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第3話

小夜はタカハシ百貨店の大食堂で働く普通の女の子に見えたが、実は二重生活を送っていた。一つは、3Cグループの会長さとうささらからの依頼で、タカハシ百貨店に潜入し、国家との癒着が疑われるスモールスプリング造兵廠の社長・小春六花の不正を暴くコンプライアンス調査をしていたこと。もう一つは、VIIN(Voice Intelligence Inter National )の諜報協力者として、元VIINの諜報員であるタカハシ百貨店のオーナー・高橋と共に、国際的な情報戦に関わっていたことだった。タカハシ百貨店は、3Cグループの構成会社の一つであり、同時にVIINのフロント企業でもあった。そのため、小夜はタカハシ百貨店で働くことで、両方の任務をこなすことができたのだ。

小夜は3日間、小春六花を尾行し、監視していたが、あまり成果を上げられなかった。小春六花は基本的に業務以外あまり活動せず、職場と自宅の往復程度であり、その業務内容も特に不審な点はなかった。しかし、翌週になり木曜日になると、今までとは違う行動を起こした。小春六花は10時頃になると外出の準備を行い、車に乗り出かけて行った。小夜も彼女を追跡し、珈琲館に入っていったことを見た。

珈琲館は高級カフェです、官僚や財界人などが会合を行うためのVIPルームが2階にあった。小夜は小春六花がそこに入っていくのを見て、何か重要な話があるのだろうと思った。小夜は5分後に珈琲館に入った。すると、桃色の髪の女性店員が呼び止めた。


店員「お客様、申し訳ありません。少しお話よろしいでしょうか?」


小夜は答えた。


小夜「はい、なんでしょうか?」


店員「まず、ご年齢の確認をしたいのと、最近このお店で有名人などのスキャンダル目的で入店なさる記者が来ておりまして、お客様に迷惑をおかけしてしまうことが起きてしまいまして、申し訳ないのですが、ご予約していただいたお客様以外には入店時に身分証明書の提示と入店時のご注文をお願いします」


小夜は免許証を差し出した。


小夜「はい、これが自動車の免許証です。」


店員は免許証を見て、小夜に返すと、店員は話しかけてきた。


店員「ありがとうございます。注文は何にいたしますか?」


小夜は特にコーヒーに詳しくないため、一番安価なコーヒーを注文しようとしたところ、店員は別のものをすすめてきた。


店員「お客様、もうしわけありません。こちらのお店は初めてでしょうか?」


小夜「はい、初めてです。最近、職場の人にオススメされたので、今日は休みだったので来てみました。」


無難に返答すると、店員は笑顔で話してきた。


店員「でしたら、ご予算が足りているなら、現在ランチタイムなので、カレーランチセットやサンドイッチセットなどがオススメですね。コーヒーはウィンナーコーヒーがいいと思いますよ。」


小夜は予算がないと断っても良かったが、このあとも珈琲館を調査で利用する可能性があると思い、店員のすすめてきたカレーランチセットを注文した。

彼女は2階に上がる階段を見ることができるようにテーブルの座席に座って監視をしていると、少し時間が経った後に、大統領の補佐官を勤めている松嘩りすくがこそこそとするように入って来て周囲をきょろきょろと確認しながら2階に上がっていった。店員がカレーとサラダとウィンナーコーヒーを持ってきたころに、軍務大臣の補佐官をしている剣崎雌雄が入って来て店員に軽く挨拶をして階段を登り2階に向かった。食事をとりながら待っていると、三人の女性士官が入って来て店員に外套を渡すと2階に向かって登っていった。先頭を歩く士官は150センチくらいの身長であり、黒いショートヘアの女性であった。肩の階級章を見ると中佐の階級章をつけており、襟章を見ると参謀科に勤めていることがわかった。中佐の後ろの女性はクリーム色の髪を後ろに一つにまとめており、中佐より身長が高かった。階級は中尉であり、主計科に勤めていることがわかった。一番後ろに立っていた女性は栗色の髪であり、身長は小夜と同じくらいの身長であり、小柄であった。周囲を監視するように辺りを見回していた。階級は中尉であり、歩兵科の士官であることがわかった。小夜は周囲に溶け込むため、提供された物を食べながら小春六花が下りてくるのを待つことにしていた。

政府と軍の幹部たちが密かに集まった会議室で、話し合いが始まった。


松嘩「軍人さん、私には聞きたいことがあるんですよ。」


松嘩は政治家であり大統領の補佐官であり、少しきつい口調で話し始めた。彼は元ラジオのパーソナリティで、選挙に当選したばかりの新人だった。


松嘩「先週の会合の際に、ボイスポの記者に見つかった件はどうなったんですか。教えてくださいよ。」


松嘩は、前回の会合で剣崎雌雄小春六花櫻歌ミコ来果達と居たところを写真に撮られたことを指していた。その写真がスクープされたら、彼の政治生命は終わりだった。


松嘩「私は選挙に当選するまでは、ただのラジオの司会者だったんですよ。剣崎さんとは違って、地盤も無ければ鞄もないんですよ。あの件が漏れてしまったら、嫁になんて言えばいいんですかね?」


松嘩は、剣崎雌雄と言う名の医師に向かって言った。剣崎も政治家で軍務大臣の補佐官だった、彼は有名な医師の息子で、金とコネがあった。


松嘩「次の選挙で私は確実に落選しますよ。本当にちゃんと解決したんですよね?」


松嘩は、怒りながら話した。彼は自分の立場を危うく感じていた。


剣崎「松嘩さん、そんなに怒らないでくださいよ。私だって、ただのしがない医師の家系ですよ。私だって、あなたと同じ立場ですよ。まずは、軍人さんの意見を聞きましょうよ。」


剣崎は、冷静に返した。彼は松嘩と違って、落ち着いていた。


セイカ「そのことに関しては、櫻歌さんが解決してくれたはずなので、櫻歌さん、お二人に説明をお願いします。」


京町セイカという名の軍人が、言った。彼女は参謀科長の副官であり権力を持っており。


ミコ「はい。あの日のうちに、ボイススポーツに直接うかがいまして、記事を書かないように確約してもらいました。そして、撮られていた


写真はネガと写真を回収したので、大丈夫かと思います。」


櫻歌ミコという名の女性が、説明した。彼女は軍の歩兵科の雪将軍のお付をしていた。


ミコ「また、ボイススポーツには、雪大将が直接連絡をとって、別件の取材を持ち掛けるのと、報酬を渡すことで、解決としているこ

とになっています。」


ミコは、続けて言った。彼女は雪大将のことを尊敬しており、彼女の命令には忠実だった。


ミコ「それと、詳しく教えてはいただけてませんが、雪大将が前回の件みたいなことが無いように、手配したみたいですので、大丈夫

だと思います。」


剣崎「流石、雪大将だ。大将になっているだけあって、手際がいいですね。」


剣崎は、感心したように言った。彼は雪大将のことを知っており、彼女の能力を認めていた。


松嘩「詳しく教えてもらってないことは気になりますが、まあいいでしょう。」


松嘩は、納得した様子ではなかった。

剣崎は納得した様子だったが、松嘩は少し疑っているようであった。


松嘩「さて、本題に戻りましょう。小春六花さん、戦車の開発の方はどうなっていますか?」


六花はやっと本題に入ったと呆れながら答えた。


六花「やっと本題になりましたか。」と少し皮肉を言った。


六花「HT計画は、現在試作車の開発を終えて量産車用の車体や部品の生産に入っています。制式採用される3月には200両分の生産準備が整う予定です。」


六花「また、現在軍に納入している3CLT-1kの再改修型である3CLT-1k2は制式採用が決まりました。改良用のパーツの納入は 来月12月から始まります。1月からは3CLT-1kの老朽化したものの交換が始まり、400両を納入できるように準備しています。」


