4.誰が魔女を恐れるか?
翌朝。昨日までと変わらずノックもせず侍女がカビパンを持って現れる。彼女は乱暴に食事を置くと部屋に備え付けてあった椅子に座った。私はまだベッドから起き上がったばかりだというのに。相変わらずである。
「はぁ……。ノックぐらいして頂きたいんですけどね」
わざと大げさにため息をついて見せた私に侍女は目を見開いた。今まで大人しくしていた私が反論したことに驚いたんだろう。かわいそうに言葉を失って硬直している。
「どうしたんです、驚いた顔して。まさか、私が反論すると思ってなかったとか?」
幸せな頭の作りですね、と嘲り笑うと侍女はやっと我に返ったようで顔を真っ赤に染め上げた。そして目を吊り上げ、口を開く。
「貴女……! 汚らわしい魔女の分際で何を」
「さぞご不満でしょうね。その汚らわしい魔女の世話なんてさせられて。でもいい仕事じゃありませんか。日頃の鬱憤を晴らしながらサボってお給料がもらえるんですから。いいなぁ、私もそんな舐めた仕事に就きたいなぁ」
「わ、わたくしは王家に認められお仕えしている身です。それがどれだけの栄誉か……! わたくしを愚弄することは王家を愚弄することと同じなのですよ!」
「でもあなたが仕事を放棄してそこに座っているのは事実でしょう? 反論は仕事をしてからおっしゃって欲しいものですね。説得力のかけらもないですよ」
もう一度鼻で笑ってやると侍女は唇をわなわなと振るわせて、言葉を探している。怒りなのか恐怖なのか、それとも別の感情なのか、見極めるほどの価値もないけれど。
結局彼女は続く言葉を見つけられなかった様で眉を寄せて立ち上がった。仕事する気にでもなったんだろうか。でも。
「いいえ、結構ですよ。あなたも汚らわしい魔女の世話なんてしたくないでしょうし、私もいつ危害を加えてくるかわからない人に身の回りをうろつかれたくもないですし。それより食べれるものを持ってきてくれます? さすがに体調を崩しそうなんですけど」
そう言って食事のトレイを押しやると侍女は不服そうにしながらもそれを持って部屋を出て行った。
誰もいなくなった部屋でため息を吐く。はー、少しだけ気が晴れた。と言ってもこの程度で私の扱いが変わるとは思えないし、戦いはこれからなんでしょうけど。
王太子は言っていた。魔女には『大人しく』していてもらう必要がある、と。その発言には確かに違和感があったのだ。彼の説明では魔女は聖女を召喚するための安全装置でしかない筈だ。ならば、聖女召喚が終了すれば扱いに困る魔女はさっさと“処分”してしまえばいい。少なくとも、王家としての合理性を考えればそうするのが自然に思える。
そうしないということは私を、魔女を生かしておかなければならない理由が何かあるんだろう。
魔女は殺せない。その仮定が正しいとするなら、大人しくしていない私に何かしらの接触をしてくるはずである。まずは相手方を交渉のテーブルに引きずり出さなければ話は始まらない。鬼が出るか蛇が出るか、とにかく当面は大立ち回りをしてみようじゃないか。
***
そう決意してから数日。私が侍女に楯突いたという話は瞬く間に広がったらしく以前より突っかかってくる人は増えた。それに一つ一つ丁寧に反論しているが、今のところ戦績は負けなしである。まあ、こちらに瑕疵はない言いがかりばかりなので当然といえば当然だけど。
ちなみに恒例の怪文書は今朝7通目が届いた。もう開けずに放置しているが最近は毎日届く。熱烈なことである。逆に私のこと好きなんじゃないかなんて馬鹿げたこと考えるくらいには。
ところで。怪文書で一つ気付いたことがある。毎回ご丁寧に押してある蝋封はなんとびっくり王家の紋章だった。道理で高そうな便箋なわけだ。全く。くだらないことに高級品を使うなんて流石は王族、いい御身分だこと。
唯一の救いと言えば食事だけはまともな物が出るようになったことだ。なんでも言ってみるものね。この勢いで待遇も改善してほしいわ。
そんな攻防を繰り返していたある日だった。朝食ととも封筒が届く。王家の蝋封はいつもと同じだったけど、違うのはいつもはない署名がしてあることだった。エドワード・エルレイン。確か王太子殿下の名じゃないの。
開封すると中には挨拶もそこそこに日時が書かれていた。それから、王太子の執務室で待つ、当日迎えを寄越すとも。
私の最近の態度について話があるんだろう。ついに役者が全て出そろったということか。この面会で私の今後が決まる、と思う。改善か、それとも悪化か。二つに一つ。さて。腹、括りましょうか。