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九龍懐古  作者: カロン
光輝燦然・下
90/492

ドーピングとプラシーボ

光輝燦然11






「どうして…どうしてなの…」


昼下り、【東風】店内。

朝からずっと(アズマ)が泣き喚いている。


「俺に一言(ひとこと)いってくれても良かったのに…」

「サイン貰ってきたじゃん」

「それは嬉しいんだけどぉ…でもそうじゃなくて…いや嬉しいんだけど、でもぉ…」


(イツキ)の慰めを肯定したり否定したりする(アズマ)。面倒な男である。


結局最後まで今回の依頼人が(ヨウ)だということを知らされず、サインは手に入れたものの尊顔を拝むことが出来なかった(アズマ)は涙に暮れた。しかも、なにやら(カムラ)(ヨウ)とイイ感じになったというではないか。一体全体どういうことなのか。


「おはよーさん」

(カムラ)ぁ!!!!くたばれぇ!!!!」

「なんでなん」


扉を開けて入ってきた(カムラ)(アズマ)が悪言を吐く。(イツキ)が自分の横の椅子を引くと(カムラ)はすまんなと言って座り、テイクアウェイのおやつをテーブルに広げた。

茶餐廳(チャーチャンテーン)西多士(フレンチトースト)蛋撻(エッグタルト)、どれもこれもホカホカの出来たて。早速それらをモキュモキュと食べながら、(イツキ)(カムラ)に質問する。


(ヨウ)()は上手くいっ()るの?」

「あー…せやね…今度、飯食いに行く」

「ギィャアァァアア!!!!」

「うっさいなもう!!」


甲高い悲鳴を上げる(アズマ)を、若干照れたような表情をした(カムラ)が睨みつけた。

(イツキ)は良かったねと答えて、テーブルの下でこっそり大地(ダイチ)にメールを送信。


冇問題(もんだいない)

好嘢(やった)!〉


秒で返信がきた。


(カムラ)は家でこの話をあまりしないらしい。

(イツキ)は、恋人が出来ればそちらに意識が向けられ自分への過保護さもいくらかマシになるのでは?と考えた大地(ダイチ)に、どうなってるのか聞いてみて!と頼まれていたのである。


確かに、子──ではないが──離れするいい機会かも知れないな…などと思いつつ(カムラ)に気付かれる前に携帯を閉じた(イツキ)は、呪詛(じゅそ)を吐き続ける(アズマ)にそういえばお茶まだある?と訊ねた。(アズマ)が眉を上げる。


「お茶?どの?」

「特製ハーブバッグ」

「あぁ!どうだった?」

「粉末が多くて目眩(めくら)ましに適してた」

「予想の斜め上のレビュー来たな」

「それ俺の感想やんか」


横から口を挟む(カムラ)(アズマ)は不思議そうな顔をする。(カムラ)に渡した覚えはないのだが…(イツキ)と一緒に飲んだのか?


(カムラ)が関心した様子で言った。


「アレめちゃくちゃ効くやん、なんや身体も軽なった気ぃするし」

「え?もしかして(イツキ)2袋持ってった?」


(アズマ)の問いに首を縦に振る(イツキ)。そこで、(アズマ)は思い当たる事があったけれど黙っておいた。


「ちゅうか俺、また試合出よかと(おも)てん。頑張ってみよかなって」

「試合って地下格闘技の?」


意外な(カムラ)の宣言に(イツキ)が驚くと、(カムラ)ははにかんだ笑顔を見せた。


「いや、ちょっとだけイケるかもせんって。イケんくてもまぁ…やる価値はあるやろ」

「そっか。いいじゃん」


頷き、頑張れと励ます(イツキ)


しかし(アズマ)は知っていた。(カムラ)が成長だと思ったソレは────薬物(ドラッグ)のせいだという事を。

薬の作用によって身体能力が上がっていたのだ。俗に言うドーピング。

合法と違法を一袋ずつ制作しており、(イツキ)へと渡したのはもちろん合法。違法の方はどこかにしまい込んだかと思っていたが、(イツキ)(カムラ)にもあげようと戸棚から拝借していたのか。


「やからさ、俺にもまたあのお茶くれへん?元気出んねん。(アズマ)もええもん作るなぁ」

「ん?うん…いいけど…」


真面目な(カムラ)に非合法のブツを渡すつもりは全くなかった(アズマ)は内心困った。次回は普通(・・)のお茶を準備する予定だが、それだとなんの効力もありはしない。

でも盛り上がっているところに水を差すのもよくないしな。効果がなくてもそれはそれ。そう考えた(アズマ)は楽しそうに声を弾ませる(カムラ)を何も言わず眺めた。


テレビからCMが流れる。画面の中で笑う、見知った少女。


《疲れた時に、ホッと一息!いつもあなたのお側に…鴛鴦茶♡》








────後日。


合法ハーブバッグのほうなのにも関わらず、プラシーボ効果と(ヨウ)の応援も相まってめちゃくちゃにイイ試合をした(カムラ)が、 ‘(くれない)(カムラ)’ と二つ名を付けられるのはまた別の話である。

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