六花は戦車の状況を淡々と報告した。


来果「3CLT-1k2の設計図と改修案は、陸軍兵器開発局で採用されました。以前に今年の9月にお話しした通り、順調に進んで います。」と来果が付け加えた。来果は主計科に勤める中尉であり、主計科長の琴葉葵中将の補佐をしていた。来果は葵の聡明さを尊敬していた。


来果「また、剣崎さんはすでにご存知だと思いますが、来年度からの新しい戦車部隊の設立に向けた予算の増額を提案しています。その予算によっては、生産量を調整する必要があります。HT計画で生産される車両数をこれ以上に増やす可能性もあります。」と説明した。


剣崎「はい、軍部からの来年度の予算が上がっているのは見ましたよ。葵中将は仕事が早くて、政府側であるこちらも助かりますね。」と笑いながら剣崎は返した。


剣崎は政府の軍事担当の官僚であり、ボイロ共和国の戦車開発に関する重要な決定を行っていた。剣崎は戦車に興味があり、六花や来果と親しくしていた。


松嘩「新しい戦車部隊ですか。初めて聞きましたよ。」と驚きながら質問した。


松嘩は政府の大統領補佐官であり、ボイロ共和国の外交政策にもを携わっていたため松嘩は戦車にはあまり詳しくなかったが、軍事情勢には敏感であった。


セイカ「はい、新しい戦車部隊は独立混成旅団という規模で、3000人程度の兵員と、75両の戦車と90両の装甲車、そして輸送用トラック50両を持つ戦車連隊を2個配備する予定です。連隊の編成は、3個の戦車中隊と1個の自動車化歩兵中隊、そして1個の整備中隊で構成されます。基本的にはこのように考えています。」とセイカが資料を2人の補佐官に手渡しながら説明した。


松嘩「独立混成旅団ということは、新しい兵科の設立ということですね。」と確認した。


セイカ「はい、形式的には3月に正式に兵科を設立し、4月に旅団を編成します。旅団には、今回の戦車の試作事業で採用され た戦車を中心に配備します。」セイカは答えた。


松嘩「なるほど、それは興味深いですね。しかし、新しい戦車部隊の必要性はどこにあるのでしょうか。現在の戦車部隊では不十分なのでしょうか。」と疑問を投げかけた。


松嘩は、戦車の開発には賛成であったが、新しい戦車部隊の設立には慎重であった。彼は、ボイロ共和国の国際的な立場や安全保障の観点から、軍の拡張には反対であった。


セイカ「新しい戦車部隊の必要性は、現在の戦車部隊の限界にあります。現在の戦車部隊は、主に歩兵師団の支援に従事しており、独立した戦闘能力を持っていません。また、現在の戦車部隊は、旧式の戦車や装甲車を使用しており、性能や整備性に問題があります。新しい戦車部隊は、最新の戦車や装甲車を装備し、独立した戦闘能力を持ちます。これにより、ボイロ共和国の戦力は大幅に向上すると考えています。」とセイカは説明した。


セイカは、新しい戦車部隊の設立には熱心であった。彼女は、ボイロ共和国の軍事力の強化には積極的であった。


松嘩「そうですか。しかし、新しい戦車部隊の設立には、多くの予算や人員が必要になるでしょう。それは、他の兵科や部隊に影響を与えないのでしょうか。また、新しい戦車部隊の設立は、周辺国に対する挑発と受け取られないのでしょうか。」と松嘩は反論した。


松嘩は、新しい戦車部隊の設立には、多くのリスクが伴うと考えていた。彼は、ボイロ共和国の平和的な外交政策には賛成であった。


剣崎「松嘩さん、そんなに心配することはありませんよ。新しい戦車部隊の設立には、琴葉葵さんが提案した予算の増額があれば十分です。また、人員に関しても、既存の戦車部隊からの転属や、新たな志願者の募集で対応できます。そして、新しい戦車部隊の設立は、周辺国に対する挑発ではなく、抑止力となります。ボイロ共和国は、自国の領土や主権を守るために、必要な軍事力を持つ権利があります。」と剣崎は主張した。


剣崎は、新しい戦車部隊の設立には、全面的に賛成であった。彼は、ボイロ共和国の軍事力の強化には積極的であった。


松嘩「そうですか。私は、まだ納得できませんが、あなたたちの意見を尊重します。ただし、新しい戦車部隊の設立には、大統領の承認が必要です。私は、大統領に報告しますが、最終的な決定は彼女に委ねます。」と松嘩は言った。


松嘩は、新しい戦車部隊の設立には、反対であったが、多数決に従うことにした。彼は、大統領の判断を信頼していた。


セイカ「はい、それで結構です。大統領から軍務大臣を通してから参謀部に連絡をお願いします。そうすれば怪しまれずに連絡が取れると思います。その方針でお願いします。」とセイカは言った。


セイカは、新しい戦車部隊の設立には、確信を持っていた。彼女は、大統領の承認を得ることに自信があった。


剣崎「了解しました。その方針で行きましょう。では解散にしますか。」と剣崎は言った。


剣崎は、新しい戦車部隊の設立には、期待を持っていた。彼は、戦車の開発に関わることに喜びを感じていた。


会議の参加者は、それぞれの思惑や感情を抱えながら、会議を終えた。彼らは、五分ずつ時間をずらしながら退出することにして、珈琲館を後にした。彼らは、この会議が秘密であることを知っていたので、バレないように注意していた。


小夜は食事を終えてコーヒーをチビチビ飲みながら、2階に向かう階段を監視していた。剣崎松嘩との話し合いが終わったのだろう、彼が降りてきたのを見て、小春六花が続いてくるのを待った。三人目で小春六花が現れた。彼女が下りてきたのを見て、お会計をしようと席を立とうとしたとき、店員に呼び止められた。


店員「申し訳ありません、お客様。最後のデザートの提供を忘れていました。今すぐ持ってきますから、もう少しお待ちください」


と言われてしまった。小夜は一瞬迷った。やっと情報が入ったのだ。高橋に情報を持って行きたかった。でも、ここで帰ったら怪しまれるかもしれない。仕方なく席に戻った。五分後には、三人の士官も降りてきた。デザートも到着した。それを食べると、珈琲館を後にしてタカハシ百貨店に向かうことにした。


小夜はタカハシ百貨店に着くと、高橋オーナーの部屋に向かった。部屋に入ると、高橋が笑顔で迎えてくれた。


高橋「お疲れ様。結構早く来たね。何かしら情報を手に入れたのかい、小夜ちゃん」と高橋が尋ねた。


小夜は頷いて答えた。


小夜「はい。小春六花さんは普段は会社以外に出かけることがないのですが、今日は珈琲館に行きました。彼女が2階に入っていくのを見て、私も後を追いました。彼女は5人の人物と会っていました。そのうち2人は議員で、1人は大統領の補佐官である松嘩りすくさんでした。もう1人は軍務大臣の補佐官の剣崎雌雄さんでした」


