決意と急上昇
光輝燦然6
あくる日から3人は、撮影中にはそれとなく時間を分担して陽を見守ることにした。
基本的に朝はスケジュールの調整も兼ねて燈瑩、昼頃からは眠気が覚めてきた樹、夕方以降はお世話係の上。
件の事故からあと危ない場面もなく、撮影は順調に進んでいた。
数日が過ぎ、だんだんと五顏六色と黒社会の関係が浮き彫りに。上が寝る間も惜しんで情報収集にいそしんだ成果でもある。
それを基盤に燈瑩はマフィア関係の人物のもとに足を運ぶ機会が多くなり、度々撮影から抜ける事が増えた。
その日も昼過ぎに姿を消した燈瑩と交代し樹が陽の警護をしていたが…夕方、上へとかわった際に事件は起こる。
「なにかあったの?」
廃屋での撮影準備中。僅かにピリついている空気を感じ取ったのか、陽が上の顔を下からジッと覗き込んできた。
「え?な、なんもあらへんよ」
「嘘。また燈瑩君居ないし」
ドキリとした上は若干噛んだ。陽は引きさがらず、問い詰めるような顔で上を見続ける。
どうして自分に聞いてくるんだと上は思ったが、そこには陽なりの理由がある。
樹は無表情だし燈瑩は掴み所のない笑顔、何か隠し事を聞き出そうとしたときに1番わかりやすいのは多分上だと判断したからで、そしてそれは概ね正解だった。
返答に困る上。なるべくなら、陽に余計な心配をかけたくない。
「私だけ蚊帳の外ね。何か問題があったら共有するのがチームじゃないの?」
陽はフゥとため息をつく。尤もな言い分。
しかし上としても隠している訳ではなく、言い出すタイミングを見計らってはいたのだ。
このまま陽には知られずに、平和に撮影が終わってくれればそれはそれでとの考えもあったけれど…こうなってしまっては難しそうな気配がする。
窮地に陥り周りを見回すと、マネージャーも樹も‘上に任せる’といった顔をしていた。
そんな大役任せんといて?上は内心で弱音を吐いたが、仕方がないと腹を括る。
「……わかった、話す。実はな───」
と、突然ドォン!!という大きな音がし砂埃が舞った。上はとっさに陽を庇うも、身体が軽くなった様な感覚に違和感をおぼえる。
「ん?うわっ!?」
気が付いた時には重力に任せて落下しており上は叫んだ。
マズいマズいマズい、陽を守らないと陽を守らないと────…
ドスンッ!!!!
「きゃぁっ」
「ぐぇっ」
陽と上の悲鳴が同時に響く。短い静寂。慌てて上半身を起こした陽が焦った声を出す。
「上君大丈夫!?」
「だ…だいじょぶ…俺はええから…」
途切れ途切れに答えつつ、仰向けの上は自分の上に乗っかっている陽の姿を確認。怪我は無さそう。ホッと胸を撫で下ろし首を回してあたりを見る。地下の空きスペースか?
轟音は何かが爆発した音だったようだ。その衝撃からは陽を守ったが、振動で耐久性の無かったらしい床が抜けてしまい上が下敷きになる格好で階下に着地したのだった。
随分と落ちた気がしたが、見上げた先のもと居た場所はフロアひとつ分、ほんの数メートル上の高さ。
良かったこんな程度で。上手く庇うことができた、何十メートルもあったら守りきれなかっただろう。そう思い上は安堵の息を吐く。
「上君、私のせいで…」
「いや…陽さんのせいやないよ…」
横へと身体をズラした陽に起き上がるのを手伝ってもらいながら上は苦笑いする。
地上にあがったのち、陽は大事を取って一度病院へ。上も怪我を診てもらってはどうかとスタッフに聞かれ、樹と共に陽に同行する事にした。
「ごめん上、間に合わなかった」
謝る樹に上は首を振り、いつも頼ってばっかやしゃーない、俺も身体張らんとと笑った。
落ちた際に打った背中が実はめちゃくちゃズキズキしているのは内緒だ。
爆発の直後樹は周囲を飛び回り不審な人物がいないか調べたが、それらしき人影は見当たらず。爆弾の残骸は視認出来たので写真を撮って燈瑩に連絡を入れておいてくれたとのこと。
病院に着き、気休めの湿布を戴いた上は陽の病室へと向かった。今日の撮影は中断し1日休んで明日からまた再開する運びだ。
上が扉をノックするとマネージャーが顔を覗かせ、樹に手招きされて廊下へと出て行く。入れ替わりに部屋へ入った上はベッドに腰掛ける陽の傍へと歩み寄った。
