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3、鴨山博士の家

 二人はレンガ塀に(はさ)まれた鉄柵の門の前に立ちました。

 柵は初めから全開になっていました。

 門柱には確かに「鴨山樹三郎」と書いてあります。

「和戸くん」小悟探偵が隣の少年を見ました。

「はい。先生」

「出発前にも言った通り、鴨山博士は少し変わった人だ。いや、少しどころか、私も驚いたほどの(だい)(へん)(じん)だ」

「はい」

「その大変人が建てた家だ。きっと此処(ここ)にも、何か奇妙な仕掛けがあるに違いない。だから多少の覚悟は、しておくように」

「先生、その仕掛けというのは、いったい何ですか?」

「それは私にも分からんよ」

 いったん言葉を区切って、小悟探偵は和戸少年をチラリと見ました。

 少年は不安げな顔です。

「安心したまえ」(なだ)めるような口調で小悟探偵が言いました。「仕掛けと言っても、我々に危害を加えるような代物(しろもの)じゃないさ。確かに博士は大変人だが、決して悪い人じゃない。既に面識のある僕が保証するよ。ただ、行動が突飛なだけだ」

 そして少し間を置いてから「純粋なんだよ」と付け加えました。

 小さめの前庭を抜けて、二人は洋風(やかた)の玄関ポーチに立ちました。

 玄関扉には木の板が打ち付けてあり、板に何やら文字が書いてあります。

 ちょっとだけ和戸少年は驚いて、それから(確かに、こりゃヘンテコな家だ)と思いました(なるほど、この家の持ち主は余程(よほど)の変人だな)

 板の文を読んでみます。

『この扉を開けて我が屋敷に入る者、必ずその顔貌(かおかたち)を我に提供せよ』

 和戸少年は、ますますヘンテコな気分になりました。たまらず「先生」と小悟探偵に呼びかけます。

「先生、これは一体(いったい)どういう意味でしょう?」

「ふふん」と、探偵は小さく鼻で笑いました。「たしかに『顔貌を提供せよ』なんて、ちょっと穏やかじゃない感じがするね。しかし、まあ安心するんだね。奇抜には奇抜だが博士の専門を考えれば、これの意味が分かる」

 探偵が再びチラリと少年の顔を見ます。

「君は、一ヶ月ちかく僕の助手を……この素晴らしき名探偵・小悟智明の助手を付きっきりでやってるんだぜ? そろそろ多少の推理力ってものが芽生えて来ても良い頃だ。それを働かせてみたまえ」

 こういう時の小悟探偵は、ちょっと偉そうです。

 和戸少年は内心いじわるだなぁと思いながら、もう一度、扉の文を読みました。

(もう現役じゃないけれど、鴨山博士の専門は『顔相(がんそう)解剖学』だ。悪人の変装を見破ったり、整形手術前と手術後の人相を見比べて同一人物か否かを判断したり、簡単には判別できないほど痛んでしまった被害者の死体から、元の顔かたちを導き出すのが仕事だった)