高橋は驚いた様子で言った。


高橋「なるほど。珈琲館は密会を開くのにはちょうどいい場所だよね。でも、合っていた人物が大物ばかりだな。これは1人では厳しい案件だね。増員も考えないとな。それで、残りの3人はどうだった?」


小夜は淡々と報告した。


小夜「残りの3人は軍人でした。参謀科の中佐と主計科の中尉、歩兵科の中尉もいました」


高橋はしばらく考え込んだ後、重い口調で言った。


高橋「小夜ちゃん、今日帰るときなんだけど、大丈夫だとは思うけど、一応家まで送らせてほしいんだ」


小夜は少し嫌がりながら聞いた。


小夜「ご好意はありがたいのですが、どうして私は高橋さんと帰らなければいけないのでしょうか?教えていただけませんか?」


高橋は手を合わせて頼んだ。


高橋「実は、歩兵科には、自分が内務省のVIIN時代の同業者がいるんだ。あの人は別の組織の諜報員で、勘が鋭いから、ばれていたら面倒なことになりそうだから、今日だけは一緒に帰ってほしいんだ」


小夜は仕方なく承諾した。


小夜「わかりました。では、私はいつも通りに食堂でみんなの手伝いをしますので、高橋さんも早めに来てくださいね。お願いしますよ」と小夜は言って、食堂に向かった。仕事をしながら、高橋を待つことにした。


その頃総司令部では、琴葉葵の執務室になぜか呼んでもいないのに弦巻マキ参謀科長が来ていた。琴葉葵は部屋に入るなり何も言わずに客用のソファーにどっかりと座り、自分用に持ってきたティーポットから部屋にあった適当なコップにお茶を入れてパイプに火をつけて時折り時計を眺めるだけで特に何もしない彼女に嫌気がさしていた。2~30分たっただろうか。タバコを吸い終わって備え付けの灰皿に灰を落とし、パイプを磨き始めた彼女に流石に文句の一つでも言いたくなってきた葵が口を開いた。


葵「弦巻参謀科長閣下、本日はいったいどのようなご用事でいらしたのでしょうか?」と少し語気を強めて質問をした。


マキ「そろそろセイカさんと来果ちゃんが帰ってくる頃だろう。それまで待ってくれないか」


弦巻は時計を見た後にニヤニヤと笑いながら返答をした。


葵「参謀科長閣下、あなたにもやるべきお仕事があるのではないでしょうか。自分の執務室に戻ることをオススメいたしますよ。後、ここは私の執務室です。ゆっくりくつろぎたいのであれば、私の執務室ではなく閣下の執務室でゆっくりなさってください」と葵は言葉を濁しながら退出を促すが、彼女は無視するように今度はホルスターから銃を出し磨きだした。


マキ「そもそも葵ちゃんは参謀科の後輩だったころに、私はどう仕事してたか知っているくせに。仕事なんて今日の分はもう終わらせて来てるに決まってるでしょ。それよりも葵ちゃんは後輩時代に比べて薄情になったもんだよ。今じゃ自分よりも階級の高い先輩相手に出て行けなんて言うなんて、偉くなってしまうと人が変わるなんて思ってなかったよ」とあからさまにわかる嘘泣きをしてきた。


葵「あなたに薄情なんて言われる筋合いはないですよ。人の部屋で銃を磨くなんて、非常識です。脅してるつもりですか?」と葵は弦巻マキに対して怒りの声を上げ、眉をひそめた。


すると扉をノックする音がして扉が開き、会合が終わって帰って来た来果が入ってきたが、参謀科長である弦巻マキがいることに驚いている様子だった。


来果「これは弦巻参謀科長殿、いるとは知らずに急に入ってきてしまい申し訳ありません。お話し中のようですし、お邪魔になると思うので少し時間を空けてから出直させていただきます。すみませんでした」と来果は2人に向かって敬礼をして扉を閉めようとするが、


すかさず葵は来果を止めた。


葵「来果中尉、問題ありません。入って来てください。大丈夫ですよ」


来果は驚きつつ部屋に入った。


マキ「先輩が泣いてるのに放置する葵ちゃんは酷いなー。また部屋に入りにくい状況で部下に無理やり部屋に入るように命令するなんて、葵ちゃんは酷い上司になったもんだよ。私はどこで後輩の指導を間違ったんだろうか。来果ちゃんはどこで間違ったと思う?」とケラケラと笑いながら話す。


答えられない質問をされた来果は葵を見て、どうしたらいいのかわからず助けを求めているようだった。


葵「弦巻マキ参謀科長閣下、来果中尉が帰って来たということは京町セイカ中佐も帰って来ているはずですので、ご自身の執務室にお戻りになった方がいいと思いますよ。というか帰れ」と立ち上がり弦巻マキの腕を掴み引っ張って部屋から追い出そうとする。


マキ「待て待て待て、もうすぐセイカさんも来るから待ってほしい。来たら要件を話すから許して」と話していると扉をノックする音がする。


セイカ「葵中将閣下、こちらに弦巻参謀科長がいらっしゃると聞いたので入ってもよろしいでしょうか?」


マキ「いいタイミングできた。入っていいぞセイカ」


葵「勝手に返事しないでください。セイカ中佐、入ってください」


セイカ中佐が部屋に入って来ると葵に敬礼をする。


セイカ「弦巻閣下、あまり迷惑をかけると葵中将に迷惑ですよ」


その話を聞きながら姿勢と制服をただし、ソファーに座りなおして


マキ「セイカさんも来たし、葵ちゃんも落ち着いて。みんなもソファーに座りなよ」と葵に対面のソファーを指をさす。


葵は自分の執務室であるのに自室のように偉そうに指図する弦巻マキにイライラしながら、対面のソファーに来果と座った。


マキ「葵ちゃんは9月の新型戦車の試作の会議後の会合で来てた人物は覚えてるかい?」 先ほどと変わって真顔で葵に質問をしてきた。


葵「覚えていますよ、紲星大統領と四国軍務大臣と歩兵科の長雪大将、そしてスモールスプリング造兵廠の小春六花社長ですよね」


マキ「おい、わざと私を抜いただろ」と少し怒りながら言う。


マキ「まぁいい、その通りだ。だけどね、その中に1人無関係な人が1人いたんだよ。最初に四国軍務大臣と小春六花社長に話しかけられたのが5月だったよ。まぁ、葵ちゃんは9月の会合で直接小春六花さんから聞いているからわかると思うけどね。次に集まった時は6月にあったんだけど、その時に入り込んだ奴がいる。誰だと思う?」と弦巻マキはまた葵に質問をしてきた。


葵「大統領ではないですよね。たぶん四国軍務大臣が引き込んだか、むしろ軍務大臣に大統領が圧をかけた可能性もありますからね。そうなると一人しかいないですよね、雪大将ですかね」と葵は冷静に返答をした。


マキ「いやー、葵ちゃんは理解が早くて助かるよ。6月の会合の際、一番早く部屋に来ててね。次は自分が入って来て雪さんがいたのにはびっくりしたけど、四国軍務大臣が呼んだと思っていたんだ。でもその後入ってきた小春六花さんは聞いてなかったみたいに嫌な顔を一瞬したのを見た。軍務大臣は雪さんが来てて喜んでいたのと、私に雪さんを呼んだことに感謝していたから、完全に部外者だったんだ。だから雪さんはどうやってこの話を知ったか気になっていてね」


