越えて、鹿嶋はちいさな(やしろ)の敷地に降り立つ。


 社にはいい思い出がない。たのしい記憶があったはずなのに、人生最悪の記憶にそれがすべて塗りつぶされた。鹿嶋にとって、(やしろ)とはそんなところだった。


 社殿は、まっすぐに龍がかくれている山と相対している。あの山を聖地としてまつり、その神体すべてを目におさめて祈るための場所が、ここなのだ。


 その土地に、イスカはいた。


 自分の鷲獅子に体をあずけ、かこまれた木々あいだから見える空と、正面の山を見ていた。


「鹿嶋か」

「はい、佐治鹿嶋中尉、まいりました」

「もうそんな時間か」

「はい、そろそろかと」


 お互いわかっているのに、それらしい会話をしている。

 イスカの、うすい茶色の透ける翠のひとみは、いまも龍がひそむ山を見ている。女でありながら、近衛師団第二連隊の鷲獅子騎兵大隊長をつとめるイスカは、短めの黒髪に肩も胸もうすい。女性というより、育ちかけの青年のようにも見える。背は、鹿嶋より高かった。


「準備は、ととのいましたか」


 まだ立ち上がらないイスカに、鹿嶋は問いかける。その鹿嶋に、イスカは眼前の山をしめす。


「鹿嶋、見てごらん」


 鹿嶋はイスカの指の先を目で追った。龍のことを言おうとしているのではない。あの山を見てほしいのだ。


「きょう、街から避難する子どもたちに聞いたのだ。夏にはあの山に、火をともして文字をつくるのだそうだ。それを見ながら、その子たちは夜遅くまでお祭りを楽しむんだって」


「それは……楽しそうですね」


「そうだろう?」

 

 イスカの顔はぱっと明るくなって、それからすぐに伏し目がちになって、ちいさな声で言った。


「今年のお祭りは、できるかなって、聞かれたよ」


 ああそうかそれで、と鹿嶋は納得した。

 その話を聞いたから、イスカは見に来たのだ。せめてみずからが壊すものの姿を、最後に目に焼き付けようとした。


「いい山だ」


 つぶやいて、イスカは立ち上がった。その顔は、もう軍人の顔をしていた。


「では行こうか。佐治鹿嶋中尉」


 言うなり、すぐにイスカは騎乗の人となり、空高く舞い上がっていく。追おうとして鹿嶋はみずからの獅子の手綱をひいたが、動かない。さっきより龍の気配は濃くなっている。こちらに気づいて牽制している。

 おびえてあまえたようにのどをクルクル鳴らす子に、鹿嶋は努めてやさしく言ってやる。


「いいか? 龍の爪も牙も、俺が止めよう。炎息は、少佐がぜったいに撃たせない。安心して飛べ」


 それでもしぶる鷲獅子の首を、鹿嶋は上からかき抱いた。


「たのむよ。飛んでくれ」


 のどの奥でくぐもった鳴き声を押し込めながら、鹿嶋の鷲獅子は仕方なし、という表情で空に飛び出した。先に空中で定常飛行にうつったイスカと合流する。

 

「もう来るだろう。夜になるまえに、決着をつけねばならない」

 

 山向こうに太陽が沈む。夜と夕が混じる紫の時間が、過ぎ去ろうとしている。イスカはまっすぐに、眼前の山を見つめている。いや、そのなかにいる一頭の龍を。


 もはや内にとどめておけなくなった狂気を発散するのはいまだと言わんばかりに、山が揺れる。地響きと間違うような咆哮だった。


 密集する木々を突き破るよな勢いで、一本の槍のごとき鋭さで、空中に突出してきた。

 ついに龍がすがたを現す。


 つばさの裏は暗褐色。にび色のうろこに、その目は黒に、さらに炭をくだいて塗り込めたように光を吸わない黒だった。


「だめだな。あれは」


 ぽつりとイスカが言った。


「殺すしかない」


 龍の本来のひとみの色は、気高い黄金色である。そのひとみの色が黒く変じた龍は、暴走し彼我の区別も失って、目に見えるすべてを破壊しつくす。

 この狂った龍こそが、日高見国の脅威だった。


 イスカは覚悟を決めて、鷲獅子を空中で走らせる。イスカの鷲獅子は、騎兵として運用される獅子のなかでも、もっとも勇敢なものが選ばれた。雌だが、からだは他の獅子よりひとまわりは大きく、龍をまえにしてもひるむどころか、手綱をにぎっていないと威嚇のために激しく咆哮する。


 彼女の騎乗獣は、いまも迷わず龍にむかって咆哮した。

 矢のように向かってくる龍の最初の爪の一撃は、鹿嶋が抜き放った刀でいなして軌道をかえる。まともに打ち合っては人の体では勝ち目がない。だが仲月見イスカがいる場では、これも意味のある戦いになる。


 鹿嶋の鷲獅子も、イスカのまえに立ちはだかるように雄々しくつばさをひろげている。


 ——この子は怖がりだが、いざ龍をまえにしたときは、ひるんで下がったことは一度もない。


 それは鹿嶋を信じるからだと、鹿嶋自身がいちばんよく知っている。牙と爪はかならずとめると約束した。それをやぶることは許されない。


 牙と爪、身をひるがえす龍が不規則にくりだす尾を避けつづける。

 そろそろ頃合いだと思うころ、龍はこれまででもっとも彼らから距離をとった。のどの奥があかく輝き、爆発的な熱の高まりを感じる。


「イスカさん!」


 鹿嶋は思わず、階級を排して叫んだ。

 龍のもつ力でもっとも暴力的なものが、炎息だった。ブレスとも呼ばれるそれは、まっすぐに吐き出される高温の炎の道だった。軌道上にあるものを等しく地に焼き付ける影にかえる、破滅の頂点をきわめるようなそれを、龍は眼前で放とうとしている。


「わたしと炎勝負をするつもりか。いいだろう」


 イスカも抜き放った刀で、龍にねらいを定めた。

 同時になにもない場所から炎が湧きあがる。うずまくようにイスカのまわりから立ち上る炎は青い。青い透明の炎こそ、魔法使いのあかしだった。龍のうろこも肉も、骨も、人の力で断つことはできない。ただ、魔法使いを除いては。


 炎はイスカのまえで渦を巻くように天にかけのぼり、頭上で大きな竜巻のようなかたまりになる。青い炎の竜巻だった。

 龍も、のどが痙攣するほどの熱をためこみ、それを破裂させるさきを探している。


「君がこんなところに隠れなければ、山も消さずに済んだんだよ」


 イスカのあきらめを含んだ声を合図に、青い炎は高速の渦を巻きながら龍に向かって突進していく。西洋剣のするどい突きのような炎は、とちゅうで龍の放ったブレスとぶつかりあう。

 直進のブレスと回転の炎は、炎がブレスを刺し貫いてえぐるように突出し、ついに龍の体をつらぬいた。止まらない炎は龍を突き抜け、背後の山の斜面の大半をけずり、紫の空のかなたに光の道を残して消えていった。


「ああ、だめだったか」


 山を残せなかった、と今日いちばん残念そうなイスカの声を鹿嶋は聞いた。


 かつて数多くいた魔法使いは急速に減少し、いまやこの国の軍が、軍命によって運用できる詠唱魔法使用者は、ただひとりだ。

 仲月見イスカはその魔法使いであり、佐治鹿嶋が忠誠を誓い、副官をつとめる、この世でもっとも信頼する上官だった。

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