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九龍懐古  作者: カロン
旧雨今雨・上
97/492

皇家とルームメイト

旧雨今雨3






一夜(いちや)明けて。




「あ?饅頭居ねぇのか」


【東風】の扉を開いた(マオ)が中を見渡す。

(アズマ)は茶を淹れ(イツキ)は月餅をかじり、大地(ダイチ)曲奇(クッキー)を割っていた。肝心の(カムラ)の姿がない。


最近九龍で騒がしくしている半グレ達、その情報収集を(マオ)(カムラ)に頼もうとして──というかなんなら既にいくらかデータを持ってるんじゃないかとも踏んで──いたのだ。


(カムラ)、もうすぐ(ゴー)と一緒に来るって」


大地(ダイチ)が携帯をいじりながら返答。その時、入り組んだ九龍城砦の道で若干迷子になった(レン)が後ろから走ってきた。


「師範!置いてかないで下さいよぉ!」

「その呼び方やめろつってんだろ!!」


叫んで駆け寄ってくる(レン)の頭を(マオ)(はた)く。

しかしもはや手遅れ。(イツキ)は師範なのと首をかしげ、大地(ダイチ)も何の話?と興味津々。


「なんでもねぇよ」

「え、絶対なんかある。超知りたい」

(マオ)さんはですね、【黃刀】って流派の師範なんですよ」

「おい!!」


話を流そうとした(マオ)大地(ダイチ)が食らいつき、(レン)が無駄なドヤ顔を決めつつ余計な事を口にする。(マオ)はもう一度(レン)の頭を(はた)いた。


「だから(マオ)、剣術得意なんだ」


すんなり納得した様子の(イツキ)。もうちょっとちゃんと答えてよとせがむ大地(ダイチ)に、うるせぇうるせぇと(マオ)(てのひら)をパタパタさせる。


「ていうか初めまして?だよな?」


その(アズマ)の言葉に(マオ)は思い出したように、あぁこいつ(レン)、しばらく【東風】に泊めてやってと言った。


「え!?なんで?家無いの?」

「無いでしゅっ」


唐突な(マオ)の台詞に(アズマ)が驚くと、急いで頭を下げた(レン)が若干噛んだ。

大地(ダイチ)が笑って、おっけーでしゅっ!と返事をする。秒速で‘友達’に昇格したようだ。


大地(ダイチ)、ここ一応俺と(イツキ)の家なのよ」

「俺は別にかまわないけど」

「えぇ…?(イツキ)、打ち解けるの早いね…?」

「だって(マオ)の知り合いでしょ」


(アズマ)が口を挟むも気に留めず、簡易ベッドでいい?と(イツキ)(レン)に訊いた。


「皆さんめちゃくちゃ優しい…」

「たまたまだ。これが九龍(ここ)標準(スタンダード)だと思うなよ、死ぬぜ」


感動する(レン)に釘を刺し、(マオ)は棚から勝手に酒瓶を取り出す。テーブルを囲みあれこれ雑談していると、(カムラ)燈瑩(トウエイ)がやってきた。


「ん?初めましてやな、大地(ダイチ)の友達なん?」

(マオ)師範の弟子の(レン)でしゅっ!」

「殺すぞ」


元気よく挨拶をしようとし、また語尾を噛む(レン)。その自己紹介に(マオ)が鬼神の如き表情で横槍を入れる。

初めまして(レン)君と燈瑩(トウエイ)が穏やかに挨拶を返す(かたわ)ら、(カムラ)は師範?と疑問符を浮かべた。


「いいんだよ師範(それ)は、置いとけ。饅頭、お前に聞きてぇことあんだよ」


(マオ)は舌打ちをしつつ、12K、澳門(マカオ)から来た半グレ、(レン)の仕事仲間など諸々(もろもろ)説明。

(カムラ)が少し考えて口を開く。


「その澳門(マカオ)の半グレ…今、花街の中流階級側に皇家(ロイヤル)っちゅう店あるやんか。そこの奴らやろ」

「ん?あの、この前オープンした新店か?」


(マオ)の言葉に頷き、チョロっと噂聞いててんと答える(カムラ)


半グレ達は荒稼ぎしては閉め荒稼ぎしては閉めを繰り返しており、ボッタクリの話が流れる頃にはもうその店は無くなっているのでなかなか足取りが掴めなかった。そろそろ次の店を開ける頃合いだとは思っていたが、さすが(カムラ)、情報が早い。


