ファイティングスピリットと成日一齊・後
落花流水18
陳の声に王は口角をあげて応え、またすぐに入り口へ向き直る。伸びて外へとハミ出た男の身体を跨いでやって来るチンピラがもう1人。その懐から抜かれたピストルの狙いが定まるより早く眼前へ詰めた王は、左手で銃身を掴み僅かにスライドを下げる。生じたコンマ数秒の間。右手を軽く振って男の顎に1発ジャブ、スパァンと小気味良い音がし膝から崩折れるチンピラ。陳がキャアキャア騒いだ。
「わぁぁ、すごい!!上くんも王もカッコいい!!」
「そりゃ上くんがヒーローなのも俺がイケてるのも周知の事実でしょ」
「いや俺はヒーローやないけど…なんで店長ここ居るん?」
ハンッと鼻を鳴らす王へ、尻の埃を払いつつ立ち上がる上は首を傾げた。王は‘猫くんに教えてもらった’と肩を竦める。
港で大仏が大爆発した折。燈瑩は城砦内のC4の件について、先ずは猫へと微信を飛ばしてみたらしい。しかし‘大地を連れて妮娜の店に滞在中’との返答を受け、2人の安全を考慮しその場へ留まってもらうよう依頼。そこで猫が‘饅頭なら近くに居るんじゃねぇか’と名前を出した為に上へ連絡が入ったという流れだったようだ。
確かに、刃傷沙汰になりそうな問題を燈瑩がこちらへ振るとは普段であれば考えづらい…王の説明に得心する上。消去法の人選やったか。けれど、だとしても、選んでくれたのであれば…いくらか俺への信頼が高まっとんちゃう?アイツも多少強なったし任せられるかも、みたいな?せやったら嬉しい。うん。わかるわなぁ大地の気持ちも…。
「でさ、そのあと猫くん俺にもメッセくれたんだよね。上くんと陳が仕事しに行くみたいって」
そう言いながら王は段ボールに埋まっている半グレを引っ張り出して床に転がし、拾った拳銃を向けた。内心で喜びを噛み締めていた上はその言葉に片眉を吊る。陳が居るから仲良え王に教えたちゅうのはわかるとして、ほんなら猫は王が闘れんの知っとったんか。いつから気付いててんあの閻魔…試合ん時、毎回‘ジジィの代わりに頑張ってやれよ’とかゆうてくるくせに…。
「店長、せやったら地下格闘は自分が出たらええやん。俺に張らせんでも」
「上くんのヒーローっぷりが最高なのよ!俺は歳だし腰痛いし無理無理!で?お前らもう爆弾仕掛けちゃったわけ?」
王はどうにも腑に落ちていない様子の上へ楽しそうに笑い、緩い調子で半グレに尋ねる。男の答えは係。場所はやはり1階中央の部屋、わかりやすく真ん中の太い柱付近。と───再び入り口より聞こえた物音。呻き声に顔を向けた面々の視界へ映ったのは、首があらぬ方向へ曲げられた死体と、トテトテ歩いてくる小柄なパーカー姿。
「待たせてごめん。なんで店長いるの?」
入ってきたのは樹だ。先程の上と同じ疑問を口にする。かくかくしかじかを王が再度説明しているうち、樹は室内で倒れていた男の首もクルンと半回転させた。少し目をしばたたかせる王。
「樹くん、処理早いね」
「逃げられちゃったら面倒だし…爆弾の止め方も港で聞いてきたし、もう用事無いかなって…駄目だった?」
「んーん、冇問題。鶏蛋仔焼くのもスピーディーさが大事だもん」
樹の返答に頷く王は、気怠げにトリガーを絞る。ラスイチの半グレの頭が爆ぜて脳味噌が散った。少し目をしばたたかせる上。自分かて処理早いやんけ、店長…まぁ昔は割かし暴れててんもんな、そらそうか?やから猫もわかっててん?若干返り血を浴びた陳がピィッと鳴いた。
死体はうっちゃり、1階中央の部屋へ。C4は証言通りの位置で元気に作動中、ご丁寧に爆発までのカウントダウンがデジタル時計で表示されている。刻一刻と減っていく秒数に上があからさまに顔色を変えテンパった。
「どどどどーやって止めるん!?」
「1番目立つ線切るって」
指でハサミの仕草をする樹。‘強そうなやつ仕入れてみました’の派生型時限式、電影や漫畫でよくよく登場するスタイル、正解のコードを切れば止まる親切設計。慌てて刃物を探そうとする上を制し、爆弾の傍へとしゃがみ込んだ王はエプロンの胸元から小さなハサミを取り出した。
「え?やけに準備ええやん」
「でしょう。ヒゲカット用でいつも持ってんだよね」
「お洒落さんか自分」
