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九龍懐古  作者: カロン
光輝燦然・上
78/492

忘れ形見とスーブニール

光輝燦然4






「カット!もう一度いきます!」


スタッフの声が路地に反響する。


時刻は正午に差し掛かる頃。長めの休憩を挟んだ後、場所を中流階級区域に移してロケは続行されていた。

トラブルには見舞われたものの幸いなことに負傷者はおらず、メインキャストの(ヨウ)の体調にもほぼ影響が見られなかったため、スケジュール通りに撮影を進行させることにしたのである。


しかし、場の空気は明らかに変わっていた。

場というより───燈瑩(トウエイ)のだ。


(はた)から見れば普段と同じ雰囲気、だが(カムラ)から見れば全く違う。その変化に気付くくらいには(カムラ)燈瑩(トウエイ)の付き合いは長かった。

苛立ち…とまではいかないが、ピリピリしている。警戒といったほうが正しいだろうか?

もちろん(ヨウ)を見詰める視線にもそれは如実に表れていた。まぁ、あんなハプニングがあったから当然といえば当然ではあるけれど。


……気になる。


(カムラ)はチラチラと横目で燈瑩(トウエイ)を見た。気になる。

どうしよう、さっき(イツキ)に‘必要やったら話してくれるやろ’なんてカッコつけて言ったばっかりなのに。

さっそく意思の弱さが露呈する。


いや、でももしかしたら今回の仕事に関連しているかも知れない。だとすれば今ここで聞いておくべきなのでは。

そんなん言うて自分、単純に気になってもうてるから聞きたいだけやないん?もう1人の(カムラ)が頭の中でツッコんでくる。

ちゃうて、俺は先のこと考えて───それも言い訳ちゃうん?───そないなことないてうるさいな───あぁ、もう。


思い切って口を開く。


燈瑩(トウエイ)さん……(ヨウ)さんと何かあったんです?」


唐突に発せられたその言葉に、紫煙をくゆらす燈瑩(トウエイ)がめずらしく動揺を見せた。


「えっ、顔に出てた?」

「めっちゃ」


他人からすれば‘めっちゃ’というほどでもなかったが、(カムラ)としては普段の燈瑩(トウエイ)からは考えられない程度には顔に出ていた。

(ヨウ)に向けられた優しい視線。今まで見たことがないような、けれど何となく、(ヨウ)を見ている訳では無いような不思議な感じ。

(カムラ)は思った事をそのまま話した。


「駄目だね…や、(ヨウ)とじゃないんだけど…」


(カムラ)の疑問に燈瑩(トウエイ)は困ったように目尻を下げ、深く煙を吸い込んでゆっくりと吐きつつ答える。


「昔の話だよ。(カムラ)大地(ダイチ)に出会うちょっと前。でも今回のバイトにも関係はあるから」


出会う前といったら10年以上前のことだ。その頃の話は聞いたことがない、(カムラ)は少し息を呑んだ。

フッといつもの穏やかな表情で燈瑩(トウエイ)が笑う。


「…聞く?期待にそえるような話じゃないかも知れないけど」


その言葉に、(カムラ)はただ黙って頷いた。




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