表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

旦那さまと神さま

三人称単元に変更しました。

 神さま、今日わたしは奴隷として売られます。

 

 大丈夫です。二度目だからもう、怖くはありません。

 旦那さまに教わった知識があるから。

 

 いつも見守ってくださる神さまに、感謝を。

 

 

 

 (ほこら)の前で手を合わせながら、そう(なぎ)は祈りを捧げた。

 すると祈りを捧げると決まって聞こえる声が、(ほこら)の辺りからいくつも聞こえる。

 

『ドレイ? それ楽しいの?』

『オマエハ アゲナイ』

『その腕の紐、なんのアソビ〜?』

『無理はするんじゃナイよ』


「ふふ、遊びじゃありませんよ」

 

 神さまとするたわいもない会話に、思わず顔が綻ぶ。

 命をやりとりするような会話のあとだから余計にそう思えた。

 

 あれから(なぎ)を牢屋に入れた使用人たちの中から、唯一優しい声をかけてくれる人が現れた。

 以前に永臣(ながおみ)の部屋子をしていた玉緒だ。

 

「本当はあなたのことを殺してしまおうかなんて話も出ていたんだけど、奴隷として売ることで手打ちになったよ。せっかく周藤家(すどうけ)に買われたんだ。死なせてしまうのは可哀想だからね」

 

「玉緒さん……ありがとうございます」

 

「奴隷なら今と同じだ。旦那さまに牙を向けたあなたを周藤家(すどうけ)には置いておけないけれど、他の家に行っても元気でやりなね」

 

 永臣(ながおみ)に牙を向いたわけではないが、(なぎ)のせいで神さまが力を使って、永臣(ながおみ)を倒れさせたことは事実だ。

 

「はい!」

 

 こうして(なぎ)は再び奴隷として売られることになった。

 (なぎ)を買ったお金を、(なぎ)を売ったお金で補填する。

 元の形に戻るだけ。

 不満はない。

 きっとどこでだってやっていける。

 そう思えるから。

 

(わたしに読み書きと作法を教えてくれた旦那さまに感謝を)

 

 (なぎ)が屋敷を出てから、永臣(ながおみ)が目覚めたと神さまが教えてくれた。

 以前は願いを言っては駄目と言われていたから、なんとなく聞くことも躊躇われたけれども、今は聞けばなんでも教えてくれる。

 (なぎ)の妖力を代償に、旦那さまに書状を届けることも。

 

 主上(おかみ)から預かった大切な書状。

 誰の手にも渡すなと仰せつかっていたから、永臣(ながおみ)が目覚めていない状態では渡すことができなかった。

 神さまのお陰で無事お届けすることができて、(なぎ)は本当に良かったと安堵していた。

 

 これで後顧の憂いはない。奴隷市で胸を張って前を向く。

 

「さぁさ、お立ち合い! ここにおりますは、今流行りの女奴隷! まもなく競りの始まりだよ〜」


 以前とは違い屋根がある薄暗い部屋の中で、軽快な奴隷商の声が木霊した。

 声がかかってすぐに一人の男が立ち上がり、まっすぐ(なぎ)の前まで来る。

 

「ぁ、あなたは……」

 

「また会えたな」

 

* * * * *

 

 

「どういうことだ?」

 

 目覚めた永臣(ながおみ)は、真っ先に違和感を感じた。

 妖力が元に戻っており、(あやかし)との繋がりもない。

 

 それどころか(なぎ)の気配もなくなっていた。

 身体の怠さは嘘のようになくなっているのに、寒気を覚えるほどの喪失感に襲われた。

 

「旦那さま、お目覚めになられて何よりでございます」

 

 涙すら浮かべて喜んでくれる使用人に苛立ちすら覚えながら、永臣(ながおみ)はもう一度尋ねた。

 

(なぎ)がいないとは、どういうことだ? いつも彼女の周りにいた(あやかし)の姿も見えない」

 

「あ……――」

 

 言いづらいことがあるとばかりに目を泳がせる使用人に、今度は掴みかかるまでした。

 

「教えてくれ! (なぎ)はどうしたんだ!?」

 

 もうなり振りなんて構っていられなかった。

 ただ(なき)の行方を知りたい。

 遠くへ行ったなら、連れ戻したい。

 

 子どものわがままのように、使用人に縋り付いた。

 普段は見せない永臣(ながおみ)の様子に、使用人も困ったように目を伏せる。

 

「彼女は出て行きました。旦那さまが倒れたのは自分のせいだと」

 

 側にいる(あやかし)に目をやると、静かに首を振った。

 すぐにこの使用人が嘘をついていることが分かる。

 

「分かった。他の者を呼べ。私が寝ている間に何があったか、詳しく聞こう」

 

 身支度を整え、一刻も早く部屋を出る。

 何かがあったことは間違いがない。

 絶望している時間すら惜しかった。

 

 そこに見慣れた案内役が涙を湛えながら、縋りついてきた。

 