弦巻マキはセイカに合図すると、セイカは鞄から一つの資料を出して葵に手渡した。


マキ「その資料は雪さんの士官学校時代からの人事記録だ。葵ちゃんはどう思う?」


葵が答えるより早く来果が答えた。


来果「弦巻参謀科長閣下、失礼を承知で話させていただきますが、これが士官学校時代からの人事記録ならあまりにも資料が少ないと思います。流石に大将で歩兵科長になった人物を評価するための資料のはずです。いくつか資料が抜けている可能性はありませんか?」


マキ「来果中尉、確かにあなたの意見は間違っていないと思う。私も最初は疑っていたが、この資料はセイカ中佐を中心に参謀科の直属の部下の中でも優秀な人物達をそろえさせて資料を集めさせた。それでもこれしか出てこなかっただから、ミスをしたと考えることもできるが、人員の質を考えるとこれだけだったと考える方が妥当だと私は思う」


葵はそれを聞いて納得しながら人事記録を読み始めた。


葵「士官学校は共和国中央士官学校を卒業しているが、学科成績は中の下から下の上程度であり、はっきり言うと微妙な成績ですね。実技はまぁ総合成績で見れば上位ではあるが、この成績では上級士官になれる人材では無いですね。どちらかと言うと大尉どまりか良くて准佐官に退職直前になれる程度のどこでもいる士官の成績みたいですね」と葵は軽く士官学校時代の評価を述べた。


マキ「でもね、葵ちゃん、士官学校卒業後の配属先がすごいんだ。士官候補生時代に独立軍の第一独立混成旅団の第三大隊にずっと所属していて、第一独立混成旅団長になってその後に北方軍の第13師団長になるまでずっと第一独立混成旅団に勤めていたみたいだ。何か違和感を感じないか?」弦巻マキは葵にまた質問をしてきた。


葵「違和感はありますね。第一独立混成旅団の第三大隊は一般的には特殊部隊として対スパイ対パルチザンや治安維持に特化した市街戦を得意とする部隊ですよね。配属開始時期が統一戦争中の1915年とは言え、この成績では配属されることすら難しいと思うんですよね」


来果「そんなに厳しい部隊なのですか、第一独立混成旅団の第三大隊は?」


セイカ「来果中尉は士官候補生から主計科に配属されていたからもしかしたらわからないと思いますが、第一独立混成旅団は通称は近衛旅団と呼ばれていて、陸軍総司令官今はゆかり元帥の直属の部隊でね。市街地戦闘に関してはたぶん共和国で勝てる部隊は存在しないくらい強い部隊で、軍の精鋭のみが入ることができて、半年ごとに適性検査があってその検査を合格し続けないと転属か退役させられちゃう部隊なの」


マキ「ちなみに一年間で半数の隊員が入れ替わるくらい厳しい部隊だ。合格しても部隊の厳しさから実力不足やケガでやめてしまう人も多い部隊だ。そんな部隊に平均前後の士官が残り続けた上に大将まで昇進している。うまく部隊に適応できたとしても普通ならあり得ない話だろう」


マキは少し考え込んだ後、話し始めた。


マキ「前にゆかりちゃんから聞いた話を思い出したんだけど、陸軍の総司令官には表向きは第一独立混成旅団だけが直属の部隊なんだ。でも、もう一つ部隊があるらしい。特務中隊っていうの。この部隊は人員も完全に秘匿されていて、私にも一切情報がなかったんだよ」


弦巻は神妙な顔で言った。葵は弦巻の話に興味を持ちながらも、なぜ結月元帥に直接聞かないのかと疑問に思った。


葵「結月元帥と弦巻参謀科長閣下は仲が良いのですから、結月元帥に詳しく聞いてみたらいいのでは?その方が人員を使って探るより早く済むのではないでしょうか」


葵は尋ねた。マキは首を横に振った。


マキ「そうだね、たしかにそうなんだけど、特務中隊に関しては私が友人だったから教えてもらえた程度なんだよ。私に詳細に教えてくれるとは思えないな。たぶん、特務中隊のことを詳しく知っているのは、特務中隊の隊員か、ゆかりの副官の羽ノ華大佐だけだろうね」


マキは両手を広げて言った。葵はまだ本題ではないと感じて、弦巻に本題を話すように促した。


葵「なるほど。では、弦巻参謀科長、そろそろ本題に入っていただけないでしょうか。今までの情報では、推察することはできても、確実に特定するだけの情報はありません。本題は何なのですか?」


葵は少し語気を荒げて言った。マキはニヤリと笑って話し始めた。


マキ「特務中隊についてと、雪大将の情報を、今まで通り調査を続けたいんだけど、これ以上調査に人員を割くと、流石に怪しまれると思うんだよね。それで、葵ちゃんに、雪大将の調査を手伝って欲しいんだ」


マキは言った。葵は嫌そうに顔を歪めた。


葵「調査に協力するのは理解できますが、雪大将については、既に調査が終わっているのではなかったのですか?」


彼女は反論した。マキは頭を下げてお願いした。


マキ「ごめんね、葵ちゃん。雪大将の調査は、私たちが行っていたけど、完璧ではない可能性があるんだ。だから、もう一度、葵ちゃんにも調査して欲しいんだよ。私たちは、特務中隊について調査を行いたいと思っているんだ。葵ちゃんの部下たちも優秀なのは知っているから、手伝ってほしいんだ」


マキは言った。葵は頭を掻きながら、納得いっていない表情で返事をした。


葵「わかりました。調査に協力しましょう。ですが、参謀科と違い、主計科は業務が違うので、詳細な調査は厳しいですが、よろしいでしょうか?」


葵は言った。その言葉にマキは再び頭を下げて感謝した。


マキ「ありがとう、葵ちゃん。頼りにしてるよ」


そう言って、弦巻とセイカは葵の部屋を出て、自分の執務室に戻った。

来果は、弦巻の提案を受け入れてしまった葵を心配して、声をかけた。


来果「参謀科長の提案を受け入れてしまったけど、大丈夫だったの?」


来果は尋ねた。葵は疲れた顔をしながら、来果に答えた。


葵「来果中尉、たぶん、弦巻のアホは、私が提案を飲むまでは帰るつもりはなかっただろうよ。まぁ、調査の人員は明日までに考えておくから、来果中尉は定時になったら帰りなさい。自分は今日は泊まり込みで作業するけど、大丈夫だ」


葵は言った。来果は葵を心配して残ろうとしたが、葵に帰るように厳命されて、仕方なく帰ることにした。


弦巻とセイカは自分の執務室に向かったが、途中で何かがおかしいと感じた。執務室のドアが開いているのだ。二人は不審に思いながら、執務室に入った。


中には、客用のソファーにどっかりと座る雪大将の姿があった。テーブルの上にはコーヒーのカップと、綺麗に分解清掃したであろう拳銃が置いてあった。灰皿には葉巻の吸い殻が残っていた。


