始まりのしるし
いつからここにいるのだろう??
もう、そんなことさえも分からない。
分かることは自分の名前ぐらい。
ルド・アパシー
手に持っていた破けた2枚の紙。
そこに書かれていたのが自分の名前なんだろう。
その紙を無くさないようにポケットに入れ込み周りを見渡す。
明らかに貧民街であり、周りの人達は薄汚れていて目から生気が感じられない。きっと自分もそうなんだろう。
自分の手と足は痩せ細り、その服もボロボロでヒドい匂いがする。
頭は痛く、きっと何かのショックで記憶を無くしたみたいだ。
しかし記憶を無くした割にヒドく冷静な自分にビックリしている。
いや、嘘だ。ビックリなんてしていない。
なんにも、感じないのだ。辛いも苦しいも悲しいも恐怖も……
感情を何処かに置いてきたかのような自分の心。
だからこそこんな状況においても冷静でいられるのだろう。
それはありがたい。いくら心を感じないとはいえまだ生きたい。
これは無気力な僕が唯一残った心みたいなものだろう。
なんとか立ち上がり、そして一歩、一歩と歩き出す。
まずはこの空腹をどうにかしないといけない。
生きるためには食べ物を必要だ。
しかしここは貧民街。こんな場所に食べ物なんてない。
あったとしてもそれは何処からか奪ってきたものだろう。
まぁ、それに関して罪悪感なんてものはない。生きるためだ。
丁度前から子供達が汚れたパンを奪い合っている姿を目にする。
アレを貰おう。こっちも生きるためには手段を選んでいられない。
そう決めて踏み出そうとしたときだった。
「良いもん持ってるじゃねえか」
「か、返してよ!それ僕達の!!」
「うるせぇ!」
突然割り込んできた男にそのパンを奪われた子供達。
その場で一口パンを噛みちぎり去っていく男。
子供達はせっかく手に入れたパンを奪われ泣きじゃくっていた。
自分がやろうとしていたことを先にやられた。
別に子供達を見て可哀想なんて思わないし、男に怒りを覚えない。
だが、生き残る為のパンを奪われたことはどうにかしないといけない。
しかし駆け出す力がない。それほどに弱っていた自分。
いま出来ることはその奪われたパンを凝視することだけ。
「…………うん?」
突然に聞いたことのない音が頭から響いた。
これはヤバいのではないかと、まぁ心配にはならないがそれでも聞こえてきた音は気になった。
そしてそれと同時に何故かパンの上に奇妙な物が浮いていることに気づいた。
「…………なんだ、アレ……」
これは自分が生きるために生まれてきたスキルだということに気づいたのは随分と後の話になり、そしてこれがキッカケで手に入れた穏やかな日々がドンドン非日常へと変わっていき、やがては国を動かすほどの状況化に巻き込まれていくことになるなんて……その時のルドは知るよしもなかった。