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九龍懐古  作者: カロン
偶像崇拝
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大小博打とお宝探し

偶像崇拝7






大地(ダイチ)と別れた少し後。


幹部に連れられ(アズマ)が来たのは、【天堂會】本部最上階。最初に侵入した14階のあの部屋だ。昼間には空っぽだったデスクの椅子は【天堂會】の上層部らしき人間で埋まっており、みな一様に(アズマ)を睨みつけている。


「元はどこの組にいたんだ?」


メンバーの1人が威圧的に訊いてきた。その質問に(アズマ)は少し驚く。


この状況でそれ答えるやつ居るのか?余計な火種になるだけだ、古巣に飛び火させたい訳ないだろ。んなことわかってるはずなのに何で訊いてくるんだよ、センスないな。


男にチラリと視線をやり答える。


「さっきも言ったけど、それはちょっと秘密。でもお兄さん達の顔見たことないし全然関係ない組だと思うよ」


的確に答えずはぐらかす(アズマ)に、男は苛立った様子を見せた。こいつ、自分がこうなった時に【天堂會】って名前を出すタイプなのだろうか。裏切り者もいいところである。

別の輩が次いで問う。


「なぜ九龍に?」

香港側(むこう)に嫌気が差して。儲かんねーし」


これは半分事実。嫌になって来たというのはデタラメだが、裏社会で生きるのであれば無法地帯の九龍のほうが住みやすく儲けやすいのは本当なのだから。

嫌気が差した理由はどうしようかな、と(アズマ)は思ったが、それより先に別の声がした。


香港(とかい)は警察も五月蝿い。我々のような人間には適さない場所だな」


そう言って下品にガハハハと(わら)う、中央に座る若干年齢が高そうな男。金歯。


九龍(こっち)のマフィアに話つけてるの?バレたらマズいんじゃない」


(アズマ)はその中央の金歯に向けて話した。雰囲気から察するに、こいつが組織の頭だろう。

【天堂會】はチンピラや半グレ共の寄せ集めなので誰が龍頭(ボス)ということは無いが、こういったグループにはリーダーのような存在が必ず居るものだ。


金歯はニヤリと口角を上げ首を横に振った。


「我々は‘ただの宗教’だからな。心配はない、お前のようなネズミさえいなければ」


その言葉を合図にメンバー達の銃口が一斉にこちらを向く。あら、絶体絶命。(アズマ)は動じず同じ様にニヤリと笑い返した。


「ネズミじゃなくてお仲間になりに来たつもりなんだけど。不合格っつーこと?」

「働き次第だな、それに身辺調査も済んでいない。どこかのスパイの可能性も有り得る」

「滅相もない。俺はフリーだよ、(タマ)賭けてもいい」

「強気だな」

「博打好きだからね」


沈黙。お互いを見詰める。


金歯がスッと人差し指を立てた。これは…指先がこちらに向けば負け、(アズマ)は蜂の巣。下に向けば勝ち、銃口は下げられ命拾い、か。


さぁ、大か小か。指先は──────




下を向いた。




一歩でも間違えれば即死という状況の中、落ち着き払った言動をする(アズマ)に金歯は一目置いたようだ。皆に銃口を下げさせ、机の引き出しから取りだした鍵の束を(アズマ)へ投げる。


「部屋の鍵だ。ワンフロア全部やる、調剤の為に使え。闇医者(あいつら)儲け(あがり)を持って行き過ぎているからな、【天堂會(ウチ)】の内部でも薬物(ドラッグ)の調達をしたいと思っていたところだ」


どうやら(アズマ)は【天堂會】お抱え薬師 (仮) に昇格したらしい。


ワンフロアまるまる自由に使わせてくれるとは太っ腹。そのかわりに、疑いを晴らし能力を証明するまでしばらく家には帰るなということか。(アズマ)は鍵を受け取り、それからメンバーに付き添われ指定された階へと向かった。


昼間は気が付かなかったがこのビル、各階についている防火扉のようなものでフロアを完全に閉め切る事が出来るらしい。男は(アズマ)を中へ入れると、外側からガッチリと防火扉の錠前をかけた。与えられたフロアは12階、最上階から2つ下だ。

13階は幹部達が使用しているようで、天井からドスドスと足音が聞こえる。夜はここで寝泊まりをする者も居るのだろうか。


(アズマ)はひとつひとつ部屋を確かめてみることにした。簡易なベッドがある部屋、トイレやシャワーがある部屋、ボイラー室にあったと思われる薬の段ボールが運び込まれた部屋、その1その2。どの部屋も窓はあんまり開かない。昼間はパイプを伝って逃げたが、ここではその前に窓を割る必要がある。そんな音を立てれば上の階の人間がスッ飛んでくること必至だ。

無理に逃走するより、助けを待つ方が無難。それに闇医者が仕入れたという薬剤(ドラッグ)にも興味があった。というか、むしろそれがメインである。香港島や富裕層地域から入ってきた新薬、高級なブツや珍しいブツにもお目にかかれるかも。ワクワクしているのは薬師としての(さが)、断じて薬中だからではない。断じて。


(アズマ)は段ボールが運び込まれた部屋その1に戻った。宝探しの時間。開いている段ボールは地下で見た物…様々な薬が収まっているが際立って心くすぐられるドラッグはない。未開封のやつ開けちゃおうか。調合を一任(いちにん)されたんだしいいだろ。ガムテープをバリバリ剥がし中身を手に取る。


「うぉ…こいつは高価(たかい)な…」


袋に入った粉や錠剤。粉の方は結晶の形も綺麗で、色も悪くない。キチンと精製されている。錠剤もデコボコしておらず、ツルッとしていて滑らかな形。適当に固めた歪な粗悪品とは訳が違う、見ただけでわかる質の良さ。

その他、アルミホイルに包まれた黄緑や深緑の葉っぱの塊のようなもの。匂いを嗅いでみる。苦味は少なく自然な草の香り。ほぐしてみると種や茎は入っていない。上等だ。

箱には普通の市販薬も同梱されていた。主に精力剤として活用される薬だが、ここにあるのは文字通り桁違いのお値段の品。何千香港ドルといった漢方達も箱の底に敷き詰められている。素晴らしい。


……葉っぱ、ちょっと試すか?


いや、駄目だ駄目だ。試さなくてもこの状態で質はわかるだろ。でも試したほうが効果がわかる、質がいいものほど試して確認すべきでは…?いや、駄目だって!駄目!しっかりしろ(アズマ)、目的を忘れたのか!


自分で自分を叱咤する。ここに残ったのは、まず大地(ダイチ)を逃がす為。次に情報を得る為。そして個人的には貴重な薬に触れて知識を増やす、すなわち後学の為だ。


…高級品をくすねる為でもあったが。



(アズマ)はそれらをテーブルの上に並べて、皆が助けに来てくれる───と思う───まで、しばし薬の研究に没頭することにした。

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