「案次郎? 何があった」

 

「ぅ、ぐすっ。旦那さま〜」

 

 案次郎は幼い頃から面倒を見ているためか、弟のような気安さがある。

 それにしても今日はいつになく狼狽していた。

 鼻水をすすりながら案次郎が話してくれる内容に、永臣(ながおみ)は戦慄を禁じ得なかった。

 

(なぎ)が奴隷になっただと!?」

 

「はいぃぃ。旦那さま、(なぎ)さんをお助けくださいまし」

 

「無論だ。連れ戻しに行く。案次郎はみなの誤解を解いて回れ。あれは賊の仕業だ、(なぎ)は悪くない、と」

 

「はい!! 旦那さまのお言葉なら、みな信じてくれます!」

 

 パッと表情を明るくした案次郎は涙を拭い、パタパタと部屋を去っていった。

 永臣(ながおみ)もすぐに仕度をして屋敷を出ようとすると、肌がピリピリするほどの妖気を感じて足を止めた。

 

 そこには見慣れた高い耳に、ふさふさの九つの尻尾。

 強い妖気の割りに可愛らしい見た目の妖狐が、口に書状を咥えて佇んでいる。

 そして隣にはまだ小さな狐。

 よく考えれば、神格化した妖狐を人間ごときが制御できようはずもないと、今なら分かる。

 

 妖狐と目が合うと、軒先までゆっくり歩み、書状を口から下ろした。

 永臣(ながおみ)は書状に目を通すのもそこそこに(ふところ)にしまい、妖狐が去るよりも早く声をかけた。

 

「私と離れることが(なぎ)のためだとでも、思っているのか」

 

 この妖狐は常に(なぎ)と共にいた(あやかし)だ。

 その中でも特に強力な力を持つ厄介な(あやかし)


 あまりの強力さに、(なぎ)が妖力を吸い尽くされてしまうのではないかと危惧した。

 だから自らの妖力を削ってでも、この(あやかし)を従えようとした。

 ――はずだった。

 

 この(あやかし)(なぎ)が従えているわけでもないのに、(なぎ)の感情に合わせて力を放出した。

 (なぎ)を守るように。

 

(私の考えが間違っていたのかもしれない)

 

 これまで(あやかし)は人の妖気を吸い、(わざわ)いを(もたら)すモノとして、滅するか、従えるかしてきた。

 

 しかし(なぎ)の周りの(あやかし)はみな穏やかな顔をしていた。

 誰にも危害を加えようとはしない。

 (なぎ)が無事ならば――。

 

 だから今も(なぎ)を守ろうとしているのではないか。

 そう考えた。

 

(なぎ)は狙われているぞ。そなたでは滅されることはなくとも、(なぎ)を守れまい」

 

 (あやかし)は虚な存在だ。

 暴れることはできても、繊細な術は使えない。

 その点、妖術士は人が(あやかし)から人を守るために編み出した術だ。

 守ることが本質。

 

 妖狐はジッと永臣(ながおみ)を見つめ、歯を見せてフーッと息を吐き出した。

 

『ソナタなら(なぎ)を守れるか』

 

 そう言われた気がした。

 心は決まっている。

 

「私が(なぎ)を守ると誓おう。代償は妖狐、そなたの協力だ。(なぎ)のところまで案内してくれ」

 

 永臣(ながおみ)とこの妖狐との繋がりができれば、妖狐へ送る妖力は(なぎ)と半分ずつになる。

 これで(なぎ)の妖力が尽きることもないだろう。

 

 ただ(あやかし)との契約には、代償を伴う。

 願いと代償が釣り合っていなければ、聞き入れてもらえないばかりか、食われることさえある。

 

 永臣(ながおみ)は目を逸らさずに、ジッと妖狐の返事を待った。

 すると妖狐はくるりと後ろを向いて、顔だけでこちらを振り返る。

 

「ついてこい、ということだな」

 

 永臣(ながおみ)は口角が上がるのと同時に、空を飛ぶための印を組み始めた。

 

* * * * *

 

 

「そなたに会いたかったぞ」

 

 一度目に奴隷として売られた時に、最初に(なぎ)を買おうとした男だ。

 奴隷のどこかが欠けてもいいか聞いていたような、残忍な印象しかない。

 

「これはこれは後藤さま、その奴隷をお気に召しましたでしょうか」

 

 奴隷商は揉手で後藤と呼ばれた男に擦り寄ってくる。

 一度目のときも同じように、なんでも受け入れてしまいそうな雰囲気だったことを思い出し、嫌な予感がした。

 

「ああ。この娘を私に」

 

 後藤が従者に目配せすると、従者は(ふところ)からジャラリと重そうな音がする袋を取り出して奴隷商に渡した。

 

「おほっ、こんなに宜しいので!?」

 

「ああ、いいから早く手続きを済ませろ」

 

 後藤が促すと、奴隷商はほくほくした顔をしてサッサと(なぎ)を売り渡す手続きをしてしまった。

 

「これでそなたは私のものだ」

 

 後藤が(なぎ)の手にかかる縄を解く。

 手は軽くなり拘束もなくなったけれど、少しも心は安堵できない。

 

 手を掴まれ、引き寄せられる。

 顔近くまで後藤の鼻先が来て、思わず俯いてギュッと目を瞑った。

 

「私は少々鼻が良くてね。この間従えていた(あやかし)はどこにいる?」

 

 そう言いながら後藤は(なぎ)に顔を近づけて鼻をすんすんさせた。

 

 この間従えていた(あやかし)……?

