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九龍懐古  作者: カロン
枯樹生華
62/492

【黑龍】とSSR

枯樹生華4






翌朝、もとい昼過ぎ。


鴛鴦茶(ユンヨンチャー)の薫りが漂う【東風】店内で、頭をおかしな角度で傾ける(アズマ)(いぶか)しげな表情で見詰める紅花(ホンファ)


昨晩はというと、結局ベッドは(マオ)が1台、(イツキ)大地(ダイチ)で1台。ソファは燈瑩(トウエイ)、ミニソファ2つを合わせたものに(カムラ)、床に(アズマ)の配置で就寝した。

就寝というより、呑んだくれた末の寝落ちのほうが正しいが。


結果、(アズマ)は硬い床タイルで全身を痛めたうえに首を寝違えて、明後日の方向から視線が外せなくなったというわけだった。


「ハジメマシテ、(アズマ)デス」

紅花(ホンファ)よ。あなたやっぱり変な人ね」


容赦のない一撃。(マオ)が笑い声を上げる。

ごめんね、こんな俺だけどお姉さんとか居たら紹介して貰えない?と軽口を叩く(アズマ)の頬を(イツキ)がパァンとはたいた。ただでさえ寝違えている首がはたかれた衝撃でさらに曲げてはいけない方向に曲がり、(アズマ)が声にならない声で叫ぶ。


紅花(ホンファ)ちゃん初めまして!大地(ダイチ)っていいます!」

「あ、あなたがお姫様ね!」

「えっ!?姫!?」

「違うの?(イツキ)からそう聞いてるんだけど」


でも、ほんとにお姫様みたいに可愛いわね!紅花(ホンファ)とあっちで遊ぼうよ!と腕を取られ、訳の分からないまま椅子に座らされる大地(ダイチ)(カムラ)(イツキ)に耳打ちする。


「なんや、(イツキ)どういう紹介したん?」

「んー…可愛くて、男の子だけど周りには姫扱いされてるって言った」

「なるほどな」


女の子と見間違う容姿なことと、全員大地(ダイチ)には甘い──1番歳下だからというのもあるが──のは事実なので、姫扱いという言い方もあながち間違ってはいない。


二人はなにやらお絵描きを始めたようだ。その様子を眺めていた(マオ)が、パイプの煙を流しつつ呟く。


「普通のガキだな」

「別に呪われてないでしょ」


頷く(イツキ)。すると、その下から這い上がってきた(アズマ)が少し目を細め言った。


「あの()────(ヒョウ)のとこの子供じゃね?」

(ヒョウ)?」


耳慣れない名前だ。(イツキ)が訊き返すと、(アズマ)は首を縦に振り般若の様な顔をした。

動かしたら痛かったのだろう…無理にリアクションしなくていいのに、怖いし。


いわく、(ヒョウ)は何年か前に九龍で仕事をしていた薬屋で(アズマ)もちょいちょい付き合いがあったらしい。

男手ひとつで子供を育てていたが生活苦から薬物(ドラッグ)の販売に手を出し、いくらか販路を拡大していた矢先マフィアとの揉め事で殺されたとか。


一人娘は香港の伯父(おじ)に引き取られ、それっきりだ。



「娘の写真見たことあっけど、多分そうだと思うんだよな…そんときゃもっと小さかったけど」


記憶を辿ろうと、脳みそを回転させながら渋い顔をする(アズマ)

‘家庭の事情’で香港に引っ越したのはそういう訳か。(イツキ)が口の端に指を当てて考えつつ問う。


紅花(ホンファ)伯父(おじ)さん、燈瑩(アンバー)探してるって事は裏社会の仕事なんだよね?」

「十中八九そうだろ。(ヒョウ)が持ってたルート使ってんじゃねぇの…つうかむしろ、それ目的で(ヒョウ)を殺したのかもな」

「誰が」

伯父(おじ)が」


横から飛んできた(カムラ)の疑問に(アズマ)が即答した。


(ヒョウ)の事業が思いの(ほか)上手く回り始めたので、裏社会でのシノギに魅力を感じた伯父(おじ)が殺して横から奪い取った。

無くはない話だ。


「あの子と仲良くなった人が死んで、伯父(おじ)の羽振りがよくなるんだよね?」


燈瑩(トウエイ)が煙草の煙と共に言葉を吐き出す。


紅花(ホンファ)は羽振りがいいという言い方はしなかったが、物を買ってくれたり美味しいものを食べさせてくれたり旅行に連れていってくれたりとは、つまりそういうことのはず。

なぜ身近な人間が死ぬと羽振りが良くなるのか?

