城砦暮らしとルーティンワーク・中
雲淡風輕2
「どうよ?新作の毛茸茸熊猫は?」
「ほひひい。マヒュマロははひひ」
「おっ!そこは結構こだわったとこで、熊猫マシュマロ自体はよくあるしアクセントでポーズを1匹1匹変えてみたんだわ!」
「うん」
「つってもマシュマロだけってのもありきたりだから周りに粉砂糖をフワフワつけてモフモフ感出してな、鶏蛋仔のタネと中に詰めてる生クリームは笹の葉カラーのイメージで抹茶粉末を混ぜ込んで黄緑にして上からもパウダーかけて」
「うん」
「抹茶はもちろん日本から仕入れてるから高級品だぜ?苦味が効いてるのが甘さとマッチしてイイ感じなわけよ!んで、クリームに乗っけた熊猫の横にオマケで竹を模した抹茶百奇もさして豪華さアップ!仕上げにはホワイトとグリーンのチョコスプレーまぶして、全体の色の統一感も意識してんの」
「うん」
「プラス、生地へホワイトチョコチップを溶け込ませることで時間が経っても普通のモンより柔らかくて食べやすいんだぜ、ってそりゃ樹くんの食べる速度なら関係ねーか!ははっ!」
─────よく喋るお祭り男。
お馴染み鶏蛋仔屋店内。キッチンから声を飛ばす店長へ、ホールで口をモゴモゴさせながら相槌を打つ樹。
蓮も料理の話になると口数が多いが…店長も負けてないな、これがコック…考えている傍から配給される鶏蛋仔。トッピングの熊猫のポーズがうつ伏せから仰向けにかわっていた。寝返り。
この新作は、現在国を挙げて行われている熊猫イベントに乗っかって開発したと語る王。流行りを逃さない商売人。香港政府は〈パンダエコノミー〉などと称して様々な催し物を計画し、観光客誘致に力を入れたいと意気込んでいる。樹は先程テレビで流れていたニュースを回想しつつ、スヤスヤ眠っているマシュマロを起こさないようにひとくちでパクリといった。気遣い。楽しげに新商品の解説を続ける王へ再び相槌を打つ。
しかし───王はちょっと、以前と話し方が変わった。口調が砕けたと表現するのが正しいか。とにかく、前より距離が縮まったような…妮娜さんの件があったから…?鶏蛋仔を吸い込むかたわら思索する樹の隣で、廿四味茶を啜り健康志向に励む上がタイミングよく話題を挟んだ。
「味見に妮娜さんも呼んだら良かったやん。毛茸茸熊猫、可愛えし」
「いやいや!たまに店に来てもらえるようになったからって、新作出す度にお誘いしてたら鬱陶しいじゃん!」
「そうか?老豆はちょいちょいフリマん呼んどるぽいで」
「陳は陳だからいいの。上くんだっていつも彼女を誘うのマゴマゴしてるくせに」
「そっ…そら、まぁ…そやけど」
壁にかかった陽のサインをびしっと指差す王に、さっそくマゴつく上。樹は毛茸茸熊猫でモサついている口のまま上へ助け舟。
「へも今週デートふるんへひょ」
「あ、うん。せやね」
「マジ?鶏蛋仔持ってく?」
「すぐ鶏蛋仔持たそうとしよるな。無料でくれ過ぎやろ、毎度毎度」
王の言葉に上は手をパタパタと振る。今日だって、新作熊猫を大地くんに持っていってあげてよ!との連絡のもと召喚されたのだ。こうも貰ってばかりいては気が引ける。
上の台詞を受け破顔する王は、‘みんなには世話んなってるからね’とサムズアップ。ヒーローの恋バナへ焦点を戻した。
「デートは熊猫見に行くの?星光大道じゃ人が多過ぎて騒ぎんなっちゃうか」
「あー…遊園地とか夜市ん時に平気やったから、大丈夫とは思うけど…今回は郊外のショッピングモールでも行こかなて。前に約束しててん」
けど陽が熊猫見たいゆうたら熊猫行く、と付け足し、上は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。樹は手持ちの鶏蛋仔の具材ではギリギリ低カロリーそうな部分、抹茶百奇を1本引き抜き上へ差し出す。チアスティック。礼を述べて受け取る上は‘美味そなレストランあったらチェックしとくな’と微笑んだ。レストランの単語に、ふと思い出す樹。
「ほうひえば龍津の曲がり角の茶餐廳が改装ひては。レイハウト変えるのはは」
「あぁ、こないだの黑色暴雨で水浸しんなってコンクリのヒビやべぇんだと。電気系統もやられたもんな」
首をコテンと横に倒す樹へ、食べ比べ用のノーマル生地鶏蛋仔を渡した王は肩を竦めた。廿四味茶の紙コップを傾ける上がまばたき。
「店長、事情通やんか」
「たまたまね。俺が昔はビル改修とかに噛んでたの知ってる人達から、今も‘直すの手伝って’みたいな話がくんだわ。山景大廈の15階も頼まれた、台風で屋根飛んだって」
「やったったらええやろ?お祭り好きやし」
「歳だし腰痛いし無理無理!年寄はずっと俺んこと‘若造’だと思い込んでっけど、俺が若ぇの見呉だけだもん!」
「見呉は自分で‘若い’ゆうねんな」
「へは、14階までひか作っちゃ駄目はんひゃはいほ」
「かまうかよ。泣く子も黙る三不管だぜ?威ジイさんの歯医者入ってる建物なんて18階あるし」
「それ1番城壁側の建物やん。さすがにバレんちゃうん、内側ならまだしも」
「中の階段で上手く分けてんの、外から窓数えれば14階建てだから平気。いいんだよ啟德機場が發脾氣ねぇうちはさぁ」
「飛行機ぶつはりほーはらメートル制限ひたらよかっはんひゃはい」
「んにゃ、メートル制限もしてる」
「え?ひへふの?」
「一応45m。でもキッチリ高さ測ってるわけじゃないしな、ジャンボジェットの腹擦んなきゃセーフセーフ」
手振りをつけて説明し愉快そうに笑う王に、樹は鶏蛋仔を吸引して首肯。ダラダラ続く無法地帯トーク。
と、樹のポケットの携帯が震えた。取り出して画面を確認。微信、猫、‘お前ら夜は家に居るか?’。
お前らというなら東も含む。東は出掛けに競馬新聞と睨めっこしていた。四連単、外す予感がする…今夜は食材を買いには出ないだろう…。樹が‘居る’とレスすれば、あとでジジィから菓子が届くから分けてやるよとの返信。追記で‘十尾から美味ぇってお墨付きらしいぜ’とインライン。
やりとりをポヤンと眺めていた上が、スクリーン隅の時刻表示に目を留めるやいなや慌てて声を張った。
「うわっもうこないな時間か!スカウトのほうの仕事行かなあかん!寺子屋寄れへんわ、大地の鶏蛋仔どないしょ」
「俺が持っへくよ。寺子屋方面の配達もあるひ」
「えっホンマ?すまん、助かる!店長もおおきにな!」
茶を飲み干し、挨拶もそこそこにドタバタ騒々しく店を出るラッキーバンズ。平安。後ろ姿を見送った樹は、王より大地への土産を預かり、更に自身も3つほど追い鶏蛋仔をキメたのち、配達業務をゆるゆる再開した。