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九龍懐古  作者: カロン
光輝燦然・上
75/492

仕事依頼と鴛鴦茶

光輝燦然1






《疲れた時にホッと一息!いつもあなたのお側に…鴛鴦茶♡》


「あぁー…(ヨウ)ちゃん可愛い…」


(アズマ)がコマーシャルを見ながら呟く。


画面に映るのは売り出し中の若手女優、(ヨウ)

鴛鴦茶(ユンヨンチャー)のペットボトルを片手にウインク、長い黒髪が揺れる。整った顔に整ったスタイル。

可憐という言葉が似合うだろうか?しかし、それでいて芯の強さも感じさせる雰囲気。

加えて性格も良いらしく共演者達からは絶賛の声が多数。世間でも老若男女問わず人気が高い、これからの世代を担っていくであろう女優の1人だ。


(アズマ)って、もっと…アメリカン?なお姉さんが好きじゃなかったっけ?」

「それはそれこれはこれだ。全ての女性は美しい」

「ふぅん」


質問を振っておいて答えには興味が無さそうな(イツキ)に、(アズマ)は冷たくしないでと哀願した。

別に興味が無かったという訳ではない。ちょっと、返答の言葉のチョイスが鬱陶しかっただけだ。

ピーピー言う(アズマ)(イツキ)があしらっていると、ふいに【東風】の扉が開き甘い匂いが辺りに漂った。


「お疲れさん」

(カムラ)!焼き芋?」


両手に紙袋を抱えた(カムラ)があらわれ、(イツキ)の興味も一瞬で美味しい香りを放つその袋へと移る。


(カムラ)お前なぁ、食い物で(イツキ)釣ってんじゃねぇよ!!汚ねぇぞ!!」

「なんなん、また(イツキ)に冷たくされててん?自業自得ちゃうん?」


(アズマ)を一刀両断しながらテーブルにゴロゴロと焼き芋を広げる(カムラ)

白い湯気をたたえた紫の塊はほくほくと柔かそうに仕上がっていて、ボリュームもある。今日のランチに決定だ。


(イツキ)燈瑩(トウエイ)さんから話聞いたやろ」

「ふん、あひゃってでひょ?行くほ」


腰を下ろし皮をむきはじめる(カムラ)に、既にテーブルについて芋を2つに割り真ん中からかぶりついている(イツキ)が頷く。口の中をハホハホさせギリギリ解読可能な言葉を喋った。



燈瑩(トウエイ)の話とは、護衛のバイト。

近々仕事で香港から九龍に来る要人…いわゆるVIPの警備をして欲しいとのことだ。

といっても危険が差し迫っているわけではない、どちらかといえば案内役。九龍に詳しい人間に助力してほしい旨、香港の知人から燈瑩(トウエイ)に依頼がきたのだった。

そこで手伝わないかと声が掛かったのが(イツキ)(カムラ)。報酬はなかなか高額だ。


「しかし燈瑩(トウエイ)さん、色々よぉわからんツテ持っとるよな」

「ほへは、バイホはらはんへほひい」

「こっちもよぉわからんな」


焼き芋を頬張り過ぎてもはや何を言っているかわからない(イツキ)(カムラ)がツッコみ、その横から小振りの芋をちょうだいしつつ(アズマ)が口を挟む。


「つうか護衛なのによく行く気になったな(カムラ)。心境の変化?」


(カムラ)は、地下格闘技に出てから若干身体を鍛え始めたなどという噂もある。

腹周りの具合を見るに噂の域を全く出ないが、それでも熱く拳をふるってリングで闘ったのだ、何か思うところが────


「いや、今月家計(ウチ)赤字やねん」


ただの金欠だった。


「でもボディーガードだろ一応」

「俺は身の回りのお世話係やから、戦闘(そういうの)燈瑩(トウエイ)さんと(イツキ)にお任せ。なんもあらへんと思うけどな」


ないない!と手をパタパタさせる(カムラ)

確かにそんなに危ない仕事なら燈瑩(トウエイ)とて、(イツキ)はまだしも(カムラ)には持ってこないだろう。


「で、依頼人は誰なの? 」

「わからん。当日まで内緒なんやって」

「芸能人だったらサイン貰ってきてよ」

「ミーハーかい」


(アズマ)の軽口に(カムラ)はため息をつく。


けれど実際、相手が誰だかは(カムラ)も気になるところではあった。現時点でわかっているのは職種や性格を含め悪い人間ではない(・・・・・・・・)ということくらい。

裏社会の輩の警護など燈瑩(トウエイ)がするはずもないし(カムラ)にさせるはずもない。性格の良くない人間もそうだ、まず客として選ばない。


安全で、感じもいい人物。且つVIP。


それが誰であるかは伏せられているにせよ、(カムラ)からすれば文句のつけようがないバイトだ。

金持ちというとなんとなく嫌味なタイプが目に付きがちで、偉そうにし周りをヘコヘコさせるといったイメージがある。

しかし今回の依頼人はそういったこともないのだろう。ストレスフリーな上に、報酬も高い。なんとも有り難い話だった。


燈瑩(トウエイ)、俺の事も誘ってくれてもいいのに」

「信用無いんとちゃうか」


ぶーたれる(アズマ)(カムラ)が切って捨てる。

とはいえ、(アズマ)はプライベートはダメダメだが仕事に関しては口が固いしいざとなったら踏ん張る男気もそれなりにある。


(アズマ)でも別に良かったような気もするけど。俺が今月金に困ってたから案件を回してくれたのかな、と(カムラ)は焼き芋を剥きつつ思った。



《疲れた時にホッと一息!いつもあなたのお側に…鴛鴦茶♡》



CMが流れる。画面の中で笑う少女。


実は燈瑩(トウエイ)(アズマ)を選ばなかった理由は他にもあったのだが、この時の(カムラ)はまだそれを知らない。


そして、これから起こる、にわかには信じられないような素敵な物語のことも。



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