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九龍懐古  作者: カロン
落花流水
484/492

これまでとこれから

落花流水20






鶏蛋仔(ワッフル)よひお饅頭っほひ」

「そーそー!生地が白いのも面白いでしょ?普段と材料が違って上手く焼き上げんのが難しかったよ、白を活かしたいからあんまり焦げ目もつけたくないし!中身は小豆餡と蓮の実餡で選べるけど、蓮の実のほうだと見た目が真っ白になっちまうな」

「でも上にかかってるこの赤いやつが華やかじゃない、トッピングのミニ平安マシュマロも可愛いし」

「そいつは砕いた棗と枸杞子(クコのみ)()えるだろ」


みんなの行きつけ、鶏蛋仔(ワッフル)屋。本日は店休日につき常連さんとの新商品試食会を開催中。壁際の長椅子で新作を頬張る(イツキ)(ワン)はキッチンカウンター越しに揚々と語り、(イツキ)と並んで座って‘赤いやつ’を指差している(チャン)に解説を付け足す。ミニ平安マシュマロをつまむ(チャン)はパチパチまばたき。


「そういえば(カムラ)くんはどうしてお饅頭って呼ばれてるんだい」

(ハホ)はほー呼ふはら」

「もっと気取ったアダ名つけたらどうよ、C4(あん)時もイイ戦いっぷりだったし。(ねぇ)さんと娘さんの再会にも一役(ひとやく)買ってくれたしさ」


鶏蛋仔(ワッフル)を飲み込み…否、吸い込み、指先をペロリと舐めた(イツキ)が首を(かし)げた。


妮娜(ニナ)さんに言わなかったんだ、爆弾騒動のこと」

「最終的にはキレイに収まった訳だし。広めて余計な心配かけさせることもねーっしょ」

「解決出来たのは(イツキ)くんのチョイスのおかげだから、そこは自慢したいけどねぇ」


疑問符を浮かべる(イツキ)へはにかむ2人。娘との邂逅は(ワン)(チャン)へ──妮娜(ニナ)本人の口からも──伝えられていたが、その逆、城砦内での騒動については(ワン)(チャン)も彼女へと語ることはせず。そしてあれから妮娜(ニナ)は娘の配偶者とも挨拶を交わして、さしむき九龍城(こちら)に戻ってはきたものの───少しずつ新生活への支度を整えている様子が窺えた。


新生活。城砦(ここ)を離れて、娘と暮らすと決めたのだろうか。


「引き止めないの?」


(イツキ)の問いに(ワン)は眉をあげて()み、(チャン)は眉をさげて()む。


「何も言わずに行くなら、俺らも何も言わずに送り出すのがいいかなって」

「横槍入れるのも無粋だもの。寂しいけど」


笑顔を見せてはいるが、漂う寂寥感(せきりょうかん)(イツキ)は再び首を(かし)げる。


「でも妮娜(ニナ)さん、黙って出てったりするかな。お店もあるのに」

「まぁ確かに…周りにキチンと挨拶とかしていく人だよねぇ…」

「けど聞けねーじゃん!俺なんてタダでさえ(ねぇ)さんの行きそうなとこウロチョロしちゃってんのに、鬱陶しいじゃん!」


腕組みする(チャン)。騒いで両手で顔を覆う(ワン)は、指の隙間から(チャン)を覗いて不満気なトーン。


(チャン)なんで声掛けないんだよ、そのへんはそっちの役目だろ」

(ワン)が掛けてないのに私だけ掛けるのはフェアじゃないでしょ」

「はぁ?妮娜(ニナ)さんはお前のこと昔っから気に入ってんのに」

「えぇ?(ワン)のほうが昔からよっぽどお似合いだと思うなぁ」

「なわけ無いっつの」

「なわけ有るよぉ」

「おっ前ほんとそーゆー所…まーいいや…」

(ワン)だってそういうとこだかんねっ」


ブーブーと唇を尖らせあうミドルエイジ達。(イツキ)が視点を交互に移して(いささ)か言葉に迷っているのを見て取ると、(ワン)はレジスターへ肘を乗せ頬杖をつき、物哀しさを隠さず笑った。溜め息混じりにこぼす。


「もっとカッコつけたかったんだけど。カッコつかなかったな」

「そうだねぇ、もっと(ちから)になれれば良かったねぇ」


壁へと背を(もた)れた(チャン)も同意して頷く。所詮、いくつ歳をとろうが彼女にしてみれば自分達は悪ガキなのだ。いつまでたっても届かない───苦笑いと共に漏れる心情とぼやき。


しかし。


「そんなことない」


(イツキ)が珍しく、ハッキリ否定した。目を丸くする(ワン)(チャン)をもう1度交互に見てから、想いを整理しゆっくり(つむ)ぐ。


「爆発()めようってしてた時、店長も老豆(パパ)も、カッコよかった。妮娜(ニナ)さんがなかなか相談出来なかったのは、2人が力にならないからとか、頼りないからとかじゃなくて…妮娜(ニナ)さんも、2人にカッコ悪いとこ見せたくなかったからで…」


(ワン)も、(チャン)も、(イツキ)の主張をジッと聞いていた。(イツキ)は手元へ目線を落とす。


「俺とか大地(ダイチ)も手伝いしたし、妮娜(ニナ)さんの周りは、いつも色んな人居るみたいだけど…でもやっぱり、1番支えてるのは店長と老豆(パパ)だから。2人が思うよりも、妮娜(ニナ)さんは2人のことスゴいと思ってる。だから…そんなこと、ない」


