マカオと100万香港ドル・前
一六勝負 1
香港発の連絡船、金光飛航から桟橋に降り立ち伸びをする樹。
「うっわ!めっちゃ久々に来た!」
そう言いながら東も下船してくる。その後ろから大地、燈瑩、猫も顔を出した。最後にフラフラと歩いてきたのは上、船酔いしたのか。
ここは澳門、氹仔客運碼頭。今日はみんなでカジノに遊びに来たのだ。
そこから少し的士を走らせ、目的地のホテルへと向かう。車窓から建物を眺めた大地が目を丸くして叫んだ。
「え、あんなに大きいホテル泊まるの!?」
「まーどこ泊まっても無料だからな」
「それだけ賭博してるってことだよね」
投げやりな返事をする猫の横で燈瑩が笑う。
今や澳門はラスベガスを抜き去り世界一の収益を誇るカジノ大国。建ち並ぶホテルも美麗荘厳、超一流のものばかり。
澳門のホテルにはカジノが併設されているタイプも多く、そこで目立つ賭け方をしていれば従業員から声がかかり宿泊費は無料となるケースがある。部屋代を徴収せずともカジノで金を落としてくれるので問題はないからだ。
ちなみに、負けて落とすだけでなく勝って回収していってもかまわない。要は金を回してほしい、盛り上げてほしいということ。
「えーと、なんてホテルやったっけ」
「カジノはヴェネチアン。けど部屋はモルフェウスにしてもらった、新店だからな」
「猫意外とミーハーやな」
いくらか体調を回復させた上の発言に、猫は水商売の経営者が新しい娯楽施設偵察に行くのは当たり前だろと返す。そう言われればそうなのだが、実際は今回の発端は別の所にあった。
澳門のカジノで時々開催されるスロットの大会。それに招待されたのだ。
カジノでそこそこの金を使っている者はたびたび大会に呼ばれる。先日競馬で儲け、ちょうど澳門のカジノで遊ぼうとしていた猫と燈瑩にタイミングよく舞い込んだ連絡だった。
ならばせっかくなのでみんなで行こうとなり、いつものメンバーで遠征する運びに。
「つうか上、代わりに出んだからしっかり勝ってこいよ」
「プレッシャーかけんのやめてぇや…」
大会の参加権を得たものの、スロットにそこまで興味が無かった猫はその権利を上に譲っていた。いわゆる代打出場。
こういった博打をほとんどと言っていいほどやった試しがない上は九龍を出発した時から緊張している。具合が悪そうなのはそれも手伝ってのことだろう。
「ねぇねぇ、どこからお買い物行く!?それとも遊園地から行く!?」
「じゃあ観覧車でも乗ろっか」
タクシーを降り、はしゃぐ大地に燈瑩が提案した。
カジノには年齢制限がある。厳密に言えば樹や上もそれに引っ掛かるのだが、ギリギリ誤魔化せる2人と違い大地は見た目からして子供なので入場が難しく、観光やショッピングで時間を潰すより他になかった。
なのでさしあたり周辺をウロチョロすることに。大会の開催までには戻ってくるからと言い残すと、燈瑩は大地に連れられ街の中に消えていった。
「俺らは一足先にカジノで遊びますか♪」
ウキウキした様子で東が樹の肩を叩く。
この眼鏡、競馬で全財産スッたばかりだというのに数日も経たないうちにどこかから資金を引っ張ってきた。それもそれで才能ではあるのだが。
「おら上行くぞ、トーナメント前にちったぁ慣れとけ。んで100万香港ドル獲ってこい」
「やからプレッシャーかけんといてって…」
今回の大会の優勝賞金は100万香港ドル、かなりの額だ。参加人数は300人程度と少ないので1位を奪取するのも夢ではない。
こうして、4人はホテル内のカジノへと足を向けた。
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ホテルの内装は絢爛華麗、まずは彫刻や天井画が宿泊客を出迎える。ハイブランドショップが無数に軒を連ねる通路を抜けたら活気溢れる大カジノ、中央に座す円形のエスカレーターから見下ろせばその姿は圧巻。
1日中ここに居たら金がいくらあっても足りない気がする。
大小、スロット、ポーカー、ルーレット。有人無人、オンライン。
全ての卓を散々回り、勝ったり負けたりしながら各々勝負を楽しむ。
そしてあっという間に大会の開始時刻。上はポツンと参加受付に立っていた。
猫はタバコを吸いに、樹はジュースを貰いに行くと言ったまま消えてしまい、東はテーブルゲームから離れない。待っていても誰も帰ってこないので、上は仕方無しに1人で会場へと来ていた。
ちゅうか燈瑩さんどないしたん、来ぉへんやんか。
そう思い、周りを見ながらソワソワしている上の携帯が鳴った。着信、燈瑩。慌てて電話をとる。
「ちょお燈瑩さん!今どこに───」
「ごめん上、大地とアフタヌーンティー食べてるんだけど時間押しちゃって間に合いそうになくて…俺、棄権になっちゃいそう」
貴族か。
なんだアフタヌーンティーって。100万香港ドル賭かった勝負を蹴っ飛ばす理由になり得るのか。これだから金持ちは…だが、アフタヌーンティーも甘党な大地の希望のはず。面倒を見てもらっている身としては何も言えず、上は渋々頷いた。
燈瑩さんも居らん。猫も居らん。独りでどないせぇっちゅうんや…?
係員に案内され、上はバクバクいう心臓を落ち着かせながら指定されたスロット台の席につく。
回すだけの簡単なお仕事だなんて猫は言っていたが、そもそも回すだけってなんやねん。金入れへんのか?無料なんか?なんもわからん。
スタートの合図と共に、周りの参加者を真似てとりあえずボタンを連打。これでリールが動くらしい。
どうやらクレジットは初めから機械に入っているようだ。残高50万香港ドル…いや入り過ぎやろ。
制限時間は3分間、そのあいだ最高レートでブン回す。1回転につき1000香港ドルほど減っていく。怖い怖い怖い!!!!本当に金かからんのかこれ!?
と、突然マシンが派手な音をたてた。
ガシャンガシャンガシャンボーン!!ジリリリリリリ!!
「えっ何なん!?」
フリーゲームが当たったのだ。コインを減らさずに数回転させることができ、しかもその間は高額図柄が揃う確率が高い。正直このスロットで勝てるかどうかはいかにフリーゲームを引けるかにかかっているといっても過言ではない。
出場者達が舌打ちをし観客達は歓声をあげる。しかし全く状況が把握できていない上は、パニックになりながらただ必死にボタンを押し続けた。




