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九龍懐古  作者: カロン
光輝燦然・下
85/492

アコギとハーブティー

光輝燦然7






1週間ほどが経過した頃、手元にはカードが揃ってきていた。


(カムラ)裏社会(ストリート)や半グレから、燈瑩(トウエイ)がマフィアから持ってきた話を擦り合わせ、五顏六色(カラフル)と繋がりのあるグループを特定。(ヨウ)に関しての依頼を請け負った人間の正体も見えてきた。


五顏六色(カラフル)がどうしてそんな依頼(こと)をしたのか?

そこには表では綺麗な顔をしていた五顏六色(カラフル)が、裏ではAVや風俗店への斡旋(・・)──といえば聞こえはいいが──に手を出しかなりの儲けを得ているという事実が絡んでいた。

金に困っている女優やアイドルの卵、グラビア雑誌のモデルなど、見目麗(みめうるわ)しい女性達は夜の世界へ引く手数多(あまた)。キックバックはもちろん桁違いである。


そちらの稼ぎに目が眩み、裏稼業にばかり精を出すあまり(おもて)の経営が傾いてきてしまった五顏六色(カラフル)は、裏稼業から足を洗う───ということはせず(おもて)のライバルを潰しはじめた。確実に注力の方向性が間違っている。


アイドル事務所がアイドルを裏に売り捌いてばかりいれば、他の会社に圧されることは当たり前…自業自得もいいところ。

だかあの爽やかな五顏六色(カラフル)の若社長、調べてみたら以前は違う顔と名前で夜職界隈に居たらしい。

なるほど、だとすればマフィアや水商売との繋がりしかり、‘相手を潰してのし上がる’という発想になるのもわからないこともない。






「アコギな商売してんなぁ」


言いながら、(マオ)がパイプの煙を輪っかにしてポポッと吐き出す。


その日の撮影終わり、(イツキ)(カムラ)燈瑩(トウエイ)の3人は(マオ)(もと)───【宵城】へと集まっていた。


(マオ)五顏六色(カラフル)から九龍城に流れてきてる女の子の情報あったりしない?」

芸能事務所(そういうとこ)から女引っ張ってきてる店はいくつか知ってっけどな…五顏六色(カラフル)かどうかまではわかんねぇよ、まぁカマかけりゃボロ出すんじゃね」


燈瑩(トウエイ)の問いに(マオ)は軽く肩をすくめる。


「どないします?まだ他も探ってみたほうがええですかね」

「いや、事故についての証拠もあるし、もう詰めちゃおうかなって。俺と(マオ)で明日五顏六色(カラフル)行ってくるよ」

「え?(マオ)も?」


その燈瑩(トウエイ)の返答に(カムラ)は目を丸くした。

面倒事には首を突っ込まない(マオ)が…珍しい。花街や自分の仕事に関係しているからだろうか?


明らかに不思議、というか理由を知りたそうな顔をしている(カムラ)(イツキ)を見て、(マオ)はチッと舌打ちをすると言った。


「俺も【酔蝶】のオーナーと知り合いなんだよ。昔色々あってな」


(カムラ)は黙っていたが、その色々が気になると隠さず顔に出す(イツキ)(マオ)はもう一度舌打ちをして説明をした。


オーナー(あいつ)が【酔蝶】畳んだ時に、行き場が無かった店の女全員【宵城(ウチ)】で引き取ったんだよ。感謝はされたがそんときゃまだウチも小せぇ店だったからな…【酔蝶】の女たちに勢いつけてもらった部分がある。お互いに借りがあんだわ」


燈瑩(トウエイ)(マオ)はその頃知り合ったとのことで、(マオ)(ユエ)(ヨウ)のことも知っているらしかった。


オーナー(あいつ)は今表で頑張ってるしよ、裏の事は九龍(こっち)の人間がやっといてやろうっつー話」


そう面倒くさそうに吐き捨てる(マオ)だが、態度と行動は裏腹だ。やはり義理人情に厚い。


「だから明日は撮影に行けないんだけど…(ヨウ)のこと、任せてもいいかな?」


お願い、と手を合わせる燈瑩(トウエイ)(イツキ)(カムラ)は頷く。


これで事態はどう動くのか。五顏六色(カラフル)としても、マフィアや裏稼業からは足を洗わないにしろ芸能界自体には残りたいはず。(ヨウ)からは大人しく手を引いてくれれば良いのだが。