「身嗜み、身嗜み!てかこれさ…どっちが目立つと思う…?」
王の質問に全員が配線を凝視。1番目立つ線───が、2本、生えている。一方は赤で一方は青。顎へ手を当てる樹。
「港のは赤だった」
「なら赤切っちまうか」
「待ちぃや王、そない適当で!!燈瑩さんに訊いたほうがええんとちゃうか!?」
「最近このへん電波入らないんだよぉ、私の携帯が古いからかなぁ」
「や、俺のも入んない。屋上まで電話しに行ってきてもいいけど…燈瑩も実物触んないとわかんないんじゃない…?」
「んじゃ雷管抜いたらどうだよ」
「その振動で爆発するとかあったら困っちゃうねぇ、前みたいに」
「前ってなんやねん前って」
ワチャワチャする4人、ディスカッションの間にも着々とカウントダウンは進む。顎に手を当てたままの樹がポツリとこぼした。
「でも爆発しても人の被害は無いんでしょ。周りに住人居ないし。無理して止める必要あるかな、危ないのに」
それはその通りだった。この爆弾を捨て置いて逃げたほうが身の安全を優先するうえでは正しいし、元々の趣旨としても至当。だが───首をプルプル横に振った陳は王へと掌を向ける。ハサミを貸してくれの仕草。
「私がやってみる。実際どれだけの規模の爆発が起こるかわからないし、ちょっとでも被害が出そうな可能性があるなら見過ごせないもの。けど…これは私のワガママだから…みんなは、逃げて」
熱量の高い眼差しで王を見た。どうにかこの砦を守る、やれるだけのことはやる、そういった決意のこもった瞳。王も陳を見詰め返す。ハサミを渡す素振りをし───直前でパッと引っ込めた。戸惑う陳へ王は悪戯に笑む。
「やーだね、貸さねぇよ?俺のだから。俺がやる」
ハサミのリングに小指を引っ掛けてクルクル回す。C4へ目線を落とした。
「生死有命富貴在天。ここでおっ死ぬようなら俺はそれまでの男だっつーことだわ」
「駄目だよ、私がやるってば!私はいつも王に頼ってばっかりだし…今だって助けてもらったし…今度は私の番!」
「んなのお互い様だろ。昔っから荒事は俺の役目でしょ」
「だからこそ今回は私の番なの!それに妮娜さんのことはどうするのさ」
「そりゃあ陳、お前に任せるよ。俺が死んだら姐さんに、よ、よろしく言っといて…ブェッ…」
「うわぁ泣かないでよぉ!?おっ、置いてけるわけ無いじゃない…ウウッ、ブェッ…」
「いやなんやねん自分ら」
矢庭にベソベソやりだすオッサン達へツッコむ上、樹はパーカーのポケットをまさぐり何やら探し物をしている。陳は王の肩に両手を置いた。
「と、とにかく…グスッ…私も一緒に居るもんね…ズビッ」
「はぁ?陳お前、姐さん独りにする気かよ…スンッ」
「独りにはならないよぉ…侯さんも馬さんも妮娜さんにホの字だもの…グスッ」
「マジか…ったく、相変わらずライバル多いな…スンッ」
樹は鼻をすする2人の隣へ屈みこみ、発掘成功したティッシュを渡した。東の常備品。ピィッと鼻をかむ陳。上も‘足りひんなら俺も持っとるで’とオカン気質を丸出しつつ、雑に鼻へチリ紙を詰めている王の横へ腰をおろす。
「はよ切りぃや。どっちの色でもええで」
「へ?みんな残ってくれんの?」
「上くんと樹くんは逃げてってばぁ」
「ここで尻尾ぉ巻けへんやろ。最後まで付き合うわ」
「上くんやっぱりヒーローだな。でも俺、2択けっこうハズすぜ」
「ホンっマにいらんこと言わんでもろて!!この場面で!!」
「私はクジとかけっこう当たるけど…これはどうかなぁ…」
「あっ、そういや赤と青っちゅうと樹はバカラ外さへんわな」
「わ!そしたら樹くんが決めて!」
「ん?俺?」
朗らかに提案する陳へ王と上も同意。唐突に話を振られ、少し目をしばたたかせる樹。本当に?こんな重大な選択を?視線で問うも、意見は満場一致の模様。
王からハサミを受け取り配線をしげしげと眺める。1発勝負、恨みっこ無し。赤か?青か?なんだかどっちもピンとこない。どうしよう。どの色がいいだろう。
───私は自分の心が‘素敵’と感じた物を選べば良いと思ってるわ。
───‘好彩嘅顏色:你鍾意嘅顏色!’
「…じゃあ…」
刃を上下に開いた。コードを1本挟む。上の‘えっ?’という吃驚が響いたが、樹はそのまま、ハンドルをグッと握り込んだ。