噂話と仲介屋・後
幽霊騒動２
大地がビクッと肩を震わせ猫の袖を掴む。
赤ん坊の泣き声は止むことはなく、どんどん大きくなっているように感じる。反響しているせいで出処の特定がしづらいが…どうやら扉のそば、放置されてボロボロになった木棚の裏あたりからのようだ。
猫がズンズンと近付いていく。その腕を握り締めながら大地もついていった。
シュッとライターを擦り、影になった部分を猫が照らす。そこに居たのは。
「…猫だな」
まるまる肥えた、太っちょの猫。
なんか見たことあんな？もしやこいつ…ふと思い出し、猫は眉根を寄せる。ライターを大地に渡すと猫を持ち上げた。重い。
「え？この子が鳴いてたってこと？」
「だろ。ガタガタやってたのも、欲求不満で暴れてたんじゃねぇの」
驚く大地に、こんだけ重きゃ力ありそうだもんなと答えつつ猫は猫を羽織の袖で包むように抱きかかえる。
なんのことはない、オバケの正体とは１匹の野良猫だったのだ。
発情期の猫の鳴き声は人間の赤ちゃんに似ている。それを耳にした子どもたちが騒ぎ出し、この廃墟の雰囲気や謎の音、見えない姿などから話が大きくなったのだろう。
「行くか、大地」
「どこに？」
「ユーレー嫌いの家だよ。多分知り合いだぜこの猫」
颯爽と歩き出す猫。大地は首をかしげたが、頷いて廃墟を後にした。
「おらァ眼鏡！！幽霊連れてきたぜ！！」
言葉と共に【東風】の扉を開けた猫に、東がギャァと悲鳴を上げる。
「何！？なんで！？何連れてきたの！？」
背後に隠れようとする東を樹はスッと身体を翻して躱し、あれ？と猫に歩み寄る。
「その子、運び屋じゃない？」
かつて【宵城】の従業員だった女性が飼っていた猫。散歩がてらにドラッグの運搬を手伝わされていたようだが…あの時につけていた太い首輪は無くなっていた。
「運び屋やめたんだね、お前」
樹が頭を撫でると猫はゴロゴロと喉を鳴らした。あれから九龍でどう暮らしていたのだろうか。とりあえず、元気そうで良かった。
「腹とか減ってんのかな？何か食うかな？」
そう言いながら、幽霊ではないとわかり安心した東も寄ってきて手を伸ばしたが──光の速さで猫パンチを食らう。
「痛って！！またかよ！！」
またしても出血。自分だけ懐かれないことを嘆く東をよそに、樹は猫におやつの月餅をわけてあげた。
そこへ仕事を終えた上と燈瑩が顔を出す。
「んっなんや？猫？」
「あ、上！今日ねぇ…」
大地が寺子屋での噂話から猫捕獲までの流れを話す。友人たちの頭を悩ませていた騒動を解決出来てとても満足そうだ。
その様子を見ていた樹が口を開く。
「大地、仲介屋やれば？」
仲介屋。依頼人から問題を引き受け、解決出来る人間に中継する仕事。
「え！？駄目やろそない危ないこと！！」
「周りの困りごと解決するくらいならいいじゃん。俺が依頼引き受けるし」
上が焦ったが、身近で起こる事件程度ならそこまで危険もないだろう。紹介する相手もさしあたり【東風】の面々に限定しておけばいい。
「でも依頼料とか…」
「無くていい。大地が大きくなって、色んな人から仕事受けられるようになったら貰う」
「なら俺も引き受けようか？」
大地の周囲の人間は基本寺子屋の友達、要は子供だ。払うお金を持ってはいない。
それをわかっている樹が今は無料でかまわないと言うと、燈瑩も横で頷いて微笑む。
「じゃ俺は女の子の依頼人限定でヨロシク」
「上、早く麻薬取締官呼べ。この眼鏡出るとこ出りゃ10年は懲役るぞ」
「やめてぇ！？」
キザな表情でキメた東を心底鬱陶しそうな顔で見た猫の言葉に、東は前言撤回し慌てて首をブンブン振った。
「みんなぁ…」
一同の申し出に大地が目を潤ませる。自分もいずれは何かをしたいという気持ちを汲んで、一歩を踏み出す手助けをしてくれる皆の優しさが嬉しかった。
不安げにしていた上も、身の回りの依頼のみ、そして【東風】のメンバーが協力してくれるならといくらか納得したような素振りを見せている。
「まずはこの猫の飼い主募集とか」
「ん？樹、誰からの依頼になるんそれ」
「東」
「俺なの？」
「猫、店の娘達とか当たってみてよ」
「燈瑩も探せよ顔広ぇんだから。つうか眼鏡早く払え依頼料の１万香港ドル」
「高っ！！いらないんじゃなかったの！？」
「ありがとう東！」
「おおきに」
「待ちなさい大地！！上！！」
ワイワイガヤガヤと騒がしい【東風】店内。
その片隅で、小さな‘仲介屋’は誕生した。
