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1.召喚、或いはとばっちりの異世界転移

 

 住み慣れたワンルームの玄関扉を開けると、そこは異世界だった――。


 昔読んだ小説のオマージュが脳裏をかすめる。尤も、()の小説はこんな支離滅裂、奇想天外な話では全くもってないのだが。兎にも角にも扉の先は見慣れた共用廊下でも、まして雪国でもなかった。いや、厳密には共用廊下ではあったのだ。あったのだけど、そこには見慣れない、不可解なものが鎮座していた。

 見慣れたコンクリート製の廊下で異彩を放つのは足元から指す見慣れない光。それはなんだかファンタジーチックな、有り体に言えば魔法陣のような形をしており、紫色に揺らめく怪しげな光を放っていた。まるでライブ演出のスポットライトのように、灰色の床を照らし、不気味な存在感を誇示している。



 何だこれは、悪戯にしては手が込みすぎじゃないか、なんて訝む間もなく。訳が分からず立ち竦む間にそれはだんだんと光量を増し、ついに目を開けていられない程に輝き始める。思わず目を伏せたのは生理現象だろう。


 やっと光が収まり、そっと目を開けた。そこに広がっていたのは、異世界だった。

 我ながら頭のおかしなことを言っている自覚はある。私だって正気だとは思えないし、他人がこんなことを言っていたら「はいはい、妄想乙」と流していたところだ。

 でも現実問題、目を開いた私は少なくともマンションの共用廊下ではない場所に座り込んでいる。加えて先程まで人の気配などなかったはずなのに、今は周囲を大勢の人が取り囲んでいる様だった。更に更に私を取り囲む人々はこれまたファンタジーな装い、もっと正確に表現するなら何処ぞの魔法使いのような重厚なローブを身にまとっている。

 そんな集団からはどこからともなく「おお……」と感嘆のような声が漏れ聞こえる。彼らは皆一様に目深くフードを被っているせいでその表情は伺えないが、部屋には安堵とも疲労とも取れるざわめきが広がっていた。


 異世界リーチ。じゃなきゃ趣味が過ぎるコスプレ集団に拉致監禁された可能性が微レ存。それはそれで勘弁してほしいのだけど。

 まあ、私にはレイヤーの知り合いはいないし、まして拉致られた挙句訳のわからない儀式めいたイベントに強制参加させられる心当たりなんてないから、後者ではない筈だ。いや、異世界に関して心当たりがあるわけじゃないんだけど。

 兎に角わかっているのはこんなバカなことを考えてる場合じゃないということだけ。実際見覚えも心当たりもない場所に座り込み、大勢に取り囲まれているというのは非常事態には違いない。レイヤーだなんだと馬鹿言ってないで頭を動かせ、そう自分に言い聞かせて周囲を見渡す。


 石造りの密閉された小部屋に私たちはいた。嫌に肌寒く、空気は湿り気を帯びていた。窓はなく、光源は淡いオレンジ色を揺らす原始的な照明のみ。多分地下なんだろう。そうじゃなきゃ相当趣味が悪い。

 馴染みのない灯りに苦戦しながら目を凝らすと床には先程玄関先で見かけたものと同じ、ように見える魔法陣が書かれていた。先程とは違い、発光はしてはいない。尤も、さっきまでは同じように光り輝いていたのかもしれないけど。まあ、そこはさしたる問題じゃないか。


 そんなことより、部屋を見渡してみて初めて私以外にもこの状況に困惑していそうな女の子がいることに気付く。歳は高校生くらいに見えた。どこのかは知らないが制服を身にまとっていることからも学生なんだろうと推察される。

 彼女は黙ったまま、きょろきょろと周囲を見渡していた。多分私と同じように、さっきまで自分がいた場所と、今のこの“ファンタジー味濃いめの密室”との間にあるギャップを処理しきれていないのだろう。


 ああ、よかった。現状の被害者が自分だけじゃないと知れるだけで、少し気が楽になる。……いや、問題は何一つ解決はしていないが。


 そんなことを考えていた時だった。


 ガタン、と重たい音がして続いて古い扉を引きずる甲高い音が小部屋に響いた。その音に私たちを取り囲むローブの集団が割れる。


 現れたのは三人の男性だった。彼らの装いは明らかに周囲とは一線を画しており、地位ある人物であることは一目瞭然だった。周囲が恭しく頭を垂れているあたり、その可能性は高いんじゃなかろうか。



「成功したようだな」



 三人の先頭に立つ蜂蜜のような金髪に、アメジストの瞳を持つ男が口を開いた。硬質でありながら、わずかな音節に空気を支配する力が込められていた。

 私の中で、彼の配役を王子に暫定する。残りの2人の配役はひとまず、ガタイが良く腰に剣を下げた赤髪くんが専属護衛騎士、その横に佇む銀髪のいかにも賢そうな彼が高位の文官と言ったことこだろう。


 暫定王子は私たちに近づいて膝を着く。目線を合わせて近くでその(かんばせ)を拝むと、もはや嫉妬すらできないレベルの美形だった。


「アルヴァミアへようこそ聖女殿、魔女殿。私はこの国の王太子、エドワード・エルレインだ。我々アルヴァミア王国は貴方たちを歓迎する」


 私たちに視線を向けたまま、彼はよく通る声でそう宣言した。


 王子から暫定の文字が消える。

 そしてついでに異世界召喚からも暫定の文字が消えた。



 どうやら私は今、アルヴァミアという王国にいるらしい。そして一応歓迎されているらしい。


 ところで。王子様の言葉に一点引っ掛かりを覚える。聖女はわかる。テンプレだし、それはいい。問題は、魔女の異世界召喚って、ドユコト……?

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