五顏六色と謎の小袋
光輝燦然5
それから【酔蝶】のオーナーは店を畳み、陽の居る孤児院へと素性を隠して転職した。そのオーナーを通し、燈瑩は月と同じく名乗りはせずに陽へ仕送りをしていたとの事。
陽と二人三脚でやってきて保護者代わりでもあるマネージャーは全てを知っており、燈瑩と仲が良いのはそのせいだった。
「ごめんね、聞いてもらっちゃって。陽には内緒にしておいてくれると助か…うわっ」
振り返った上の妖怪のような泣き顔に、燈瑩はビクッと肩を震わせる。
「と、燈瑩ざぁん…ずんまぜっ、俺…なんも知らんでぇ…」
「泣かないでよ、上が知らなかったんじゃなくて俺が話してなかっただけだし」
えぐえぐと涙を流す上の背中をさする燈瑩。
これで燈瑩の視線の意味やマネージャーとの関係、ついでに頬の傷の理由まで全ての謎が解けた。
長かった髪を数年前にバッサリ切ったのも、陽の独り立ちを見届けて自分の役目が一旦終了したという区切りだったからだろう。
「月さんの事があったすぐあとやのに…俺達兄弟を助けてくれて…」
「いや、助けられたのは俺の方だから。助けさせてくれて本当に助かった」
なんかわかりづらいね、と燈瑩は笑う。
けれど言わんとしている内容は伝わったので、上は鼻をすすりつつ頷いた。
燈瑩は月を救えなかったことを悔いていて、そこに現れた上と大地を今度こそは救いたかった。
月の替わりなどというわけでは勿論無い。だが2人の存在、そして誰かに手を差し伸べ力になれたことがあの時の燈瑩を助けたのは事実だった。
俺は上からも大地からも、色んな物をもらってる。だからこれからも俺を支えてよ────そう燈瑩は言っていた。
これまで上はその真意がわからなかったが、今ならわかる。
「あれっ燈瑩君、上君泣かせてるの?」
テイクの合間、小休憩を取ろうと裏手へ歩いてきた陽が驚いた声をあげた。
「陽ざんっ…アンタん事は、何があっても俺が絶対守ったるからな…!!」
「やだ、どうしたの」
振り返った上の妖怪のような泣き顔に、陽はビクッと肩を震わせる。
「陽さん、メイク直しいいですか?こちらにお願いします」
「あっ!はぁい!」
メイク係に呼ばれて、陽は行ってくるねと言い残しワゴン車の中へと消えた。
それを確認すると燈瑩が声のトーンを落として再び話し始める。
「本題なんだけど…上、五顏六色って事務所知ってるかな」
「五顏六色?あ、アイドルグループとかよう出しとる清楚系なとこですよね」
「うん。で、陽の事務所とライバル関係で陽を引退させたがってるって噂がある」
「引退?どうやって…」
「‘マフィアとの繋がりを使って’みたい」
「あの品行方正を売りにしとる会社が?」
上は目を丸くした。
華やかな世界と裏社会との縁は切っても切れない物だ。そんな中でもブラックな事は全く無く、笑顔とハートで勝負します…等と売り出していた爽やかな五顏六色の若社長。
テレビにもたびたび出演していて、その信念を熱く語る姿勢は好感が持てたが。
「あの竹の足場のロープ…細工された跡があった。手を貸してる人間がいそうだね」
燈瑩の言葉に、上は朝の場面を思い返す。なにかを確認していたのはこれだったのか。
社長が直接工作をしに表に出てくることはまず無いはずだ、おそらく裏社会の繋がりへ‘陽を引退させてほしい’旨の依頼をかけ、それを受けた何者かが動いている。
さすがに殺してくれなどといった最終手段ではなく、事故に見せ掛けた復帰出来ない程度の怪我でも頼んだのだろうというところ。
だとしても十二分に物騒ではあるけれど。
「ちょっと調べ物、頼まれてくれる?」
「任して下さい」
燈瑩の言葉に上は胸を叩くジェスチャーをし、なるほどと納得する。