(ヒョウ)を殺したのが伯父(おじ)だと仮定すれば、自ずと答えは出る。


殺した人間の販路を乗っ取っているのだ。


「仲良くなった人が死ぬんじゃなくて、死んでほしい人間と紅花(ホンファ)ちゃんを仲良くさせてるんじゃない?」


紅花(ホンファ)を通して信頼を得て、情報を収集しつつ裏では殺人計画を練る。

情報の中には暗殺に役立つもの、事業拡大に役立つもの、金儲けに役立つものなど有益な話がたっぷりとあるだろう。


「クソだな伯父(そいつ)


燈瑩(トウエイ)の推測に(マオ)が率直な意見を口にする。


利権絡みの切った張ったなんてものは九龍でもよくあるが、そんなものは当人同士でやることであり、裏社会のことは裏社会だけで済ませるべきだ。

ましてや身内の子供を巻き込んだり利用(つか)ったりなんてするもんじゃない。

(マオ)はこういった面ではかなり侠気(おとこぎ)があり、紅花(ホンファ)伯父(おじ)のやり方に苛立っているのが見て取れた。


聞いた限りでは、死んでしまった紅花(ホンファ)の友人タイプは統一されていないようだ。

どうやら伯父(おじ)は様々な方向に手を広げたいらしい。

今回アンバーを探しているという事は、次は武器商関係か。


「やけど、なんで(イツキ)に声掛けさせてんやろ?」


紅花(ホンファ)を見やり(カムラ)が呟く。



どうして(イツキ)を選んだのか。



燈瑩(アンバー)に辿り着きたいなら、もっと他の人選があったはずだ。

結果的には一番近道だったのだが──それはただの偶然に過ぎない。


まず九龍の現状を知る為に、とりあえず目に付いた人物にした?

紅花(ホンファ)と親密になれそうなら誰でもよかった?

別に必然性があったわけではないのか?



(イツキ)が口を開く。



「俺が【黑龍】の龍頭(ボス)の息子だからじゃない?」



唐突な告白に、一同は驚き目を丸くした。(アズマ)だけは少し違う理由での驚きだったが。


【黑龍】は香港で活動するマフィアの中でもかなりの大組織。犯罪や金銭の流れを裏で操り、関わってきた事件は星の数。黒社会でその名を知らない人間は居ない。

現在の龍頭(ボス)は60歳前後の人物のはずだが…(イツキ)がその息子だって?


「子供たくさんいるから、立場としては大したものじゃないんだけど」

「いや大したものやろ」


(イツキ)の言葉に(カムラ)が首を振る。さすがの(マオ)も少し口をあけていた。

そんな中で、妙におとなしい(アズマ)(カムラ)は不思議そうに見詰める。


(アズマ)、あんま驚かんやん。知っとったん?」

「……知ラナイ」


嘘っぽかった。


(アズマ)知ってたの?俺話したっけ?」

「……話シテナイ」


(イツキ)の問い掛けにもなにか胡散臭い返答をする(アズマ)

(マオ)がしかめっ面で言った。


「つうか(おまえ)いいのかよ、バラしちまって」


あえて話す機会も無かったのだろうが、されどここまで隠してきたのには理由があったはずだ。少なくとも、ペラペラと人に喋れるような内容ではない。

余計なトラブルに巻き込まれる事もあるのは想像に難くないし、周りからの見る目も変わるだろう。

命だって狙われるかも知れない。


(マオ)の心配をよそに(イツキ)はあっけらかんと生い立ちから九龍へ住むに至るまでの過程を語った。


(イツキ)に特に迷いはなかった。紅花(ホンファ)との会話でわかったのだ、自分の気持ちが。

みんなを信頼している。隠すようなことなんて何も無い。


一通り話すと(イツキ)は満足そうな表情で息を吐き、全員を見回す。


「もう俺【黑龍(むこう)】の家族じゃないし。みんなになら話してもいいかなって。今はみんなが家族だから」


駄目だったかな…?と何だか申し訳なさそうな顔をする(イツキ)に、(カムラ)が立ち上がって声を張った。


「駄目な訳あるかい!!!!」

「うわっ!うるせぇな」


真横に居た(マオ)が耳を塞ぐ。


「俺らは(イツキ)がなんやっても、過去がどうやっても、今までと変わらへんし!!(イツキ)(イツキ)やし……他は関係あらへん!!九龍(ここ)では俺らが家族やんな!!」


両親を亡くして九龍でさまよった末に皆と出会い、‘家族’を得た経験が今の(イツキ)の話とダブったのか、泣きそうな顔で力説する(カムラ)


大組織の息子ということで私利私欲の為に擦り寄る者もいるかもわからない。権力に期待し利益を享受しようとする者や、虎の威を借りようとする者も。

だがここに居るメンバーは【黑龍】の事などは関係なく、(イツキ)という個人を見ているんだと伝えたかったんだろう。


「んなこたイチイチ言わなくても伝わってんだよ。座れよ饅頭」

「饅頭はヒドない?」


(マオ)は手の平をヒラヒラと上下させて(カムラ)を席に戻し、でも良い演説だったぜと笑った。


「それを踏まえると、(イツキ)仲良く(・・・)して【黑龍】の後ろ盾を得たいって事かな」


短くなったタバコを灰皿で揉み消しながら、燈瑩(トウエイ)(マオ)に視線を送る。


「まぁ(イツキ)を仲間にしておけば、【黑龍】が自分達に手を出しづれぇって思ってるとかもあんだろ」


パイプの灰を床に落としつつ答える(マオ)


