ドーピングとプラシーボ
光輝燦然11
「どうして…どうしてなの…」
昼下り、【東風】店内。
朝からずっと東が泣き喚いている。
「俺に一言いってくれても良かったのに…」
「サイン貰ってきたじゃん」
「それは嬉しいんだけどぉ…でもそうじゃなくて…いや嬉しいんだけど、でもぉ…」
樹の慰めを肯定したり否定したりする東。面倒な男である。
結局最後まで今回の依頼人が陽だということを知らされず、サインは手に入れたものの尊顔を拝むことが出来なかった東は涙に暮れた。しかも、なにやら上が陽とイイ感じになったというではないか。一体全体どういうことなのか。
「おはよーさん」
「上ぁ!!!!くたばれぇ!!!!」
「なんでなん」
扉を開けて入ってきた上に東が悪言を吐く。樹が自分の横の椅子を引くと上はすまんなと言って座り、テイクアウェイのおやつをテーブルに広げた。
茶餐廳の西多士や蛋撻、どれもこれもホカホカの出来たて。早速それらをモキュモキュと食べながら、樹は上に質問する。
「陽ほは上手くいっへるの?」
「あー…せやね…今度、飯食いに行く」
「ギィャアァァアア!!!!」
「うっさいなもう!!」
甲高い悲鳴を上げる東を、若干照れたような表情をした上が睨みつけた。
樹は良かったねと答えて、テーブルの下でこっそり大地にメールを送信。
〈冇問題〉
〈好嘢!〉
秒で返信がきた。
上は家でこの話をあまりしないらしい。
樹は、恋人が出来ればそちらに意識が向けられ自分への過保護さもいくらかマシになるのでは?と考えた大地に、どうなってるのか聞いてみて!と頼まれていたのである。
確かに、子──ではないが──離れするいい機会かも知れないな…などと思いつつ上に気付かれる前に携帯を閉じた樹は、呪詛を吐き続ける東にそういえばお茶まだある?と訊ねた。東が眉を上げる。
「お茶?どの?」
「特製ハーブバッグ」
「あぁ!どうだった?」
「粉末が多くて目眩ましに適してた」
「予想の斜め上のレビュー来たな」
「それ俺の感想やんか」
横から口を挟む上に東は不思議そうな顔をする。上に渡した覚えはないのだが…樹と一緒に飲んだのか?
上が関心した様子で言った。
「アレめちゃくちゃ効くやん、なんや身体も軽なった気ぃするし」
「え?もしかして樹2袋持ってった?」
東の問いに首を縦に振る樹。そこで、東は思い当たる事があったけれど黙っておいた。
「ちゅうか俺、また試合出よかと思てん。頑張ってみよかなって」
「試合って地下格闘技の?」
意外な上の宣言に樹が驚くと、上ははにかんだ笑顔を見せた。
「いや、ちょっとだけイケるかもせんって。イケんくてもまぁ…やる価値はあるやろ」
「そっか。いいじゃん」
頷き、頑張れと励ます樹。
しかし東は知っていた。上が成長だと思ったソレは────薬物のせいだという事を。
薬の作用によって身体能力が上がっていたのだ。俗に言うドーピング。
合法と違法を一袋ずつ制作しており、樹へと渡したのはもちろん合法。違法の方はどこかにしまい込んだかと思っていたが、樹が上にもあげようと戸棚から拝借していたのか。
「やからさ、俺にもまたあのお茶くれへん?元気出んねん。東もええもん作るなぁ」
「ん?うん…いいけど…」
真面目な上に非合法のブツを渡すつもりは全くなかった東は内心困った。次回は普通のお茶を準備する予定だが、それだとなんの効力もありはしない。
でも盛り上がっているところに水を差すのもよくないしな。効果がなくてもそれはそれ。そう考えた東は楽しそうに声を弾ませる上を何も言わず眺めた。
テレビからCMが流れる。画面の中で笑う、見知った少女。
《疲れた時に、ホッと一息!いつもあなたのお側に…鴛鴦茶♡》
────後日。
合法ハーブバッグのほうなのにも関わらず、プラシーボ効果と陽の応援も相まってめちゃくちゃにイイ試合をした上が、 ‘紅の上’ と二つ名を付けられるのはまた別の話である。




