天仔とRTB
偶像崇拝9
「い、樹ぃ!!」
思わず飛びつこうとした東は、樹にガラス踏むよとたしなめられた。相変わらずの塩対応。だがそんなことはいい、助けに来てくれたのか。
感動する東をよそに、樹は部屋をグルっと見回す。段ボールに入った沢山の薬。
「これ今どんな感じなの?」
樹の質問に東は手短に現状を説明した。
上手い具合に【天堂會】幹部と話をし、調剤目的でこのフロアを与えられた。フロアは防火扉で完全に閉め切られていて今のところ誰も居ない。外から施錠されているが、敵がやって来るとマズいので開かないようにこちら側からも固定してある。さっき窓から脱出しようと下を覗いたら襲撃者グループに発砲された。
「ドンパチやりにきたのはどこの奴らなわけ?」
東の疑問に樹も軽く状況を話す。
大地は無事帰還、あのUSBは当たりで中には死亡者──【天堂會】に殺害された人間達──のリストが入っていた。そこには【和獅子】のメンバーの顔もあったので、データを元に【天堂會】が仲間を殺したという情報を流し【和獅子】をけしかける作戦を決行。これが功を奏し、現在に至る。
あと猫が勝手にスクリーンセーバーを変えた。
「上怒ってた?」
「白目剥いてたよ。でもこの騒動は上が動いてくれたおかげ。助けようとしたの上だけだったから」
「えっ?なんで!?」
「だって東わざと残ったんでしょ?大地もそう言ってたし、助けなくてもいいかなって」
「そ…そうだけどそうじゃないよ!!俺はみんなを待ってたよ!!」
「ふーん」
「本当だよ!!」
泣きそうな東には目もくれず、樹は路地を眺めつつ考える。
【和獅子】のメンバーは戻ってきていない。
東が昼間やったようにパイプを伝って逃げるか、今割った窓から非常階段へ逃げるか…パイプは少し幹部達の部屋に近過ぎる気もするな。さっき下からも撃たれてたし。手っ取り早く隣のビルにでも飛び移りたいが、東にそこまでの跳躍力は無い。
樹が思考を巡らせていると、廊下から聞こえるバンバンといった騒音。誰かが防火扉を開こうとしているようだ。
東がドラッグをポケットに詰め込みつつ言った。
「やべ、誰か来た。【天堂會】っぽいな。薬物取りにきたのか?」
「んー、さっき14階の人達が薬と薬師がどうこうって言ってた」
「薬物に用があんのかな?俺に用があんのかな?」
「両方じゃない?」
樹は窓枠に足をかける。フッ、と居なくなったかと思ったら、もう非常階段に移動していた。
手摺りに乗り東へと腕を伸ばす。東も窓枠を越え、そちらへ飛び移ろうとした。
瞬間、銃声。下に居た【和獅子】が戻ってきて、東へと発砲したのだ。
東はバランスを崩したが、跳ぶ体制に入っていたのでそのままジャンプした。樹は何とか東の腕を掴み全力で非常階段に引き込む。
「痛ぇっ!!」
結果、東は頭から踊り場に落ちた。
「いっ…痛…わ、割れてない?俺の頭…?」
「割れてない。見えない」
「暗くて見えないだけじゃない…?」
両手で頭を抑える東に樹は適当な返事をし、軽快に非常階段を降りはじめる。東もヨロヨロと後ろをついてきた。
数階下がったところで聞こえてきた騒ぎ声───【和獅子】が上がってきたようだ。だが樹も止まることなく進む。そして鉢合わせた、その時点ですでに樹は宙を舞っていた。
手摺りを軸に半回転して飛び、階段下へと1人蹴り落とす。そいつが後続を巻き込んで踊り場まで転落したので樹はその腹の上に着地した。
次いで登ってきていた男の顎をしゃがんだ体勢から蹴り上げ一撃でダウンさせると、その後ろで拳銃を構える男へ素早く詰め寄り回し蹴りをかます。男は手摺りの向こうへ押し出され、ゴミ捨て場へと落ちていった。