東じゃない理由はここにもあった。警護要員としての樹と、情報屋としての上。
「何もなければいいと思ってたんだけど…」
ごめんね、最初に伝えておくべきだった。
そう謝る燈瑩に上は頭を横にブンブン振る。
「なんも起こらんかったら話す必要なかったんやし。俺こそ立ち入った話聞いてもうて」
「そんなことないよ。俺も…」
燈瑩はフウッと煙を吹いて遠くを見詰めた。
「ちゃんと話さないとね。樹みたいに」
自分に言い聞かせるように呟く。今はみんなが家族だからと、隠さず過去を語った樹。燈瑩はその姿に少し感銘を受けていた。
「別に話さなくてもいいと思う」
いつの間にか後ろで話を聞いていたらしい樹が顔を出す。
「燈瑩の過去は燈瑩の物だし。それに俺は俺1人だけの問題だったけどそっちは何か違うみたいだし」
話したくなったらでいいんじゃない?話さなくても過去がどうでも燈瑩は燈瑩だよ、ねぇ上?と樹は鴛鴦茶を啜る。
樹がみんなに過去を話した時に上が言った台詞。上は頭を、今度は縦にブンブン振る。
その仕草に口元を押さえつつ、燈瑩はありがとうと柔らかく微笑んだ。
撮影は順調に進み、夕方頃に終了し解散の声がかかる。香港島へと帰っていく陽の車を眺めて一同はとりあえず一安心。
事故に見せかけるにしろなんにしろ、やるなら無法地帯で治外法権‘九龍城砦’の方が都合がいいはずだ。城外に戻ればひとまず危険は回避できるだろう。
帰り際、3人は陽に内緒でマネージャーへと軽く事情を説明した。だが五顏六色については以前から良くない噂があったらしく、話の内容を聞いたマネージャーは逆に納得した様子だった。
撮影の方は、現時点ではまだ五顏六色やマフィアとの関連性がハッキリしない事、陽は性格的に一度引き受けた仕事は絶対に途中で投げ出さない事から、様子を見ながら慎重に続行させる意向。
樹と燈瑩、上も同時進行で裏社会や今朝の事件との事実関係を調べておくと約束した。
無論明日以降の警護も継続。暫くは昼も夜も忙しくなりそうだ。
そしてそれぞれ家路についたが樹は今夜も【東風】へ。扉を開けるとすでに良い香り、相変わらず東が夕飯を作っている。
「おかえりー、洗濯物あったら出しといて」
キッチンから東の声が飛んできた。母親ってこんな感じかなぁと樹は思うも、上手くイメージ出来なかったので上に置き換える。…大地の話がよく理解った。
「あら、危機一髪だったのね」
「うん。でさ、何か朝にスッキリ目が覚めるようなお茶とか漢方ない?」
「それは違法」
「じゃないやつ」
夕飯中、樹が今朝の事故について東に話すと、東は薬棚をゴソゴソやって手の平サイズの布製の小袋を出してきた。朱色の巾着に金糸の刺繍で‘福’の文字、旧正月の飾りみたいで可愛らしい。
「なにこれ」
「東特製ハーブバッグ。嗅いでみて」
樹は袋に鼻をつけ軽く吸い込んだ。スウッとする目が覚める香り。中にはドライハーブや茶葉、緑茶粉末が入っているらしい。
水やお湯に混ぜて飲んでもシャキッとしますよお客さん、と違法薬師はニヤリとする。急に危ない植物に思えてくる。
「樹、使ったら感想聞かせてよ。新商品にしようかと思ってるから」
「表の?裏の?」
「両方の」
表の店先へと並べるのは特製ハーブ合法ミックス、裏の路地で流すのは特製ハーブ違法ミックス。東は割と仕事熱心──良い言い方をすれば──で、常に新商品開発に暇がない。
「ありがと。持ってく」
「まいど、これからもご贔屓に」
礼を言う樹に東がシシッと笑う。
そういえば今日上から鴛鴦茶を奪ってしまったな…あとでもう一袋拝借して上にもわけてあげよう…と、樹は小袋をニギニギしつつ思った。