 誰のことを言っているのか分からずに、恐る恐る言い返す。

 

「わたしは(あやかし)を従えていたことなど、ありません」

 

「嘘を言うんじゃない! 私には分かるのだよ」

 

 腕を強く掴まれ、肩を強引に揺さぶられるも、分からないものは分からない。

 その時、外から馬の(ひづめ)の音が聞こえた。

 

 一度目のときと同じだ。

 けれど、期待してはいけない。

 今度は永臣(ながおみ)であるはずがない。

 ついさっき目を覚ましたと神さまから聞いたばかりなのだから。

 

 粗末な引き戸がスーッと滑らかに開いた。

 人物の影が逆光に照らし出される。

 顔は見えないけれど、今なら妖気で誰だか分かる。

 

「旦那さま……!」

 

「ふふははは、一足遅かったですな、周藤(すどう)殿。この娘は今し方私が買ったところです」

 

 後藤が下卑た笑みを浮かべ、勝ち誇ったような目で永臣(ながおみ)を見る。

 確かに先ほど(なぎ)は後藤に買われてしまった。

 いくら永臣(ながおみ)といえど、売買を覆すことなどできるはずがない。

 けれども永臣(ながおみ)はそれを歯牙にもかけず、手に持つ書状を広げた。

 

「奴隷売買は主上(おかみ)の意向で禁止された。今頃ふれが出ているはずだ。よってそなたらの奴隷売買は無効だ」

 

 書状には「奴隷廃止」とだけ、書かれていた。

 

 遠くの方から「ごうがーい! 奴隷禁止令発令ー!」という声が聞こえてくる。

 ここは町外れの廃れかけた小屋。

 町外れの森の中よりは町中に近づいたが、御触れが出る場所からはかなり離れている。

 時間がかかったのも頷ける。

 

「わ、私の奴隷……」

 

「彼女を解放しろ。彼女は奴隷などではない」

 

 胸が打ち震えた。

 

 それは欲しかった言葉。

 

(旦那さまのもとに帰りたい。 けれども旦那さまはきっとまた力を……)

 

(なぎ)、帰るぞ。もう大丈夫だ」


 血色のいい顔。

 

 力強く伸ばされた腕。

 

 その手を掴みたい気持ちが溢れる。

 

 しかしまだ心配な気持ちが収まらない。

 

「わたしのせいでまた旦那さまがお倒れになるのなら、帰れません」

 

 押し殺した気持ちが溢れ出ないように、ギュッと両手を握って抑えた。

 

「それなら私の元へ来るが良い。周藤(すどう)殿に苦労はかけなくて済むぞ」

 

「有難いお申し出ですが、結構です」

 

 (なぎ)は頭を下げて丁重にお断りした。

 後藤の奴隷は代償を捧げてでも遠慮したい。

 

 永臣(ながおみ)は帰れないと言った(なぎ)にも、手を下げることはしなかった。

 いつでも(なぎ)を求めてくれるその手を出したまま……。

 

「安心するがよい。そなたの神にはもう手出しはせぬ。だからもう倒れることもあるまい」

 

「まことでございますか」

 

 手出しははしないということは、神さまも永臣(ながおみ)の妖力を奪わないということ。

 永臣(ながおみ)がやつれる原因もないということ。

 

「本当に非らず人(アラズビト)のわたしがお側にいても、宜しいのですか……」

 

「私はそなたにいてほしい」

 

 涙が溢れ出すと、もう気持ちを抑えることができなかった。

 

「はい。わたしも旦那さまのお側にいたいです」

 

 (なぎ)はその力強い手を取り、奴隷市を後にした。

 その日(なぎ)は初めて空を飛んだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます(*´ー`*)


この作品は鳴田るな先生主催の【身分違いの二人企画】に参加させていただいたものです。

他の作品もキーワード「身分違いの二人企画」で検索すると読むことができます♪


この作品の感想もお待ちしています!

短編で書ききれなかった凪の名字にピンと来た方は、ぜひ感想欄でコメントください。※他作品は関係ありません

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最後まで読んだら凪のけなげさと、永臣とのつながりに本当に涙が出てきました。ハッピーエンドでとてもよかった! [一言] どんな立場でも生きていけるようにしてやろうとする永臣と、凪の控えめな優…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