また階段を下る。ビルの内部では銃声が止めどなく響いている、現在【天堂會】と【和獅子】どちらに分があるのだろうか。
再び誰かが上がってくる音を聞いて、樹は手摺りを乗り越え柵を掴んで回転し、振り子の要領でひとつ下の踊り場へと到達。その勢いのままに目の前にいた男を蹴り飛ばすと、急に現れた樹に焦った別の男が銃を抜こうとした。それより早く、樹は男の側頭部にハイキックを食らわせる。突っ伏し沈黙する男。
「あれ?東、ドアがある」
進行方向に目をやった樹が声を上げた。追い付いた東も見てみると、そこには古めかしい金属の扉があり開けなければその下には進めなさそうだった。
続く階段は鉄の格子で覆われているので横から入るのも無理だ。
東は鍵穴をいじろうと手を添えたが──暗がりでもわかるほど錆びて腐っていた。かなり長い期間開けられる事がなかったのだろう。これではピッキングどうこうの問題ではない。
樹がもう1枚のドア、すなわち、ビル内部への扉を指差す。
「一回ビル入るしかないね」
「大乱闘してるのに?」
「じゃあここから飛ぶ?俺はそれでもいいけど」
「入リマース」
まだ7階程度の高さはあった。樹であれば地上にでも隣のビルにでもうまく飛べるだろうが、東には少し無理がある。よくて複雑骨折、わるくて落下死。諦めて中に入る事にした。
そっと扉を開ける。誰もいない。ソロソロと侵入し内階段へ踏み出すと、正面から誰かが出てきた。樹は、向こうがこちらを視認するよりも先に攻撃を仕掛ける。
壁を足場に跳躍し、相手の首に足を絡めフランケンシュタイナー。【獣幇】戦で披露した技だ。あの時燈瑩は自らも合わせて前転するという荒業で回避したが、普通はそうはいかない。綺麗にキマってゴンッと鈍い音がした。相手は床へと倒れ込む、その胸には【天堂會】のバッジ。
見覚えのある顔に東が口を開く。
「あら、こいつ金歯だ」
「金歯?」
「【天堂會】のアタマみてぇな奴、多分。何してんだこんなとこで…ん?」
金歯の上着の内側から見えている、小さなバッグ。拝借すると中には鍵やUSBが入っている。鍵は地下室やボイラー室のものだろうから特に必要ないが、USBは役に立つかも知れない。アタマが自ら持って逃げるだけの物だ、それなりの価値はあるはず。東は遠慮なくいただいた。
上階から怒鳴り声や発砲音、おそらく【和獅子】はもうかなり上へと攻め込んでいる。だが最上階まではまだ行ききれていないのだろう、【天堂會】の人員配置からすると10階以上の守りが固い様子だった。内階段を突破出来ないのであれば外から、という事で、非常階段の利用を試みようとした連中が先程樹に倒された面々なのか。
そうこうしているうちに、上からの足音。樹と東は階段を滑るように下りる。
【天堂會】か【和獅子】かわからないが、交戦せず済むならそれがいい。非常階段は暗かったけれどビル内は明るく顔がよく見えてしまう。東はまだ【和獅子】に顔を知られていないし、樹に至ってはどちらにもバレていない。【天堂會】はいずれマフィアに排除されるはずだからいいとしても、【和獅子】は九龍のグループだ。禍根は残したくないのである。
順調に降りていたが、今度は下からの足音。
挟み打ちになるのを避けとりあえずその階に留まることにし手近な部屋に隠れた。
「うわ、すご」
樹が目を見開く。
適当に入ったその部屋には、ありとあらゆる【天堂會】グッズが置かれていた。
新聞に挟まっていたチラシの束、それに印刷されていた割とリアルな銅像たち、有り難い教えが書いてあるのであろう本の山、例のキーホルダー、ぬいぐるみ。どれもこれも基調としているのは赤と金。そのせいで、部屋全体が驚くほどギラギラしていた。