九龍でのショートフィルムの撮影も終盤に差し掛かっていた。裏も表も、いよいよ大詰めといったところ。


少し身体を強張らせる(カムラ)の肩を燈瑩(トウエイ)がポンと叩く。(イツキ)も軽くトンと小突いた。(マオ)も寄ってきて、バシッと力の限り背中を平手で打つ。紅葉(もみじ)が咲いた。


「いや痛いわそれは!!」

「あ?緊張ほぐしてやってんだろが」

「やり方あるやろ!!前の2人見習ってもろて!!」

「んなもん人それぞれだっつーの」


半ベソで文句を言う(カムラ)(マオ)はカカッと笑う。


やむことのない花街の喧騒の中、期待と不安を募らせながら、九龍の夜はふけていった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






次の日、朝の撮影現場。


燈瑩(トウエイ)が抜けたので午前中も持ち回りを担当している(イツキ)が、寝ぼけ眼でなにやら袋をクンクン嗅いでいる。(カムラ)は横から声を掛けた。


「なんなんそれ」

(アズマ)特製ハーブバッグ…」

「違法?」

「じゃないやつ…」


(イツキ)は、普通のお茶だから溶かして飲めるよと言いながら巾着の中身を水のペットボトルに適当に入れた。ガシャガシャ振って(カムラ)に手渡す。


「はい」

「ホンマ平気なん?」

「へーき」


(イツキ)の太鼓判が押された。なら大丈夫か…(アズマ)でも…?そう思い(カムラ)はおそるおそる一口飲んでみる。

────意外に美味しい。いや、(アズマ)の薬師としての経験値と料理の腕を考えれば意外でもないか。


「スースーして目が覚めるって」

「ん…せやな。美味いし」


(カムラ)が気に入った素振りを見せたので、じゃあ、と(イツキ)は小袋ごと(カムラ)にパスをした。


「え?(もろ)てええの?」

「うん、それ(カムラ)の分で持ってきたから。前に鴛鴦茶(ユンヨンチャー)奪っちゃったお詫び」

「そんなんかまへんのに…律儀やな」


ちゅうか、(アズマ)もたまにはええもん作るやん。そう考えつつ(カムラ)は胸ポケットに可愛らしい巾着をしまった。


それからしばらく撮影を眺める。


昼過ぎには燈瑩(トウエイ)(マオ)五顏六色(カラフル)へと話を付けに行く算段だ。

何事もなく、(とどこお)りなく終わればいいが…。ソワソワしている(カムラ)を見て、(イツキ)がフッと右手を振り上げその背中に狙いをつける。

それを視界の隅に認めた(カムラ)は声を張った。


「やらんでええ!!大丈夫やから!!」


ピタッと(イツキ)の動作が止まり、ふりかぶった腕は元の位置へと帰っていく。

(イツキ)に悪気はない、肩肘張った様子の(カムラ)を励まそうとしたのみ。ただ(マオ)がやっていたのを見て、そういうもんかなと思い真似をしようとしただけである。


(イツキ)

「ん?」

「…ありがとうな」


紅葉をまぬがれた(カムラ)(イツキ)に礼を言う。

(イツキ)の心遣いもそうなのだが、その平手打ちを寸手で回避できた動体視力と判断力に(カムラ)は嬉しくなったのだ。今までだったら確実に食らっていた。


え、なんや、俺もちょっとはやれるようになったんちゃうん?


そう内心ワクワクしている(カムラ)の手の中で──ペットボトルに入った(アズマ)特製ハーブティーが、怪しげにユラユラと揺れていた。

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