 そんな事を少年が考えているあいだに、探偵は、向かって右側の壁に埋められたボタンを押しました。

 家の中から「ブー、ブー」というブザーの音が聞こえました。どこか遠くで鳴っているような小さな音です。

 しばらくして「誰だ?」という老人の声が、ボタンの近くに埋められた小さなスピーカーから聞こえました。

(ドアホンだ)と少年は思いました。さすがは元大学教授の家です。

「私立探偵の小悟智明です」

「一人かね?」

「いいえ、助手の和戸三吉くんと一緒です」

「助手の年齢は(いく)つかね?」

「十六歳です」

「ほうっ」ドアホン越しの家主の声が、すこし喜んでいるように感じられます。「十六歳の少年とは。なかなか珍しいサンプルだ」

(サンプル? どういう意味だろう) 少年は小さく首を(かし)げました。

 玄関扉のノブの辺りから「カチン」という音が聞こえました。

 きっと、自動解錠装置が組み込まれているのでしょう。家の何処(どこ)かに居る博士が、それを操作したのです。

「一人ずつ、ドアを開けて入りたまえ」とドアホンが言いました。「まずは小悟くんだ。助手の少年はその場で待つんだ。いいかね? くれぐれも一人ずつ入るのだ」

「わかりました」

 そう言って、小悟探偵はドアホンから離れ、玄関扉のノブに手をかけながら和戸少年を振り返りました。

「博士に言われた通り、一人ずつ入ろう……何、危険なことは無いよ。博士は信用できる人だ」

 師匠の探偵を見返して、和戸少年が(うなづ)きます。

 少し不安もありますが、師匠が「危険は無い」というのなら危険は無いし、師匠が「博士は信用できる」というのなら信用できます。

 小悟智明探偵の言うことに間違いは有りません。

 それに和戸三吉は勇気のある少年なのです。こんなことで泣いたり、へこたれるような少年ではありません。

 小悟探偵がドアを開けて中に入りました。その直後、ふたたびドアノブのところから「カチン」という音が聞こえました。

 念のため、三吉少年はノブを回そうと試みました。しかし回りません。博士が遠隔操作で再び鍵を掛けたのです。

 扉の前で待っていると、数分後ふたたびドアホン越しに声が発せられました。

「助手の少年、入りたまえ」

 続けて、ドアの鍵が外れる「カチン」という音。

 少年は恐る恐るノブを回し、扉を開け、家の中に入りました。


 * * *


 扉の向こう側は、なかなか広い三和土(たたき)になっていて、正面に上がり(かまち)があり、スリッパが並んでいます。

 框を上がって()ぐ前方に壁がありました。つまり三和土だけで一つの独立した空間になっているのです。奥の壁の真ん中に扉がひとつ。

 まったく変な家です。

 足元を見ると、小悟探偵の靴が揃えてありました。

 三吉少年もその隣に靴を置き、スリッパに履き替え、奥の扉を開けて次の()に進みました。


 * * *


 次の間に入った瞬間、三吉少年は今度こそ「あっ」と驚きの声を上げました。

 奇妙にも程があります。

 なんと、四方の壁が(こぶし)大のガラス玉で埋め尽くされているのです。

 広さは六畳くらいでしょうか。窓はありません。

 天井を見上げると、そこも一面ガラス玉ばかりです。ガラス玉の中には光を放っている物が有ります。どうやら電球が埋め込まれているようです。

 背後から「カチリ」という例の音が聞こえました。

 念のため振り返って、たったいま自分が入って来たドアのノブを握ってみました。

 やはり思った通り、ノブが回りません。

 自動施錠装置が働いたのです。

 もう一度奥を見ます。

 真ん中にドアが一枚あります。そのドアも一面にガラス玉が埋め込まれています。

(こうなったら度胸を決めて、前に進もう)三吉は思いました。

 正方形の部屋の真ん中に、人間がひとり乗れるくらいの低い台が置いてありました。

 台の隣に立て札があって、「必ずこの台に乗ること」と書かれています。

 今さら指示に刃向(はむ)かっても仕方がないと覚悟を決めて、その台の上に乗ってみます。

 三吉の重みで台が少しだけ沈んだように感じられたその瞬間、正面と左右の壁、そして天井から「カシャシャシャシャシャシャッ」というカメラのシャッターを切るような音が連続して聞こえて来ました。

(一体これは何だ? 何の音だ?)

 と、辺りに気を配りながら考えます。

 あっ! そうか! わかった! わかった!

 三吉は心の中で叫びました。

(壁と天井に、カメラが仕込んであるんだ! この無数のガラス玉はカムフラージュだ!)

 埋め込まれているガラス玉の(ほとん)どは、ただのガラスだろう。

 しかし、その一部はカメラのレンズに違いない。

 この台はカメラのシャッターを切るためのスイッチになっているんだ。

 誰かが台の上に乗ると重みでスイッチが入って、床下に埋め込まれた複雑な仕掛けが動き出すのだ。

 そんな風に三吉は思いました。

 ふと、さっき見た玄関(とびら)の文句が頭に浮かびます。

『この扉を開ける者は、必ずその顔貌(かおかたち)を家の主人に提供せよ』

 そうか、この事を指すのだな、と少年は気づきました。

(顔貌を提供するというのは、いろいろな方向から顔写真を()られるという事なんだ)

 家に入っただけで勝手に写真を撮られるというのは余り愉快な事ではありませんでしたが、玄関の文の意味が分かったら何だかホッと安心できました。

 意味が分からないというのは、それだけで不安なんだと思いました。

(よし、前へ進んでやるぞ)

 三吉は台を()りて正面の壁に近づき、その真ん中にあるドアのノブを回しました。

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