すぐさま銅像が本物の金か調べ始める東を横目に、樹はぬいぐるみのひとつを手に取った。というか、抱えあげた。だいぶ大きい。60cmほどはあるだろうか?他は大地が貰ったものと同じ大きさで、ここまでのサイズはこれひとつだけだった。
天仔だっけ。このキャラクターだけは可愛いよな、【天堂會】。そう思い、赤ん坊をあやすようにぬいぐるみを高い高いしている樹の携帯が鳴る。
「樹ぃ、今どこ居るん!?」
通話ボタンを押すやいなや上が大声を出した。なにやら後ろもガタゴトとうるさい。
「【天堂會】のビルの中。4階?かな?」
「東居ったんか!?脱出できそうか!?」
「居た。脱出は微妙、挟み撃ちになってる。グッズ部屋に隠れてやり過ごそうとしてるとこ」
「グッズ部屋?まぁええわ、今車調達してん。迎え要るならビルの裏つけるわ」
車?車が入れるほど道幅広くないけど、と樹は少し首をかしげた。しかし、このやたらとガタガタいっているのは走行音か。この狭い区画で走れる車といったら…。
「上、三輪自動車?」
「よぉわかったな」
「道狭いし。普通の入れないじゃん。それトラック型になってる?」
「そうやけど、どした?」
「後ろに燃えるゴミ乗せてきてほしい。裏には止まらなくていいよ、通り過ぎるだけで」
樹の意図を察した上は、了解3分で着く、と言って電話を切った。
「東、それ本物だった?」
「表面だけだな…でも少し剝がせるかも…」
血眼で銅像をいじくっている東に、樹はポコポコと小さなぬいぐるみを投げてぶつけた。待って、やめて!手元が狂う!剥がせそうなの!とピィピィ喚く東。
しばらくそうして遊んだのち、そろそろかなと樹は窓を開ける。路地の奥から近付いてくる三輪トラックが見えた。
「東、行くよ。上来た」
「え?上?なんで?」
銅像に夢中で全く電話を聞いていなかった東を窓際に連れて行く。樹は三輪トラックを手で指し示して言った。
「あれ今から下通るから、荷台に飛んで」
「え!?死なない!?」
「死なないように飛んで」
さっきの非常階段の半分の高さ、クッションとしてゴミも積んであるしなんとかなるだろうというのが樹の見解。
東は下を覗き込んだ。なんとかなりそう…なのか?ほんとか?骨とか折れない?少しでも高さを減らすため、まずは窓の外へとぶら下がる。これで2mは稼げたか。
もうすぐ上が真下を通過する。窓枠に座り、東の方へ足を投げ出している樹が掛け声をかけた。
「いくよ、3……2……1……はい!」
覚悟を決めた東が合図にあわせて手を離す─────より前に、樹は東の両肩をドカッと蹴った。
えっマジか!!そういう感じなの!!
俺の為のカウントダウンかと思ったのに!!
心の中で叫びながら、為す術なく落ちていく東。ボスンッ!!と音がし、背中から荷台のゴミの中に埋まった。それを見届け、樹もトラックの進行方向へ飛ぶ。宙返りして斜め下の電線に両足を引っ掛け、落下の勢いと高さを殺し、そのまま空中ブランコよろしく身体をフワッと振って運転席の屋根に舞い降りた。
ルーフの上の樹に気付いた上が叫ぶ。
「樹!東大丈夫か!?」
樹が荷台を見ると、ゴミの中からサムズアップした腕が突き出ていた。大丈夫、と樹は上に返す。
ビルを振り返ったが、幸い【天堂會】も【和獅子】も追ってきてはいないようだ。
「このまま行けるとこまで走るで!」
「おっけ」
上の言葉に短く返事をして、樹は胡座の上に抱えたぬいぐるみに顎を乗せた。そう、あのひとつだけあった60cmサイズの人形。お土産がわりに持ってきていたのだった。
宵闇の中、ひんやりした空気が頬を撫でていく。
人気の無い深夜の九龍、三輪トラックはガタゴトと音を立て、一路‘4人’を運んでいった。




