忘れ形見とスーブニール
光輝燦然4
「カット!もう一度いきます!」
スタッフの声が路地に反響する。
時刻は正午に差し掛かる頃。長めの休憩を挟んだ後、場所を中流階級区域に移してロケは続行されていた。
トラブルには見舞われたものの幸いなことに負傷者はおらず、メインキャストの陽の体調にもほぼ影響が見られなかったため、スケジュール通りに撮影を進行させることにしたのである。
しかし、場の空気は明らかに変わっていた。
場というより───燈瑩のだ。
端から見れば普段と同じ雰囲気、だが上から見れば全く違う。その変化に気付くくらいには上と燈瑩の付き合いは長かった。
苛立ち…とまではいかないが、ピリピリしている。警戒といったほうが正しいだろうか?
もちろん陽を見詰める視線にもそれは如実に表れていた。まぁ、あんなハプニングがあったから当然といえば当然ではあるけれど。
……気になる。
上はチラチラと横目で燈瑩を見た。気になる。
どうしよう、さっき樹に‘必要やったら話してくれるやろ’なんてカッコつけて言ったばっかりなのに。
さっそく意思の弱さが露呈する。
いや、でももしかしたら今回の仕事に関連しているかも知れない。だとすれば今ここで聞いておくべきなのでは。
そんなん言うて自分、単純に気になってもうてるから聞きたいだけやないん?もう1人の上が頭の中でツッコんでくる。
ちゃうて、俺は先のこと考えて───それも言い訳ちゃうん?───そないなことないてうるさいな───あぁ、もう。
思い切って口を開く。
「燈瑩さん……陽さんと何かあったんです?」
唐突に発せられたその言葉に、紫煙をくゆらす燈瑩がめずらしく動揺を見せた。
「えっ、顔に出てた?」
「めっちゃ」
他人からすれば‘めっちゃ’というほどでもなかったが、上としては普段の燈瑩からは考えられない程度には顔に出ていた。
陽に向けられた優しい視線。今まで見たことがないような、けれど何となく、陽を見ている訳では無いような不思議な感じ。
上は思った事をそのまま話した。
「駄目だね…や、陽とじゃないんだけど…」
上の疑問に燈瑩は困ったように目尻を下げ、深く煙を吸い込んでゆっくりと吐きつつ答える。
「昔の話だよ。上と大地に出会うちょっと前。でも今回のバイトにも関係はあるから」
出会う前といったら10年以上前のことだ。その頃の話は聞いたことがない、上は少し息を呑んだ。
フッといつもの穏やかな表情で燈瑩が笑う。
「…聞く?期待にそえるような話じゃないかも知れないけど」
その言葉に、上はただ黙って頷いた。