雪「いやー、マキ参謀科長、だいぶ時間がかかっていたみたいだけど、葵主計科長とのお話は楽しかったか」


雪は、部屋の前で固まっている二人に笑顔で話しかけた。


弦巻は困惑しながらも笑顔を取り繕いながら雪に話しかけた。


弦巻「これは、雪歩兵科長、本日はどういったご用件でしょうか。言っていただければ、このようにお待ちしていただかなくても良かったのに」


弦巻は言った。


雪「いや、冬だから廊下が寒いので、入っていただけなので問題ありませんよ。用事はほぼ終わったみたいなので、それでは」


雪は言って、二人に敬礼をして荷物をまとめて帰ろうとした。


弦巻は雪を引き止めた。


弦巻「待て、用事があるのではないのか。ふざけるな」


弦巻は怒りながら雪に言った。


雪「あっ、そうだ。一つだけお話ししておきます」


雪は荷物を片付けながら振り返り、弦巻に言った。


雪「だいぶ巧妙にセイカ中佐は隠していたみたいだけど、人の荒探しはあまり好まれる行為ではないので、おすすめしませんよ」


雪は笑いながら話していたが、急に顔を真顔にしてセイカの方を向き、指一本を立てて話を続けた。


雪「それと、セイカさんにも一つお教えしますが、セイカさんは真面目なので横領とかはしないと思いますし、今のところ他の方達も不正はないようですが、みんな真面目とは限りませんから、監視はきちんと行うことを推奨しますよ。それじゃあ、帰りますねー」


雪は言って、二人を押しのけるように部屋を出ていった。


弦巻は混乱しながらも雪を見送ると、自分の執務室に入り、自分の椅子に向かい崩れるように深々と座り込んだ。セイカは部屋に異常がないか備品を確認していた。


弦巻は愚痴を吐くようにセイカに話しかけた。


弦巻「クソ雪の奴、こっちの動向を把握してやがった。こっちの諜報部員の情報も筒抜けだった。しかもだ、今日の葵ちゃんとの話し合いをまるで見ているように私の部屋で待っていやがった。気味が悪いったらありゃしない」


弦巻は話した。め息をついた。


セイカも気味が悪いと思いながら弦巻に話しかけた。


セイカ「弦巻閣下、でもなぜ雪大将がこんなにも詳しく情報や状況を知ることができたのでしょうか。自分達は諜報部はしっかりと隠蔽工作していたはずだったんですが、何者なんでしょうか」


セイカはまくし立てるように話していたが、それを見て少し落ち着いて来たのか、冷静に話し始めた。


弦巻「たぶん、雪大将はそういう部隊の関係者か、未だに部隊に所属していたんだろう。そんな部隊は私が知っている中にはいない。ということは、一つしかない。総司令官の直接指揮下にあって、存在が隠されていた特務中隊だろうな」


彼女は深刻な表情でセイカ中佐に向き直った。


弦巻「まぁ、諜報部があっさりバレてるんだ。今している話も聞かれているだろうな。今日、私たちに接触してきたところを見ると、これ以上の詮索をするなら覚悟はできているんだろうな、と脅しているんだろう。セイカ中佐、明日の朝にでも、葵ちゃんに調査をやめるように言ってきてほしい。頼んだ」


セイカ中佐はマキの頼みを快く引き受けた。


セイカ「わかりました。それでは、明日の朝一番で、葵中将にお話ししておきます」


その後、二人は定時まで静かに仕事や時間つぶしを行い、家に帰っていった。


小夜と高橋は仕事がある程度片付き、高橋は小夜を呼んで2人は会社から帰るために社員用の駐車場に向かった。冬なので日の入りが早く、周囲は暗かった。仕事から帰宅する社員が時間的にいないのか、駐車場には誰もいなかった。


高橋の車に2人は乗り込んだ。高橋はエンジンをかけるため鍵をさすため目線を下げた。その瞬間、目の前で急ブレーキがかかり、車が止まった。運転席から人影が飛び出す。小夜は咄嗟にポケットに入っている内務省から渡された特殊な銃を取り出そうとしたが、高橋が咄嗟に止めた。車から飛び出した人物は消音機を装着したリボルバーをこちらに向けながら近づいてくる。それは女性だったが、小夜には見覚えがあった。真っ黒な外套とハットを深々と被っているが、ピンクの髪色が見えており、外套の内側には士官用の制服を着ている。昼間、珈琲館で出会った女性店員だった。


高橋は両手を上げながら車の外に出て、銃を突き付けている店員に話しかけた。


高橋「やあ!参謀科の諜報部の方かな。本日はどういった用事ですかね?」と高橋はとぼけたように女性に話しかけたが、話を被せるように女性は言った。


店員?「んなわけねえだろ。とぼけるな。内務省の犬の高橋。何でお前が軍に対して勝手に調査しているんだ?」と睨みつけながら銃を高橋に突きつけた。


高橋は慌てながら返答した。


高橋「待て待て待て、ロサさん。自分たちは内務省の依頼じゃない。調査は本当に関係ない。大人しく指示には従うから、いったん落ち着いてほしい」と高橋は説得しようとしたが、


ロサは更に表情をこわばらせて高橋に言った。


ロサ「高橋、お前とは初めて会ったはずだ。なぜ名前を知っているんだ?」


高橋は間髪入れずに返答した。


高橋「待ってくれ、ロサさん。あなたのお姉さんの雪さんと知り合いなんだ。だからたまたま知っていただけだ。深い意図はない。だからその銃を降ろしてくれ」と高橋は釈明と銃をおろすようにお願いした。


ロサは舌打ちをし、銃をおろしはしなかったが、理解したようだった。


ロサ「わかった。高橋、銃を出せ。持っているだろう」


高橋は腰のホルスターから38口径リボルバーを出して、ロサの方に銃を地面を滑らせるように投げた。


高橋「銃はこれだけだ」と高橋は言った。


ロサはあからさまに嫌な顔して怒鳴るように返事した。


ロサ「嘘をつくな。右にショルダーホルスターをつけているだろう。その銃も出せ」と言って引き金を引き絞って、いつでも撃てる状態にしている様子が見て取れた。


高橋はショルダーホルスターから32口径の自動拳銃を先ほど同じく投げて渡した。


ロサ「よし。次は小夜さん、お前だ」と言って車から降りるように指示した。


小夜は高橋と同じくポケットから内務省から渡された25口径の特殊な消音機がついた拳銃を渡した。


高橋「銃は2人とも渡したから、用事を言ってほしい」と冷静にロサに言った。


ロサは自分の乗ってきた車に乗るように指示した。 2人は車に乗り込むと、目隠しを2人にして車を発進させた。 車にはロサの1人しか乗っていないのと、手を拘束されていないことから、制圧できると思い行動を起こそうとするが、高橋は察知したのか手で小夜を静止した。


ロサ「話してほしい人がいるから、そこまでついてきてほしい。間違っても制圧できるとは思わない方がいいよ。とだけ教えとくね」とロサは抑揚のない声で話した。


高橋は気が付いていたが、確かにこの車に乗っているのは1人だとわかっていた。が、後ろに車がいや、たぶん装甲車が付いてきているだろうと長年の感でわかっていた。たぶんこの車に異常を感じたら、即時に発砲して彼女ごと殺す準備ができてるだろうと考えていた。 2~3時間ほど車を走らせてから、車から降ろされ、とある建物に連れていかれた。椅子に座らせた後に目隠しを外してくれた。

ロサ「少し待ってくれ。もう少しすると丁度良い時間になるから、待ってくれ」


数時間ほど時間を戻し、葵は来果を家に帰して執務室に1人で残った。人員のやり繰りに頭を悩ませていると、少し眠気を感じた。自分でコーヒーを淹れようとしたが、自分用のコーヒーがないことに気が付いた。今日来果を珈琲館に行った時に買って来てもらえば良かったと後悔しながら、総司令部内にある売店にインスタントコーヒーを買いに行った。執務室の鍵を閉めて、売店に向かった。


