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花と君




信じられないくらい時が過ぎた。

僕は部屋で大学の勉強をしていた。

季節は夏にさしかかり、扇風機の欠かせない時期になっていた。

僕はヨルのいない日々を一日一日噛み締めながら生きた。

公園に訪れるたびその笑顔に会えたのに。

ヨルが消えてから淋しくなったけど、いつの間にか大人になって、彼女を想って流した涙さえ乾いていた。

だけど僕は胸の中でだけ時が止まっていた。


ピーンポーン


玄関でチャイムが鳴った。

二階建てのマンションに、しかも僕の部屋に用がある人物なんて滅多にいない。

怪しげに思ったが、郵便配達かもしれないので仕方なく扉を開けた。

するとそこには、髪の毛をベリーショートにしたヨルが立っていた。

彼女は春に会った時より見違えるように明るかった。


「久しぶり」


久しぶり、と僕も言った。ヨルは以前の雰囲気とは変わってどこかあどけなさの垣間見える容姿になっていた。それはどこか懐かしさを覚えさせ、僕は散らばっていたヨルの記憶の断片を拾い集め彼女本体を完成させることができた。


そして、彼女の肩や胸や髪の毛に、無数の花の飾りがあることに気がついた。

その姿はまるで、異国のお姫様のようだった。


彼女を部屋に招くとテーブルの上にキンキンに冷えた麦茶を出した。



「君の部屋探すの、大変だったんだよ。大学まで行って、そこで、住所調べて。やっと辿り着いた、と思ったらそこ隣の部屋だったし」



僕は彼女の言葉をうん、うんと頷きながら聞いていた。

しばらく会わなかった間どうしていたのかはあえて訊かなかった。

彼女の方から口を開くのを待っていた。


「花の飾りをつけてるの?かわいいね」



彼女は自らの身体についた花に視線を落とし、左手で撫でながら言った。

「ああ、これね」




「実は君に、伝えたいことがあるんだ」



「なあに?」



「実は私、花咲病なんだ」



「花咲病?」



「ああ。人間に寄生するある種の花があるのは、知っているかな?その花の種が傷のついた皮膚に付着すると、身体中から花が咲いて、その花が散る時に、死んでしまうんだ。私は近くの病院で検査を受けて、花咲病と診断された。余命もって一ヶ月といったところらしい。だから、君に別れを告げに来た。」


頭をガン、と殴られたような衝撃が走った。

彼女の雰囲気が明るく割り切ったように見えたのは、そのせいだったのか。


僕が黙っていると、彼女は続けた。


「ずっと連絡もなしに、会えなくてごめんね。いつか伝えなくちゃと思ってたんだけど、君に伝えるのが怖かったんだ」


「治る方法はないの?」


「今のところ、見つかっていないみたい」




ヨルが帰った後で、僕は泣いた。彼女を失うのが恐ろしかった。

生きている中でこんなに泣いたのは初めてだった。

僕は心が引き裂かれるくらいの悲しみを抱えながらこれからも過ごしていかなければならなかった。

こんな思いをするくらいなら、今まで通り大切な人など作らなければよかった、とも思った。でも、ヨルに出会えた幸せもまた消えることはなかった。

波打っては消えていく彼女への想いを抑えることはできなかった。

いっそひと思いに彼女と一緒にこの世から消えてしまおうかと考えた。


それからしばらくは彼女に会わなかった。()()()()()()()()()()()

市内の病院に入院するからと言って、病院の住所を教えてもらったので、そこに訪ねてみることにした。

久しぶりに会ったヨルは生気を吸われたかのように元気がなく、病室のベッドに横たわっていた。白く細かった腕はさらに細くなり、容易く折れてしまいそうだ。


身体中から花が咲き乱れるヨルは、どんな姿よりも儚く美しかった。

できることなら、その愛しい姿を一生守り通したかった。


僕は近づいて、寝ているヨルの頬に咲いた花にキスをした。


そして、彼女が起きるまでずっと待っていた。



しかし、彼女が起きることはなかった。



「さようならのひとつくらい言わせてよ……」



ヨルが死んでしまったあとで、僕は本格的に自死を考えた。でも、思いとどまった。彼女が残した哀しみは消えることはなかったが、同時に、彼女がくれた喜びや思い出を捨てることはできなかったからだ。彼女を愛している自分を愛していたのかもしれない。それに、ヨルは死ぬ前に、こんなことを言っていた。



「人は死んだら、何度も生まれ変わることができるんだって」



「それって、本当?」



「本当。もし私が生まれ変わったら、死に物狂いで君を見つけるよ。絶対に」



「前世の記憶がなかったら?」



「記憶がなくても、見つける」



「そんなことって、できるのかな」



「もお〜!ごちゃごちゃうるさいな、君は。見つけるったら、見つけるの!」



そうすると、彼女はまたもやムッとして言った。その姿がたまらなく愛おしかった。



その後僕たちは、二人で笑いあった。その笑顔を見るだけで、僕は十分だったのに。


神はなんて酷いことをするんだろうかと思った。なぜ僕ではなくてあんなに優しかったヨルが死ななければならないのだろうか。僕が身代わりになってやれればどれだけ良かったのだろう。彼女を失った哀しみが募るばかりで無気力な僕にできることは何もなかった。しかしこれから先どんな困難や苦しみが僕に降りかかってきたとしても、前を向いて生きていかなければならない。


硬く拳を握った。

彼女の生きた証を胸に抱えて。



僕は公園のブランコに揺られ、一人、考えごとをしていた。



ヨルは生まれ変わって、この地球上のどこかの国のどこかの街でひっそりと生きているのだろうか。


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