言い切って、沈黙。あまり纏まらなかった。伝えたかったことを結局上手く伝えられず、鶏蛋仔(ワッフル)の包み紙を両手でクシャクシャに丸める。まずもって口下手。それに自分はまだ皆の3分の1程度しか生きていない若造(・・)だ、偉そうに何を言える立場でもなかった。

バツの悪さを滲ませる(イツキ)(しばら)く眺めていた(ワン)だが───作りかけだった鶏蛋仔(ワッフル)を手早く仕上げ、おもむろにカウンターから出て(イツキ)へ渡す。それから‘ちょっとお留守番お願い’と告げると入り口のドアノブに指を掛けた。鶏蛋仔(ワッフル)(かじ)り始める(イツキ)が承諾するより早く、ピョコッと長椅子から立ち上がった(チャン)が跡を追い、横へくっつき上目遣い。


妮娜(ニナ)さんのとこでしょ。私も行く」

(チャン)、膝痛いんじゃないの」

(ワン)こそ腰痛いんじゃない」

「俺は湿布貼ってるもんね。(チャン)は病院でお水抜かなきゃ」

「私もこの前抜いたもん、エスプレッソカップ分くらい抜けた」

「ぁんだよその例え、お前エスプレッソ飲まないでしょ甘党なんだから」

「飲むよぉ!お砂糖たくさん入れて!」

「ほーん?抜いたエスプレッソもっかい膝に戻す気か?」


くだらない攻防戦の(のち)、互いに(しか)めっ(つら)で睨み合う。数秒も経たずにプッと吹き出す(ワン)。‘私にらめっこで(ワン)に負けたことないんだ’と(チャン)(イツキ)へガッツポーズ、サムズアップを返す(イツキ)


変化する時代、香港の街、移ろう人々、目紛(めまぐ)るしく過ぎる日々。何か失って何か掴み取って。何か握り締めて何か手放して。

そんな日常の中で───これまでもこれからも()り続けるモノ。


勢いよく入り口の扉を開ける。と、店の正面に立っていた老婦人とすぐさま視線がぶつかった。予想外の出来事に面喰らう2人へ、彼女は婀娜(あだ)やかに微笑む。なびくシルバーのロングヘア。


午安(こんにちは)。こんなに今時(いまどき)なお店、おばあちゃんが来る場所じゃないかなって遠慮してたけど…お邪魔してもいいかしら。今日は娘の門出なの。それと、お返しも兼ねて」


面映(おもは)ゆそうに(かしこ)まる妮娜(ニナ)が腕に抱えているのは、香港灯台の鉢植え。小さなシャンデリアさながらに(つら)なる可愛らしい桃色の蕾の花言葉は‘希望’───そして‘新しい始まり’。長い冬を越えて暖かな春に開く花弁、新たな人生のステージを祝す花。鉢を差し出された(ワン)狼狽(うろた)える。


「え?あれ、(ねぇ)さんも九龍から引っ越すんじゃねぇの?」

「私は行かないわよ。新婚さんの邪魔出来ないし、城砦(ここ)にはみんなが居るじゃない」

「だけど身支度してたって聞いたよぉ」

「あらやだ。娘の新居用のプレゼントとか買い集めてたから、きっとそのことね」


(チャン)が投げた質問へもあっけらかんと返す妮娜(ニナ)。涙ぐみつつ、そっかそっか!と満面の笑みを咲かせた(チャン)は鉢植えを受け取り、どこに置く?と(ワン)へ尋ねる。好きなとこでいいよとぶっきらぼうに答え、踵を返しキッチンへ戻る(ワン)がこっそりと目頭を指で拭ったのを(イツキ)は見た。



これまでも。これからも。



「せっかくだし(ねぇ)さんも新作食べてって。悪くねぇ出来だから」

「ふふ、(ワン)くんの鶏蛋仔(ワッフル)を食べるのは初めてだわ」

「悪くないどころかとっても美味しいんだよ、痛風忘れておかわりしちゃうくらい!ねぇ(イツキ)くん!」

「ほっへほほひひーへほひはははふはひ」

「ですって。(イツキ)くんが正しいわね」

「えぇ?妮娜(ニナ)さん今のわかったのぉ?」

「ていうか(カムラ)くんとか大地(ダイチ)くんも呼ぼうぜ、妮娜(ニナ)さん来てくれたんなら」


弾むお喋りの(かたわ)ら、(ワン)の提案に(イツキ)はスマホを取り出し微信(チャット)を飛ばす。先日の寺子屋ホームワーク、‘街のスケッチ’。(イツキ)が撮った写真を元に大地(ダイチ)(えが)いた超大作[天仔(てんちゃん)大爆炸(ビッグバン)]は校内で非常に好評価を得て、今学期いっぱい教室に飾られる運びとなったらしい。そちらもお祝いするいい機会だ。

俺も久々に描こうかな、完成したらフリマに展示しよう。店長にプレゼントしてもいいな。2枚制作しようか。うん、それがいい。(イツキ)が考えると同時にジジくさいクシャミがふたつ響き、‘花粉?’という妮娜(ニナ)の声。




(めぐ)る季節。幾重(いくえ)にも重なった想い出に降る日輪の光は、郷愁を照らし冀望を煌めかせ、不格好に積み上がり支え合う違法建築達を(さや)けく包み込んでいた。

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