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九龍懐古  作者: カロン
雲淡風輕
489/492

城砦暮らしとルーティンワーク・後

雲淡風輕3






「子供会?」

「うん!いつもなら休校日はお祈りなんだけど、今日はちっちゃいお祭りやってさ!」


寺子屋からの帰り道。路地裏を並んで歩く(イツキ)の疑問へ朗らかに答える大地(ダイチ)


教会主催の寺子屋は、星期日(にちようび)には礼拝堂へと姿を変える。通常、ミサが行われる安息日だが…本日は小規模なイベントを開いた模様。なので遊びに行ってみたのだと説明する大地(ダイチ)に内容を訊けば、折り紙で熊猫(パンダ)を作ったり熊猫(パンダ)柄の風船を飾ったり熊猫(パンダ)のイラストに色を塗ったり…と熊猫(パンダ)づくしのラインナップ。香港政府の〈パンダエコノミー〉を受けての企画だったらしい。

参加者は低年齢の生徒が大半を占めていたようで、‘折り紙たくさん折ってあげた’とはにかむ大地(ダイチ)はどことなくお兄ちゃん(ぜん)(ねぎら)いと共に新作鶏蛋仔(ワッフル)を贈呈する(イツキ)、即刻パクつき‘おいしい’と瞳を輝かせる大地(ダイチ)はマシュマロを見やりピッと人差し指を立てた。


「てかさぁ。さっき学校でも話題になったけど、星光大道に熊猫(パンダ)軍団居るでしょ?昂坪(ゴンピン)360からきたやつ。超気になる」

「見に行く?俺も限定のお菓子買いたいし」

「ほんと!?行く!日付け確認しなきゃ!」


(イツキ)の提案を聞くやいなや、大地(ダイチ)はスマホを取り出し開催期間を検索。(またた)()にテンキーをフリックし情報をヒットさせるデジタルネイティブ世代。


「んっと、星光大道は今週までみたい。そのあとは海洋公園(オーシャンパーク)とか西營盤(サイインプン)回るっぽい」

「なら今週行こう。週末?」

「や、半ばとかにしよ!橡皮鴨(ラバーダック)もすぐ居なくなっちゃったもん」


言いながらムゥッと唸る大地(ダイチ)(イツキ)も同意。以前維多利亞港(ビクトリアハーバー)へ浮かんでいたアヒル達は、唐突に1週間も予定を前倒し香港より拜拜(バイバイ)してしまっていた。此度(こたび)熊猫(パンダ)も念の為、早目に訪問しておくにこしたことはない。大地(ダイチ)が記事を読み上げる。


「〝地球上の熊猫(パンダ)の数に合わせて2500匹が製作されました〟」

「そうなんだ」

「〝観光客からはぽっちゃりで可愛いとの声があがっています〟」

「それ、朝のニュースでも言ってた」

「やっぱしぽっちゃりは可愛いよね…天仔(てんちゃん)も…熊サン(・・・)もさぁ」


言いながらフフッと笑う大地(ダイチ)(イツキ)も同意。熊サンとは、熊猫(パンダ)というより恐らく(プー)を指している。ダイエットせずともぽっちゃりクマさんはぽっちゃりクマさんで可愛いのかも知れない───廿四味茶を啜る(カムラ)を思い返す(イツキ)に、大地(ダイチ)が‘俺は鶏蛋仔(ワッフル)2個目も食べちゃう!’と悪戯な表情。(イツキ)も‘俺は10個’と頷くとおかわりの熊猫(パンダ)を配布、毛茸茸(もふもふ)を頬張る育ち盛りのティーンエイジャーたち。




鶏蛋仔(ワッフル)を片付け大地(ダイチ)と別れた万屋は、日が暮れないうちにフリマへ(おもむ)き【東風】印の漢方を(チャン)へとお届け。店番を手伝っていた(タクミ)をまじえて軽く茶会、(アズマ)お手製三文治(サンドイッチ)をみんなで囓る。

水漏れトラブル、漏電トラブル、警察トラブル等々、各方面に豊富なトラブルをホワホワ話す(チャン)。その語り口調だと深刻具合がどうもよくわからないが、しかし詮ずる所、街で大きな事件は起こっていなさそう。安心安全平和な魔窟。


「これは(ハウ)さんが新しく(こしら)えたやつでね、こっちは(マー)さん!あれは妮娜(ニナ)さんの!」


新たに増えた商品を得意気に披露し、ピョンピョン跳ねては両膝をサスサス。食後のお茶を淹れようと店の奥へ向かう足取りは覚束(おぼつか)ない。漢方だけでなく湿布も必要な様子───次回は(ドクター)に山ほど処方してもらおうと心に決める(ナース)。強い眼力になにかを感じ取った(タクミ)が、‘湿布は1枚ずつ貼るんだぜ’とそっと(ナース)の肩を叩いた。


急須の中身を(から)にした頃、ハシャぐ老豆(パパ)のお世話は(タクミ)に任せ、(イツキ)はネオンが灯りだした砦へ再出発。最後の配達場所は(レン)食肆(レストラン)付近。夕飯のテイクアウェイを考慮したルート、采配は完璧。


