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九龍懐古  作者: カロン
落花流水
478/492

煙花と100万香港ドル・前

落花流水15






星期日(にちようび)。沈む夕陽が違法建築を赤く染め、微睡(まどろ)むネオンサインがうつらうつらと目を醒まし始めた頃。




(ゴー)(イツキ)、もう出掛けたのかなぁ」

「ちょうど向かっとるくらいなんとちゃうか。気になるん?」


自宅台所、小さなダイニングテーブルで画用紙を広げる大地(ダイチ)が呟き、向かいに座っていた(カムラ)は応えつつ家計簿から視線をあげた。


港での即売会は本日開催の予定。燈瑩(トウエイ)は‘覗きに行く’という言い方をしていた、今回は婉曲表現ではなく本当に見てみるだけなのだろう。(イツキ)の信用は得られていなかったが。


「気になる…っていうか…多分、関係ないんだけどさ」


鉛筆をシャカシャカ動かす大地(ダイチ)は煮え切らない物言い。‘関係ない’の主語が示すのは。


妮娜(ニナ)さんこと()うてん?」

「んー、うん」


(カムラ)の問いにコクリとする。彼女の娘は関わっていない、そう結論づいたものの、やはりソワソワしてしまう。自分に手伝えることはないだろうか。いや、恐らくないのだけれど…少しでも妮娜(ニナ)さんの気持ちを晴れさせられたら…。


「余計なお世話なのはわかってるの。けど、なにかやれればなぁって思っちゃう」


ボヤいて頬を膨らます大地(ダイチ)(カムラ)は静かに見詰めた。先頃のお茶会でも大地(ダイチ)妮娜(ニナ)と色々話をしたようだった。(イツキ)からもいくらか成り行きを聞いている。そして、大地(ダイチ)の言葉が、彼女を励ましたのだということも。

見掛けや仕草はまだまだ幼いが───中身は随分と(たくま)しくなった。もはやその手を引くのではなく、その背を押せるほどに。


育っとるんやなぁ、ホンマ。


感慨(かんがい)寂寥(せきりょう)()らぬ心配が胸中で()()ぜになり、(カムラ)は眉間と口元にグッと力を入れてどうにか目頭の熱さを抑えた。合わせて膨らむ頬。気付いた大地(ダイチ)が不審そうに片眉を吊り、負けじと更に頬を膨らませだした。唐突に開始される謎のにらめっこ。


と、(カムラ)のスマホが鳴った。微信(チャット)の通知音。スクリーンをタップした(カムラ)は内容に目を通し、クスリと笑って大地(ダイチ)へ画面を向ける。


「あ!笑った!(カムラ)の負け」

「いや、あっぷっぷちゃうねんて。お殿様がお呼びやで」


届いたのは(マオ)からの短文。〈大地(ダイチ)貸せ〉と〈ジュース奢る〉のふたつ。‘何処に’と記載はなかったが【宵城(みせ)】は休業日、(ネイ)が働くバーや(レン)食肆(レストラン)も休みだったはず。加えてこのタイミングとなれば。


妮娜(ニナ)さん(とこ)で飲もや、っちゅー意味やろ。顔見せたったら?」


前のめりでメッセージを読んだ大地(ダイチ)は、勢いよく首を縦に振ると自室へ戻って着替えを始めた。(カムラ)も家計簿を閉じて立ち上がる。


俺も(チャン)のフリマ手ぇ貸し行こか、今夜は(タクミ)もおらんらしいから1人で片付けるん手間やろしな…考えつつ上着に腕を通してストールを巻く。どちらも茶色。ふと、ラッキーカラーの話題になった際の(イツキ)を思い出す。俺を見るあの瞳には‘豆沙(あんこ)’と書いてあった、絶対に。アダ名の饅頭からの連想であろう。

饅頭が茶色ゆうたら、そらそうなるかもせんが…しゃーないやん好きなんやし…全身1色やから駄目なん?差し色とかしたらええの?ゆうて燈瑩(トウエイ)さんかてほぼほぼ黒だけやん。なんで俺はモサい(・・・)んやろか。心の中でひとりごちて鏡を見た。モフモフと丸いフォルム───うん、平安饅頭(ラッキーバンズ)()ずは体型がモサいねんな。って待て待て!!平安饅頭(アイツ)は茶ぁやのうて白やからな、白!!


どうでもいい方向に流れる思考を振り払い、髪を整え気合いを入れる。大地(ダイチ)の‘支度完了’の声が聞こえ、豆沙(あんこ)は弟をよろしく頼む(むね)、城主へポチポチ返信を打った。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






大通りを()れて裏路地へ。薄暗い小道を進む燈瑩(トウエイ)は、隣をついてくる(イツキ)の顔色をチラリと窺った。スッポリかぶったフードの下より飛んでくるジトッとした視線。(アズマ)から借りてきたパーカーは(イツキ)が着ると相当に丈が長く、そこはかとない掃晴娘(てるてるぼうず)感を醸している。(イツキ)はだいぶ持て余し気味な袖をまくり、ペットボトルの港式奶茶(ミルクティー)(すす)りつつ借問。


「どれくらい居るの?人」

「どれくらいだろ。そんなにちゃんと把握してこなかったんだよね」

「なんで」


通常よりも強めなトーンの‘なんで’。視線の効果音がジトッからザクッに変わった。


「見に行くだけだから、ほんとに。取り引きするつもりでもないし」


髪も服もラフでしょと苦笑いをし、(アズマ)から借りパクしたウインドブレーカーのチャックを首元まで閉める燈瑩(トウエイ)。まぁ正確に言えば‘パク’は語弊だ、カジノへ付き合った折に拝借して以降【東風(いえ)】に持って行くのが億劫で‘まだ返していないだけ’なので。紙巻きへ火を付ける燈瑩(トウエイ)(イツキ)が畳み掛けた。


「お祭りの時もロシアンルーレットで遊んだの知ってる」

「え!?や、弾が当たらないのわかってたから…ていうかそれも聞いたの…」


煙を吹きながらしどろもどろに返答する燈瑩(トウエイ)の脳裏に(よぎ)る、チョケた橡皮鴨(ラバーダック)。けっこう色々チクられてるな?他にも最近マズいことしてたっけ?でも祭りの件では最初にゲームに乗ったのは(タクミ)だったけど…ってのは言い訳ですが…。前科(・・)が加算されないように胸中で祈り、とりあえず謝罪。このナースのパワープレイは怪我とは違った意味で危ない。


「とにかく、雑な()りかたは駄目」

收到(りょうかい)

「いつも返事だけじゃん」


呆れた声音の(イツキ)は非難の目付き。ボトルを(かたむ)け中身を飲み干す。にわかに映った昔日(せきじつ)の面影が懐かしく、燈瑩(トウエイ)港式奶茶(ミルクティー)を眺め目蓋を細めた。いつかも同様の科白(セリフ)(いさ)められた憶えがある。(イツキ)にではないけれど。俺は、こんな風に怒られてばかりだ。


その眼差しを不思議がった(イツキ)が何かを訊きかけ───やめて、立ち止まり、目線だけを燈瑩(トウエイ)から路地の先へと移した。ほとんど同時に燈瑩(トウエイ)も意識をそちらに裂く。

(かす)かに銃声が聞こえていた。単発ではなく、立て続けに数種類。衝鋒槍(サブマシンガン)も混ざっている気がする。距離はまだ遠い。例の港か?2人は1度目配せをして、それから、音の方角へ足早に向かった。

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