葵はこのコーヒーが嫌いだった。タンポポやチコリの根を使った代用コーヒーを4割ほど混ぜてあり、コーヒー豆の焙煎が悪く焦げ臭く、美味しくなかった。お湯を沸かしてカップにお湯を注ぎ、規定量の半分入れて砂糖を2杯入れたが、やはりまずかった。仕方なく砂糖を3杯ぶち込んで、無理やり飲んだ。部屋の鍵を再度掛けて椅子に座り、問題の解決に向けて人員の一覧表を眺めながらコーヒーを飲んだ。


10分くらいたっただろうか。また眠気がやってきた。コーヒーを再度飲もうとしたが。強い眠気と同時にふっと意識が遠のき、机に突っ伏して眠りに落ちた。


葵は声が聞こえてきたので、少しずつ覚醒してきた。声は葵の姉である琴葉茜の声であるようだった。


茜?「あおいー、こんな所で寝てたらあかんでー、あおいー」


彼女は重い瞼を徐々に開け始める。


葵「んー、お姉ちゃん?」


瞼が開き、ぼやけた視界がクリアになっていくが、そこにいたのは琴葉茜ではなかった。そこにいたのは、机の横から顔を覗き込むように立っていた人物は、雪大将であった。葵は驚き、意識が完全に覚醒した。彼女は記憶を辿り、部屋の扉に鍵をかけたこと、窓は数日開けておらず鍵は開けてないことを思い出し、即座にホルスターから銃を抜こうとした。が、雪は葵の手をホルスターに押さえつけた。そして、琴葉茜のような声で真顔で話し始める。


雪「ここで銃撃ったらあかんでー、どえらい事になるで、あおいー」


葵はどうすることもできずに、ただただ雪をにらみ続けることしかできなかった。雪はそんな葵に対して、今度は普段喋るときの声に戻して葵に話しかける。


雪「そんな怖い顔をする必要ないじゃないですかね。同じ軍隊に所属する将校同士なんですから、あまり意地悪しないでくださいよ」と言う雪の顔は口だけ笑っていた。


そう言った雪に対して、葵は怒りを隠すことができずに、怒鳴るように話し始める。


葵「貴様ぁ、どうやってここに入ってきたのだ。そして、なぜわたしがここに残っていることがわかったんだ」と、雪に押さえつけられた手を振りほどこうとしていた。


雪は表情を変えずに話し始める。


雪「葵さん、鍵をかけた程度で危険じゃなくなるほど、優しい世界じゃありませんよ。それと、葵さん、なぜここにいるかわかったかは、何となく 理解してるんじゃないですかね」と言って、コーヒーカップの方を指さした。


葵「盛ったのか、私に薬を」


雪はニヤリと笑いながら返答をする。


雪「葵さんはコーヒーがお好きでしょ。あと、葵さんは結構砂糖を使う方だったと思うんで、簡単に薬を盛ることができましたよ」


葵は怒りを感じていたが、状況の悪さから少し冷静になり、周辺の様子を観察することを始めた。外を見ると夜になっていることがわかり、雪に質問をした。


葵「こんな時間に部屋に来るとは、そんなに大事な用事なのでしょうね。早く話してください。今日はまともに話に来ない奴ばっかり来やがって、人のことをバカにしてるのか」と、葵は早口で話す。 すると、雪は手を放し、静かに葵の対面に移動すると話し始めた。


雪「やっと真面目に話せそうですね。葵ちゃんの慌てる姿は弦巻よりは楽しめたから面白かった」と言って笑顔で話していたが、再度真顔になり話を続けた。


雪「弦巻のアホには本当に困らされる。葵さんにこの話を持ち掛けなければ、こんな事する必要は無かった。人のことを勝手に調査して、それを再度他の人に調査させようとするなんてね。でも、これ以上色んな人に話されては困るからね。だからここに来させて貰った」と言いながら、雪は腰にあるサーベルに片手をかけながら話す。 すると、執務室の机の上にある内線電話に着信が来て、電話の音が鳴る。


葵は内線に出ようとするが、雪が先に電話の受話器を取る。


葵「おい、なぜお前が電話を取るんだ」と、葵は雪に怒り気味に話すが、雪はまったく気にしない様子で葵に返事をする。


雪「この電話は私に対しての電話だからだ」と、雪は話す。


高橋と小夜は、ロサと一緒に小さな部屋で椅子に座って静かに待っていた。


しばらくすると、ロサは誰かに電話をかけ始めた。


ロサ「姉さん、そっちの状況はどう? 今電話しても大丈夫?」


雪「あぁ、ちょうどいいタイミングだったよ。そっちはどうだ? 例の二人はきちんと確保できたか?」


ロサ「姉さんの指示通りにやったよ。」


雪「了解。ありがとうね。じゃあ、男の方と電話変わってくれ。」


ロサ「了解。じゃあ、高橋と変わるね。」と言って、高橋に受話器を手渡した。


高橋は受話器を受け取った。


高橋「どうも、高橋です。」


雪「おー、久しぶり。あの時以来だけど、新しい仕事の調子はどう? 結構忙しいみたいだけど。」


高橋「ええ、そこそこ順調にできていますよ。」


雪「それは良かった。それで、本題だけど、前回お会いした時に話したことは覚えてるよね? 忘れてないよね?」


高橋「はい、あんな目にあってるんですから、忘れてはいませんよ。」


雪「ふーん、なるほどね。では、なぜ今回は私の友人に会ってもらうことになったか、理解してるということでいいんだね?」


高橋「はい、理解しています。」


雪「高橋さんは前の職場は辞めてると風の噂で聞いてたけど、なぜ今さら私たちに接触してきたの? 今回の件は以前の職場とは関係ないということでいいの?」


高橋「今は確かに内務省とVIINから諜報協力者の受け入れはしています。でも、今回の件は内務省からの依頼ではなく、今務めてる3Cグループの方から人員の調査の依頼を受けてて、その調査でたまたまそちらと接触する形になったんです。小夜さんは確かにVIINの諜報協力者ですが、特務中隊に関してはまったく関係がないんです。だから、解放してもらえませんか?」


雪「まぁ、一応あなたを信頼してないわけじゃないし、今さら約束を破るような人物じゃないこともわかってるから、約束を守ってくれるならいいよ。それじゃあ、もう一人と電話変わって。」


高橋「彼女もどちらかと言えば被害者側なんですけど、内務省と特務中隊の協定があるとはいえ、許してもらえないですかね?」


雪「ダメだよ。それは約束してたはずだ。諦めてくれ。」


高橋「わかりました。それでは、小夜ちゃんに電話変わります。」


高橋は小夜に受話器を渡した。


小夜「変わりました。」


雪「はじめまして。なんとなく会話から理解できたと思うけど、あなたの評価は今あなたの前にいる私の友人から聞いてるよ。優秀な方だと。彼女があなたを気に入ったみたいだから、近いうちにあなたの本職の方の偉い人から、あなたにこちらに来てもらうように連絡がくると思うから、楽しみに待っててね。それなりのポストも用意してるから。」


小夜「待ってください。私は内務省の人間です。軍からスカウトされても困ります。」と小夜は反論したが、雪はそれを無視して言った。


雪「それは無理な相談だよ。これはあなたの本職の偉い人との約束なんだ。もう決まったことなんだよ。それじゃあ、こっちに来た時に会うのを楽しみにしてるね。」と言って、雪は電話を切った。


