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九龍懐古  作者: カロン
光輝燦然・下
83/492

五顏六色と謎の小袋

光輝燦然5






それから【酔蝶】のオーナーは店を畳み、(ヨウ)の居る孤児院へと素性を隠して転職した。そのオーナーを通し、燈瑩(トウエイ)(ユエ)と同じく名乗りはせずに(ヨウ)へ仕送りをしていたとの事。

(ヨウ)と二人三脚でやってきて保護者代わりでもあるマネージャーは全てを知っており、燈瑩(トウエイ)と仲が良いのはそのせいだった。




「ごめんね、聞いてもらっちゃって。(ヨウ)には内緒にしておいてくれると助か…うわっ」


振り返った(カムラ)の妖怪のような泣き顔に、燈瑩(トウエイ)はビクッと肩を震わせる。


「と、燈瑩トウエイざぁん…ずんまぜっ、俺…なんも知らんでぇ…」

「泣かないでよ、(カムラ)が知らなかったんじゃなくて俺が話してなかっただけだし」


えぐえぐと涙を流す(カムラ)の背中をさする燈瑩(トウエイ)


これで燈瑩(トウエイ)の視線の意味やマネージャーとの関係、ついでに頬の傷の理由まで全ての謎が解けた。

長かった髪を数年前にバッサリ切ったのも、(ヨウ)の独り立ちを見届けて自分の役目が一旦終了したという区切りだったからだろう。


(ユエ)さんの事があったすぐあとやのに…俺達兄弟(おれら)を助けてくれて…」

「いや、助けられたのは俺の方だから。助けさせてくれて本当に助かった」


なんかわかりづらいね、と燈瑩(トウエイ)は笑う。

けれど言わんとしている内容は伝わったので、(カムラ)は鼻をすすりつつ頷いた。


燈瑩(トウエイ)(ユエ)を救えなかったことを()いていて、そこに現れた(カムラ)大地(ダイチ)を今度こそは救いたかった。

(ユエ)の替わりなどというわけでは勿論無い。だが2人の存在、そして誰かに手を差し伸べ力になれたことがあの時の燈瑩(トウエイ)を助けたのは事実だった。


俺は(カムラ)からも大地(ダイチ)からも、色んな物をもらってる。だからこれからも俺を支えてよ────そう燈瑩(トウエイ)は言っていた。

これまで(カムラ)はその真意がわからなかったが、今ならわかる。


「あれっ燈瑩(トウエイ)君、(カムラ)君泣かせてるの?」


テイクの合間、小休憩を取ろうと裏手へ歩いてきた(ヨウ)が驚いた声をあげた。


(ヨウ)ざんっ…アンタん事は、何があっても俺が絶対守ったるからな…!!」

「やだ、どうしたの」


振り返った(カムラ)の妖怪のような泣き顔に、(ヨウ)はビクッと肩を震わせる。


(ヨウ)さん、メイク直しいいですか?こちらにお願いします」

「あっ!はぁい!」


メイク係に呼ばれて、(ヨウ)は行ってくるねと言い残しワゴン車の中へと消えた。

それを確認すると燈瑩(トウエイ)が声のトーンを落として再び話し始める。


「本題なんだけど…(カムラ)五顏六色(カラフル)って事務所知ってるかな」

五顏六色(カラフル)?あ、アイドルグループとかよう出しとる清楚系なとこですよね」

「うん。で、(ヨウ)の事務所とライバル関係で(ヨウ)を引退させたがってるって噂がある」

「引退?どうやって…」

「‘マフィアとの繋がりを使って’みたい」

「あの品行方正を売りにしとる会社が?」


(カムラ)は目を丸くした。

華やかな世界と裏社会との縁は切っても切れない物だ。そんな中でもブラックな事は全く無く、笑顔とハートで勝負します…等と売り出していた爽やかな五顏六色(カラフル)の若社長。

テレビにもたびたび出演していて、その信念を熱く語る姿勢は好感が持てたが。


「あの竹の足場のロープ…細工された跡があった。手を貸してる人間がいそうだね」


燈瑩(トウエイ)の言葉に、(カムラ)は朝の場面を思い返す。なにかを確認していたのはこれだったのか。


社長が直接工作をしに表に出てくることはまず無いはずだ、おそらく裏社会の繋がりへ‘(ヨウ)を引退させてほしい’旨の依頼をかけ、それを受けた何者かが動いている。

さすがに殺してくれなどといった最終手段ではなく、事故に見せ掛けた復帰出来ない程度の怪我でも頼んだのだろうというところ。

だとしても十二分に物騒ではあるけれど。


「ちょっと調べ物、頼まれてくれる?」

「任して下さい」


燈瑩(トウエイ)の言葉に(カムラ)は胸を叩くジェスチャーをし、なるほどと納得する。

(アズマ)じゃない理由はここにもあった。警護要員としての(イツキ)と、情報屋としての(カムラ)