(マオ)燈瑩(トウエイ)に視線を向けた。


燈瑩(オメェ)は何か聞いてねぇか?」

「んー、どこかのマフィアが絡んでるって話は知らないな…12Kも大元(おおもと)は正直関わってないんじゃない?ほんとに下っ端の人間が名乗って大きい顔してるだけで」


12Kまでの規模のグループになれば、実際こんなくだらない真似はしないはずだ。九龍が治外法権とはいえ裏社会の繋がりは地域を越えて香港、澳門(マカオ)、果ては中国にまで及ぶ。九龍城砦(このなか)だけの問題ではない、大組織ほどその辺りには気を遣っている。


「だったらそいつら最終的には澳門(マカオ)に戻る気ねぇのかもな。トラブル持って帰ってきたら12Kにボコられんだろ」

「せやったらどないする気なん」

「さぁ?大連(ダイレン)あたりに高飛()ぶんじゃね?」

「パイプあるんかな」

「女流して作るんだろ」

「え、僕の仲間を売るってことですか?」


(マオ)(カムラ)のラリーに(レン)が割って入る。


「そうなるかもな」

「せやな」

「嫌ですそんなの!!」


2人に同時に頷かれ、みるみる顔をクシャクシャにして泣き出す(レン)燈瑩(トウエイ)が、まだそうとは決まってないからとフォローを入れた。


「せやけどこの店、開ける(たんび)に女の子ら入れ替わっとんのは事実やな」

「あ?もう売っ払ってるっつうことかよ」


(カムラ)の発言に眉を上げる(マオ)(レン)の悲鳴。


「うわ、うるっせぇな…んなレベル(たけ)ぇの(おまえ)の店の女?」

「えっと…すごい華やかとか美人とかじゃないですけど、みんな素朴で良い子です…」

「じゃ大丈夫だろ。ニーズと(ちげ)ぇよ今は」


今回は皇家(ロイヤル)という店名だが、とにかく前店も前々店もキャストのレベルの高さを売りにしている。荒稼ぎするのにスタッフの顔がいいのは必須条件、けれど店を閉める度に入れ替え(・・・・)があるならボるため以外の理由も見える…つまり利用後どこかへ売り飛ばしているのでは。


(レン)の元同僚達がトップクラスのルックスで無いなら、需要が違うので売買されている可能性は低い。長く使える目立たないスタッフというのも大切だ、それに澳門(マカオ)からわざわざ連れてきたなら客寄せ用ではなく店を回す用の従業員。手放してしまっては逆に不利益、新人にイチから教え込むのは手間である。したがって、入れ替える(・・・・・)のは九龍で(つま)んだ見栄えのいい女達、ということ。



しかしなんにせよ‘今のところは’という但し書きがつく。



(マオ)はパイプで(レン)を指して言った。


「ま、内部(なか)見てみねぇとわかんねぇから。(おまえ)皇家(ロイヤル)行ってこい」

「行ってこいって…何をすれば…」

「顔見知りなんだろ?フツーに久しぶりですって行って、【宵城()】の城主()と知り合いだってカマせ。食いつくだろ。同郷っつうんじゃなくて前一緒に働いてたとか適当でいいから、仲良いんですってアピールしてこいよ」


(カムラ)の、同郷やったん?という声を無視して(マオ)は続ける。


「【宵城】が一緒に仕事(・・)したがってるつって約束取り付けろ。皇家(ロイヤル)に入れるようにな」

「そしたら(みんな)の事助けられますか…!?」

「わかんねぇよ、やってみねぇと」


言いながら(マオ)は着物の裾に縋り付く(レン)を鬱陶しそうに向こうへ押しやった。(レン)は離れなかったが。


「もう今日行ったほうがいいですかね!?」

「やめとけ週末は、混むから。月曜にしろ」

「じゃ買い物する?歯ブラシとか()るし」


息巻く(レン)(マオ)が止めると、(イツキ)が横から声を掛けた。【東風】に泊まるにあたり必要な物を揃えに行くかという提案。


(アズマ)、簡易ベッド出しといて」

「ナチュラルに住むことになってるな」

(アズマ)しゃんお願いしましゅっ!!」

「噛み噛みだな(おまえ)


(イツキ)(レン)の言葉にツッコんだもののオーケーを出し、(アズマ)は何やら話している2人を眺め思う…【東風】のメンバーも仲は良いけど代わり映えしないもんな。(イツキ)、同い年くらいの友達が新しく増えて嬉しいのかな。


(マオ)(アズマ)を見やりククッと笑って呟く。


「オメェ、速攻でポジション()られたな」

「うるさいよ」


答える(アズマ)は、うっすら涙目だった。

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