実際の関係性はどうであれ、(イツキ)龍頭(ボス)の息子であることは事実だ。

何にしろ、手駒にしておいて損はないと目論(もくろ)んだのだろう。


「でもこれ、知ってる人少ないと思うんだけどな」


帽子の鍔をイジりながら(イツキ)が言う。

そこで、これまでだんまりを決め込んでいた(アズマ)が、やっと小さな声を出した。


「…【黑龍】の薬師から漏れたんだと思いマス」


(アズマ)の話では【黑龍】には何人か薬師がおり、その中に1人どうしようもない人間性の男が居たらしい。

金の為なら何でもする奴で、腕は良かったので多少の問題には目を(つぶ)られ雇われていたが、あまりにも続く不祥事にある時首を切られた。

その後【黑龍】の情報をあちらこちらへと見境なく売って稼いでいたが、ここ最近、ついに痺れを切らした【黑龍】の人間に殺された…ということだった。


なるほど。それはわかった。

しかし(こいつ)───やけに内情に詳しい。やはり何かがおかしい。(カムラ)は眉根を寄せた。


「何で知ってるん?さっきも驚いてへんかったし」

「…俺も【黑龍】の薬師だったからデス」


観念し白状する(アズマ)に、今度は(イツキ)が一番目を丸くして問いかけた。


「え、(アズマ)いつ【黑龍】に居たの?」

(イツキ)が小さい時から、家出したちょっと後まで」

「俺のこと知ってたの?」

「知ってた。ていうかね、俺、(イツキ)追っ掛けて九龍きたんだよね」


ちっちゃい時から見てて、ほっとけなくて。と肩をすくめる(アズマ)

他の理由としては、過去に同胞を助けられなかったことから今度こそは助けたいと思った…というのも少なからずあった。

別に自分に何が出来るというわけではなかったが、せめて近くで見守っていたかったのだ。


その場に居た全員が得心する。これで(アズマ)(イツキ)に過剰に構う理由がわかった。


(アズマ)(イツキ)の生い立ちからここまでの経緯の一部始終を見てきた。血の繋がりは無くとも、長年傍で見守るうちに、護るべき存在になっていたのだ。


「…そうなんだ。ありがとう、(アズマ)


なんとなしに気恥かしそうにしている(アズマ)へ向けて、(イツキ)がお礼の言葉と共に微笑む。


「え!!レア!!SSR!!!!」


滅多に笑顔を見せない(イツキ)の不意打ちに(アズマ)は叫び、飛び上がりかけてバランスを崩しそのまま椅子ごとひっくり返った。

起き上がった時には(イツキ)は既にいつもの無表情。(アズマ)はレアイベントを堪能出来なかった悔しさを噛み締めながら、泡沫(うたかた)の笑顔を何度も反芻(はんすう)した。



「とにかく……その紅花(ホンファ)の伯父ってやつ放っとくと面倒なことになりそうだな」


舌打ちをする(マオ)


燈瑩(トウエイ)の件しかり、(イツキ)の件しかり。かたや殺して販路を乗っ取ろうとされており、かたや囲い込んで後ろ盾にされようとしている。


伯父(おじ)の‘仕事が終わるまで’九龍灣のオフィスにいるというのは、アンバーと【黑龍】の件が片付くまでと解釈出来る。

そもそも、薬師の情報をもとに最初から(イツキ)目当てで九龍灣周辺にやってきたのであろう。

偶然を装って紅花(ホンファ)(イツキ)を見付けさせ、親交を深めるよう誘導する。かたわらで、アンバーの情報収集といったところか。


「まぁ、先ずは裏取ってみよっか。今のところまだ憶測でしかないから」


そう言いながらも燈瑩(トウエイ)は、九割九分九厘合ってるとは思うけど、と付け足した。



その日は暗くなるまで皆で【東風】で過ごし、いつも通り(イツキ)紅花(ホンファ)を九龍灣まで送っていった。

どうやら【東風】の面々を気に入ったらしく、また遊びに来てもいいかしきりに聞いてくる紅花(ホンファ)(イツキ)は二つ返事で頷く。


去っていく紅花(ホンファ)の背中を見ながら(イツキ)は考えた。


ここからだ。


さっき皆でたてた仮説が正しいとして、自分達と紅花(ホンファ)、双方の納得がいく形におさめるにはどうしたらいいか。

紅花(ホンファ)伯父(おじ)の関係性はどうなのだろう。大切な肉親なのであれば……それを奪うような真似は出来ればしたくない。困ったものだ。


頭をひねっても、まだ何も確定してはいない現状、あまり良いアイデアは出てこなかった。

今まで通り紅花(ホンファ)と接しつつ情報を待つしかないか。そう思いながら夜のネオン街を歩く。




だが数日後、意図せず露見したある事柄(・・・・)によって、状況は一変することとなる。











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