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8、夜

 その夜。

 世田谷の小悟智明探偵事務所(兼、自宅)で、小悟探偵と助手の三吉、そして探偵が後見人を務める孤児で小学四年生の小松戸(こまつど)健司(けんじ)の三人が、いつもより遅い夕食を()っていた時のことです。

「先生、あれは一体何だったのでしょう?」三吉が師匠の探偵に尋ねました。

「あれ、とは?」

「鴨山博士の家を訪れた帰り道に出会った……ええと、遊星人……」

「遊星人タキヨン、かね?」

「ええ。はい。そうです。あの怪人は本当に地球外の星から飛来した異星の生物なのでしょうか?」

 そこで小松戸健司少年が口を挟みます。「三吉さん、遊星人タキヨンって何?」

 健司は、三吉のことを「三吉さん」と呼びます。

 年齢は健司のほうが六歳年下ですが、三吉が小悟探偵事務所に住込み就職をする以前から、健司はこの家に住んでいます。

 見方によっては、健司の方が先輩であるとも言えるのですが、彼は年上の後輩である三吉をとても尊敬しています。

 三吉は、夢野町での出来事を手短に話してあげました。健司少年がその話に熱心に耳を傾けます。驚きと同時に強い興味を覚えたようです。

 ひと通り話し終えたあと、三吉が再び小悟探偵の方を向いて質問します。

「やはり彼自身が言うとおり、遊星人なのでしょうか?」

「君は、どう思う?」

「わかりません、けど……本当に遊星人かも知れない、という気がしています」

「私の意見を言うなら、こう思っているよ。『あんな俗っぽい遊星人が居て(たま)るものか』ってね」

「俗っぽい、ですか」

「そうは思わんかね? 遠い星から光速を超える宇宙船で地球にやって来たのなら、我々人類なんかより遥かに進んだ科学文明を持っている(はず)だろう?」

「はい。そう思います」

「そんな先進的文明人が、何で、あんな黄色ペンキを塗りたくった潜水服なんか着てるんだ? おおかた『真空の宇宙で活動するなら、こんな姿(すがた)(かたち)になる(はず)だ』とでも空想した結果だろうが、あまりに貧困な発想力だ」

 小悟探偵は、自分の頭を指さして続けました。

「それに、あのヘルメットを見たかい? 潜水ヘルメットに銀メッキをした所までは良いが、それじゃ周りが見えないからって、両目の位置に覗き穴が穿(うが)ってあったじゃないか。ご丁寧に、鼻と口の位置には呼吸用の空気穴まで開ける始末さ。そんな宇宙活動服が有るものか」

「先生は、あの怪人物の正体をすでにご存知なのですか?」

「正体は、まだ分からんよ。だが一つだけ確信を持って言える。奴は我々と同じ地球人だ」

「では、あの不可思議な現象は一体どんな作用だったのしょうか? 何もない空間から声が聞こえて来たり、姿が浮かび上がったり、何体にも分身する、あの不思議な現象は?」

「ふむ……確かに私も、あれを見たとき一瞬だけ驚いたことは認めるよ。それに今のところ、仕組みを完全に解明できた訳でもない。だが手がかりは有るさ……和戸くん、あの『分身の術』とやらを見て、何か気づかなかったかい?」

「ええと……僕はただ驚くばかりで、その……」

「二人に分身したときも、三人に分身したときも、その動きが完全に一致していただろう?」

「ああ、そう言えば」

「真ん中の一体が左手を動かせば両側の二体も同じように左手を動かし、真ん中の一体が右手で胸のタイマーを()めたら、両側の二体も右手で胸のタイマーを止める」

「はい。確かに、二つ三つに分かれた体の動きは、寸分たがわず一致していました」

「ここから何を連想する? 君が手を上げると同時に向こうも手を上げ、足を上げると同時に向こうも足を上げる物は何だ?」

(かがみ)、ですか?」

「ご名答。その通りだ……いや実際に使用されたのが鏡なのかプリズムなのかレンズなのかは今のところ分からんが、何らかの光学的原理を応用し、自分の姿を投影しているのは間違いない」

「でも、あの小径(こみち)には何も有りませんでした。鏡も、映画館のような投影幕(スクリーン)も……何もない空間に自分の姿を投影するなんてことが、はたして可能なのでしょうか?」

「うむ。それが、あの自称遊星人にまつわる最大の謎だ。だが手がかりは有るぞ。君は『ブロッケンの妖怪』と呼ばれる怪現象を知っているかね?」

「ブロッケンの……妖怪? いいえ。聞いたことも有りません」

「ドイツのブロッケン山という場所でしばしば発生する気象現象の名だ。登山家が太陽を背にして立ったとき、その姿が霧の中に投影される。まるで巨大な妖怪のように見えるが、実際には登山家自身の影に過ぎない。だから彼が手を上げれば目の前の妖怪も手を上げるし、足を上げれば目の前の妖怪も足を上げる。鏡のように、ね」

「じゃあ、あの遊星人も?」

「おそらく類似の原理を応用したものだ。私は専門家じゃないから確かなことは言えないが……まあ間違いの無い所だろうね」

「調査するのですか?」

「誰を? あの遊星人を、か?」

「はい」

()(ぴら)ごめんだ。願い下げだね。空間投影の謎なんて、このさいドッチでも良いよ……私は、ああいう品の無いやつは大嫌いだ。なぜか向こうは私を気に入ってくれたようだが、ご勘弁(かんべん)願いたい。二度と私の前に姿を現さないで欲しいな……それに今の私には、かつて無いほどに興味をそそられる人物が他にある。その名は、(あん)(こく)探偵!」

「あ、闇黒探偵?」

「例の、二日前に渋谷で軍用ロボットを打ち負かした黒ずくめの男のことさ。夕刊を読むと良い。さすがはマスコミ、上手い渾名(あだな)を思いつくものだ。海外から来た特派員も、さっそく『ディテクティブ・イン・ザ・ダーク』と呼んで母国に紹介しているそうだ」

「闇黒探偵……ディテクティブ・イン・ザ・ダーク」

「私は今、かつてない程に興奮しているのだよ」

 そう言いながら、小悟探偵はニヤリと口の端を釣り上げました。

「和戸くん、君にこの気持ちが分かるかい? 今の私は、闇黒探偵のことを想うだけで、まるで王子を想う乙女のようにワクワクと胸が高鳴るのだよ……突如として白昼の繁華街に現れ、犯罪者どものロボットを素手で倒し、何処(どこ)へともなく消え去った男。目撃者は居ても記憶に残らず、写真を撮られてもフイルムに感光しない……これこそが極上だ。この天才探偵・小悟智明が全身全霊をかけて挑むに値する、極上の謎だよ」

 そして探偵は、低く押し殺した声でクックックッと笑い始めました。いちど笑い始めたら如何(どう)しても止まらないという風に、二人の少年を前にして何時(いつ)までも何時までも、笑い続けるのでした。


(闇黒探偵『パイロット版』 完)

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