電話が切れたことを確認すると、二人を見張っていたロサは深いため息をついた。ポケットからシガーケースを出して、一本葉巻を取り出し、火縄式ライターで火をつけた。一回大きく吸い込んで、火がしっかりついていることを確認すると、外に出る扉に向かった。扉を開けて少し外に出ると、火のついた葉巻を持った手を大きく数回回した。すると、外から自動車数台のエンジンがかかる音がして、車が数台走り去っていった。ロサは部屋に戻ってきた。椅子にもたれかかるように座った。


ロサ「はー、疲れた。」と言って、椅子に深く座りながら、二人に向かってシガーケースを差し出した。


ロサ「タバコでも吸うかい?」


小夜はタバコを吸っていなかったので、首を横に振った。


高橋「じゃあ、私はいただこうかな。」と言って、一本もらった。ロサはライターの火を近づけた。高橋はそれで火をつけた。


火がついたのを確認したロサは話し始めた。


ロサ「まさか姉さんに伝説の諜報員を捕まえてこいと言われるとは思わなかったよ高橋さんが思っていたよりも協力的な方で助かりましたよ」とロサは笑いながら話す


高橋は笑顔でロサに話しかけた。


高橋「伝説なんて言われるようなことはしていないんだけどな。私はどこにでもいる一般的な元諜報員ですよ」


ロサは高橋の謙遜を聞いて、笑いながら返した。


ロサ「ハハハ、笑わせないでくださいよ。特務中隊の隊員が5人がかりで包囲している状態から逃げ果せたりした挙句、20人も高橋さんを捕縛や暗殺を行おうとした隊員を返り討ちにして、1人も死者を出さない人を普通とは言いませんよ」


高橋は懐かしそうに答えた。


高橋「あの時は特務中隊について調査していたVIINの諜報員達が数人あなた達に消されていましたから、自分も必死だっただけですよ」


そして、高橋はロサに質問をした。


高橋「今回の作戦の手筈は誰かが立てた作戦の焼き直しかなと思ったんだが、もしかして雪さんが私を捕まえた時の物かな」


ロサは苦笑しながら答えた。


ロサ「まぁ、わざと同じ方法で捕縛するように姉さんに命令を受けてましたけど、少し変えていましたが、わかってしまいましたか。高橋さん的には点数をつけるとしたら何点ですかね?」


高橋は即答した。


高橋「75点かな」


ロサは驚いた。


ロサ「これは手厳しいですね」


高橋は理由を説明した。


高橋「そもそも同じ手を何度も使うのはやっぱり良くないと思うよ。自分がやられたら次からは対策するからね。あとロサさんはお姉さんと違って優しいから、そこに付け込まれる可能性があるからね」


ロサはため息を吐いた。


ロサ「優しすぎるかぁ。でも姉さんみたいに過激にはやりたくはないんだよなぁ」


高橋は同情しながら言った。


高橋「まぁ、雪さんはロサさんと違ってどちらかと言えばやりすぎだからね」


ロサ「そうだ、高橋さん。あれわざとですよね。持っている銃を1丁だけ渡した奴です」


ロサは高橋の顔を見て、思い出した。


ロサ「あれはあれはわざとやったんですよね?」


高橋は笑いながら返答をする。


高橋「わかりましたか。お姉さんにひどい目にあわされたからね。わざとこれをやったら、ロサさんの性格がわかると思ったから、わざとやったのさ」


ロサも笑いながら返答をする。


ロサ「いやー、あれやられたら、すぐに姉さんが言ってた話だ、これってわかりましたから。あからさますぎて、少し迷いましてね」


2人の会話を聞いていた小夜は、興味を持って質問をした。


小夜「雪さんはそんなにすごい人なんですか?」


高橋「雪さんはね、自分が昔VIINに所属していた時代に、自分を唯一捕縛した人なんだ。今回のように拳銃を1丁だけ渡そうとして投げた瞬間、M-1895リボルバーの全弾7発を撃ってきたんだよ。反撃しようとしたら、距離を詰められて飛び掛かられた。殴り殺されるかと思ったよ。あの時は本当に驚いた。それに比べて、1発も撃たなかったロサさんは、終始穏便に済ませてくれた。ロサさんは優しい人だったと思うよ」と笑いながら話していた。


ロサ「高橋さんはどちらかと言えば姉さん側の人間だと思いますよ。普通、姉さんは確実に殺そうとしてきますから。銃を撃たれた時点で9割の人は死んでますからね」


高橋「おいおい、自分は襲われた時にしか反撃しないし、反撃しても最低限の反撃だよ。簡単に人を殺したりしない。彼女と一緒にしないでくれよ」と高橋が言うと、ロサは反論した。


ロサ「何を言ってるんですか。銃を使って、的確に死なない程度に当ててくるのは、どう考えても化け物の類いですよ」と笑いながら言うと、ロサは小夜にお願いをした。


ロサは思い出したように、小夜に言った。

ロサ「小夜ちゃん、内務省からもらった銃を試してみたいんだ。弾は2発だけでいいから、貸してくれない?」


小夜は快く答えた。

小夜「いいよですよ。弾の報告は不要ですからね」


ロサは銃を持って扉に向かった。外に出ると1発だけ撃った。シュッと発砲音がして、金属に当たるカーンという音がした。


ロサは部屋に戻ってきて言った。


ロサ「すごいね。音がほとんどしない。普通の25口径の弾とは違うね。パワーは少し落ちるけど、この銃は10メートル以上離れた相手には使わないし、貫通力も戦場用の火器には及ばないけど、必要ないし。反動が少ないから、狙いやすいし、いい銃だね、これ」


そして銃からマガジンを抜いて、1発の銃弾を取り出した。部屋にあった工具で、薬莢と弾丸を分けた。火薬を油紙に出して、観察しメモした。次に火薬に火をつけて、燃え方を見て、またメモした。


ロサは感心しながら言った。


ロサ「なるほどね。いい銃だ。設計の勉強になるよ」


そして小夜と高橋に銃を返した。


高橋「設計って何?」


ロサはそれに答えた。

ロサ「高橋さん、内務省を辞めたのは、私が士官学校を卒業する前だから、私のことを知らないんだね。私は南海の士官学校で整備工兵を学んで、そこから出たんだ。本当は士官学校で学んだことを活かしたかったけど、姉さんのせいで、第1独立混成旅団に入れられちゃった。だから特務中隊の訓練場で、新しい銃の設計図をこっそり作ってるんだ」


小夜「工兵科に移動できないのですか?」


ロサ「公式には、ゆかり司令の3人の補佐要員で、もう大尉なんだよ。来年度には少佐になる。移動したいけど、後任が決まらないとダメなんだ。ゆかり司令や、兵器開発局長のモチノ中佐に、私の設計図や試作品を見てもらえればいいんだけど、羽ノ華大佐と私は仲が悪くて、邪魔されるんだ」


ロサ「ごめんね、内輪の話ばかりで。高橋さんの葉巻もそろそろ終わりだろうし、タカハシ百貨店まで送ってあげるよ」


2人に目隠しをさせて、車に乗せた。5分ほど走ったら、目隠しを外してもいいと言った。20分ほど走ったら、タカハシ百貨店に着いた。2人を降ろして、ロサは去っていった。

