フュマスネイパソモゥが釣れる場所
今日は、あてもなく散策を楽しんでいた。穏やかな波を打つ水面が、天から届く光を乱反射させてキラキラと輝いている。どうやら今日も快晴みたいだ。これで三日連続だったかな。
一昨日に起こった出来事を思い出している最中、不意に声をかけられた。
「おう、誰かと思ったらお前か。久しぶりじゃねえか」
声の主は、私の古い友人だった。やや離れた所で手を振っている友人に対し、私も大きく手をあげて答える。
「やあ、久しぶり。元気にしてたかい。今はこのあたりに住んでいるの?」
「そうだよ、俺は温かいのが好きだからな。お前こそ、こんなところまでどうしたんだよ」
「いや、特に理由はないよ。晴れているうちに、太陽の光を堪能しようと思ってね」
「なんだいお前、まだ放浪癖をこじらせてやがんのか。じゃあついでにひとつ、耳よりな情報をおしえてやるぜ」
彼はもっと近くまで来い、と手招きをした。私もその空気に合わせて、注意深く聞いているような素振りをしてみせる。
「あのさ、ここから西に行ったところにある海岸にな、フュマスネイパソモゥがたくさんいるらしいぜ」
「フュマスネイパソモゥが?」
その名前を聞くのも久しぶりだった。
「ここから西の海岸、というと、確か立ち入り禁止区域だったろう?」
「ああ、少し前まではそうだったんだが、最近になって解禁されたみたいだぞ。そんで、フュマスネイパソモゥも集まってきているらしい」
「そりゃいったい、どういうワケで集まってきたんだ」
「それは俺も知らん。今ごろツイッターか……エックスだったかでバズってるかもしれねえな」
私はそういう横文字には疎かったが、とりあえず世間で話題になっているというのは感じ取れた。
「せっかくだから、土産話にフュマスネイパソモゥを見に行こうぜ、一緒に」
「土産話になるようなものでもないだろう。フュマスネイパソモゥはどこにだっているのに」
「ま、ま、そう言わずにさ」
結局私は友人に押し切られて、西の海岸へ向かうことになった。
友人の言ったとおり、西の海岸にはたくさんのフュマスネイパソモゥがいた。きれいな水質と曇りない空のおかげで、水面越しでもその存在がはっきりとわかる。
「すごいなぁ。こんなにたくさん集まっているのを見たのは20年ぶりかもしれない」
「見ろよ、ゴムボートがたくさん浮かんでら。ヨットに乗ってる奴もいるぜ」
海の上だけでなく砂浜でも賑わいが感じられる。キャンプ地として再開発されたのだろうか。
「そういやお前、フュマスネイパソモゥ釣りをしたことはあるの?」
「釣り? いや、ないよ。そもそも釣り自体した記憶がほとんどないや」
「この機会にやってみたらどうだ。こんなにたくさんいるんだし、きっと入れ食い状態だぜ。釣ったらみんなにも自慢できるし一石二鳥だ」
正直なところ、私は生き物を獲るのは得意ではないのだが、釣ったフュマスネイパソモゥを見て感心する妻と喜ぶ娘の顔が脳裏に浮かび、めずらしく挑戦心が湧いてきた。
「ふーん、そうか、やってみるか。そのかわり、やり方をアドバイスしてくれよ」
「お安い御用さ」
友人のアドバイスでは群れから離れて孤立している奴のほうが釣りやすいとのことで、私はあっちこっちを回って釣りポイントを探していた。
やや沖合いの離れた所で、一匹だけいるフュマスネイパソモゥを見つけた。このあたりにはゴムボートも一艘しかない。
「おーい、これならどうだ。いけそうか?」
「いけるも何も大チャンスだぜ。群れに戻る前にケリをつけよう」
チャンスという言葉に急かされて、私はさっそく釣りの動作に入った。
水面は変わらず穏やかに波を打っていて、向こう側にいるフュマスネイパソモゥの様子もよくみえる。
私が手を伸ばして水面へと近づけると、フュマスネイパソモゥはそれに気づき、好奇の眼差しを向けてきた。
「いいぞ、そのまま奴を誘え」
「オッケー、やってみる」
水面を乱さぬように、ゆらりゆらりと手を揺らす。
フュマスネイパソモゥはその動きを目で追っている。ますます興味津々といった面持ちだ。やがて、フュマスネイパソモゥも水面に向かって手を伸ばしてきた。
「今だ、釣り出せ!」
友人の合図で私は目一杯手を伸ばし、フュマスネイパソモゥの腕に掴みかかった。フュマスネイパソモゥは驚き、私の手を振りほどこうとする。
「離すなよ」
「わかってるさ」
私はさらに手を何本か伸ばし、フュマスネイパソモゥの腕に絡みつかせる。相手も必死だ。私の手に噛みついたり爪で引っかいたりしているが、あいにく私にダメージはない。
「よーし、俺も手伝うぜ。そおらっ!」
友人も手を伸ばしてフュマスネイパソモゥに絡みつかせ、二人がかりで思いっきり引っ張った。とうとう、乗っていたボートがひっくり返り、海に落ちたフュマスネイパソモゥを捕らえることに成功した。
「釣れたぁ!」
「やったな! 大物とは言えないが、カラフルな色合いのフュマスネイパソモゥじゃないか」
私の釣ったフュマスネイパソモゥは何色にも別れた髪の色をしていて、爪もキラキラと輝いている。口からボコボコと泡を吐き出し、怯えきった目で私たちを見つめていたが、その様子を見るとかえって庇護欲をそそられた。
「このフュマスネイパソモゥ、なんだかペットとして飼いたくなってきたよ」
「おう、いいんじゃないか。このフュマスネイパソモゥはまだまだ長生きしそうだし。娘さんもそのほうが喜ぶかもな」
そんな会話をしながら、私はフュマスネイパソモゥの口に管を挿入し、肺へ大量の空気を送り込む。
「じゃあ日も暮れてきたし、俺は帰るわ。奥さんと娘さんにもよろしくな。おっとそのフュマスネイパソモゥ、こまめに肺の空気を入れ替えてやれよ。なるべく酸素の多い空気のほうが、フュマスネイパソモゥは長生きするんだ」
「わかった。お前もあんまり陸に近い所に出て、フュマスネイパソモゥにスマトホンか何かで撮られないように気をつけてくれよ」
私は友人と互いに手を振って別れると、釣ったフュマスネイパソモゥが水圧で潰れないよう優しく体内に取り込みながら、家族の待つ海底へと潜っていった。
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