表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
雲淡風輕
492/492

親切心と熊猫曲奇・後

雲淡風輕5






(ネイ)、やっぱボーイッシュな服装も似合うよね」

「そっそうかな…だといいけど…」


遊歩道の先。熊猫(パンダ)軍団を鑑賞しつつ、オーバーサイズパーカーのフードを恥ずかしそうにかぶる(ネイ)大地(ダイチ)が賛辞を述べた。

ミドル丈のカーゴパンツとコロンとした靴は、寒色のアースカラーでまとめられており統一感がある。ショートカットの髪型にもマッチしたスポーティな雰囲気。


「もちろんこの前のお祭りの時の浴衣も似合ってたけどさ」


言いながらスマホのカメラをセルフィー向きへとセットした大地(ダイチ)は、熊猫(パンダ)をバックに一緒に撮ろうよと(ネイ)を誘う。控え目に大地(ダイチ)に肩を寄せ画面を見詰める(ネイ)が、聞き取れないほどの声量で呟いた。


「もうちょっと、可愛くしてきたらよかったなぁ」


口を横に結んで、再び恥ずかしそうにフードの端を引っ張る。

別に(ネイ)はいつだって可愛いが…思いながら大地(ダイチ)は数回シャッターを切り、それから土産物を売っているワゴン車を指差した。


「ね、せっかくだし熊猫(パンダ)帽子買お?おソロで。耳付きのやつ」


(ネイ)が普段のボーイッシュなスタイルに加えてフードまでかぶっているのは、城寨外だからというのもあるのだろう。【紫竹】との騒動は収まったといえども不安が残る。群衆への警戒。マフィアが遊びに来そうもない遊園地──まぁ(ゴー)は居たんだけどさぁ──や周囲が暗かった夜市ではそこまで用心していなかったものの…。よって帽子(これ)は、そんな(ネイ)の心境を慮っての提案。‘可愛くしてきたらよかった’の気持ちも汲んで。あとは単純に、熊猫(パンダ)帽の(ネイ)はすごく愛らしいはずなので。

大地(ダイチ)(ネイ)の返事を待たず、戸惑う腕を優しく引っ張り売店へ。熊猫(パンダ)を模したデザインのフライトキャップをふたつ購入し、ひとつをアワアワしている(ネイ)に笑顔で手渡した。大地(ダイチ)がさっそく(かぶ)ってみせると(ネイ)もおずおず後に続く。小さく聞こえる多謝(ありがとう)


「イイじゃん!もっかい撮ろ?」


(ネイ)の帽子の耳を整え、感想とともにインカメラをスタンバイする大地(ダイチ)(ネイ)ははにかみながら応え、今度は先ほど撮った時よりも、その小さな肩をもう少しだけ近くに寄せた。






土産屋を巡り、限定スイーツをしこたま手に入れた帰り道、大地(ダイチ)が停車中の観光バスを指し示す。赤い車体のダブルデッカー。


「あっ、アレで帰ろうよ!前に乗ったとき楽しかったから(ネイ)も乗せてあげたい!」


その時は(マオ)が超イヤそうにしてたとケラケラ語る大地(ダイチ)燈瑩(トウエイ)が吹き出した。想像に(かた)くない、不機嫌なネコちゃん。

オープントップの2階へ乗り込み生温い風を浴びる。華やかで騒がしい摩天楼、立ち並ぶ高級ブランド店、行き交う的士(タクシー)。頭上スレスレを過ぎ去るネオン看板へ、前回と同様に手を伸ばす(イツキ)


(さわ)れそう」

「高さ制限、5m弱って聞いたことある。(アズマ)あたりに肩車してもらえば触れるね」


燈瑩(トウエイ)が説明し、ククッと喉を鳴らす。道路の看板は地面を基準に5m弱より上ならつけられるらしい。たしかに、(アズマ)に担いでもらえば2階席からは余裕で手が届く。ちなみに歩道の高さ制限は2m強だとか。相槌を打つ(イツキ)へ人差し指を立てる燈瑩(トウエイ)


「でも2階席(ここ)で立つと怒られるよ」

「なんで」

「重心が高くなるとバスが横転するから」

「頭ぶつけるからじゃないんだ」


万一(まんいち)首を持っていかれたとしても自己責任、ということだろうか。勝手に御陀仏になるのは構わないが乗り合わせた人間を巻き込むのはNGという理屈か。こないだ怒らんなくて良かったぁ!と唇を尖らせる大地(ダイチ)も質問を重ねる。


「他にもバスの規則ってあるの?」

「んー…台風の時は強風で横転しないように全部の窓を全開にする、とか」

「ウケる!お客さんズブ濡れじゃん!」


ツッコミをいれつつ破顔する大地(ダイチ)の横で(ネイ)もクスクスと笑みをこぼす。いかなる時も横転への注意を怠らない香港バス。車道に飛び出るガラス管を視線で追う(イツキ)は、とある一角(いっかく)へ目を留めた。


「あれ?あそこの大きい看板(やつ)無くなった」

「ちょこちょこ入れ替わってるね。ランダムだけど」 

「古いのから外すとかじゃないんだ」

「台風の気まぐれかな、そこは」


燈瑩(トウエイ)が小首を(かし)げる。どうやら老朽化が激しくなってきた看板は当局が取り外す仕組みだが、外す費用は元の持ち主にはかからないとのこと。なぜなら古くなる頃には経営者が何度も変わっており、誰が最初に取り付けたのかサッパリわからないからだ。撤去の工事費を払いたくはない当局が頼るのは大型台風ご一行(いっこう)様による例のバカンス。彼らはここぞとばかりに年代物のビンテージ品を根こそぎ爆買い(・・・)していってくれる。


香港は日々変化し続ける。城寨もそうだ。鶏蛋仔(ワッフル)屋のある光明街だって、この10年かそこらでかなり綺麗になったとの噂を聞いた。自分の知らない歴史───バスが進み、(イツキ)は視界の正面に現れた九龍城砦(ホーム)を見やる。夕暮れの空を背負い、明かりを(とも)しだした魔窟。降車して近付くと食べ物のいい匂いがそこかしこから漂ってきた。各家庭、晩ご飯の準備中。人々の暮らしで満ち満ちた東洋のカスバは拍子抜けするほど平和な表情も持っている。

(カムラ)が居ないなら大地(ダイチ)は外食か?不意にそう気になった(イツキ)の思考を読んだように、燈瑩(トウエイ)が口を開く。


「みんな、(マオ)のところでも寄る?お土産持ってってあげようよ。夕飯は(レン)君の食肆(みせ)から新作デリバリーして」

「うわ、寄る!(ネイ)も寄るでしょ?ご飯食べたらお菓子あけて交換会しよ!」


ハシャぐ大地(ダイチ)に頷く(ネイ)(イツキ)燈瑩(トウエイ)の発言が金髪美人(マオ)への親切心などでは全く無いことはわかっていたが、先日試食した(レン)の新作メニューがどれもこれも非常に美味しかった為、(ネイ)の隣で同じく首を縦に動かした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