「何もなければいいと思ってたんだけど…」


ごめんね、最初に伝えておくべきだった。

そう謝る燈瑩(トウエイ)(カムラ)は頭を横にブンブン振る。


「なんも起こらんかったら話す必要なかったんやし。俺こそ立ち入った話聞いてもうて」

「そんなことないよ。俺も…」


燈瑩(トウエイ)はフウッと煙を吹いて遠くを見詰めた。


「ちゃんと話さないとね。(イツキ)みたいに」


自分に言い聞かせるように呟く。今はみんなが家族だからと、隠さず過去を語った(イツキ)燈瑩(トウエイ)はその姿に少し感銘を受けていた。


「別に話さなくてもいいと思う」


いつの間にか後ろで話を聞いていたらしい(イツキ)が顔を出す。


燈瑩(トウエイ)の過去は燈瑩(トウエイ)の物だし。それに俺は俺1人だけの問題だったけどそっちは何か違うみたいだし」


話したくなったらでいいんじゃない?話さなくても過去がどうでも燈瑩(トウエイ)燈瑩(トウエイ)だよ、ねぇ(カムラ)?と(イツキ)鴛鴦茶(ユンヨンチャー)(すす)る。

(イツキ)がみんなに過去を話した時に(カムラ)が言った台詞。(カムラ)は頭を、今度は縦にブンブン振る。


その仕草に口元を押さえつつ、燈瑩(トウエイ)はありがとうと柔らかく微笑んだ。






撮影は順調に進み、夕方頃に終了し解散の声がかかる。香港島へと帰っていく(ヨウ)の車を眺めて一同はとりあえず一安心。

事故に見せかけるにしろなんにしろ、やるなら無法地帯で治外法権‘九龍城砦’の方が都合がいいはずだ。城外(そと)に戻ればひとまず危険は回避できるだろう。


帰り際、3人は(ヨウ)に内緒でマネージャーへと軽く事情を説明した。だが五顏六色(カラフル)については以前から良くない噂があったらしく、話の内容を聞いたマネージャーは逆に納得した様子だった。

撮影の方は、現時点ではまだ五顏六色(カラフル)やマフィアとの関連性がハッキリしない事、(ヨウ)は性格的に一度引き受けた仕事は絶対に途中で投げ出さない事から、様子を見ながら慎重に続行させる意向。

(イツキ)燈瑩(トウエイ)(カムラ)も同時進行で裏社会や今朝の事件との事実関係を調べておくと約束した。

無論明日以降の警護も継続。暫くは昼も夜も忙しくなりそうだ。




そしてそれぞれ家路についたが(イツキ)は今夜も【東風】へ。扉を開けるとすでに良い香り、相変わらず(アズマ)が夕飯を作っている。


「おかえりー、洗濯物あったら出しといて」


キッチンから(アズマ)の声が飛んできた。母親ってこんな感じかなぁと(イツキ)は思うも、上手くイメージ出来なかったので(カムラ)に置き換える。…大地(ダイチ)の話がよく理解(わか)った。



「あら、危機一髪だったのね」

「うん。でさ、何か朝にスッキリ目が覚めるようなお茶とか漢方ない?」

「それは違法」

「じゃないやつ」


夕飯中、(イツキ)が今朝の事故について(アズマ)に話すと、(アズマ)は薬棚をゴソゴソやって手の平サイズの布製の小袋を出してきた。朱色の巾着に金糸の刺繍で‘福’の文字、旧正月の飾りみたいで可愛らしい。


「なにこれ」

(アズマ)特製ハーブバッグ。嗅いでみて」


(イツキ)は袋に鼻をつけ軽く吸い込んだ。スウッとする目が覚める香り。中にはドライハーブや茶葉、緑茶粉末が入っているらしい。

水やお湯に混ぜて飲んでもシャキッとしますよお客さん、と違法薬師はニヤリとする。急に危ない植物に思えてくる。


(イツキ)、使ったら感想聞かせてよ。新商品にしようかと思ってるから」

「表の?裏の?」

「両方の」


表の店先へと並べるのは特製ハーブ合法ミックス、裏の路地で流すのは特製ハーブ違法ミックス。(アズマ)は割と仕事熱心──良い言い方をすれば──で、常に新商品開発に(いとま)がない。


「ありがと。持ってく」

「まいど、これからもご贔屓に」


礼を言う(イツキ)(アズマ)がシシッと笑う。


そういえば今日(カムラ)から鴛鴦茶(ユンヨンチャー)を奪ってしまったな…あとでもう一袋拝借して(カムラ)にもわけてあげよう…と、(イツキ)は小袋をニギニギしつつ思った。

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