仕事を完了し食肆(レストラン)へ着けば、ボックス席にちょこんと(ネイ)がいた。こちらも同じく新作の試食を(レン)から打診されたようだ。試作品の他にもいくつかオーダーを加え、料理の出来上がりを待つあいだ、少し雑談。(ワン)の店でも試食をしたと語る(イツキ)


「で、大地(ダイチ)熊猫(パンダ)見に行こうってなって」

熊猫(パンダ)…そっか、お出掛けかぁ…」

(ネイ)も行く?」


若干ソワソワしだした(ネイ)に、熊猫(パンダ)に興味を惹かれたのかと解釈した(イツキ)は‘大地(ダイチ)に言っとこうか’と発して微信(チャット)のトークルームを開く。すると途端に目を白黒させる(ネイ)(イツキ)はなにやら熊猫(パンダ)のようになってしまった(ネイ)の返答を待ち、ギリギリ聞き取れる程度の声量で押し出された‘お願いします’を拾ってから大地(ダイチ)へメッセージを飛ばした。そこで(はた)と疑問符。

このメンツなら保護者(・・・)が必要か?(カムラ)が心配しそう。燈瑩(トウエイ)ヒマかな、誘ってみようかな。ええっと…‘熊猫(パンダ)行かない?’。送信。いや、ハショり過ぎたか。ええと、ええと…悩んでいる()に即レス、‘好吖(いいよー)’。ありがたい。


注文した倍以上のフード──オマケでしゅ!──を受け取り、相変わらず熊猫(パンダ)のような(ネイ)を途中まで送り、(イツキ)は足早に帰路へつく。


どうして(ネイ)熊猫(パンダ)のままだったのだろう…頭を捻りつつ屋上を走る。あのあとすぐに大地(ダイチ)からもオッケーの返事があったし、冇問題(もんだいない)はずなのだが。平日に行くからバイトの出勤調整とかが気になるのかな。(ネイ)って真面目だもんな。うん、きっとそうだ。そうこう思案するうちに【東風(いえ)】へ到着、明滅する電球の横の引き戸をひいた。


「ただいま。食べ物買ってきた」


その台詞に、食卓へ豆腐のみを準備し縮こまっていた(アズマ)がバッと姿勢を正してアリガトウゴザイマスとカタコトで礼を述べる。やっぱスッたんだと(イツキ)が水を向ければ無駄に凛々しい表情を返す(アズマ)は、配膳を始める呆れ顔の(イツキ)をきびきびサポート。(イツキ)は‘お礼は(レン)にゆって’とため息混じりに肩を竦めた。




卓を囲んで小1時間。夕飯をペロッと平らげた(イツキ)は、デザートの菓子の到着をウキウキと待つ。曲奇(クッキー)だろうか鷄蛋巻(エッグロール)だろうかと胸を高鳴らせる(イツキ)を、(アズマ)があら素敵、どなたから戴くのと茶化した。


(マオ)から貰う」

「えっ、(マオ)!?来るの!?」


(アズマ)の声が上擦(うわず)る。おや?となると…このパターンは多分…(イツキ)は首を傾けた。


「もしかしてツケ───」


言い終わるより先にバンッと入口のドアが開く音がして、飛んできた物体が(アズマ)(ひたい)にヒットした。



下駄だ。



(アズマ)が椅子から転がり落ちる。平常運転だなと納得する(イツキ)(そば)を手提げ袋を持った(マオ)がズカズカと通り──過ぎる際に(イツキ)へ袋をパスし──空いた椅子へドカッと座って足元の(アズマ)を踏んだ。


「金」

「無いです」


端的に要求する(マオ)に短く答える(アズマ)。昼間競馬負けたんだよと(イツキ)が口を挟むも、助けを求めて起き上がりかけた(アズマ)(マオ)に再び秒速で踏まれた。


「テメェが勝ったか負けたかは関係ねぇな」


ドスのきいた声で吐き捨てる(マオ)に‘東風’が吹くのを待ってはくれまいかと(アズマ)は陳情したものの、この店名で吹かねぇんなら看板降ろせと一蹴(いっしゅう)される。

開封したお菓子、もとい鳥結糖(ヌガー)を口に含んでしばらくそれを眺めていた(イツキ)だが、お腹がいっぱいで眠くなってきた。俺先に寝るねと席を立つと置いていくなと懇願する(アズマ)に足首を掴まれたが、その手をまた(マオ)が踏んでくれたので無事に寝室へと引っ込むことに成功。


シャワーと歯磨きしなきゃな、でも眠いな、仮眠してからでいいかな、寝たら起きない気もするな…ベッドに倒れ込んでうつらうつらと考える。

星光大道ら辺の店だと、どこの限定品が売れ筋なのかな。今の鳥結糖(ヌガー)美味しかったな、あれは中環(セントラル)方面のお菓子屋だろうか?事前リサーチをしっかりしとい…て……。


部屋を抜ける生温(なまぬる)い夜風。ガシャンパリンドゴッと店内から聞こえる騒音をBGMに、墨綠月餅クッションへ顔を埋めて、(イツキ)は瞼を閉じた。

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