葵の執務室で雪と葵は話し合っていた。雪が電話を切った後、


雪「さて、葵さん。何か聞きたいことがあるでしょう。どうぞ」

葵「特務中隊って何? どんな組織なんだ?」と葵は切り出した。


雪「まあ、葵さんなら分かってると思うけど、他の人に話すとまずいことになるよ。でも、教えてあげてもいいかな」


葵は驚いたが、雪の話に耳を傾けた。


雪「特務中隊は陸軍総司令官の直属だ。諜報団体の監視や司令の護衛が仕事だ。敵対するのは、国内の諜報組織でも参謀科の諜報部や内務省のVIINだ。必要なら殺す。特に特務中隊の存在を暴く奴は、絶対に殺さなきゃならない。でも、僕のおかげで弦巻や葵ちゃん、セイカさん、来果ちゃんは助かったんだ。感謝しろよ」と雪は真面目に言った。


葵「じゃあ、なんで今特務中隊の話をした? 私を殺す気か? それとも殺さないのか?」と雪に詰め寄った。


雪「簡単だよ。ここで話さないと、葵ちゃんは特務中隊を暴こうとするだろ。何回止めても」


葵「わかった。でも、どうしてお前はそんな部隊に入れたんだ? 士官学校の成績じゃ無理だろ。どうしたんだ?」


雪は笑いながら答える


雪「あれは全部嘘だよ。本当に信じたのか。マヌケだな。葵さんの成績は学科でトップだったけど、実技は平均よりちょっと上くらいだったろ。茜さんは学科は上位ではある程度だったが、実技はほとんど1位だった。総合では茜さんが上なのに、葵さんはどうして茜さんより先に中将になれたんだ?」と葵を挑発する


葵「実技でもお前と同じくらいだったはずだ。お前が威張るな。マヌケはお前だ」


葵は言い返したが、雪は笑いを止めない


雪「あれは特務中隊に入った時に士官学校の経歴を改ざんしたんだ。簡単だったよ。本当の成績は学科も実技もトップだった。アホのふりも楽だった。でも、気づいてたやつが1人いたな」と言う。葵は興味を持って聞く


葵「誰だ、それは」と尋ねると、雪は目を伏せて話し始める


雪「それは私が少将になって師団長になった時のことだ。あいつは歩兵科長になってた。今のゆかり元帥だよ。私が挨拶に行った時、私のことを見てこう言ったんだ。ゆかり『お前は賢いのに、なぜ無能のふりをするんだ? 無能のふりをしなければ、私より早く歩兵科長になれたはずだ。でも、そうしなかったということは、お前は何か秘密の組織に入ってるんだろう。もうその組織から離れたのなら、無能のふりはやめてくれ。私の前では見苦しい』とね。ふざけるな。表の道をスムーズに進んだ英雄が、私たち裏方のことを何がわかるというんだ。本当にふざけた奴だよ、あいつは」


雪は今まで隠していた本性を少し見せたようだった

葵は雪の様子を見ながら、こっそりとホルスターから銃を取り出した。 雪に気づかれないように、静かにスライドを引いて、撃てる状態にした。


雪「最後の質問に答えてやろう。なぜ小春六花の話に乗っかることを考えたかというのは、簡単だ。これは歩兵科の権力拡大のためだ。私はこの国を強くしたいと考えている。戦車の搭乗員の割合は今どうなっているかは、葵ちゃんなら知っているだろう。士官の割合は兵站科が多く所属しており、次が工兵科で、この2兵科で7割。残りを元騎兵科が1割、歩兵科が1割、他の兵科の人員が1割だ。下士官は工兵科が一番で、次は兵站科で6割。残りを元騎兵科が1割、歩兵科が1割、砲兵科が1割、他の兵科が1割だ。葵ちゃんは歩兵科の士官の人員割合で2割程度を元騎兵科だと言ったが、元騎兵科員は悲しいことに、優秀だった人員は良くて大尉、ひどい奴は士官学校を卒業してからずっと少尉の奴もいた。みんな出世に悩んでいる。彼らも出世させてあげたいが、歩兵科にはもう椅子がないんだ。だから少しでも多く新設される戦車科に椅子を用意してやりたいんだ。そのためにこの計画は歩兵科が主導して成功させる必要があるんだ。葵ちゃん、頼む。彼らのためにも協力して欲しい」 葵は理解を示したが、雪に対する怒りは収まらなかった。


葵「その件には協力はしよう。だが私にした侮辱は許せるものではない」と言って、銃を雪に向けようと手を上げた。だが雪に照準を向けることができなかった。なぜなら葵の首元にはサーベルが突きつけられていたからだ。


雪は葵に笑いかけて、いつも通りのあほみたいな話し方で話し始めた。


雪「協力の確約ということでよろしいですね。いやー、葵ちゃんは優しくて理解が早くて助かりますよ。この話を反故にできるとは思わないでくださいよ。あなたには常にのど元に剣が突き付けてあると思っていてくださいね。弦巻のアホにも特務中隊のお話はなかったことにしておいてください。それではまた一緒に仲良く仕事をいたしましょう」と言って、雪は振り返り、葵の執務室から出て行った。


雪が部屋を出て行くと、葵は力が抜けたように銃を床に落とした。前のめりになっていた体を後ろに倒し、椅子にもたれかかった。葵は自分の体が震えていることに気づいた。それは恐怖なのか、怒りなのか、自分でもわからなかった。茫然としたまま、しばらく時間が過ぎた。


葵はけだるく立ち上がり、ソファーに寝転がった。眠りに落ちる前に、雪の顔が目に浮かんだ。あの冷たい目、あの冷酷な言葉。葵は目を閉じた。


朝になり、来果が執務室に入ってきた。普段はこの時間にはいないはずの葵がソファーで眠っているのを見て、驚いた。来果は葵を起こそうとしたが、葵は「もう少し寝かせて」と言って、また眠りについた。来果は葵に謝罪した。昨日は仕事が忙しくて、葵に連絡できなかったのだ。来果はいつものように執務室の整理整頓を始めた。すると、床に落ちている葵の拳銃を見つけた。


来果は不思議に思った。普段の葵なら、疲れていても銃を落とすことはない。葵が日頃から持っている拳銃だと分かった。来果は恐る恐る銃を拾い、安全装置を確認した。解除されていた。来果はスライダーを引いてチャンバーをチェックした。弾が込められていた。来果は驚いた。葵はいつもなら、チャンバーに弾を入れた状態で銃を持ち歩かない。何か大変なことが起きて、それで疲れ果てているのだろうか。来果は銃からマガジンを抜き、チャンバーから弾を取り出した。銃をテーブルに置いた。


執務室の扉がノックされた。セイカ中佐が入ってきた。葵中将が出勤しているはずの時間だったが、彼はまだ部屋で眠っていた。 来果中尉はセイカ中佐に挨拶した。

来果「セイカ中佐、おはようございます。葵中将は昨日何かあったようで、今もお休み中です。用事があるのでしたら、本人にお伝

えしますか。それとも、もう少し待っていただけますか」


セイカ中佐は周囲を見回した。執務室は静かだった。彼は来果中尉に話しかけた。


セイカ「来果中尉、昨日の話し合いの後に、実は雪さんがここに来たんだ。調査のことを知っていたらしい。それで、マキ参謀科長が調査を中止すると決めたんだ。葵中将に伝えに来たんだけど、雪さんもここに来てたんじゃないかと思うんで。来果中尉も気をつけてください」とセイカ中佐は言って、執務室を出て行った。

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