「陽さん、ケガあらへんかった?」
「うん。お医者様は大袈裟だったけどね」
2人で笑うと、一呼吸おいて上は爆発前の陽の質問に答えはじめた。
ライバル会社が陽を狙っているらしいこと、先日の事故も故意だろうということ、真相を突き止める為に自分達が動いていること、ピリついて見えたのはそのせいだということ。陽は黙って聞いていた。
「でも、俺らが絶対守ったるから」
話し終えた後、上が陽の目を見て言うと陽もまた凛とした表情で上を見詰め返し頷く。怯えるでもなく嘆くでもなく、何か決意を新たにした様子。その瞳には変わらず光が宿っている。
─────強い女性だな、と上は思った。
「上君、ごめんね」
「え?」
「助けてくれて。いくらお仕事だって言ったって大変でしょう」
「あ、いやええんよそれは…」
申し訳無さそうな笑顔の陽に、上は迷ったが、自分の話をすることにした。
藤の事だ。
数ヶ月前に友人を亡くしてしまった。どうしようもない事態だったが、自分の力不足だという面が大いにあった。助けたかったその命は指の間をすり抜けてしまい、不甲斐なくてやり切れなくて涙が出た。
そして誓ったのだ、次は必ずその手を掴むと。あれから成長出来たかどうかはわからないけれど今度こそは護りたいのだと。
燈瑩との関係も少しだけ口にした。出会った時からこれまで、その背中を追うばかりなこと。どうにか恩を返して力になりたいと思っていること。
月についてはもちろん伏せておいた。妹だと知っているから護りたいと思っているというのもあったけれど…それは自分が語る事じゃない。
「まぁ、せやから陽さんが気にせんでええんて。なんかもう俺の問題やねん」
表情を崩し笑う上。陽はその手をそっと握って言った。
「話してくれてありがとう、上君」
真っ直ぐな視線に上はたじろぐ。なにもせずとも心拍数が急上昇しているのに、手まで握られ顔が真っ赤になっているのが自分でもわかった。
「私ね、孤児院で育ったのよ。悔しい思いもいっぱいしてきた…だけど周りの人達に沢山支えてもらってここまで来れたの。みんなになにか返したい、っていつも思ってる。私ももっと頑張るね」
噛みしめるような陽の言葉には揺るぎのない意志がこめられている。
その眼差しに、上も何か心の底から湧き上がる力を感じた。
「この撮影も、最後までやり通す。迷惑かけちゃうけど頼りにしてるね」
「迷惑やないよ。陽なら絶対出来る」
昂ぶる想いに気を取られつい呼び捨てにしてしまい上は動揺したが、陽は大輪の華のような笑顔を咲かせた。
樹と互いに状況説明をしたマネージャーが戻ってきて、上は部屋を出る。無駄な動揺を広げないために、この騒動はさしあたり ‘ガス漏れ’ が原因だとしておくらしい。
廊下で一息つく上に燈瑩からの電話。
「爆弾の写真見た感じ、既製品の安いやつっぽいかな…輸入ルートあたってみるよ」
「爆発の威力自体は強なかったですからね、床がボロいから抜けてもうただけで」
「殺すつもりじゃないはずだから妥当だと思うけど…ごめんね、こんな時に居なくて…」
樹と陽に続き燈瑩にも謝られてしまった。誰も彼も自分より人の心配をするのだ、九龍の裏社会の人間とは思えないほど───まぁ陽は香港の表社会なのだが、とにかく。
そしてまた、気にかけさせてしまう己の力の無さを情けなく感じる上もいた。
「燈瑩さんは色々動いてくれとるやないですか。俺も、俺に出来ること精一杯やらしてもらいますよ」
ダサくてもカッコ悪くても、やる価値が無い訳ではない。きっと何かの役には立てる。
その台詞に礼を言う燈瑩に、別にお礼を言われることではない、そんなもの当然だし自分自身の為でもあるから…などと真面目に切り返す上。しばし問答が続く。
数分後、上が通話を終えて振り返ると陽が壁際から覗き込んでいた。足早に上へと近寄り、その頬を初めて会った時のようにプニッとつまむ。
「カッコ良いじゃん」
「へっ!?あ…お、おおきに…」
上の声が裏返った。相変わらず真っ赤になった顔としどろもどろな返答で全く格好はついていなかったが、そんな上を見やり、陽は満足そうにニッコリ微笑んだ。




